第24話 せめて怪我人らしく
一悶着があったパーティーの翌日。夏休み中に数日ある登校日だったので、優斗は右肩と手の平を包帯で固定しながらの登校だ。
事情を知らないクラスメートから「どうしたの?」などと訊かれるが、優斗は言葉を濁してうまくかわす。
席にかばんを置くと修とクリスが寄ってきた。
「普通に怪我人ルックじゃん」
「昨日は大変でしたね」
「本当だよ」
一番の重症が自分の怪我だけだというのは、上出来だと優斗は思う。
「自分は今朝、相手方の事情も大筋は伺いました」
クリスが優斗と修だけに聞こえるような小さな声で伝える。
「今のところ、ラッセルってどうなったの?」
「状況で言えば最悪なのではないでしょうか」
これ以上はないくらいの悪い展開になっていると言っていい。
「お金でどうこうなりそう、ってことはないのか?」
ほんの僅かな可能性だとしても、そんな展開になるかもしれないとマルスが話していたのは修も覚えている。
けれどクリスは首を横に振った。
「さすがにあのレベルまでやってしまっては、どう足掻いたところで無理な話になっているそうです。王族、公爵に対する危険行為。龍神の両親に選ばれた二人と王国の勇者に対しての殺害未遂。一族どころか関係者もろとも投獄されても文句は言えません」
「うわ~、あらためて罪状を並べると大変そう」
「国家転覆でも謀ったのではないか、と取り調べている人は勘繰っているそうです」
確かにそうそうたる面子を人質にした上、殺害しようとした。隠している事情が多かったとはいえ、狙った相手が悪いとしか言えない。
「暗殺者の二人はどうなんだ?」
修が続けて訊く。
「あちらも金で雇われているとはいえ実行犯に間違いないのですが、大男に対しては情状酌量の余地があるそうです」
「……あん? どういうこった?」
あの状況で情状酌量なんてあるのだろうか。クリスが二人の疑問な表情を受けて説明を始める。
「大男、あまり暗殺者っぽくなかったでしょう?」
「むしろクソ真面目な武闘家みてーだったな」
「確かにね」
修と優斗は頷く。直前まで気配を消すのは上手かったのだが、攻撃方法があまりにも豪快すぎて暗殺者と言われても納得はしかねる。
「それもそのはずです。暗殺なんてやったことがなかったのですから」
「……はっ? やったことがなかった?」
かなりの衝撃的な事実に修が目を丸くする。
「疑問に思うのは分かりますが、言葉通りですよ。暗殺対象にしてもフィオナさんは公爵の不貞の子、ユウトとシュウは田舎者で不良ということで話を通していたらしいですから。最初から聞いていれば突っぱねていたと言っています」
つまり彼は正当性のある暗殺だと思っていたからこそ依頼を受けた。
とはいえ、どうしてそんな男が暗殺なんてものを引き受けたのだろうか。
「それでも戦ったってことは……金か?」
「はい。大男の暗殺者、名をゴウと呼ぶのですが、息子の法外な治療費を支払わなければならなかったらしく、今回は苦渋の決断として暗殺を請け負っているチームに入り、仕事を請け負ったようなのです。お金は前払いで払われていたからこそ、ラッセルの話と我々の話が食い違っていても『請け負った仕事だから』と戦ったそうです」
「まあ、確かにクソ真面目で大雑把な暗殺者がいてたまるか、って話だ」
あれが本筋の暗殺者というのなら、世界はもっと明るくなっている。
「今のところは牢屋に入れられていますが、今後の判決次第では多少でも罪は軽くなるかもしれません」
「えらく簡単に軽くなるんだね」
優斗が不思議に思う。罪は罪だ、ということではないのだろうか。
「彼が捕まったと知るや幾人かが別人じゃないのかと詰め寄ってきたそうです。少なくとも周りの住民には慕われているそうですし、彼のような人物が犯罪に手を染めるしかなかった場合は、国家にも責任があるという考えですから」
「王族が危険に晒されても?」
「その王族が統治している国がいけないのですからね」
そして別の席では、女性陣が集合していた。
「ユウトさんも左手一本では、やはり大変ですわ」
「そうです、そうです」
フィオナの席にアリーとココが顔を寄せ合って、何か変な会議をしていた。
「ここはやはりフィオナさんが妻として支えてあげるべきですわ」
アリーやココは夫婦だ何だと言っているが、本当のところ結婚どころか婚約もキスも手すらも繋いでいないような清らかな関係だ。
けれども、夫婦設定を受け入れている二人。しかも互いが互いを憎からず想っているのは傍から見ていても分かる。そこがまた彼女達の乙女心に触れるのだろうか。
恋愛小説みたいで面白い、と。一応は婚約者というパターンもあるのだが、彼女達の中では基本的に無視されている。
「怪我をした帰り道、頼ってくださるようには伝えましたが」
なので問題ないとフィオナは思うのだが、アリーは首を振って力説した。
「甘いですわ。ユウトさんは無理をされるお方。事前に察知してフォローするのが妻としての役目でしょう」
