第94話 御伽の鐘は鳴らされる

 

「重い」

 

「重いわ」

 

 早朝。

 日も上がらないうちから山を登る。

 けれど刹那と朋子は腰に差しているショートソードの重さに辟易していた。

 

「克也、トモコ。大丈夫?」

 

「慣れてないから歩くだけでも違和感があるぞ」

 

「使えないのに持つ意味あるのかしら?」

 

 渡されて腰に付けたものの、必要性が分からない。

 

「でも、危ない」

 

「魔物と出会う危険性があるとはいえ、私達はまだ戦えないわ。怖いもの」

 

「卓先も優先も魔物に関しては時間を掛けたほうがいいと言ってたが」

 

 元々、危険な状況で戦う機会があるような世界から来てるわけじゃない。

 だからこそ、ゆっくりと慣れればいいと優斗達は言った。

 けれど彼らの反論を聞いたニアは怒鳴る。

 

「何を言っている! マサキは最初からBランクの魔物を倒したんだぞ!」

 

「俺はフィンドの勇者じゃない」

 

「私も違うわ」

 

 “異世界人”という括りで一緒にしないでほしい。

 

「ほ、ほら、別に魔物を倒しに来たわけじゃないんだし。そろそろ朝日が昇るよ」

 

 どうにか正樹が取りなす。

 昨晩、ニアが「近くに山があるのだから御来光を拝もう」と言ってきた。

 正樹としては拒否する要素もなく、夜明け前に合流した際まで優斗達も一緒だと思っていた。

 けれどいたのはパーティメンバーと刹那、朋子だけ。

 さすがに起こすのも忍びなかったので、この面子で朝日を見に来たわけだ。

 

「なあ、マサキ。朝日を拝むついでにフォルトレスを見に行かないか?」

 

「どうして? 優斗くんが近付くなって言ったよ」

 

「あんなもの、大げさに言っているだけですわ。仮に復活したとしてもフィンドの勇者であるマサキ様が倒せない相手なんて、そうそういるわけではありません。さらにわたくしがいるのですからマサキ様のパーティは世界無敵ですわ」

 

 何も問題はない、とジュリアが言う。

 

「けどユート、危ないって――」

 

「別に近付くくらい、問題ありませんわ」

 

 ミルの反論を押し込める。

 次いでジュリアは刹那と朋子を見た。

 

「お二方もイエラートを守護する者となるのなら、一度見た方がよろしいと思いますわ」

 

「マサキがいるんだ。問題ない」

 

 ジュリアとニアの言葉に刹那と朋子は顔を見合わせる。

 

「見に行くだけ見に行ったほうがいいか?」

 

「そうかもしれないわね」

 

 イエラートの守護者となるのであれば、確認ぐらいはしたほうがいいのかもしれない。

 

「決まりですわね。朝日を拝んだら行きましょう」

 

 ジュリアが意気揚々と決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 日の出を見て、正樹達はフォルトレスの骨がある方へ下る。

 そして平坦な草原を歩いて行き、そろそろフォルトレスを中心に広がっている砂漠地帯に入る頃、正樹が刹那達に声を掛けた。

 

「もしかしたら魔物が出るかもしれないから、刹那くんも朋子ちゃんも気を付けてね」

 

「何をだ?」

 

「どういうことに気を付ければいいの?」

 

「急に襲われないように、かな。あとは迂闊に離れないこと」

 

「そうなってしまったら、どう対処すればいい?」

 

 刹那としては戦いの場になど出たことがないのだから当然の疑問。

 しかし、

 

「自分の身ぐらい守れないのか?」

 

 ニアが少し小馬鹿にしたような言い草をした。

 

「精霊術を使えないのに、どうやってだ?」

 

「あれ? 使えないの?」

 

 いきなり出てきた爆弾発言に正樹が驚く。

 

「だって精霊がいないもの。使えるわけないわ」

 

 通常の精霊術は場にいる精霊にお願いして使役するもの。

 普通、大精霊は精霊にお願いして“道”を作ってもらい召喚する。

 つまり精霊がいないこの場において、刹那と朋子は何もできない。

 

「う~ん。だったら……」

 

 正樹が砂漠地帯に足を踏み入れた瞬間だった。

 急に聖剣が光り出す。

 

「えっ?」

 

