第223話 all brave:御伽噺の始まり

 

 内田修にとって『才能』の解放とは、意思の変革そのものだ。

 一度辿り着いた領域においては、意思によって嵌めていた枷を取り外す。

 そして一度も辿り着いていない領域においては、意思によって容易に届かせる。

 

『力』の為に必要なのは意思のみ。

 

 それが経験も努力も何もかもを否定できる“チートの権化”と呼ばれる少年の特筆すべき『才能』。

 だからこそ彼に常識は当て嵌まらない。

 徹頭徹尾、最初から最後まで天才の名を揺るがせないまま突き進む。

 故に誰もが敵にならず、誰もが敵になれない。

 

 ――勝ちたい。

 

 この意思がある限り、彼の勝利は絶対に揺るぐことはない。

 

「始めさせてもらうぜ」

 

 幻の二つ名を持つ少年が、ニッと笑った――その時だ。

 まるで修の変革に応じるように聖女の胸元から漆黒の光が溢れ出す。

 

「えっ!?」

 

 聖女は自分の胸元から発する黒い本流に驚き、ネックレスを取り出した。

 禍々しく輝く装飾品はあまりに気味が悪く、慌てて首元から外すと投げるように捨てる。

 ネックレスは地面に落ちたと同時、召喚陣が広がった。

 そして現れ出でるは、魔物とは別種の存在。丸みを帯びた漆黒の体躯は人の形をしてはいるが、大きさは七,八メートルと完全に人のサイズを凌駕している。

 しかし唐突に現れた黒いモノに対して、修は以前に似たような存在と出会ったことがあることに気付いた。

 

「こいつ、“堕神”の欠片じゃねーか?」

 

 共通点は真っ黒いというだけではあるが、感じ取れるものは同じだ。

 アリーは修の言葉に僅かに驚きを表す。

 

「これが……」

 

「つっても、前に出会った奴とは形が違うけどな」

 

 修達の会話を知ってか知らずか、漆黒の体躯を持った存在――“堕神”の欠片は二対の瞳で何かを探すように周囲を彷徨う。

 後方で優斗が念の為、大精霊を召喚して周りの人達の護衛をさせた。

 

『――――』

 

 瞬間、誰の目にも映っていた“堕神”の欠片がふっと消える。

 

「なっ!?」

 

 勇者達が突然のことに緊張を走らせた。

 けれど修だけは剣を真横に伸ばしており、

 

「おい、どこ行くんだ」

 

 鋭い視線は敵の姿を捉えていて、刃の数ミリ先には“堕神”の欠片がいつの間にか存在している。

 

「優斗を相手にしたいなら、まずは俺を倒せよ」

 

 勘違いするな。

 優斗はあくまで万分の一、億分の一の可能性を潰す為に大精霊を召喚しただけ。

 

「テメーの相手は俺だ」

 

 修が凄んだ瞬間、“堕神”の欠片は距離を取る。

 そして立った場所は偶然にもトラストの勇者達の目の前だった。

 

「……何だこいつは」

 

 エクトは突然現れた存在に対して、何一つ理解が及ばない。

 しかし聖女のアクセサリーから召喚されたことは事実であり、優斗達に襲い掛かったことも事実。

 加えて自分達の前に立ったことから、一つの仮定が生まれる。

 この存在は味方なのだ、と。

 だから彼は形勢を逆転させる為に叫ぶ。

 

「皆、今現れた黒色の存在は我々の味方だ! 聖女の力に呼応し――」

 

 すると“堕神”の欠片の二対の瞳がエクト達を捉えた。

 その動きが何をするのか把握できたのは修のみ。

 

「バカ野郎ッ! 余計なこと叫んでんじゃねぇ!」

 

 敵の敵は味方、というわけではない。

 先ほど、優斗が三すくみの状態を作った時とは訳が違う。

 “堕神”の欠片は目に映るもの、全てを消すつもりだ。

 漆黒の体躯の左腕が水平に広がる。

 

「――このやろっ!」

 

 修は身体が霞んで見えるほどの速さで、エクトと聖女の前に立つ。

 同時に腕を振り抜こうとしている“堕神”の欠片に剣を合わせた。

 けれど鍔迫り合いのようにはならない。

 “堕神”の欠片の腕は合わせた場所からぐにゃり、と曲がる。

 

