第37話 初めてだから踏み出せない

 11月も中盤となったころ、優斗と卓也とクリスが一同に集まっていた。

 事の発端は卓也がクリスに訊きたいことがあったからだ。

 

「なあ、クリス」

 

「なんでしょうか?」

 

「特に知ってもない人と結婚するってどんな感じなんだ?」

 

 自分も同じ状況に置かれたわけだが、特に結婚話が進展しているわけでもなく。

 かといってリルとの関係が進展しているわけでもない。

 だからこそ、クリスに訊いてみたかった。

 

「立場的に同じなタクヤが自分に訊きますか」

 

「だってさ、オレの場合は実際、理解の範疇にある出来事みたいなもんだからさ」

 

 そして優斗には溜め息を送る。

 

「こいつは役に立たないし」

 

「すみませんね。よく見知った方と婚約やら夫婦やらやっていて」

 

 優斗がおどけて返す。

 

「だからクリスに訊きたいんだよ。どうなのかな? って」

 

 卓也の問いにクリスは少し考える。

 そしてゆっくりと分かりやすいように伝え始めた。

 

「前にも言ったと思いますが、貴族の結婚というものは双方が愛し合った上での結婚など、そうあるものではありません」

 

 七割ほどは政略結婚だろう。

 

「家名を上げるため、地位を上げるため、望まれない結婚など多々あります。特に次女や三女となった女性など顕著でしょう。自らの意思で結婚など」

 

 見捨てられていれば話は別だが。

 

「穿った見方をすれば、家を興す手段なのですよ。結婚など」

 

「…………」

 

「…………」

 

 正直、これほど結婚というものに冷めた発言を聞いたのは初めてだった。

 卓也が思わず言葉を失う。

 

「自分は公爵家ですから、選ぶ立場にいました。自分より上など王族ですから。アリーさんをどうこうしようとしない限りは選びたい放題です」

 

 自分が持っている位を望んでいる輩のほうが数多くいるのだから。

 

「幾人もの候補がいた中で決めたのがクレアです。初対面ではありましたが、クレアなら仮面夫婦などではなく本当の夫婦になれると思ったからです」

 

 けれどそれは、言葉の捉え方を変えたら。

 

「粗暴な言い方をすれば、少しでもマシだと思った女性を選んだだけです」

 

 こう言い換えることもできてしまう。

 

「おそらく貴方の観点から見て問題なのは、自分が言ったような結婚を我々が普通と思っていることでしょう。結婚とはそういうものだと割り切っている」

 

「念のために訊くけど、マジで全員が思ってるのか?」

 

 卓也が確認を取る。

 

「リライトはまだトラスティ家のような考えをする方々も多いですが、大抵の国の貴族や王族などは結婚などそういうものとしか考えていません」

 

「そういうもの、か。リルも同じだと思うか?」

 

 卓也のさらなる問いに対しては、クリスは首を捻らざるを得ない。

 

「分かりかねます。一番彼女に近しいのはタクヤですから、貴方に理解ができていないのなら自分達には無理です」

 

「そうだね。卓也が分かってあげないといけないんじゃないかな」

 

 彼女がどのような考えで卓也を婚約者と選んだのか。

 優斗とクリスには答えることはできない。

 

「でも、さっきの答えが返ってきたら正直……ヘコむ」

 

「好きなのですか?」

 

 クリスがずばっと訊いてくる。

 けれども卓也はまだ、頭を縦に振るほどの自信を持った解答を胸の内に携えていない。

 

「分からない。まだ好きと断言できるわけでもない」

 

 形や言葉として明確な感情になっていない。

 

「けれどクリスが言ったように選ばれたんだとしたら……嫌だと思った」

 

 余計なことなんか関係なくて。

 ただ、ただ。

 純粋なまでの想いで選ばれていたいと。

 

「ならばお互いに感情を明確に、そして築いていけばいいではありませんか。自分とクレアもそうですよ。自分達は愛ある生活を望んでいますから」

 

 クリスが笑って卓也の肩を叩いた。

 別に仮面夫婦になる必要性はない。

 婚約から始まったとしても愛を育んではいけない理由などない。

 

「少しずつ分かっていけばいいんじゃないかな。卓也は得意でしょ?」

 