 そして引っ張られるような感覚を正樹は覚えた。

 反射的に歩みを戻そうとするが、遅い。

 光の奔流がフォルトレスに引き寄せられる。

 なぜだ、と思う前に気付いた。

 

「まさか……っ!」

 

 そう、正樹が持っている剣は“名剣”ではなく“聖剣”。

 魔法科学の属性付与ではなく、精霊の加護が付いているもの。

 正樹が持っているのは光の大精霊――アグリアの加護が付いている剣。

 光の精霊が聖魔法を使う際に補助をしてくれる。

 しかも加護を加えたのは大精霊。

 だからこそ“聖剣”と呼ばれていた。

 つまり、

 

「しまっ――」

 

 フォルトレスには特上の餌、というわけだ。

 

 

       ◇      ◇

 

 

「……遅かったようですね」

 

「地面が震えてるしな。こんなことが出来る魔物なんて、限られてるだろ」

 

「よくもまあ、復活させたよ」

 

 ある意味、感心できる。

 

「結界の魔法陣でも壊したのでしょうか?」

 

「フォルトレスが結界魔法を壊すぐらいの力を得たんじゃない?」

 

「どちらだとしても関係ないだろ」

 

 クリスも優斗も卓也も嘆息する。

 重要なのは復活してしまったという事実だ。

 

「窓から見える変な塊がフォルトレスだろ?」

 

「空中に浮いているのですね」

 

 卓也が窓から山の方向を指差しクリスが事実を述べた。

 巨大な物体が空に浮かんでいる。

 

「ルミカ。高くて開けてる場所、王城にある? 屋上みたいな場所ならベストなんだけど」

 

「こ、こっちにあります」

 

 優斗の問いにルミカが行き先を示す。

 

「悪いんだけど連れて行ってくれない?」

 

「分かりました!」

 

 頷いてルミカは駆け足で目的の場所へ向かう。

 優斗達も続いた。

 そして、

 

「……思った以上にでかいね」

 

「でかいな」

 

「驚きの大きさですね」

 

 最上階の外へと出てフォルトレスを肉眼で捉える。

 より姿を見れるようになったことで、殊更大きさに目がいく。

 

「何だあれ? 城か?」

 

「岩石城塞ってところですか」

 

「また岩を割くように一つ目が付いているのが、怖さを増すね」

 

 南瓜のハリボテのような骨には余すところなく岩石を纏っており、何倍にも膨れあがった大きさ。

 全長の中腹には一つ目が異様な大きさで見開かれている。

 

「あの、あの、ユウト君! どうすれば!?」

 

「まずは落ち着いて。慌てたところで良いことはないよ」

 

 優斗がルミカを窘める。

 何をどうしたところで、復活した事実は消えない。

 

『――――ッ』

 

 だが、ルミカが落ち着く間もなくフォルトレスから何かしらの魔法陣が浮かび上がる。

 狙っている方向はおそらく……イエラート。

 しかも距離がある優斗達から見ても、異様だと分かるほどの魔力が集まっていく。

 

「最初っから神話魔法クラスか」

 

 優斗が目を細める。

 大層なものを向けてくれるものだ。

 

「ユ、ユウト君!? 不味いですよ!?」

 

「大丈夫。三人とも、少し下がって」

 

 優斗は両手を下に翳す。

 やることは決まっている。

 

『世界の終わりを見せる在り方』

 

 巨大な魔法陣が彼の足下に生まれ、

 

『深く、深く、全てを染める在り方。今はすでに存在が無き者。されど御名はある貴方に求めよう。誰よりも崇高な貴方に希おう』

 

 言霊を紡ぎ、

 

『数多の竜すら葬る一撃。那由多の破壊を求め奉らんことを』

 

 右手を前に突き出す。

 

『全竜殺し』

 

 優斗が放った数瞬後、フォルトレスも神話魔法クラスを放つ。

 しかし威力は優斗のほうが上。

 フォルトレスが放ったものはかき消され、直撃した……のだが。

 

「無傷?」

 

 未だに空中へ漂っているフォルトレスの姿があった。

 

「いえ、岩石は少しばかり消えたように思いますよ」

 

 クリスから見ると、全体的に僅かだが大きさが小さくなったように思える。

 

「しょうがない。だったらさらに威力のある――」

 