「舐めんなっ!!」

 

 修は上半身を前に倒しながら左足を僅かに開く。

 そして反時計回りに回転させながら、折れ曲がってエクト達へ狙いを付けている“堕神”の欠片の腕を真下から左肘で叩き上げて逸らす。

 さらに自身も鎌のように折れ曲がった“堕神”の欠片の左腕をかいくぐりながら、エクトに初級の風魔法をぶつけて遠ざける。

 次に聖女を遠ざけようとするが、彼女は目の前で始まった戦闘に腰を抜かしていた。

 

「ったく、面倒だな」

 

 修は二歩バックステップし、次いでやってくる“堕神”の欠片の右腕の攻撃をいなす。

 そして聖女の襟首を掴み、持ち上げると同時にやってくる連撃を飛んで躱すとトラストの集団へと彼女を投げ捨てた。

 これでようやく邪魔者がいなくなったので、修も意気揚々と“堕神”の欠片と相対することができる。

 

「よっし、やっと余計なことしなくて済む」

 

 修はとりあえず、火の上級魔法を無詠唱で“堕神”の欠片にぶち当てる。

 やはりというか何というか、炎弾がかき消えたので間違いないと確信できた。

 

「ってことは、近接でやる方が楽だわな」

 

 色々と繊細にやろうとすればいいのだろうが、だるい。

 元々、迎撃や後の先を取ることも性に合わない。

 優斗のように論理的に戦うのも面倒臭い。

 考えることはシンプルに一つ。

 

 ――ぶっ倒す。

 

 それでいい。

 それだけで内田修という存在は、確実に目の前にいる存在を圧倒する実力を得るのだから。

 

「うしっ、やるぜ!」

 

 修の身体は前傾に傾く。

 そして彼の姿が再び霞んだ刹那――“堕神”の欠片の左腕が千切れ飛んだ。

 

 

 

 

 アリーは修の戦いを幾度も見たことがあった。

 サイクロプスや白竜、天下無双。

 しかし眼前に広がっている光景は、その全てを凌駕している。

 “堕神”の欠片は今まで、出会った敵の中では圧倒的な強さを誇っていたはずなのに、まるで敵にならない。

 攻撃の威力も、速度も、何もかもが修に届いていない。

 左腕は千切れ飛び、右腕は上空に広がる雲を割断するついでとばかりに切り裂かれ、、左足は初動を見せた瞬間に十メートル級のクレーターが出来あがるほどの剣戟のみで消し去られる。

 そして胴体は神話魔法で出来た剣が矢のように突き投げられ、その威力で上空まで吹き飛ばされた。

 

「そんで、これで終了だ」

 

 修が告げた瞬間、空全体が真白い光に焼き尽くされた。

 鼓膜が破れそうなほどの甲高い轟音が身体すらも震わせる。

 それだけで誰もが把握させられてしまう。

 “堕神”の欠片は倒されたのだと。

 そしてリライトの勇者にとって、漆黒の体躯の存在は全く以て敵になり得なかったことを。

 

「じゃあ、次はトラストの勇者だな」

 

 けれど修は“堕神”の欠片のことなど、どうでもいい。

 あまりの光景に呆けているエクトに近付くと、彼の眼帯を奪い取る。

 

「……なっ!? おい、リライトの勇者!」

 

「悪いな。とりあえず、この眼帯はぶっ壊させてもらうわ」

 

 修はエクトが奪い返そうとする前に下がり、すぐさま詠唱を詠む。

 

「求めるは光の城壁、堅牢なる狭間!」

 

 トラスト陣営と自分達を分かつように、正樹が付けた一筋のラインに沿って透明な壁が生まれる。

 その間に修は眼帯に魔力を込めて、刻まれている魔法陣を壊した。

 順序としてはこうしなければならない。

 まずはノーレアルの魔法陣を壊しておかないと、次に使う神話魔法の影響を確実にエクトへ届けさせることが出来ないから。

 

「あとは最後の仕上げだな」

 

 珍しく大きく深呼吸すると、修が片膝を立てた。

 数秒ほど集中するように目を閉じると、右手を地面に触れさせる。

 同時、トラスト全土に広がるほどの魔法陣が広がった。

 

