第15話 龍神の赤子

 生徒によっては阿鼻叫喚が生まれる期末試験が終わり、テストの返却も終わった数日後。

 

「なんでだ」

 

 草木を踏みながら卓也は一人ごちる。

 

「夏休みは海に行くんじゃないのか!?」

 

 今、卓也達がいるのは学院の近くにある森の中。何をどうしたら森の中に入る展開になるのか卓也は理解できない。

 けれど修が珍しい形の意思を拾いながら満面の笑みで答える。

 

「和泉が勉強すらもほったらかして、魔法科学なんかにハマってたから追試受けることになってんだし、クリスは和泉を縛り付けて講習中。仕方ねーだろ、海に行くときはあいつらも連れてかねーと。だから今回は森に来てみた」

 

「なぜ!?」

 

「おもしろそうじゃん」

 

 というわけで今回、優斗、修、卓也、フィオナ、アリー、ココの六人で森の探索をやることになったわけだ。

 卓也は頭を乱雑に掻きながら、周囲を見回す。

 

「魔物がいるんじゃないのか?」

 

「ほとんどいないルートを通るから大丈夫だって」

 

 あっけらかんと言う修だが、卓也が信じるわけもない。すると優斗が呆れるように卓也の肩を叩いた。

 

「絶対に何かあるから慌てるだけ無駄。諦めたほうが精神的に落ち着くよ」

 

「……そうだな」

 

 今までの優斗と卓也の経験上、何もないなんてことはありえない。そんな二人の気苦労を知ってか知らずか、修はアリーに声を掛ける。

 

「歩きやすい場所、あんまりないけど大丈夫か?」

 

「はい。ぜんぜん大丈夫ですわ」

 

 デコボコの地面を軽やかに踏みしめながら、アリーは楽しそうに笑う。王族だからこそ森の探索などやったことがあるわけもなく、だから彼女は新鮮で面白いと思っていた。

 

「薬草やら原石やら、色々なものが生えていたり落ちていますわね」

 

「採取を本業としているギルドパーティが来るらしいからな。たくさんあるんじゃねーの?」

 

 修は何かを拾ったり見つけたりしては面白そうに眺める。他の五人も森を散策して楽しんでいることは同じなのだが、いかんせん動き回る範囲が修だけ圧倒的に広い。

 

「おっ! なんか洞窟っぽいところ発見!」

 

 そして暴れ回るように動いていた修は面白そうな場所を見つけ、意気揚々と飛び込んでいく。

 

「あいつの元気はどこから来てるのか、時折気になるんだよね」

 

「言えてる」

 

 優斗と卓也が親友のはしゃぎっぷりにある意味で尊敬していると、洞窟っぽい場所に向かった修が全員を呼び寄せた。

 

「お前ら、ちょっとこっち来てみろよ! 面白いのあるぞ!」

 

 大きなジェスチャーで手招きする。五人は呼ばれるがままにその場所へと向かった。

 

「あっ、洞窟じゃなかったんだ」

 

「違う違う。優斗、面白いのはそこじゃねえって」

 

 優斗が洞窟かと思った場所は、おおよそ五メートルほどの穴が広がっていて奥に広がっているわけではない。

 そして修が優斗達を呼び寄せた理由は穴の最奥にある。

 

「卵か?」

 

「光ってます」

 

 外には漏れない程度の光を放っている卵に、卓也とココがまじまじとした様子で不思議そうに見詰める。

 

「これ、絶対に何かあるぜ!」

 

 修が興奮しながら卵を指差した。確かに光っている卵なんてものだから“何か”はあるだろう。

 卓也達に続いて優斗とフィオナも卵をじっくりと見る。するとフィオナは何かに気付いたのか、小さく驚きの声を漏らした。

 

「……あっ。もしかして龍神の卵でしょうか?」

 

「この卵のことを知ってるの?」

 

 優斗が訊くと、フィオナは昔読んだ書物の内容を思い出しながら答える。

 

「おそらくこれは龍神の卵だと思います。周期は分かりませんが、数十年から数百年に一度……セリアール最大の信仰対象である龍神は卵を産み落とします。歴史上でも幾度か人間が育てていますから記録が残されていますし、今回の状態も生まれる寸前のものと一致しているはずです」

 