 と、優斗が再び構えるとフォルトレスがアルカンスト山の影に隠れるように消えていく。

 

「……逃げた?」

 

「どうでしょう?」

 

 今の行動がなんなのか、さすがにクリスも分からない。

 

「まあ、いいか。この後はどうする?」

 

 優斗は三人に視線を巡らせる。

 

「ユウト、分かっているでしょう? リライトから大魔法士が来ている以上、動かなかったら問題になります」

 

「だよね」

 

 優斗の関わりないところで復活したとしても関係ない。

 現状、大魔法士はイエラートにいるのだから。

 

「それに刹那も朋子も向こうにいるだろうから、助けてやらないといけないだろ」

 

「そ、そうです! セツナ君もトモコちゃんも彼らと一緒にいます!」

 

 怖い思いをしているはずだ。

 戦ったことなど一度もない二人なのだから。

 

「だったらフォルトレスは僕が相手をする。卓也達は二人をよろしく」

 

「正樹さんじゃ無理か?」

 

「無理。やっぱりあれは“こっち側”の存在だよ。今のだって僕は中都市破壊規模の神話魔法を放ってるのに殺せてない」

 

 さすがはお伽噺になった魔物だ。

 Sクラスの大体を殺せる魔法を喰らっても平然と生きている。

 ふとクリスと卓也が下を見ると兵士の出入りと叫ぶような声が入り交じっていた。

 

「城下が騒がしくなってきましたね」

 

「しょうがないだろ。あの規模の魔法の打ち合いなんて見たら、誰だって逃げる」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 何かが壊れる音がした。

 きっと、フォルトレスを押さえつけていた何かが、軋み、壊れたのだろう。

 復活したお伽噺の魔物は骨を中心に広がっていた砂を己に塗り固め、岩とし、骨格の何倍、何十倍もの大きさになる。

 

「…………っ!」

 

 正樹は気圧された。

 まだ何もされていないのに。

 自身の存在を捉えられているかどうかさえ怪しいのに。

 それでも恐怖を抱いた。

 

『――――ッ』

 

 フォルトレスの前に魔法陣が現れる。

 向けている方向はイエラート。

 

「ま、不味い!」

 

 反射的に魔法を放とうとして……フォルトレスに集まっている魔力の奔流が異常なことに気付く。

 

「神話魔法クラス!?」

 

 正直、どうすればいいのか分からなかった。

 何をやれば、あの魔法陣を消せるのか。

 けれどもやらなければ、と正樹は剣を抜き、

 

「求めるは聖牙、一条の矛ッ!」

 

 フォルトレスに向かって魔法を放つ。

 剣先から白銀の光が伸び、フォルトレスに当たる。

 だが、何も変わらない。

 ただの“剣”になってしまって、威力が落ちている魔法。

 仮に威力が落ちていなかったとしても、蚊に刺された程度にしかフォルトレスは思わないだろう。

 そんな相手に対して正樹が何をしたところで無駄。

 白銀の光はフォルトレスに当たるものの、結局は当たっただけ。

 魔法陣が消えることはなく、魔力が魔法陣に集うことは変わらなかった。

 そしてフォルトレスは神話クラスの魔法を放つ。

 

「……あっ」

 

 けれども直後、さらに強大な神話魔法がフォルトレスに襲いかかった。

 フォルトレスが放ったものすらかき消し、全長1キロはあるであろう彼の魔物を包むほどの巨大な光。

 その威力で彼らがいた場所にも豪風が吹き荒れる。

 思わず正樹は目を瞑り、風が収まるのを待った。

 

「…………」

 

 そして顔を上げ、驚愕する。

 

「……あれで……駄目なのか」

 

 未だに健在しているフォルトレス。

 今は王城から身を隠すように移動している。

 

「でも、倒さなきゃ」

 

 復活させてしまったのだから。

 どうやって倒すのかは分からなくとも。

 どうやれば倒せるのか分からなくとも。

 何があっても自分が倒さないといけない。

 自分は“勇者”なのだから。

 

「マサキ!」

 

「マサキ様!」

 

 ニアとジュリアが駆け寄ってくる。

 

「二人とも無事だったんだね」

 

 けれど見えない姿が三つ。

 

「ミルと刹那くん、朋子ちゃんは?」

 

