第222話 all brave:特別の中の特別

 

「まっ、攻撃はしねぇから安心しろよ」

 

 修が右手を真上に掲げた。

 何をするのか誰もが察しがつく状況にエクトが叫ぶ。

 

「ちっ! リライトの勇者に言霊を――」

 

 けれど遅い。

 大魔法士がいなくとも、始まりの勇者が言霊を詠んでいようとも、御伽噺は“三人”いるのだから。

 

「修くんに辿り着くには、まずボクを倒さないといけないよ」

 

 聖剣を手にしている正樹は、地面に一筋の閃光を放つ。

 閃光は地面を削り敷地内を分断する一直線のラインを作り出した。

 超えれば手を出す、と言わんばかりの境界の如き一線を。

 

「……っ! フィンドの勇者……っ!」

 

「おっと、正樹センパイだけじゃないよ」

 

 守護獣を呼び出した春香が正樹の隣に並ぶ。

 彼女の後ろにはニヴルムの他に二体の守護獣が控えている。

 

「私は言ったはずだね。君が指す『平和』は『支配』だと」

 

「お前がやっていることは一切合切勇者のやることじゃない。加えてお前を見逃したら、レンドには色々言われるだろうし姫様からは蔑む視線を貰うだろうから、回避させてもらう為にも立ちはだかろう」

 

「貴様らの言い分は私の愛する義弟と妹の将来を脅かす」

 

 さらに源、モール、イアンが同じように相並ぶように前に足を踏みしめた。

 正樹が代表して5人の胸中を言い放つ。

 

「勇者を相手にしたいなら、かかってくればいいよ」

 

 足を止めるには十分な正樹の言葉。

 そして紡がれるはリライトの勇者の言霊。

 

『求め轟くは雷鳴の全』

 

 清かな声が空へ鳴り響く。

 

『勇なる者に相応しき輝きを』

 

 足下には魔法陣が広がり、

 

『鮮烈なる強さ、瞬くこと許さぬ速さ、貫く衝撃の鋭さよ』

 

 誰もが圧倒される力が彼の右手に集まり始める。

 

『幾数では足りず、幾万では足りず、幾億となり纏い集え』

 

 ただの人間には不可能なこと。

 ただの勇者には不可能なこと。

 けれど『始まりの勇者』と称することができる、無敵の勇者だけが唯一可能なこと。

 

『そして生まれるは雷の化身と銘振る剣となる』

 

 空から光が降り、修の右手に落ちた。

 そして掲げていた右手を光から引き抜くと、彼の手には一振りの剣が手に存在している。

 神話魔法と呼ぶには、あまりにも呆気ない姿。

 思わずエクトが笑いそうになるが、

 

「剣の形をしてたって、こいつは神話魔法だ。こんなことだって出来んだよ」

 

 修が空へと向けた一閃。

 瞬間、目が焼き付きそうになるほどの雷が剣から空全域へと迸った。

 

「…………」

 

 敵だけではなく味方すらも唖然とさせる一撃。

 挑む挑まないではなく、勝てないことを強制的に理解させる一振り。

 修は振り抜いた剣をエクトへ向ける。

 

「勝てると思うなら挑め。けれど動いた瞬間、一撃で終いにしてやるよ」

 

「……っ」

 

 エクトは修の力を目の当たりにして、それでも勝負を挑みにいく……ということはしなかった。

 未来視を使わずとも分かる結果に対して動けるはずもなかった。

 

「これで膠着状態、ということになりましょうか」

 

 だからこそアリーは言葉を使う。

 千人を揃えたところで尚、圧倒できる修の力を見せたから。

 力で挑むことこそ愚の骨頂だということを理解させたから。

 

「では最後の相対といきましょう。トラストの勇者に聖女様」

 

 もう退くことはしない。

 温さはもう持っていない。

 

「まず、貴方達のベストな結果を提示致しますわ」

 

 アリーはゆっくりと言葉を突きつける。

 

「自称トラストの勇者を『勇者』として認めてもらうこと。そして今回の不問。これが目指すべき結果でしょう」

 

 これがトラスト側にとっては最上の結果となるだろう。

 

「では、そうなる為に貴方達はどうされますか? 大魔法士に対する暴言に加えて、他の勇者に対する傍若無人極まる態度。さらには人質を取ったこと。謝罪程度で終わるとは思っていないでしょう?」

