第95話 正しき在り方

 トラスティ家のテーブルが微かに揺れる。

 修の向かいに座っているアリーが嘆息した。

 

「今、地面が揺れましたわね。おそらくは魔物でしょうか?」

 

「だろうな。ついでにちらっと遠くで光ったのが見えたし、優斗だろ」

 

「……まったく。相も変わらず、といいますか……」

 

 いつものように、いつものごとく。

 巻き込まれている。

 

「リライトまで地響きを起こせるほどの魔物が相手なのに、心配できないのが酷いですわね」

 

「しゃーない。優斗だからな」

 

 そして修はある方向を指差す。

 

「つーか心配してない俺らも大概だけどな、フィオナのほうがすげーぞ」

 

 指先を辿ればフィオナとリルと愛奈、マリカの姿がある。

 

「あう~」

 

「おにーちゃんなの?」

 

「ええ、どうせ優斗さんなんですよ。まったく、ここまで地面を震わせるほどの相手なんです。あんなに凄いのを倒してしまったら、それこそ誰かに見初められてしまうかもしれません」

 

「……あんたね」

 

 リルが呆れた声を出す。

 どういう心配をしているのだろうか彼女は。

 修は彼女の心配の仕方を見て笑う。

 

「だろ?」

 

「……フィオナさん。心配のベクトルが違うのですね」

 

 さすがは優斗の恋人だ。

 

「通常なら国際問題になりそうな事柄なのですが、どうせ……ですわね」

 

 修もアリーも苦笑して頷き合う。

 

「どうせ、あいつがどうにかすんよ」

 

「まあ、タクヤさんとクリスさんについては少々心配ですが」

 

「それこそ“どうせ”だ」

 

 仲間が危機に陥ろうとも問題ない。

 

「優斗は最強だからな」

 

 堂々とした修の言い草。

 しかし、アリーは疑問に思う。

 

「……えっと。ではシュウ様は?」

 

 優斗が最強というのは少し理解できない。

 同等に修がいるのだから。

 けれど彼はある意味で同等の言葉を告げる。

 

「俺は無敵だ」

 

「それはどういう――」

 

 言いかけて、アリーは気付く。

 

「いえ、それがユウトさんとシュウ様の絶対の信頼に繋がっているのですね?」

 

 端から見て、異常だと思えるほどの絶対的信頼をお互いに持っている修と優斗。

 その一つが今言ったことなのだろう。

 アリーの問いかけに修は軽く目を見張った。

 

「やるな、アリー」

 

 そして小さく笑い、ティーカップを指で弾きながら教える。

 

「俺は基本的に負けたことがねーんだ。少しでも勝ちたいと思ったものは“絶対”に」

 

「相手が棄権をする、というのもあるのですか?」

 

「いや、やってるうちにすぐ抜く。相手以上の力を得て圧倒する」

 

 天才だと。

 神童だと周囲に騒がれた。

 

「10歳くらいの時か。俺は“そういう存在”なんだって気付いたよ」

 

 自分自身の異常性を理解した。

 

「何をやっても圧倒して勝てる」

 

 “絶対に勝てる”

 紛れもなく異常の才能。

 

「これ以上ないぐらいに勝利の女神に愛されてる。だから主人公でチートの権化、なんて言われてんだ」

 

 おかしいぐらいの力を持っているから。

 ただし、

 

「まあ、一人だけ例外がいるけどな」

 

「ユウトさんですわね」

 

 アリーの断言に修は頷く。

 

「あいつだけなんだよ。俺と対等に勝負できたのってさ」

 

 修が“勝負”の範疇に入れてなお、勝負することのできる存在が一人だけいる。

 

「優斗だけが俺に勝ったことがある。つまり、それがどういうことか分かるか?」


 修は笑みを零す。

 

 

「宮川優斗は狂ってる」

 

 

 本当に。

 

「“俺”と対等にやれるっていうこと自体が異常だ」

 

 勝利の女神に愛されている自分に対し、勝つことができる彼は本当におかしい。

 

「もっと言うのなら“この世界の何であろうと圧倒できると確信している内田修”を倒せる可能性を持った、宮川優斗という存在は理解できない」

 

 範疇を超えている。

 あまりにもおかしすぎる存在だ。

 

「運命って言葉を使ったほうが分かりやすいなら、俺は運命で勝つことを定められてるけど、あいつは運命をねじ伏せられる」

 

「……ねじ伏せる。確かにそうですわね」

 