 左右を見ても彼らの存在を捉えられない。

 

「先ほどの豪風で吹き飛ばされたのかもしれませんし、下手したら何処かに埋まっているかもしれません」

 

「でも、今は構ってられない。フォルトレスを倒すことが先決だ。そうだろう、マサキ!」

 

 ニアとジュリアの言葉に正樹は心配そうな表情を浮かべたが、

 

「……うん。そうだね」

 

 頭を振ってかき消す。

 ミルなら大丈夫だ。

 絶対に刹那と朋子を守ってくれていると信じている。

 だから自分がやることは一つ。

 

「倒そう、フォルトレスを」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 優斗はイエラート王に状況を説明。

 結界、防御魔法を使える人材をアルカンスト山の前に置いてくれるように頼み、他の誰もフォルトレスの相手をするなと念を押した。

 優斗自身はどうするのか、という質問に対しては端的に「倒してきます」と伝える。

 そしてアルカンスト山までは精霊がいるのだからと優斗は卓也とクリス、ルミカを連れて昨日にフォルトレスを視界に捉えた地点まで風の精霊で飛んでいく。

 

「ルミカは来なくても良かったのに」

 

 優斗が言外に危ないと告げる。

 けれどルミカも退かない。

 

「駄目ですよ、ユウト君。イエラートで一番付き合いの長い私がセツナ君とトモコちゃんを助けに行ってあげなかったら、どうやってあの子達が今後、イエラートを信じてくれるって言うんですか? それに私は心配なんです。やっと歳相応の可愛い部分を知ることができたんです。この眼で無事なところを見ないと不安でたまりません」

 

「お姉ちゃんみたいだな、ルミカは」

 

「心境的には似てるかもしれません」

 

 卓也の突っ込みに全員で小さく笑ってから、視界に映っている状況を把握する。

 

「フォルトレスはユウトの神話魔法を受けてから、右に移動しています。追うように地面からフォルトレスに向かって伸びる光やら炎やら水はマサキさん、ニアさん、ジュリアさんの三人でしょうね」

 

「ミル達は別行動ってことか?」

 

「……あ~、ごめん。下手したら、僕の神話魔法でどっかに吹き飛ばされたかも」

 

 一応は大地にいるであろう彼らに気を付けたものの、優斗だって周囲にどのような影響が現れるかは把握しきれていない。

 けれどクリスから否定の言葉が入った。

 

「いえ、大丈夫です。おそらくあれがミルさん達でしょう」

 

 現在地からフォルトレスの骨があった場所。

 その中間地点に小さな影が見える。

 今は誰かを引っ張り出しているようだ。

 

「砂に埋もれていたみたいですね」

 

「よく見えるな、クリス」

 

 卓也の視界には見えない。

 というよりも小さすぎて捉えきれていない。

 けれど状況は分かったので四人は顔を見合わせる。

 

「じゃあ、そっちは三人で刹那達の救助」

 

「優斗はフォルトレスの相手、頼んだぞ」

 

 全員で拳を合わせ、左右に散る。

 

 

       ◇      ◇

 

 

「……砂って重いのね。自力で出てこれなかった」

 

 ミルと刹那に引っ張り出され、朋子はごちながら服にまみれた砂を払う。

 

「あれ、絶対に優先だろう」

 

「神話魔法だから、そうだと思う」

 

 威力がおかしかった。

 むしろフォルトレスが魔法を放った瞬間には駄目だと思ったのに、すぐにそれを上回る威力の魔法を見て衝撃を受けた。

 ただし現在の状況を考える限り、何一つ嬉しい状況にはなっていない。

 

「復活……しちゃったわね」

 

「……優先に言われたのにな」

 

「もっと、頑張ればよかった」

 

 浮遊するフォルトレスを見て、三人は後悔する。

 付いて行く、と言わなければ。

 確認をする、と思わなければ。

 強く言って、止めることが出来ていれば。

 フォルトレスは復活しなかったかもしれない。

 

「優先の言ったことを……正しく理解してなかった」

 

「……私もよ」

 

 刹那と朋子は唇を噛みしめる。

 もし復活してしまったとしても『セリアール』に召喚された自分だったらどうにか出来るという傲りがあったのかもしれない。

 

「それはみんな、同じ」

 