 

 とはいえ実際、心から反省した謝罪があれば勇者達は許してしまうだろう、とアリーは考える。

 その『甘さ』があるからこそ彼らは英雄でもなく王でもなく、勇者なのだと言える。

 しかしエクトは反論した。

 

「何が謝罪だ。お前達が――」

 

「――自称トラストの勇者。立場が分かっておられないのでしょうか? わたくし達はこれでも譲歩しているのですわ」

 

 国を代表している、と宣った二人のあまりに横柄な態度。

 それを他国の勇者に叩き付けておいて、甘い裁定で終わらせようとしていることこそ譲歩していると言っていい。

 

「ふざけないでください! あたくし達は平和の為に頑張っているんです!」

 

 今度は聖女が反論するが、アリーは意にも介さない。

 

「現状において、そのような虚言がまかり通るとでも? 人質を取り、『力』で言うことを聞かせようとし、自分達の都合通りにいかなければ否定する貴女達のどこに『平和』があるのか、答えていただけませんか?」

 

 どこにも平和は存在しない。

 元々、議論を放棄したトラストが平和という言葉を使うこと自体、矛盾している。

 

「それは貴女達があたくし達の平和を――」

 

「――そのようなこと、聞いていません。わたくしは『答えろ』と言っているのです」

 

 優斗とは別種の圧迫感がエクトと聖女を黙らせる。

 意思の強さと精霊の共振を用いて大気を震えさせるほど圧倒するのが優斗ならば、アリーはまさしく『生まれながらにして持った存在感』によるもの。

 特別であるということを、まざまざと見せつける所行。

 

「それとも貴方の背にいる千人の命、無様に散らせますか?」

 

 冷酷な微笑みを携えた台詞。

 あまりの圧倒的な力と存在感に兵士達の恐れが耳に入ってくる。

 けれど騒がしいのは後方の兵士と端にいる兵士のみ。

 トラストの勇者の側にいる者達は何も動揺していない。

 だからこそアリーは異常を敏感に感じ取る。

 

 ――“何か”がおかしいですわ。

 

 力を見せ、言葉で揺さぶりを掛けた。

 なのにも関わらず、彼らの周囲にいる人間だけは何も揺らいでいない。

 

 ――これではあまりにも盲目過ぎる。

 

 内田修の力はそれこそ、誰にとっても想像以上のものだ。

 彼の力を目の当たりにして、それでも立ち向かえる者は限りなく少ない。

 スペックが圧倒的なのだから、普通の人間ではまず本能と理性が絶対に打ちのめされる。

 平然と相対できるのは優斗と正樹ぐらいだろう。

 と、アリーは頭の中に浮かべた人物の片方である正樹を視界に入れて……同時にニアの姿が映った。

 

「……そういえば」

 

 小さく呟く。

 おかしな状況で、おかしな事態。

 けれど思い返してみれば、自分は似たような話を聞いたことがある。

 優斗が力を見せて尚、正樹のことを最強だとニアが宣ったことを。

 

「――っ!」

 

 アリーは気付く。

 一番重要な要素が欠けているから、別だと思っていた。

 けれどそれを取り除いてみれば、どうだろうか。

 何も揺るがない兵士達が側にいて、戸惑う兵士は後方か端にいる者達ばかり。

 平和の為に『勇者』であることを誇示するエクト。

 欠けた一つ以外のピースは全て当て嵌まる。

 

「ノーレアルの……神話魔法?」

 


      ◇      ◇ 

 

 

 トラスト王とメアリも謁見の間から出てきて、優斗達のところへ向かってきた。

 けれど優希は二人が近付いてきていることよりも、目の前で起こっている光景に戸惑いを隠せない。

 

「だ、だいじょうぶなのですか、宮川優斗?」

 

 1000人と戦いになるかもしれない、という戸惑いではない。

 あれだけの人数を相手にして、堂々と脅しを掛けているアリーに対して、だ。

 

「大丈夫。あれが正しい脅し方だよ」

 

 心配そうな優希を尻目に優斗はのほほん、としている。

 

「修はあれを人には向けられない。なんたって勇者だしね。無抵抗の人達に向けられるほど、あいつは歪んでないよ」

 