『求め回帰するは正常なる時』

 

 詠まれるは言霊。

 始まりの勇者による神話魔法の詠唱。

 

『異様な日々よ、異形なモノよ、異質な空間よ。全てはこの地にとって不要でしかない』

 

 エクト達が何やら騒がしいが、修には関係ない。

 防御壁を突破しようと正樹がいるのだから、何一つ躊躇する理由にならない。

 

『必要外な影響など、ここには存在しない。必要な影響こそ存在するべきなのだから』

 

 だから修は詠み続ける。

 優斗に任せろと言ったから、確実に自分達との関わりを終わらせる為に。

 

『消し去るべきは異常』

 

 そして何よりも、

 

『故に求めたのは正常にて清浄なる日々』

 

 アリーが他の誰でもない自分の御伽噺を望んだのだから。

 

「頼むぜ。これでどうにかなってくれよ」

 

 言霊を詠み終わると同時、修は地面に触れていた右腕に力を込める。

 すると魔法陣が輝き、光が上空へと伸びた。

 伸びて、伸びて、まるで輝かしい世界に入ったと勘違いするほどに光が強まった瞬間、白の粒子がトラスト全土に舞った。

 修はゆったりと降ってくる粒子に頷きながら、エクト達の様子を窺う。

 案の定、混乱が広がっていた。

 

「上手くいったみたいだな」

 

 元に戻すと言っても、過去は改変されない。

 目の前で起こっていた光景――七勇者に対して人質を取って言うことを聞かせようとしていたことに対して変化は訪れない。

 つまり思考の正常化に伴って、自分の行動の矛盾に『なぜ?』という矛盾が生まれてしまう為に混乱してしまう。

 なぜ、自分達は人質を取って勇者を脅していたのだろうか、と。

 その最中、トラストの勇者は左目を抑えて苦しそうにしていた。

 

「……うわ、申し訳ないことしたわ。優斗の予想通り、勝手に発動するのかよ」

 

 おそらく魔力切れで苦しいのだろう。

 

「えっと、そしたらあれか。封印とかしといたほうがいいな」

 

 修は頭を掻きながら、防御壁を解除して再びエクトに近付く。

 周囲は自分達の行動の矛盾に混乱している為、彼の行動に意識が回らない。

 

『求め封ずるは厄災の理よ』

 

 その隙に修は詠唱する。

 存在や魔法、全てを封印できる神話魔法を。

 

『災いなるもの全て、我が前から無くすべし』

 

 歩きながら詠み進め、

 

『厄なるもの全て、我が前から消し去るべし』

 

 エクトの眼前に立つと、右手を苦しんでいるエクトの左眼に翳す。

 

『しかし消し去り無くすこと出来ないのならば、せめて一時の安寧を』

 

 魔法陣がエクトの眼前に広がり、そして左眼に吸い込まれるように消えていった。

 

「これ以上、辛くはならないはずだぜ。まあ、新しい眼帯が出来てお前が真っ当になったら連絡してくれな。解除してやっから」

 

 続いて周囲の混乱を解決しようとした……が、背後から聞こえた足音を耳にすると踵を返し、修はアリーの下へと戻っていく。

 そしてリライトの勇者と代わるように、一人の少女と男性が兵士達の前に立った。

 メアリとトラスト王だ。

 

「狼狽えるな!!」

 

 トラストの王女が一喝するような大声を張り上げた。

 

「よいか! 今、お主達が混乱しているのは悪い影響を与える魔法をその身に受けていたからじゃ!」

 

 周囲の視線がメアリに集まる。

 彼女はさらに大声で言い聞かせるように伝えた。

 

「そして、その魔法は今し方にリライトの勇者が消し去ったのじゃ! 故に一つ前の行動に対して『なぜ!?』と思うことはないのじゃよ!」

 

 人質を取り、各国の勇者を脅していたこと。

 隙あらば攻撃をすることに何の疑問も抱いていなかったこと。

 特にエクトの周りを囲んでいた兵士達が一番混乱しているからこそ、メアリは叫ぶ。

 

「その矛盾は全て、トラスト王の不徳の致すところじゃ! つまり抱いている罪悪感も何もかも全て、トラスト王が背負うべきものでしかない!」

 

 彼らは影響を受けていただけだ。

 誰も彼も悪くない。

 