 フィンドの勇者だから。

 勇者の仲間だから。

 負けるはずがない、と。

 でも、

 

「全員、圧倒された。マサキだけが唯一、魔法を放てた。だけどマサキじゃ勝てない。倒せない」

 

 巨象と蟻だ。

 分かりきっているほどに分かりきっている。

 強制的に理解させられるほどの『力』の差がある。

 

「ユート一人だけ、分かってた。だから伝えた。ユートには関係ないことでも、伝えてくれた。なのに……」

 

 自分達が信じなかった。

 

「さっきだってそう。ユートがいなかったら、イエラートはきっと壊れてた」

 

 彼が守ってくれた。

 

「戻ったら、ありがとうって……言おう?」

 

「ああ」

 

「そうね」

 

 ミルの言葉に刹那も朋子も頷く。

 その時、

 

「克也っ!」

 

 朋子が刹那を思い切り、突き飛ばした。

 尻餅をつく刹那。

 

「な、なんだいきなり?」

 

 けれど彼の視界に移るのは自分以上に衝撃を受け、飛ばされている朋子の姿。

 

「朋子!?」

 

 鹿毛の姿が幾数も見えた。

 そいつらが彼女を吹き飛ばし、さらに乗りかかろうとする。

 

「ト、トモコっ!」

 

 ミルが魔法を使い乗りかかろうとしている奴らをどける。

 

「ま、魔物か!?」

 

「……イシュボア。魔物」

 

 一メートル以上の巨体が十体。

 気付けば刹那達を囲んでいた。

 

「おい! と、朋子!」

 

 刹那は駆け寄り、朋子の頬を叩く。

 

「……ぅ……」

 

 意識はあった。

 刹那もミルも安心する。

 だから、

 

「私が、守る」

 

 ミルは刹那と朋子を守るように立った。

 

「……なっ、ミル! 危ないぞ!」

 

「けど、やらないと」

 

 この魔物達は、フォルトレスに感化されているのだろうか?

 もしかしたらフォルトレスの恐怖で怯え、暴れているのかもしれない。

 でも、結局のところは、だ。

 どんな理由があろうとも襲われている。

 ならば守らなければならない。

 

「だって、私は」

 

 弱くとも正樹の仲間。

 

「フィンドの勇者の仲間、だから」

 

 

       ◇      ◇

 

 

「近くで見ると、余計に迫力が増すね」

 

 未だに動いて攻撃も何もしていないフォルトレスの近くまで優斗は走った。

 正樹達とも、あとちょっとで合流しそうなぐらいに。

 すると正樹が気付いた。

 次いでニアとジュリアも気付く。

 

「何をしに来た!」

 

「この魔物はマサキ様が倒しますわ!」

 

 彼女達の第一声に、優斗は大きくため息を吐いた。

 もう言葉を丁寧に使う気力も起きない。

 

「……アホか」

 

「何だと!?」

 

「お前らが復活させたから、お前らが倒すとでも言いたいわけ?」

 

「そうだ!」

 

 堂々としたニアの宣言に優斗は嘆息した。

 

「フォルトレスを倒すことに意義を感じるなら馬鹿らしい」

 

 そんなものはない。

 倒すことを意義とする前に。

 最大の間違いがある。

 

「復活させたことが問題だ」

 

 はき違えるな。

 

「普通に国際問題なんだよ」

 

 なのにフィンドの勇者パーティだけで倒すとか、何を考えてる。

 

「そんなにも自分達だけでフォルトレスと戦いたければ僕がいないところでやってくれ」

 

 関わらせないでほしい。

 

「そしてイエラートでも大陸でもお前らの都合で勝手に消滅させればいい」

 

「ふん。マサキがいる以上、お前がいなくとも――」

 

「けどね。僕がイエラートにいる以上、動かないとリライトにまで迷惑が掛かる」

 

 自分の『名』は、この状況を前にして何もしないなど許されない。

 何もしたくなくとも、しないといけない。

 

「叶うのなら、こんな馬鹿げた展開に望んで出てきたりはしないよ」

 

 注意したのに。

 やめろと言ったのに。

 なのに勝手に復活させて、大層な攻撃を放たせて。

 そして何も出来ないからこそ自分が動くしかなかった。

 神話魔法を撃って相殺させるしかなかった。

 優斗が諦めた表情で言ったことに対し、正樹は頭を下げた。

 