 因縁も何もない人間を平然と傷つけられる勇者なんて存在しないだろう。

 

「だけど『力』を示すには十分だよね?」

 

「えっと……はい。すごかったのですよ」

 

「そして重要なのは、敵対してるってこと。敵の人達にとっては恐怖対象なんだよね。僕達はさっきから彼らの考えを逆手に取って、同じことしてるだけなんだよ」

 

 相手側の勘違いを利用しているだけ。

 そして利用するに最高のパートナーが修の隣にいる。

 

「で、リライトの勇者と一緒に相対しているのは、僕以上に極悪な性格をしている王女様。上手いこと使った……はずなんだけど」

 

 優斗の視界に映っている光景は、どうにも様子がおかしい。

 アリーも同じ感想を抱いたようで、何か考えている。

 すると彼女はハッとした様子で優斗に視線を送ってきた。

 

「アリー?」

 

 彼女は正樹とニア、次いでトラストの勇者と集団を指さした。

 最後に自身の左目を指差す。

 

「アリシア様、何をしてるのですか?」

 

 優希に理解できないのは当然だ。

 けれど優斗は少し考え込み、アリーが伝えようとしたことを把握する。

 なのでトラストの勇者を注視してみた。

 

「……なるほど。似てるかも」

 

 優斗が特に注目したのは眼帯。

 確かに変な魔力の流れが眼帯付近に微かだが存在している。

 

「確認を取ればいいんだろうけど、よく気付けたもんだね」

 

 優斗も同じように引っ掛かってはいたが、答えは出なかった。

 まあ、情報がない上に相手の事情に興味ないので、必死になって考えるのが時間の無駄だと思ったのも確か。

 けれど自分では気付けなかっただろう。

 一番重要視していたものが、ごっそりと欠けていたのだから。

 しかしアリーは相対している最中に気付いた。

 さすが、と言いたいところではあるが正直、おかしいぐらいに頭が回る王女様だ。

 ちょうど優斗のところは辿り着いたトラスト王に優斗は確認の為の問い掛けを告げる。

 

「訊きたいことがある。あの眼帯はどのような経緯で、“誰”から手に入れた?」

 

 到着した途端に問われたトラスト王は、質問の意図を理解できなかったが素直に返答する。

 

「エクトの未来視を完全に止めるには普通の魔力抑制の魔法具では難しく、たびたび魔力枯渇により倒れることがあった。その時、エクトの話を聞いた他国の貴族が、試作品の魔法具をエクトの為に提供してくれたのだ。15,6年前の話になるか」

 

 出てきた一つの単語に優斗が内心で舌打ちする。

 他国の貴族がどこなのか、嫌な予想しか生まれないからだ。

 

「どこが普通の魔力抑制の魔法具と違う?」

 

「魔力が未来視の魔法陣に流れる前に別の魔法陣が奪い、それを再び身体に循環させることで未来視を使わせないようにするものだ」

 

「トラストの勇者はいつから、勇者の候補として挙がっていた?」

 

「未来視だと発覚してからだ」

 

「発覚したのは?」

 

「エクトが4歳の頃だった。17年前になる」

 

「その時点で勇者になるのは既定路線だな?」

 

「そうだ」

 

 矢継ぎ早に出てくる質問をトラスト王が全て答える。

 そして優斗は全て聞き終えると、額に手を当てた。

 

「……まったく、話がややこしすぎる」

 

 単純明快な状況でなくなった、というのは間違いない。

 

「単刀直入に伺う。眼帯を渡した貴族はクリスタニアの『ノーレアル』か?」

 

「……? 確かに思い返してみれば、そのような名だった……が……」

 

 そこでトラスト王は優斗が言いたいことに気付く。

 リライトが解決した事件。

 そのうちの一つに今の名が関わっていたことを。

 

「まさか……っ」

 

「話は各国に回したはずだ。ノーレアルのことは知っているな?」

 

 優斗が確認するようにトラスト王とメアリに視線を向けると、メアリが頷いた。

 

「大魔法士殿とリライトの勇者が行ったフィンドの勇者救出劇――又の名をレアルードの奇跡。その事件の主犯じゃったな。ダンディから私も聞いておる」

 