「俺ぐらいのチートでさえもねじ伏せる時がある。そんじょそこらの勇者や主人公じゃ話にならない」

 

 敵うわけもない。

 絶大の力を持つ自分さえも負けることがある。

 だとしたら、中途半端なチートなど彼はものともしない。

 

「そして質問の答えだ」

 

 誰が“最強”なのか。

 

「俺は誰だろうと絶対に勝つ。誰もが敵になり得ないから無敵だし、優斗は誰であろうともねじ伏せる。圧倒的な力を以て、蹂躙する」

 

 自分と勝負のできる親友。

 神に愛されずして得た、圧倒的な力。

 “強敵”ではなく“強友”。

 だからこそ敵ではない。

 けれどたった一人のライバル。

 それは内田修が唯一と認めるに値する存在。

 

「だから――あいつが最強だ」

 

 間違いなく。

 

「そして、だからこそ俺と優斗は絶対的な信頼で繋がってんだ」

 

 自身の異常性を知っているからこそ、彼の異常性に心からの信頼を置ける。

 

「俺はあんなもんに余裕で負ける気がしない」

 

 それは修の持っている天恵で分かること。

 

「ということは“絶対に優斗も負けない”」

 

 負けるわけがない。

 

「当然の論理だろ?」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 クリスが剣を振るい、卓也が魔法を放つ。

 絶対に刹那達に近付けない戦い方を二人はしている。

 ルミカはミルの治療を終え、今度は朋子に駆け寄って右手をかざす。

 

「痛みはどうですか?」

 

「……ありがとう。だいぶ、なくなったわ」

 

 骨折もしていないのが幸いした。

 痛む箇所がすぐに緩和されていく。

 そして視線は剣戟と炸裂音がする方向へ。

 二人はすでに、八体もの魔物を倒している。

 両方とも凄いと朋子は思うが、その中でもやはり目立つのは、

 

「綺麗な戦い方」

 

 クリスの剣技。

 見本と見紛うほどの剣捌きがある。

 まるで、その構えにはその斬り方があることこそ普通だと言わんばかりに。

 

「きっと何千、何万、何十万と同じ型を練習したのでしょうね」

 

 まるで教科書のようなクリスの戦い。

 明け暮れるほどに剣を振るい、得たクリスト=ファー=レグルの戦い方。

 身体に染み込むほどに養われたそれは、寸分の狂いもない。

 

「……凄いわ」

 

 まさしく次代の『学院最強』の名に相応しい。

 

「そろそろ終わりますね」

 

 残りは二体。

 クリスが正面から襲いかかってくるイシュボアの額を貫く。

 背後から襲うイシュボアは卓也が防壁で受け止めた。

 

「タクヤ!」

 

「分かってる!」

 

 振り向いたクリスと卓也は同時に右手を突き出して魔法を放つ。

 これで終了。

 最後にイシュボアが全部動かないのを確認して、二人は朋子達のところへと戻ってくる。

 

「素晴らしいですね、お二人とも」

 

「オレは二体しか倒してないよ。あとは全部、クリスのおかげだ」

 

「クリス先輩、お手本みたいだったわ」

 

「ありがとうございます」

 

 四人は小さく笑みを零す。

 

「刹那とミルは?」

 

「少々、疲れてしまったようで。あと少しで喋る元気も戻ると思いますよ」

 

 怪我は治している。

 今は二人とも、息が上がって喋れないだけだ。

 

「安心した」

 

「それはよかったです」

 

 卓也とクリスが安堵する。

 そしてルミカがフォルトレスに視線を向けた。

 

「この後はどうされますか?」

 

 優斗の応援にでも行ったほうがいいのだろうか。

 けれど卓也とクリスは座り込む。

 

「まあ、見てるだけだろうな」

 

「ですね」

 

 自分達は出て行けない。

 行ったところで邪魔になるだけだ。

 

「大丈夫なんでしょうか?」

 

 心配を口にするルミカにクリスと卓也は声を揃える。

 

「問題ありません。ユウトが絶対に勝ちますから」

 

「問題ないよ。優斗が絶対に勝つ」

 

 

       ◇      ◇

 

 

「ふざけるな! マサキは負けない!」

 

 ニアが怒鳴る。

 ジュリアは睨み、正樹も納得した表情をしていない。

 

「分かった」

 

 平行線ならば、これ以上の問答は不要。

 