「今は家へと戻り、ゆっくりと休むのじゃ。そして明日、心が少しでも落ち着いた時にトラスト王がお主達の惑いも何もかも説明するのじゃよ」

 

 何があったのか。

 何があってしまったのかを。

 

「皆、ご苦労! 今日はこれにて解散とする!」

 

 そしてメアリの響き渡る声は確かに兵士達の耳に届き、彼らは惑いながらも各々が言われた通りに家へと戻っていく

 けれど二人だけ、その場に留まって動けない。

 いや、トラストの勇者は魔力の消費が激しかったので立つことも出来ず地面に蹲り、聖女はへたり込み虚ろな様子で何の動きも見せない。

 

「エクト、セシル」

 

 メアリは二人の前に立つと、憐憫の視線を向ける。

 この二人がどうなっているのか、それは誰にも分からない。

 今までのままかもしれないし、そうではないかもしれない。

 けれどこの二人は確実に被害者だ。

 トラストという国の落度による、紛う事なき被害者。

 

「二人とも。しばしの間、眠るのじゃ」

 

 メアリはエクトとセシルに軽く衝撃を与える。

 すると、それだけで二人は事切れたように気を失った。

 

「父上。私はこれにてお役御免で構わんじゃろう? これ以上、トラストの政に関わろうとは思わんのじゃ。しゃしゃり出れば父上はおろか兄達のメンツも潰してしまうし、面倒しか待っておらんからのう」

 

「すまない。助かった」

 

「別に構わないのじゃ。他国へ貢ぎ物となっている私が出来る、最後の事じゃからのう」

 

 そしてメアリはトラスト王に二人のことを預けると、修とアリーのところへ駆け寄る。

 アリーは彼女との面識がないので、とりあえず確認を取った。

 

「えっと……おそらくトラストの王女様だとは思うのですが、貴女は?」

 

「ん? そういえば自己紹介がまだじゃったな。一応はトラストの王女、メアリじゃ」

 

 メアリはそう言いながら、修とアリーに感謝の意を込めた握手をする。

 

「我が母国を救ってくれて感謝するのじゃ。リライトの勇者にアリシア王女」

 

「こんなの救ったなんて言わねーよ。あくまで楔を撃ち込んだだけだ。救うにしちゃ、中途半端にも程があるだろ」

 

「いや、誰も出来ないことをリライトの勇者は行ってくれたのだから、救いだと私は思うのじゃ」

 

 このままいけば、トラストは近いうちに滅亡していただろう。

 けれど正しく正常になる為の楔は撃ち込まれた。

 リライトの勇者が魅せた御伽噺のような光景によって。

 

「最初から関わっているわけでもないのだから、全てをこの瞬間に解決出来るわけもないじゃろう。しかしお主が糸口を作ってくれたのだから、後は手繰り寄せて解決するだけじゃ。これをリライトの勇者や他の勇者に頼るわけにはいかないじゃろう。というかトラストはお主達に迷惑を掛けすぎじゃ」

 

 長い時間が掛かるかもしれないし、短い時間で終わるかもしれない。

 それでも間違いなく、正しく在る為の処置は始まった。

 なのに全て他国の勇者へおんぶに抱っこ、という訳にはいかない。

 

「頼るのもこれにて終わり。だから感謝しているのじゃ。もちろん謝罪や賠償は父上からしっかりとしたものが行われるだろうから、これは私個人の感謝じゃ」

 

 メアリが笑みを浮かべる。

 すると続々と修達のところへ勇者が集まってきた。

 これ以上、自分達は動く必要がないと分かったからだろう。

 

「お疲れ様、修くん」

 

「おつかれ~、修センパイ」

 

 まずは正樹と春香が労いながら肩を叩いてきた。

 次いで源とライトが褒め称える。

 

「存分に魅せてもらったよ。『無敵』の意を持つ力の一端を」

 

「す、すごかったです、リライトの勇者さん!」

 

 さらにモールとイアンがしみじみと感想を述べた。

 

「大魔法士以上にとんでもない光景だったが、全然怖くなかったな」

 

「シュウが何度も勇者である時を見させてもらったが、今日は格別だった」

 