「彼らが求めていたのは『始まりの勇者』――無敵の存在だ。未来視を持った人間なら、狙われて然るべきだろうな」

 

 そしてノーレアルがトラストに関わったのは、十数年前。

 トラスト王が忘れていても無理はない。

 

「手広くやっていることを、まざまざと見せつけられた気分だ」

 

 優斗はジュリアとの会話を思い返す。

 

『過去、我々の一族が出会ってきた勇者の中でも最優秀の類に入りますわ』

 

 ということは、こう考えられるはずだ。

 正樹のように細工を施そうとした勇者や、勇者候補は他にもいる。

 

「勇者で在らねばならない、という心。付き合いが長い者達から盲信させること。確かにジュリア=ウィグ=ノーレアルが言っていた勇者と合致する。唯一違うのは才能の底上げだけだ」

 

 だから理解できる。

 エクトの状態はノーレアルの神話魔法の影響下にある、と。

 そして、それ故に優斗は答えに到達できなかった。

 

「ただ解せない。どうして一番重要なことを……」

 

 ノーレアルにとって必須なのは『無敵』であることなはずだ。

 始まりの勇者にとって不可避なもので、これだけは除いてはいけない。

 

「失敗……したのか?」

 

 優斗はノーレアルの神話魔法が刻まれているであろう、眼帯について考える。

 

「魔法陣は確かに刻んだり宝玉にコピー出来るけど、神話魔法を眼帯に刻むことも出来るのか? ……いや、だとしたら神話魔法が魔法具として出回っているはずだ。そうじゃない以上は難しいと考えた方がいい」

 

 ぶつぶつと呟きながらも確定的なものは一つも出てこない。

 

「和泉が居れば、ちゃんと説明が貰えるんだろうけど……まあいい」

 

 一応は和泉が作ったこともあるが、あれは運良く出来たとも言っていたはず。

 とはいえ経緯は後からでも分かることだ。

 今、必要なのは現時点の把握。

 

「聖女様が一番、影響下にあるのは間違いない。もしかしたら彼女も似たような魔法を施されている可能性すら考えられる」

 

 とはいえ優斗が見たところでは、魔法が施されている可能性は低い。

 妙な魔力の流れは見られない。

 かといって“何もされていない”と断言できる状況でもないが。

 

「どうにかならないのか?」

 

 トラスト王の懇願のような言葉。

 対して大魔法士の返答はあっさりとしたものだった。

 

「僕には出来ない」

 

 宮川優斗は彼らを救う術を持っていない。

 いや、正確には救いたいと思っていないから、救う為の新たな神話魔法を創り出すことが出来ない。

 

「けれど可能性はある」

 

 優斗の視界の中央にいるのは、この世界で『無敵』を名乗れる至高の才能を持った少年。

 

「リライト……いや、『始まりの勇者』である修だったら救えるかもしれない」

 

 他の誰がやったところで不可能と思ったとしても、彼がやるならば可能だと思わされるほどの勇者がここにはいる。

 

「ただし結果に責任は持たない」

 

 救えそうだからから救う。

 助けられそうだから助ける。

 それで済むような話ではない。

 

「リライトはこの件に関わる理由がない。助ける理由がない。ノーレアルが何をしたとしても、こちらがトラストの勇者を助ける理由は存在しない。加えてリライトの非になる可能性が救ったあとに起こるかもしれないからこそ、リライトの勇者である修が望んでするわけがない」

 

 優斗は修が手を出すのならば、少なくともエクトを助けることに失敗はないと断言する。

 けれど懸念は消えない。

 内田修のご都合主義ですら、どうすることもできない状況が存在することを。

 

「それでも構わないと言うのなら、あいつは救う為に動くはずだ。勇者として」

 

 優斗が告げたこと。

 どういう意味かとメアリは考え、そして察する。

 

「民衆に混乱が起きる可能性があるのじゃな?」

 

「ああ。トラストの勇者を無事に救えたとしても、混乱は起こるかもしれない。トラストの勇者の影響による盲信という名の地盤を根こそぎ消すということは、単純に事が済むわけじゃない。そしてもう一つ、彼は神話魔法の影響を長年受けているからこそ、どう変わってしまうのか僕達には判断できない」

 