自信満々に、王女の威厳すら感じさせるカリスマを全力で発揮しながらアリーが宣う。
するとフィオナも、なんとなく彼女の提案が正しいような気がしてきた。
「……かもしれません」
「妻として夫を支える。これが家庭円満の秘訣ですわ」
「そうです!」
ココも話に乗ってフィオナを囃し立てる。
「わ、わかりました」
すると彼女達がノリノリなので、フィオナも頑張ろうと気を張った。
おそらく、これほど無駄に使われた王族のカリスマというのは、未だかつてないだろう。
つつなくホームルームも終わり、残りの夏休みを過ごす為の軽い説明を受けて、学院を後にした一行は時折行く大衆食堂へと入っていく。
「卓也、ちょっとトイレ行ってくるから適当に頼んどいてね」
「わかった」
席について早々、優斗がトイレに向かった。卓也が何を頼もうか、と悩んでいるとココに捕まる。
「なんだ?」
「ちょっと協力してください」
卓也の耳に手を当てて、ごにょごにょと喋る。
「ふむふむ……オッケー。面白そうだから乗った」
卓也はグーサインをココに出して、自分の分とココの依頼に応じた優斗の分を頼んだ。
少しして優斗が戻ってくる。
「卓也、頼んでくれた?」
「もちろん」
「サンキュ、助かる」
優斗が席について雑談に加わっていると、五分ほどして料理が出てきた。多種多様な料理が出てくるが、
「御膳定食のお客さんは?」
「こいつです」
卓也が優斗を示す。この店で一番高い定食がやってきて、優斗は感嘆の声をあげた。
「豪勢なのがきた」
同時にアリーとココがフィオナに意味ありげな合図を送る。
最近、アリーは変な感じに修の影響を受けているような気がしてならない。
言葉のチョイスだったり今みたいなことだったりと、良い意味なのか悪い意味なのかは難しいところだが、どちらにしても王族っぽくなくなってきている。
「……っ」
フィオナは無言でアリー達に頷いた。優斗の料理は箸を使う。右利きである彼が食事をするのも大変だろうから、フィオナは一度深呼吸をして切り出す。
「あ、あの、優斗さん」
よろしければ、食べるのを手伝いましょうか……と、彼女は言おうとした。
だが隣を見れば、
「フィオナ、どうしたの?」
左手で器用に箸を使ってオカズを口にしている優斗がいる。
「い、いえ、その……お箸を使うの上手ですね」
「前にこいつらと『利き腕と逆の手で何個の豆を隣の皿に移せるか』っていう勝負をしてさ。負けたのが悔しくて、必死に精進したんだよね。おかげで集中すれば左手でも問題なく箸を使えるようになったんだよ」
相変わらずというかなんというか、こんな無駄なことでさえ努力をしているとは思わなかった。
フィオナは優斗の役に立てなかったことにしゅん、とするしアリーとココは異世界組をブスッとした視線で睨む。しかし優斗は食事を取るのに集中しているし、修は視線に気付かない。
和泉は我関せず黙々と食事をしている。そして卓也とクリスだけは不満げな女性陣に気付いて、可笑しな食事風景になっているものだと苦笑いした。
その後も色々なところへ行っては遊んでいたのだが、優斗も無駄すぎるくらいに能力が高いのでフィオナの手を煩わせることはなかった。
どこか行く度にフィオナのテンションが少しずつ落ちていき、解散となった頃には、
「…………」
彼女は驚くくらいローテンションになっていた。
「あ、あの、フィオナ?」
自宅までの帰り道。どうして彼女のテンションが低いのか優斗には分からない。
だが、今のフィオナだとマリカも怯えそうなので打開を試みる。
「えっと、その……体調でも悪い?」
「……いえ」
「楽しくなかった?」
「……いえ、楽しかったです」
とフィオナは言うものの、優斗は一切合切信じることができない。
──こ、言葉と口調が合ってない。
本当に落ち込んでいる。これではもう埒が明かないと思い、優斗は直球で尋ねる。
「何が原因なの?」
真摯に話し掛けるとフィオナは俯いていた顔を上げて、ちらりと視線を隣に向けた。
「昨日、言いました。優斗さんを支えると」
「うん。すごくありがたいと思ってるけど……やっぱり迷惑だった?」
「違います。優斗さんは一人で何でも出来るから……」
「……はい?」
ますますテンションが下がるフィオナに対して、優斗は全くもって要領を得ない。けれど彼女の独白は続く。
「お昼のときも食べさせてあげようと思ったのですが、優斗さんは難なくこなしてしまいますし」
「それは、まあ……できることだったから」
「遊んでいた時もです。何でもかんでも一人で出来てしまいますし、私なんて必要ないんじゃないかと思ってしまって」
そしてまた、フィオナは下を見て俯く。優斗はとりあえず、彼女の話した内容を頭の中でまとめてみた。
──えっと、つまりフィオナは……あれなのかな。
自分の役に立つことができなかったから、落ち込んでいるらしい。
──僕のせいで落ち込んでるのか?