「……ごめん」

 

「何に対してですか?」

 

「復活させたこと……だよ」

 

「どうでもいいです、そんなこと」

 

 おそらくは正樹が原因なのだろう。

 だから頭を下げた。

 しかし、優斗にとっては知ったことではない。

 

「正樹さんが復活させたのだろうが、貴方の仲間が復活させたのだろうが、刹那達が復活させたのだろうが興味ありません」

 

 過程なんて聞いたところで意味がない。

 

「結果としてフォルトレスは蘇った」

 

 事実のみ理解していればいい。

 

「そしてあいつは僕が相手をしなければならない」

 

 強さで考えても、立場的に考えても。

 優斗が相手をしなければならない。

 

「ボクも戦うよ」

 

「どうやって?」

 

 彼の魔法も剣技も何も通用しないのに。

 無理なこと、この上ない。

 

「マンガの主人公よろしく正樹さんが覚醒しても、なお足りない。ジャルの時と同じだと思っているなら、大きな間違いです」

 

「で、でもボクは『フィンドの勇者』だから!」

 

 正樹は言い放つ。

 “勇者”なのだから、と。

 しかし優斗は相手にしない。

 

「だから何だと言うんです? “勇者”というのは絶対に勝てる。そんな唯一の勇者、僕が知っている限り一人しかいません。そしてそいつがリライトにいる以上、正樹さんは普通の勇者です」

 

 世間一般の、どこにでもいる王道の勇者。

 

「勘違いしないでください。強かろうと正しかろうと優しかろうと何だろうと、正樹さんがフォルトレスに勝つのは難しい」

 

 だから、

 

「あいつは『正樹さんの物語』には登場しない。『僕の物語』にいるんです」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 ミルが戦う。

 しかしイシュボアも強くはないとはいえ十体。

 何よりもまだ、ミルは戦うことに慣れていない。

 正樹のように勇者でもなく、ニアのように剣士でもなく、ジュリアのように魔法士とも名乗れない。

 Bランク、Cランクを前にすれば正樹にフォローされて、何とか戦えているのが現状だ。

 多対一なんてやったこともない。

 でも、自分を叱咤する。

 

 ――守らないと。

 

 勇者の仲間なのだから。

 

 ――“守らないといけない”から。

 

 ミルはただ、それだけを考える。

 

「求めるは――」

 

 けれど、振るおうとした右腕を噛まれた。

 痛みで詠唱が止まる。

 

「……っ!」

 

 その隙に、さらに数体が襲いかかる。

 刹那はただ、それを見ているだけ。

 

「…………ミル……」

 

 歯を食いしばる。

 

 ――何で見てることしかできないんだ。

 

 もっと力があれば。

 強さがあれば。

 戦うことに慣れていれば――違うのに。

 

「……そうじゃない!」

 

 刹那は頭を振る。

 そんなものは言い訳だ。

 潰せ。潰せ。潰せ。

 弱い自分を。

 言い訳しようとする己を押し潰せ。

 

「……い……痛っ!」

 

「ミルっ!」

 

 イシュボアに吹き飛ばされ、ミルが倒れる。

 無意識に右手がショートソードを掴んだ。

 

 ――望んだんだろう?

 

 強い自分を。

 

 ――妄想したんだろう?

 

 圧倒する自分を。

 それは、どんな姿だ?

 

「俺は……っ」

 

 どんな名前だ?

 

「俺は……っ!」

 

 どうして名乗った?

 

「俺は――ッ!」

 

 何と教えられた?

 

「俺はッッ!!」

 

 思い出せ。

 言い聞かせろ。

 成ってみせると誓え!