 優斗も背中を押す。

 根気強く。

 それが卓也の強みなのだから。

 

「……だな。順序は逆だけど、頑張ってみるか」

 

 卓也は一度、両手で頬を張る。

 話して吹っ切れたのか、相談してきたときよりは表情は晴れたように優斗とクリスには見えた。

 

 

 

 

「ところで優斗はどうなんだよ?」

 

「何が?」

 

 そして話題は次の人物へと移る。

 

「フィオナと」

 

「この状況で互いに好意を持っていないとか馬鹿なことは言わないですよね?」

 

 あれだけ色々とやらかしておいて、今更そんなことを言っていたら優斗を蹴っ飛ばす。

 

「互いかどうかは分からないけど、少なくとも僕はフィオナのことが好きだよ」

 

 優斗が淡々と答える。

 だが、

 

「……分かんないってなんだ?」

 

「どういうことですか?」

 

 彼の返答に対して卓也とクリスが首をひねる。

 優斗はフィオナが好き。

 ということはすでに告白も済んでいるものじゃないのだろうか。

 ならば彼らの仲むつまじい姿にも心底納得できる。

 しかし、

 

「いや、だって付き合ってるわけじゃないし」

 

「…………はあっ!?」

 

 思わず卓也から驚きの声が漏れた。

 

「……タクヤ。自分は耳がおかしくなったのでしょうか?」

 

 軽く耳を叩くクリス。

 

「いや、気持ちは分かるけどお前の耳は正常だよ」

 

 卓也とクリスが目を合わせて、同時に項垂れる。

 

「卓也とクリスは何が言いたいのかな?」

 

「言わせんな、馬鹿」

 

「言わせないで下さい」

 

 二人してため息を吐く。

 

「……お前、告ってないのか?」

 

「うん」

 

 あっさりと頷く優斗。

 クリスはもう、何と言っていいか分からなかった。

 

「……つまりあれですか? 別に告白しなくても同棲しているし、マリカちゃんのおかげで夫婦やら婚約者やら言われているから、わざわざする必要もないと」

 

「いや、だからフィオナがどう思ってるか分からないし」

 

 彼女が自分のことを好ましく想ってくれているのは理解できている。

 しかし、それが恋愛感情なのか何なのか、優斗には分からない。

 クリスが大げさに頭を振った。

 

「……先ほどのタクヤも相当なヘタレだと思いましたが、ここにもいましたか」

 

 こと現状においては卓也以上のヘタレだ。

 

「言えばいいじゃないですか」

 

 それだけで事態はあっさりと解決する。

 なのにも関わらず優斗は手を横に振った。

 

「ムリムリ。考えてみなって。もし僕がフィオナに告白したとして断られたら悲惨だよ。マリカがいるから家を出るわけもいかないし、一緒にマリカを育ててるんだから嫌でも顔を合わせる」

 

 断るとかねぇよ、と卓也とクリスは視線でツッコミを入れる。

 けれども黙っていたところでしょうがないので、卓也はとりあえず言った。

 

「ネガティブになる理由はなんなんだ?」

 

 あの状況でどうしてそこまで怯えるのだろうか。

 他人の機微には聡い優斗が、自分のことに関しては全くもって自信を持っていない。

 優斗は卓也に言われて少し考え、

 

「怖いのかもね。初めての恋で」

 

 自分のことを素直に口にした。

 

「フィオナと一緒にいれる状況がほんのわずかの可能性でも崩れてしまうと思ったら、うかつに今の状況を変えたくないと思ってるのかも」

 

 それだけじゃない。

 

「あと、義父さんや義母さんとの関係を崩したくないっていうのもあるんだろうし」

 

 何かを言って崩れるのが怖い。

 

「大切なんだ。フィオナもマリカも義父さんも義母さんも。だから今の関係を崩したくない」

 

 だからこその現状維持。

 変わらなければ、崩れることもない。

 

「……フィオナを誰かに取られたらどうするんだ?」

 

 ほとんど可能性がないとはいえ、ゼロじゃない。

 

「フィオナがその人のことを好きなら諦めるよ」

 

 優斗はさらっと言ってのける。

 彼女がもし、本当に好きならば。

 自分は身を引く。

 