「一対一対三だね。こっちもフォローはしないし、そっちもフォローしなくていい。攻撃に巻き込まれようと、巻き込もうと知ったことじゃない。互いに味方じゃないし、どうでもいい存在。それでいいね」

 

 端的に伝えて優斗は上へ右手を翳す。

 

「求めるは火帝、豪炎の破壊」

 

 一つ。

 

「求めるは雷神、帛雷の慟哭」

 

 二つ。

 

「求めるは風切、神の息吹」

 

 三つと上級魔法を上に向かって放った。

 けれどフォルトレスの大きさに対しては全くの無意味。

 

「……あら。弱点でも見つかるかと思ったけど、上級魔法じゃ弱すぎて意味がないか」

 

 ダメージにならない。

 フォルトレスの大きさに対してあまりにも上級魔法は小さすぎる。

 

「だったら次、神話魔法を――」

 

 右手を前にかざした瞬間だ。

 

『――――ッ!』

 

 フォルトレスが轟いた。

 前後左右、乱れるように魔法を放つ。

 風が大いに吹き乱れた。

 

「どうしていきなり暴れたんだ?」

 

 意味が分からない。

 が、知ったことじゃない。

 詠む。

 

『降り落ち――』

 

「あああああぁぁっっ!!」

 

「求めるは水連、型なき烈波」

 

「求めるは――」

 

 しかし真横から正樹達が走っていく。

 そして駆け抜けようとして……魔法に捕まった。

 まずニアが、そしてジュリアが次いで魔法に当たる。

 

「……? ただの風魔法じゃない?」

 

 思わず詠むのをやめた。

 魔法が当たったのは見て分かった。

 そして効力は、

 

「へぇ、捕らえて……おお、飛んでいった」

 

 どうやら攻撃を加えるものではなく、相手を吹き飛ばすものらしい。

 どんどん二人の姿が小さくなっていく。

 優斗は見届けながら気を取り直し、

 

『降り落ちろ裁きの鉄槌。眼前の敵に――』

 

 言霊を紡ごうとしたが、また邪魔が入る。

 フォルトレスの覆っている岩の一部が優斗の真上に落ちてきた。

 けれど、今度は詠むのをやめることはない。

 風の魔法で真横に飛ぼうとして、

 

「優斗くん、危ない!」

 

「えっ?」

 

 余計な事をされて詠唱を中断せざるを得なかった。

 正樹が優斗の避けようとした方向から飛び込んでくる。

 

「……ったく、何でだよ」

 

 フォローはしないと言ったはずだ。

 相手にもフォローはするなと言ったはずだ。

 けれどこのままでは二人とも潰される。

 優斗は舌打ちし、

 

「――このっ!」

 

 横ではなく上に飛び、ショートソードを折りながら岩を斬る。

 

「……ああ、もう。こっちに来てからずっと使ってたショートソードなのに」

 

 普通のショートソードではあるが、少々愛着があった。

 とはいえ現状に置いては邪魔にしかならない。

 柄を手放しショートソードを捨てる。

 

「うわっ!」

 

 すると、真下から正樹の声が聞こえた。

 どうやら魔法に当たってしまったらしい。

 正樹も飛んでいく。

 すると当然残るは優斗のみ。

 しかも彼は空中から落ちている最中で、魔法を斬っていたショートソードは折れたばかり。

 つまり、

 

「――やばッ!」

 

 優斗も魔法に捕らえられた。

 

 

       ◇      ◇

 

 

「なんか飛んできてるな」

 

「フィンドの勇者ご一行ですね。タクヤ、どうにかできますか?」

 

「オレ一人じゃ無理くさいが……ルミカ、ちょっといいか?」

 

 卓也はルミカを呼び寄せ、あることを提案する。

 

「できるか?」

 

「大丈夫です」

 

「じゃあ、やるぞ」

 

 二人して詠唱する。

 

「求めるは風雅、形なき防壁」

「求めるは聖柔、優しき夢朧」

 

 風の防壁と聖なる防壁の二つが前後に並ぶ。

 飛んできたニアとジュリアをまずは風の防壁が掴み、速度を落としたところで聖なる膜のような防壁が二人をキャッチする。

 そして地面に落ちるが、特に怪我はない。

 

「次、来たぞ」

 

 さらには正樹も飛び込んできたのでキャッチ。

 彼はさすがというべきか、上手に着地した。

 そして周りを見回し、

 

「あっ! ミルに刹那くん、朋子ちゃんも無事だったんだ!」

 

 三人の姿を認めて安堵する。

 