 

 ――我が名は。

 

 “零の名を持つ者”

 

 

「零雅院刹那だっ!!」

 

 

 決断した。

 名前に負けぬように。

 だからもう、迷わない。

 刹那すらも惑わない。

 

「来るがいい!! 始まりにして『虚無』の意を持つ俺が相手だっ!!」

 

 ミルの前に躍り出る。

 声は震えた。

 足が震えた。

 手も震えた。

 でも、今ここで立ち向かわないといけない。

 でなければ妹を。

 そして、男が苦手だというのに守ろうとしてくれた女の子を……死なせてしまう。

 

「うわあああぁぁぁっっ!!」

 

 へっぴり腰でも目一杯、ショートソードを振り回す。

 

「ああああああああぁぁっっ!」

 

 ブンブンと、追い払うように左右に。

 けれども10体はいるイシュボア。

 真後ろから1体が刹那に体当たりをかます。

 

「……っ!」

 

 衝撃が背中を突き抜け、

 

「げほっ! げほっ!」

 

 咳き込む。

 だが、振り回すのはやめない。

 やめることなどできない。

 

「……はぁっ……はぁっ!」

 

 息が切れる。

 動悸が上がる。

 考え事など出来るわけもない。

 それでも振り回し、

 

「ぅぐっ!」

 

 また突撃を喰らい、

 

「まだ……だっ!」

 

 しかし気丈に立ち。

 ショートソードを振るった。

 ただ、刹那は戦いなどズブの素人。

 経験などない、普通の一般人。

 

「……くそっ!」

 

 視界の端にイシュボアが一体、映る。

 真横から突撃してきた。

 けれども身体は反応できない。

 反応できるほどの鍛錬も、訓練も、修行も、何もしていない。

 唯一、やれるのは訪れる衝撃に耐えること。

 目を瞑り、歯を食いしばった……瞬間だった。

 

 

 

 

「求めるは聖盾、無欠の領域」

 

 

 

 

 声が響く。

 刹那の前に、突如現れた光の壁。

 イシュボアがぶつかり、刹那には届かない。

 

「頑張ったな、刹那」

 

「怪我はあれど皆が無事で何よりです」

 

「セツナ君、トモコちゃん、ミルちゃん!」

 

 そして疾走して来た三つの影が、刹那達の前に立つ。

 

「卓先、クリ先、ルミ先……」

 

 刹那は思わず膝をつきながら、駆けつけてくれた三人の姿を見て安堵した。

 

「よく彼女達を守ってくれましたね。おかげで自分達が間に合いましたよ」

 

「っていっても、あとで説教だからな」

 

 卓也は安心させるように冗談めいたことを言う。

 けれど魔物に向き、すぐに表情を鋭くさせた。

 

「ルミカ、治療魔法は使えるか?」

 

「問題ありません。全員分、治せます」

 

 ルミカがすぐに頷いた。

 

「分かった。だったら任せる」

 

 一歩、卓也が前に出てクリスに並ぶ。

 

「珍しいですね、タクヤが前に出るなど」

 

 ふっとクリスが表情を崩した。

 彼が同じ位置に立つなど本当に稀だ。

 

「仕方ないだろ。修も優斗もいないからな。それに強い魔物でもないし、俺ぐらいでも役に立てる」

 

 二人で魔物に対して構える。

 

「だからやるぞ、学院1位」

 

 卓也の言葉。

 クリスは暗に込められた意味に目を見開きながら、

 

「そうですね」

 

 頷いた。

 クリスには引き継ぐべき『名』がある。

 本当なら己ではないけれども。

 彼ら――優斗と修は学院の枠には収まらないから。

 だから継ぐのは自分。

 先人が築いてきた誇りと、先代が確立した強さを継ぐのはクリスの役目。

 

「レイナさんも卒業しますから、覚悟として名乗ろうと思います」

 

 恥じぬよう、汚さぬよう、正しく引き継ごう。

 

「タクヤも名乗ったらどうですか。二つ名があるって聞きましたよ?」

 

 笑いかけるクリス。

 思わず卓也も驚く。

 

「知ってたのか?」

 

「ユウトから聞きました」

 

「……ったく、あいつは」

 

 苦笑する。

 相変わらず、変なことを知っている奴だ。

 

「でも、まあ……偶にはこういうノリもいいか」

 

 憧れるものはあるのだから。

 やってみるのもいいだろう。

 卓也とクリスは頷き合う。

 

「「 リライト魔法学院二年 」」

 

 紡ぐべきは己が代名詞。

 

 

 

 

「一限なる護り手――タクヤ=フィスト=ササキ」

 

「学院最強――クリスト=ファー=レグル」

 

 

 

 

 守ることを絶対とした名と、学院の強さを象徴した名が相並ぶ。

 

「異世界人の先輩として」

 

「手助けをするべく」

 

 自身の覚悟を賭けて。

 

「行く」

 

「参ります」

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