「でも」

 

 こう言うのは変だけど。

 

「今まで言ったことに矛盾するけど」

 

 怖いと思っていると同時に、別の気持ちもある。

 

「このまま終わりたくないのも確かなんだ」

 

 すごく怖いけれど一歩を踏み出そうと考えてる。

 

「そろそろ頑張らないと……ね。言わなきゃいけないこともあるし」

 

 今まで彼女に――彼女達に言わなかったことを。

 

「“あの事”を言って初めて、フィオナと真正面から向き合えるのかなって思ってる」

 

 

 

 

       ◇      ◇

 

 

 

 

 そしてフィオナとココとアリー、リルも四人で集まっていた。

 

「リルさんはどうなんです?」

 

 ココが興味津々に訊いてきた。

 

「何がよ?」

 

「タクヤさんとのことです。婚約までしちゃって。いつから好きだったんです?」

 

「……べ、別に言わなくてもいいでしょ」

 

 少し顔を隠してリルがそっぽを向いた。

 

「え~、だって気になります」

 

「わたくしも」

 

「私も気になります」

 

 便乗してアリーとフィオナも乗っかってきた。

 三人の期待の視線を受けて、さすがにリルも黙ってられなくなる。

 

「……そ、そんな大層な話じゃないわよ」

 

 前置きが出てきて目を輝かせる三人。

 

「黒竜に襲われたときにうっかりときめいちゃっただけ」

 

 あれだけ悪態を突いていた自分を、命を賭して守ってくれた彼の姿に。

 自分の為に扱えなかった防御魔法を発動させ、血が出ようとも必死になってくれた卓也の姿に。

 一生懸命になってくれた彼に恋をした。

 

「でもリルさんって婚約者候補がたくさんいらしたのですよね?」

 

 候補から選ぼうとは思わなかったのか、アリーは気になる。

 

「そりゃ婚約者候補はたくさんいたけど、別にいいやつはいなかったし。そいつらよりもタクヤのほうがずっと良い男だもの。あと、あたしは貴族達の政略道具になるつもりもなかった」

 

 人形のように扱われるなんて我慢できなかった。

 

「というかアリーとココはどうなのよ」

 

 今度は逆にリルが二人に尋ねる。

 

「わたしは全然です。婚約の“こ”の字も出てきません」

 

「シュウ様があれですから」

 

 苦笑するリライトの王女に三人も同じように笑った。

 

「アリーは苦労しそうね」

 

 おそらく仲間の中で朴念仁ナンバー1の修。

 恋愛関係に発展させることは殊更に難しそうだ。

 

「フィオナは進展とかあったりする?」

 

 そして今度の話題はフィオナへと移り変わる。

 

「いえ、特に何も」

 

 落ち着いた感じで紅茶を飲むフィオナに、アリーは前々から思っていた疑問を口にする。

 

「ぶしつけに訊きますけれど」

 

 今まで直接に訊いたことはなかったけれど。

 

「フィオナさんはユウトさんのこと好きなのですよね?」

 

「ふぇっ!?」

 

 フィオナが手に取っていたカップをガチャリと音を鳴らして落とした。

 一瞬で顔を真っ赤にしたフィオナに、リルがからかうように先日の一件を口にした。

 

「こないだ愛してるって言ってたわよ」

 

「えっ!? い、いつです!?」

 

「本当なのですか!?」

 

 突然降って沸いた話にココもアリーもテンションが上がる。

 

「あたしとリステルに行った時によ。30人以上に大見得切って言い放ってたわ」

 

「ふぇ~」

 

「すごいですわね」

 

 そんな大人数に言うなんて。

 けれど同時に疑問がココに浮かぶ。

 

「告白はしないんです?」

 

 するとフィオナの真っ赤だった顔はすぐに赤みが消えた。

 

「……いえ、さすがに断られるのが怖くて」

 

「なんでです? だってフィオナさんってユウトさんに好かれてるじゃないですか」

 

 彼がどうしようもなく愛おしそうな表情を見せるのはフィオナのみ。

 そんなもの、仲間の誰も彼もが分かっている。

 だが、

 