「大丈夫」

 

「ルミ先が治して、卓先が守ってくれたからな」

 

「クリス先輩が倒してくれたもの」

 

 正樹としては彼らが何を言っているのかはちょっと分からない。

 だが彼らが助けてくれたのならよかった。

 正樹は笑みを浮かべる。

 

「……ん? また飛んできたけど……あれ、優斗じゃないか?」

 

「ですね。ユウトも飛んできましたか」

 

 卓也とクリスが珍しそうに空を見る。

 彼らに遅れて数十秒、優斗が飛んでくる姿も認められた。

 

「た、卓也くん、ルミカ! お願い!」

 

 正樹が先ほどと同じようにやってくれ、と頼む。

 けれど卓也が止めた。

 

「ルミカ、やらなくていい」

 

「えっ? いいんですか?」

 

 詠唱しようとしていたルミカは拍子抜けだ。

 

「問題ない。体勢を整えてるし、一人で着地できるよ」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 優斗は二十秒ほど、無詠唱の風魔法で粘ったのだが駄目だった。

 案の定、フィンド一行と同じように飛ばされる。

 

「あ~、無理だったか」

 

 さすがに耐えきれなかった。

 

「……とはいえ、おかしい。明らかにおかしい」

 

 優斗は空中にいながら考える。

 目の前にいるのはお伽噺の魔物。

 フォルトレスを倒したのは彼女――大魔法士マティス。

 ということは、現状でフォルトレスの天下のはずだ。

 彼女はすでにいないのだから。

 

「だから暴れてる?」

 

 いや、それにしては様子が変だ。

 

「違うね」

 

 自らの考えを否定する。

 あれは暴れてるんじゃない。

 先ほどだって無作為に、無造作に、どこかに行ってしまえとばかりの魔法を使っていた。

 ならば、

 

「……怖いのか」

 

 怯えている。

 あれほどの魔物が。

 誰に?

 

「……ああ、そっか」

 

 気付いた。

 

「そういうことなんだね」

 

 マティスはいない。

 けれどフォルトレスはマティスと戦ったことがあるから。

 だから、

 

「初めてじゃないんだ」

 

 “出会った”のは初めてじゃない。

 

「それなら踏襲したほうがいいか」

 

 もっとルミカの説明を大事にすればよかった。

 戦いの爪痕が残るアルカンスト山。

 そしてなぜ“虚無”の魔法を使わなければならなかったのかを大事にするべきだった。

 

「よし」

 

 地面が近付いてきている。

 体勢を直し、風の魔法を使って飛ばされる速度を軽減。

 さらに地に足がつくと、砂塵をまき散らしながらスピードを殺す。

 膝を着きながら止まる。

 そこに卓也達がいた。

 

「いい具合に飛んできたな」

 

「粘ったんだけどね、駄目だったよ」

 

 苦笑しながら答え、周囲を見回す。

 そして目的の二人を発見した。

 

「刹那、朋子。ちょっといい?」

 

「なんだ?」

 

「どうしたの?」

 

「二人は虚無系の魔法とか超能力って何か知ってる? ゲームでもマンガでもラノベでもいいけど」

 

 唐突な優斗の質問に首を傾げるが、刹那も朋子も素直に答える。

 

「ラノベなら『 night & dark 』の“刹那”が使ってる」

 

「それって……ああ、あれだっけ。『剛魔零滅ッ!!』とか叫ぶやつだよね?」

 

「合ってるわ」

 

 頷く二人を見てから優斗は右手の人差し指をこめかみに当てる。

 そして記憶の底から引きずり出す。

 

「詠唱は……うん、思い出した。イメージも大丈夫」

 

 そして威力を思い返し、

 

「…………」

 

 思わず優斗は黙った。

 

「優先?」

 

「優斗先輩?」

 

 いきなりの変化に刹那と朋子は戸惑いを隠せない。

 

「二人とも、少し静かにしてあげてくれませんか?」

 

 けれど優斗が何をしているのか分かっているクリスが二人に頼んだ。

 疑問を浮かべたままだったが刹那と朋子は素直に頷く。

 

「ゆ、優斗くん、どうしたの!?」

 

 けれどもう一人、心配性なのがいる。

 急に黙った優斗を心配する正樹。

 

「優斗く――」

 

「正樹さん、黙ってろ。考え中だ」

 

 卓也が正樹を止める。

 

「で、でも怪我だったら不味いよ!」

 

 もしかしたら痛みで悶絶しているのかもしれない。

 