 彼女の説明から出てきた卵の正体は正直、優斗の想像以上の代物だった。思いがけない出会い……というか、これは笑えない出会いでしかない。

 龍神が何なのかいまいち分からない優斗でも、この卵は一大事になるほどの代物であることは間違いないと思ってしまう。

 しかし内容を聞いて驚いてばかりいられないのが、優斗と卓也が持っている悲しい経験則だ。

 

「龍神の卵なんて珍しいものを見つけた、ということはさ」

 

「嫌な予感しかしないだろ」

 

 フラグと言っていいだろう。二人が今までやってきた実体験からして、この後に何かしらの騒動が起きると分かりきっている。

 

「あら? なんでしょうか?」

 

 そして二人の嫌な予感の先走りに気付いたのはアリーだった。

 

「地面が揺れていませんか?」

 

 アリーに言われて、優斗と卓也も足裏に感覚を集中してみる。確かに揺れていた。

 

「……来たね」

 

「これが嫌なんだよ」

 

 言った途端にやって来る。このような言い方をするのも変だとは思うが、さすが修だと思わざるを得ない。

 

「みんな、戦闘準備して。厄介なのが来るよ」

 

 優斗が言い切る。そして全員が穴から出てみれば、

 

「……うっわ。三体で一斉に来ることないだろ」

 

 卓也が顔を覆う。まさかの大型な魔物が三体、目の前に現れていた。

 

「大方、龍神の卵を狙ってきたってオチなんだろうね」

 

 面倒くさそうに優斗が呟く。彼らの前にいる魔物は一○メートル級が二体と、五メートル級が一体。

 

「アリー、どれがどんな魔物か分かるか?」

 

 修が尋ねると、彼女はやってきた魔物に少々驚きながらも頷く。

 

「サ、サイクロプスにシルドラゴン。それにオークキングですわ」

 

 一つ目巨人と銀色の竜。そして豚の人型巨大バージョン。

 

「サイクロプスとシルドラゴンはAランク。オークキングはCランクになります」

 

 正直な話、このメンバーでなければ絶望する強さだ。

 

「じゃあ、チーム分けすっか」

 

 修は全員を見回しながら、気軽に決める。

 

「オークキングは卓也とココでなんとなるだろ。サイクロプスは俺とアリーが担当。シルドラゴンは優斗とフィオナでどうにかしてくれ」

 

 これほどの魔物が集まってチーム分けなんてやれるのが凄い。アリーもフィオナもココも、内心そう思う。

 

「分かった」

 

「了解だよ」

 

 卓也と優斗も来てしまったものは仕方がない、と指示に従った。そして修は優斗の肩を叩く。

 

「そんじゃ、まずはぶっ飛ばすぞ」

 

「分かった。散り散りにするとしようか」

 

 吹き飛びやすそうなサイクロプスとオークキングに二人は手を翳した。

 

「「求めるは風切、神の息吹」」

 

 風の上級魔法を同時に詠んだ瞬間、豪風が吹き荒れ魔物二体を吹き飛ばした。

 

「うしっ! 行くぞアリー!」

 

 意気揚々と魔物に飛び込んでいく修と、慌てて付いていくアリー。続いて卓也とココもオークキングに向かって走っていく。

 優斗とフィオナはその場に残り、シルドラゴンと相対を始める。

 

「フィオナはこのまま卵を守ってて」

 

「大丈夫ですか?」

 

「もちろん。この前もちゃんと倒したのを見たでしょ?」

 

 軽く笑って優斗はシルドラゴンを見据える。


 ──とは言っても『女神の雷』じゃ広範囲すぎるし……、森とか出来る限り傷つけちゃいけなさそうなんだよね。


 広範囲の魔法を使うのはさすがに駄目だ。

 採取系を請け負っているギルドパーティにもバレたら怒られるだろう。

 なら、もっと狭い範囲で使えてAランクの魔物を倒せる魔法。

 

「……これ、うろ覚えな上に不完全版なんだよな」

 