「好意を持っていただけてるのは分かるのですが、仲間の皆さんも同様だと思いますし」

 

「「「……えっ?」」」

 

 予想外の返答に三人が面を食らった。

 そして次々に声を揃えて否定する。

 

「違いますわ。全然、違います」

 

「扱いからして違うわよね」

 

「当然です」

 

 明らかに圧倒的にどうしようもなく扱いが違う。

 なのに同じに思うって。

 呆れる。

 鈍いのか、それとも危機感が足りないのか。

 

「前にも話したと思いますが、ユウトさんは詳細が知られたら大変な人物です。国内有数どころか国外まで引っ張りだこの争奪戦が起きそうな方です。このまま手をこまねいていたら奪われてしまうこと必至ですわ」

 

 アリーが正真正銘の事実を口にする。

 瞬間、フィオナが叫んだ。

 

「い、嫌です!」

 

 珍しく、フィオナが真顔で余裕のない表情になった。

 今までならば『優斗さんが決めたなら仕方ありません』と言うのに。

 互いの結びつきが強くなったのだろうか?

 より一層に優斗を愛するようになったのだろうか?

 どちらにしても反射で言い放った言葉は、おそらく彼女の純粋な本心なのだろう。

 フィオナの様子にアリーはイタズラを思いついた。

 

「幸い、現状ではフィオナさんはユウトさんの奥方です。今のうちに良妻としてユウトさんを捕まえておくのがよろしいのでは?」

 

 彼女の提案にフィオナは飛びついた。

 

「ど、どうしたらいいですか!?」

 

 あまりにも真剣な様子に少しだけ申し訳ない気もしたが、アリーもココもリルも楽しさが勝った。

 

「じゃあ、みんなで考えましょう」

 


       ◇      ◇

 

 

 そして彼女達が考えたことをフィオナが実行したのは翌朝からだった。

 優斗は朝に弱い。

 やろうと思えば問題なく起きれるのだが、それは特別な状況になったときだけ。

 普段は15分以上もぼけっとしている。

 特に休みの日などはゆっくりとまどろんでいるのが好きだった。

 

「失礼します」

 

 なので未だ眠っている彼のもとへ向かったフィオナ。

 音を立てないように優斗に近づき、

 

「優斗さん、起きてください」

 

 優しく声を掛けるが優斗は起きない。

 というわけで、話し合いの際に教わったことをやってみる。

 

「あなた……お、起きてください」

 

 顔を真っ赤にしながら言う。

 が、優斗に反応なし。

 そして起きなかった場合の次の手段。

 

「お、おはようのキス……でしたね」

 

 頬と唇の二択らしいが。

 とりあえず頬に狙いを定める。

 

「……よしっ!」

 

 気合いを入れてベッドに手を掛けた。

 軋んで軽く揺れる。

 

「……ん……?」

 

 そのわずかな振動で優斗が目を覚ます。

 

「…………」

 

 少しだけ瞼を開いて、

 

「……あっ」

 

 フィオナと目が合った。

 

「…………きょう…………なにかあったっけ……」

 

「……い、いえ、なにも」

 

 フィオナとしては、まさか頬にキスをしようとしていたなどとは言えない。

 優斗はフィオナの返答を聞くと、安心したように目を閉じた。

 

「……おやすみ」

 

 

       ◇      ◇

 

 

「……うぅ……」

 

 フィオナは思わずうめき声をあげていた。

 朝は失敗した。

 だが、次は成功させる。

 お昼を食べ終わって優斗は現在、ソファーで寝転びながらマリカを持ち上げている。

 ソファーは優斗がまるまる使っているので、ほかに座るものもいない。

 

「あぅーっ!」

 

 “高い高い”をしてもらって喜んでいるマリカ。

 フィオナは二人が遊び終わるところを狙って『ひざまくら』をやってみようと試みる。

 けれど、

 

「ユウト、ちょっとそこでお茶飲むから頭あげて」

 

「向かいのソファーが空いてますけど」

 

「いいからいいから」

 

 無理矢理にエリスが優斗の頭があった部分に座ってきた。

 ひょいっと頭をあげた優斗はそのまま起きようとしたが、額を押されてあえなく後頭部がエリスの太ももに着地した。

 