予想外の理由だったとはいえ、彼女が落ち込んでいるのはどうにかしたい。
──でも、どうやって喜ばせる?
おそらく優斗の役に立ってこそフィオナは喜ぶ。テンションも上がる。
けれども帰ってる途中で手助けを必要とする動きなんてしない。
ということはつまり、無理やり彼女の手を借りようとしなければならない。
しかし、だ。現在していることといえば、
──歩く……だけだし。
ビックリするぐらいに無理な気がしてきた。
「……ん?」
と、ここで優斗達は親子連れとすれ違う。マリカよりも少し大きな子供が、転ばないように母親と手を繋いでいた。
──転ばないように?
ふと、気付く。自分が今の状態で転んだら不味い。下手な場所を打ち付けてしまうと、怪我が悪化する恐れがある。現在の行動の中で最大のリスクと言えばそれだ。
──じゃあ、回避するにあたって一番最適な行動というと……。
優斗はやろうとしていることを考えて、顔が赤くなった。が、今の自分にはこれぐらいしか思い付かない。家に着くまで時間の問題もある。
──やるしかない……のかな。
優斗は怖じ気づきそうな内心に気合と根性を入れると、思い付いたことを口にした。
「あの、フィオナ」
「……はい?」
「じ、実はさ、遊んでたから少し疲れたんだよね」
「……はい」
「それで、ね。左右のバランスが違うからなのか、さっきからうっかり躓いて転びそうになってるんだよ」
まだ優斗の真意は伝わらないのか、フィオナは未だしょんぼりとしている。
「実際に倒れたら怪我が悪化するだろうし、最悪の事態が起こる前に誰かが支えてくれると、その……助かるんだけど」
「……はい」
反射的に頷く。けれど、頷いた後でようやくフィオナも認識したのか、弾けるような勢いで優斗を見た。
「ゆ、優斗さん! 今、なんて言いました!?」
自分の聞いたことが間違いないのか、フィオナが確認する。
「だから誰かが支えてくれると、えっと……助かるなと思って」
恥ずかしくて左手で頬を掻く。けれど優斗の様子なんていざ知らず、フィオナは嬉しさのあまり彼の左手を奪うように取ると自らの右腕を絡ませた。
「えっ!? ちょ、フィオナ!?」
優斗が想定外の事態に焦る。自分が提示したのは、あくまで手を繋ぐことであって腕を組むまでは想定していない。
だがフィオナから言わせてみれば、優斗をしっかりと支えるためには密着したほうがいい、という考えで腕を組んだ。
しかも落ち込んでいたからなのか、先ほどとは真逆のハイテンションが腕を組むことを躊躇わせなかった。少なくとも僅かな間は照れずにいられるだろう。
「これで優斗さんが倒れそうになっても心配はいりません」
フィオナが自信満々に言う。一方の優斗としては左腕に柔らかいものやら何やらで気が気でないのだが、
「ふふっ、ようやく優斗さんの役に立てました」
ニコニコと、眩しいばかりの笑顔になる彼女の前では何一つ言えない。
もちろん三、四○秒もすれば自分がやっていることに気付いて顔を真っ赤にさせたのだけれど、彼女は赤面しながらも決して組んだ腕を解くことはせずに家まで帰った。
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