 昔は必死に覚えた記憶があるけれども、いかんせん5年ほど前の記憶。

 正しい詠唱と間違った詠唱の二つある魔法なのだが、覚えていたのは詠唱の間違った不完全版。

 詠唱が不完全版だから記憶の底にあるイメージも不完全で、実際に出てきた魔法も不完全版だった。


「詠唱だと剣って言ってるのに、なんか延々と伸びる棒みたいだし」


 だから不完全と言えるのだが、それでも威力としては申し分ないはず。


「まあ、これならいけるか」


 オークキングとサイクロプスは他がきっちりと引き受けてくれていて、こっちに向かってきているのはシルドラゴンのみ。

 しかも狙いは龍神の卵だけなのか、優斗達に攻撃すらしてこない。

 優斗は運が良いと思いながら一度、大きく息を吐き、


『戒されることなき、虚ろなる刃』


 迫ってくるシルドラゴンに対し、全く気圧される様子なく言霊を紡ぐ。


『力を求め、糧とし、滅ぼすべき道を記す』


 右手に光が集う。そして段々と光は右手から溢れ出し、長く伸びていく。


『数多の存在を屠るべき──』


 そして光が確かな存在を示した瞬間、優斗は振りかぶった。

 光が一筋の棒となって、シルドラゴンへと向かう。


『──神殺の剣』


 光る棒がストン、とシルドラゴンを両断した。シルドラゴンに対して叫ばせることもなく、何かをさせたわけでもなく、斬られたことすらも分からせずに絶命させた。


「うん。遠距離から攻撃されなかった分、気楽に終わったね」


 そして優斗が振り向けば、唖然とした表情のフィオナがいる。

 

「……優斗さんといると、Aランクの魔物は簡単に倒せそうな気がするから怖いです」

 

「これも努力してる結果です」

 

 優斗が胸を張って答えると、フィオナは表情を崩して笑みを零した。二人は穴に戻って卵の状態を確かめる。

 

「卵は大丈夫そうだね」

 

「はい。何も問題はなかったので」

 

 フィオナが優しく卵を撫でる。優斗も彼女に倣って卵に触れてみた。その時、卵が一際大きな光を発する。

 

「えっ?」

 

「きゃっ!?」

 

 何事かと二人が思うのも束の間、卵の殻が割れるような音が聞こえた。光で眩しいので辛うじてしか見えないが、割れた殻から見えるのは、

 

「……子供?」

 

「赤ちゃん、でしょうか?」

 

 人の形をしている。シルエット的におおよそ一歳半ぐらいの赤ん坊が座っているように思える。

 

「龍神って龍じゃないの?」

 

「いえ、龍神と祭られているのは確かに龍なのですが……すみません。私も小さな頃の姿までは知らないです」

 

 二人して混乱していると、魔物を片付けた他のメンバーが集まってきた。

 

「卵は無事か?」

 

「どうなりましたか?」

 

 まず修とアリーが穴に入ってくる。

 

「……無事、というよりは無事に産まれちゃった」

 

 ちょい、と優斗が指差す。さらに卓也とココも戻ってきて、

 

「赤ん坊?」

 

「どういう状況なんです?」

 

 シルエットで判断できたのか、卓也とココは首を捻る。次第に光も弱まり、シルエットしか見えなかった赤ん坊の姿もしっかりと視認できるようになる。

 

「やっぱ赤ちゃんか」

 

「女の子みたいですわ」

 

 修とアリーが再確認するように声を発した。すると赤ん坊の目が薄らと開き、

 

「あいっ!」

 

 可愛らしい声をあげて、優斗とフィオナの姿をしっかりと捕らえた。しかも、よたよたしながら立ち上がろうとする。

 

「ちょっと待った!」

 

「あ、危ないですよ!」

 

 一番近くにいた優斗とフィオナが慌てて赤ん坊に駆け寄って、

 

「セーフ、です」

 

 優斗よりも早く辿り着いたフィオナが赤ん坊を抱き寄せる。

 

「ビックリしたね」

 

 ほっ、と優斗は一息つく。ただでさえよく分からない状況なのに、いきなり焦らせないで欲しい。

 けれど赤ん坊は慌てた様子なく、フィオナをじっと見る。

 

「どうしたんだろ?」

 

 赤ん坊の視線が気になって優斗が首を捻る。けれど次の瞬間、

 

「まんまっ!」

 

 そして優斗を見て、

 

「ぱ~ぱっ!」

 

 なんて言葉を幸せそうに言ってのけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る