「……なんです? 突然に」

 

「娘に膝枕ってしたことあったけど、義息子にはやったことなかったから」

 

「義父さんで我慢しません?」

 

「嫌よ。自分の子供にやるっていうのが重要なのよ。そ・れ・に――」

 

 フィオナをエリスはにやにやと見る。

 優斗がつられて見てみると、ただならぬ表情をした彼女がそこにいた。

 

「あら? フィオナ、どうしたの?」

 

「わ、分かっててやってるんですか!?」

 

「なんのことかしら?」

 

 エリスがフィオナをからかっている。

 これでようやく優斗もエリスが膝枕なんてしたのか見当がついた。

 

「フィオナをからかうためにやったんですか」

 

「だってあの子、さっきからウロウロしながらユウトとマリカのことを見てたから。もしかしたらこういうことやりたいのかな、って」

 

「ち、違います!」

 

 からかわれていたのに気付いて、フィオナが反射的に否定する。

 

「部屋に戻ります!」

 

 そしてバタバタと自室へと戻っていった。

 

「本当に慌ただしい娘ね」

 

「……義母さん。フィオナをからかうのやめてください」

 

「だって楽しいんだもの。今のあの子ってからかい甲斐があるし」

 

「……はぁ。僕にまで被害が来るようにしないでくださいね」

 

「そこらへんのさじ加減は分かってるわよ」

 

 

 

 

 一時間後、落ち着いたフィオナは再び広間に戻る。

 しかし優斗とマリカの姿が見えないのでエリスに尋ねた。

 

「優斗さんは?」

 

「あそこでマリカとお昼寝中よ」

 

 エリスが指したほうを見れば、二人仲良くマリカのお遊びスペースで眠っていた。

 にやにやしながらエリスがフィオナに訊く。

 

「それで、次は何をするの?」

 

「や、やっぱりさっきの分かっててやったんですね!」

 

「だってぶつぶつ独り言で言ってるんだもの。さすがに分かるわよ」

 

 朝からずっと口にしているのだから、気付かないほうがおかしい。

 

「次はうでまくらって言ってたわね」

 

「わ、わー! だ、駄目です! いくらお母様でも次はやったら駄目です!」

 

「静かになさい。二人が起きちゃうじゃない」

 

 慌てたフィオナをエリスはたしなめる。

 

「というかさっきから疑問だったのだけど、どうして突然そんなことやろうと思ったの?」

 

 エリスの当然とも思える質問に、フィオナは昨日の話をする。

 

「ふうん。つまりユウトが誰かに取られるかもしれないから、先に既成事実を作ろうとしたのね」

 

「ち、違います。妻らしいことをすれば優斗さんをここに留めておける話になりまして……」

 

「なに? フィオナはユウトをここに留めておきたいの?」

 

 エリスの直球な質問にフィオナは照れるが、しっかりと頷いた。

 

「だったら別にそんなことしなくてもいいじゃない。帰る場所とおいしいご飯を作って待っていること。これが旦那に妻を持って一番よかったと思わせる方法よ」

 

「……そう……なのですか?」

 

 あっけらかんとしたエリスの言葉にフィオナは驚く。

 

「もちろんよ。たまに振る舞う手料理なんて、若いときのマルスは泣いて喜んだわ」

 

 貴族だから料理を振る舞う機会はそうそうあるわけではないが、料理を作ってあげたときは本当に喜んでいた。

 

「だからフィオナ達は今のままでいいのよ。ときどき、ご飯を作ってあげてるでしょう?」

 

「はい」

 

「それに、ユウトが帰る場所は“この家”なんだから。無理にどうこうしようと思わなくていいの」

 

 と、ここでエリスはイタズラめいた表情を浮かべ、

 

「どうしても離したくないのなら、告白でもなんでもして本当の婚約者やら夫婦になればいいだけじゃない」

 

 なんて言ったら、またフィオナは顔を真っ赤にして自室へと戻っていってしまった。

 エリスは笑う。

 

「フィオナって変に行動派なのに、妙なところで引っ込み思案なのよね。誰に似たのかしら?」

 

 行動的なのは自分の性格だろう。

 ということは、引っ込み思案なところは、

 

「きっとマルスね」

 

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