「それがどうした」

 

 けれど卓也にとってはどうでもいい。

 

「知ったことじゃない。こいつは優斗だ」

 

 怪我があろうが何があろうが、やろうとしたのならば絶対にやり遂げる。

 誰かが手出しできるわけもない。

 

「仮に怪我だとしたら、終わったあとにオレが絶対に治してやる」

 

 どんな重傷だろうとも卓也が治す。

 親友を怪我如きで死なせなどしない。

 

「…………」

 

 その間にも優斗は深く、思考する。

 

 ――足りないな。

 

 刹那と朋子が提示した魔法は今のままでは使えない。

『学生』では届かない。

『異世界人』でも届かない。

 

 ――それなら。

 

 自分がどう在るべきかは、決まった。

 “どうしなければならない”のか、分かった。

 

「…………」

 

 身体に力を込める。

 

「…………」

 

 ここから先、自分は『    』だ。

 そう在らなければならない。

 

「…………」

 

 少し目を閉じ、深呼吸。

 意識も、感情も、心も、思考も、態度も、何もかもを塗り替える。

 己に強いていた枷の幾つかを、自律的に――外す。

 

「…………」

 

 立ち上がり、砂を払った。

 

 

 

 

「聞け」

 

 

 

 

 優斗の声が彼らの耳朶に響く。

 すでに声音が違った。

 普段の彼でも仮面を被った彼でもキレた彼でもない。

 卓也以外、初めて見る優斗の姿がそこにあった。

 鳥肌が立つ。

 

「すぐに終わらせるが……全員、始まったら動くな。動けば命の保証はしない」

 

「優斗、お前……」

 

 卓也が目を見張る。

 フォルトレスは“そこまでの存在”なのかと、少々驚いていた。

 

「やるのですか?」

 

 優斗はクリスの問いかけに首肯。

 

「ユウト君……じゃないんですね、貴方様は」

 

 ルミカは両手を合わせ、頭を下げた。

 しかし優斗は彼女の行動に否定の言動を入れない。

 あるがままに受け入れる。

 

「卓也、クリス、ルミカ。刹那と朋子を頼む」

 

「ああ」

 

「分かりました」

 

「はい」

 

 三人は守るべき者達の前に立つ。

 頼まれたのだから守ってみせる。

 ただ、それだけのこと。

 

「刹那、朋子」

 

 次いで優斗は異世界人の後輩二人に声を掛ける。

 

「なんだ?」

 

「どうしたの?」

 

「本物の『力』を見せてやる」

 

 優斗の宣言に刹那と朋子は息を飲む。

 あまりにも平然と言われ、それを出来ることが当然だと言っているように思える。

 

「……優先」

 

「優斗先輩」

 

 彼が何を思って自分達にこの言葉を伝えているのか。

 理解できるからこそしっかりと彼の姿を目に焼き付ける。

 

「お前達が空想していた力。一端だけだが、それがどういうものかしっかりと見ておけ」

 

「……分かった」

 

「分かったわ」

 

 素直に刹那と朋子は頷く。

 殺意ではなく圧迫でもない。

 けれども気圧され、圧倒される。

 あまりに突飛な言葉だとしても従順に頷かされるだけの“何か”が、今の優斗にはある。

 彼らが理解してくれたのを見て、最後の一人に優斗は目を向けた。

 

「正樹。言いたいことは分かるな?」

 

 声を掛けた相手はフィンドの勇者。

 告げることは一つ。

 

「二度と邪魔はするな」

 

「で、でも優斗く――」

 

「フィンドの勇者。ここにいるのは“誰”だ?」

 

『二つ名』で呼ばれた問いかけ。

 その意味に気付けない正樹じゃない。

 

「…………でも……っ!」

 

「先ほども言った。分かっているのなら理解しろ。ここからは“こっち側”の化け物が相手にしないといけない」

 

 つまるところは、だ。

 

「普通の人間は邪魔にしかならない」

 

 勇者だろうと何だろうと。

 カテゴライズが“ただの人間”であるのならば。

 総じて役に立たない。

 邪魔でしかない。

 

「お前は何も壊すことも無くすこともせず、フォルトレスに勝てるとでも思っているのか?」

 

「……だけど頑張れば……!」

 

「頑張ったところで何ができる。理想も夢想も結構だが、現実を直視しろ。無理をしたところで無茶をしたところで無謀をしたところで、永遠にお前では届かない。奇跡を何度起こせば届くと思っている。一度か、二度か、三度か、四度か、五度か?」