 あれこそがリライトだけでは留まらない『始まりの勇者』の二つ名を持つ勇者の真価なのだと、同じ勇者として思わされた。

 そして最後、アリーも心からの賛辞を修に伝える。

 

「魅せていただきました。貴方の御伽噺を」

 

 大魔法士と共にではなく、彼だけが紡いだ幻想の始まり。

 いつまでも忘れない……というより忘れられるわけがないだろう。

 トラスト全土を包むほどの魔法陣と、光の粒子が舞う視界の全て。

 アリーが見てきた中で、最大の神話魔法が使われたのだから。

 どうしたって惚れ直してしまう。

 

「世界で一番、格好良かったですわ」

 

「……おう、そりゃよかった」

 

 修の間近でアリーの笑顔が弾ける。

 思わず修はそっぽ向いて頬を掻いた。

 

「どうされました?」

 

 いきなり真横を向いてどうしたのだろうか、とアリーは首を捻る。

 けれど春香がニヤニヤしながら修をからかった。

 

「あれ~、修センパイ照れてる?」

 

「う、うるせえぞ春香!」

 

 とはいえ顔を赤くさせながらだと、何一つ反論になっていない。

 正樹とイアンが顔を見合わせて苦笑した。

 

「図星だね」

 

「図星のようだ」

 

「正樹もイアンも黙れっつーの!」

 

 修は懸命に大声を張り上げながら、跳ね上がった動悸をどうにか落ち着ける。

 そして少しずつ心臓の高鳴りが収まってきたところで優斗達が合流した。

 

「お疲れ様、みんな」

 

 優斗が勇者達に声を掛ける。

 彼の隣に立っていた優希も勇者達一人一人に、面倒なことをして申し訳ないと頭を下げていった。

 特に正樹は自分の為に時間を稼いでくれて、より丁寧に感謝の意を述べる。

 次いでアリーと修の前に立った。

 優希は先ほどの光景を思い出して、尊敬やら何やら思ってしまう。

 加えて当然のこと、優斗を真っ当にしてくれた人達だろうから感謝だってしてしまう。

 だが、気に掛かることもあった。

 

 ――そ、そういえばアリシア様は宮川優斗以上に極悪な人なのですよ。

 

 はとこが言っていた。

 彼女は自分以上の極悪だと。

 つまるところ、感謝の言葉を間違えたらトラストの勇者達のように冷酷非道で暴虐の如き言葉を浴びせられるかもしれない。

 

「…………」

 

 思わず緊張で声が出なくなってしまい、彫刻のように固まった。

 

「ユキさん?」

 

 彼女が急に黙ってしまったので、アリーが心配そうに声を掛ける。

 けれどアガサが黙ってしまった理由を察し、優希の代わりに答えた。

 

「ユキはアリシア様がミヤガワ様以上に極悪な性格だと聞いて、少々怖がっているようです」

 

 説明した瞬間、アリーの眉がつり上がる。

 そして従兄を睨み付けた。

 

「……ユウトさん」

 

「どうしたの?」

 

 飄々とした様子の優斗。

 だがアリーは眉をつり上げたままだ。

 

「どうしたの? ではありませんっ! 絶対にユウトさんの方が極悪ですわ!」

 

「そんなそんな、僕が王女様以上だなんて恐れ多いよ」

 

 にこやかに爽やかに優斗は否定する。

 だから彼女は地団駄を踏みながら、自分以上に極悪なはずの相手を指差した。

 

「こ、この人最悪ですわ!」

 

 優希に吹き込んだ内容が内容だっただけに納得したくない。

 けれど修達は彼女の反応こそ理解不能。

 今日、優斗と全く同じことをやらかしたのが誰なのか覚えていないのだろうか。

 

「どんぐりの背比べだろ?」

 

「五十歩百歩だとぼくも思うけど」

 

「似たり寄ったりだよね」

 

 修、春香、正樹の順に呆れ果てる。

 特に修は先ほどまで顔を赤らめていたのに、優斗とのコントを見たからか赤味が完全に引いて通常モードになっていた。

 春香と正樹は彼の様子を見て、本気でアリーが可哀想に思えて仕方ない。

 

「あっ、修センパイが戻っちゃった」

 

「ボクが言うのもなんだけど、本当に残念な感じだね」

 

 牛歩のような速度でしか、進展しないのだから。

 

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