 

 何十万、何百万、何千万分の一の奇跡を繰り返したところで意味はない。

 

「それでも絶対に届きはしない」

 

 次元が違う。

 

「あいつはお前の物語にはいない。だからこそお前では相手にならない」

 

 正しく、正当に評価され続けていく『竹内正樹』の相手じゃない。

 化け物と称される『宮川優斗』の相手だ。

 

「……だけどっ!」

 

 正樹は頭を振る。

 自分が復活させてしまった。

 ならば『フィンドの勇者』なのだから、自分が倒さなければならない。

 

「……ボクが……ボクがやらないと……っ!」

 

 それは今の正樹を成している根幹の一つ。

 “勇者”としての概念。

 “勇者”とはこう在らねばならない、という自らの心にある脅迫概念。

 一つ間違えれば、誰も彼も――周囲も己自身も傷つけてしまう危ない在り方。

 

「……そうか」

 

 そこに優斗も気付いた。

 

「だから優――」

 

「なら死ぬのか? フィンドの勇者」

 

「……っ!」

 

 優斗は押さえつける。

 怖がらせてでも、何であろうとも、無理矢理に押さえつける。

 昨日と同じように、純然たる事実を口にして。

 

「正しかろうと、優しかろうと、強い意思を持とうと……あいつには意味がない」

 

 一つとして役に立たない。

 

「想いで強くなる範疇を超えているんだ。絶対にお前じゃ勝てない」

 

 だから化け物と呼ばれる。

 だからこそ同じ化け物の自分が相手をしないといけない。

 

「馬鹿を言うな! マサキは強い!」

 

 ニアが怒鳴る。

 だが優斗は僅かに視線を向けるだけ。

 

「誰も弱いとは言っていない。正樹が強いのは知っている。ただ、それでも駄目だから動くなと伝えている」

 

 そして正樹に最後通告。

 

「フィンドの勇者。三度は言わない」

 

 ここから先は超越した物語。

 王道の勇者に入る余地はないからこそ、言い放つ。

 

 

「邪魔だ」

 

 

 同じ『異世界人』としての言葉じゃない。

 格上からの言葉が突き刺さる。

 思わず正樹は気圧され、

 

「…………わかっ……たよ」

 

 本当に、小さくではあるが頷いたのを見て、優斗は身体を翻した。

 一歩、二歩と前に出てフォルトレスを見据える。

 

「初めてだな」

 

 使うべき『名』は一つだけ。

 

 ――そうだ。

 

 脅しに使うのではなく、流されて呼ばれるのでもなく、曖昧に名乗るでもなく。

 自分の意思で、態度で、声で、己の在り方を定める。

 

「覚えているんだろう、古の怪物」

 

 視界にフォルトレスを入れると優斗は告げる。

 

「お前が感じている“恐怖”が何なのか、把握できているんだろう」

 

 あまりにも堂々とした宣告。

 そこにいるのは学生ではなく、異世界人でもない。

 過去一人しか名乗れず、他の誰もが名乗ることを許されなかった『名』を継いだ者。

 

「分かっているのなら、果てもなく後悔しろ」

 

 姿も、形も、何もかもが違っているとしても変わらない。

 

「疑惑も疑心も疑念すら挟ませないほど、瓜二つの“化け物”がここにいる」

 

 間違いなく“同種”なのだと欠片たりとも疑わせない。

 同じ“強さ”がここに在る。

 

「誇れよ。初めて己の意思で名乗ってやる。お前を圧倒するに値するからと声高に認めてやる」

 

 絶対の象徴。

 一騎当千の代名詞。

 

「昔も今も、この『名』が相対者だ」

 

 だから識っていることに畏怖しろ。

 理解できてしまうことに震駭しろ。

 

「お前に伝えるべきは一つ」

 

 伝説となった『二つ名』。

 独自の神話魔法を創りだし、精霊を統べる王と契約を交わした者。

 千年の時を経ても尚、立ちはだかる存在。

 

 

「大魔法士――ユウト=フィーア=ミヤガワ」

 

 

 故に始まるのは劣勢の戦いでも対等の戦いでもなく。

 倒し合いでも殺し合いでもない。

 

「さあ、始めようかフォルトレス」

 

 語られるは物語の続編。

 紡がれるは幻想の顕現。

 誰もが夢見た童話の世界。

 

 

 

 

「――御伽噺の時間だ」

 

 

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