 仮定としてエクトを救えたとしよう。

 しかし彼に影響を与えていた魔法を消したとしても、彼の性格がどうなるのかは分からない。

 正樹と違って長年、神話魔法の影響下にいたことでどうなってしまうのか、優斗に分かるわけがない。

 しかもノーレアルの神話魔法は存在の変化。

 消したところで容易に元に戻るようなものでもない。

 さらにエクトの盲信に連なっていた人達がどうなるのか判断しづらい。

 正樹とニアの時は、ずっと一緒にいたのが彼女だけであったし、彼女は影響されている途中で優斗が無理矢理目覚めさせた。

 だから突然、影響が失われた人達がどうなるのか。

 いくらノーレアルと戦った優斗でも判断材料はない。

 加えて、そこに修達――勇者が持っているご都合主義は働かない。

 

「勇者のご都合主義は過去と現在の矛盾を正当化できない。ご都合主義は現在と未来に発揮されるものであって、過去には働かない」

 

 問題になりそうなことを都合良く回避するのがご都合主義であって、過去に問題が起こっていることに対して、辻褄合わせに働きはしない。

 

「そして神話魔法の影響下にあったとはいえ、トラストの勇者が今回やったことは何一つ正当化できない。貴方達がクリスタニアを非難するのは正当な権利だろうが、正すべき時を逃し彼らの在り方を正さなかった。それは揺るぎない事実でしかない」

 

 公式の場で勇者達を不必要に非難したこと。

 大魔法士に的外れな強制をしようとしたこと。

 人質を取って言うことを聞かせようとしたこと。

 これら全てをノーレアルの責任に被せることは不可能。

 

「この国の行く末をどうするのかは、貴方が決めることだ」

 

 優斗はトラスト王を真っ直ぐ見据え、あらためて問い掛ける。

 

「答えていただきたい。王である貴方が下す決断と責任を」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 アリーの詰問に対して、エクトと聖女は動きを見せない。

 それは優斗とトラスト王のやり取りが終わっても尚、無言が続く。

 アリーがちらり、と優斗を見る。

 彼は一つ頷くと右手で自身の左目を指差し、次いで親指を立てると首を切る仕草をした。

 要するにノーレアルの神話魔法をぶっ壊して、助けろ……ということ。

 

「皆様。トラストの盲信はおそらくノーレアルの神話魔法の影響ですわ」

 

 彼女が告げることに目を見開く勇者一同。

 けれどアリーは淡々と修に訊く。

 

「神話魔法だけではなく、盲信も消す手段はありますか?」

 

「……。可能性のある神話魔法は存在するぜ」

 

 少しだけ間を空けて修は答えた。

 

「けど、その神話魔法って『正常に戻す』ってやつなんだ。正直、存在の変化っつー訳分からん影響に対して、どこまでできるのかは俺にも分かんねーんだよ。だから、やったところで何も起こりませんでしたってパターンになるかもしれない」

 

 そして修が何よりも懸念するのは一つ。

 

「俺が手を出したらリライトに迷惑掛けるかもしんねーし、迂闊に大丈夫だって言える状況じゃない」

 

 何でもかんでも、目の前にいる人達を救う為に動くわけにはいかない。

 修の優先順位はあくまでリライトが最優先であって、トラストではないのだから。

 けれど、

 

「修様。貴方が背負うべきものは何もありませんわ」

 

 アリーは微笑んで首を振る。

 

「ユウトさんは確約を取ったことでしょう。シュウ様が助けに動き、そして失敗したとしてもリライトに責はない、と」

 

 今、はとこと気楽そうに話している優斗を見ながらアリーは言い切る。

 彼が修に余計なものを背負わせるはずがない。

 

「ですから信じるべきは貴方が今、抱いている予感です」

 

 理論ではなく、数式的なものでもない。

 必要なのは内田修が今、抱いている感覚。

 

「現状の狂った事態に楔を撃ちこめる、と。そう思っていますか?」

 

 真っ直ぐに修の瞳を捉えて尋ねられたこと。

 彼は頷く。

 

「ああ、思ってる」

 

「でしたら大丈夫ですわ」

 

 内田修がそう思っているというのなら、アリシア=フォン=リライトは何一つ理由がなくとも肯定する。

 

「貴方はリライトの勇者であり、始まりの勇者。そして『わたくしの勇者』です」

 

 アリーは輝かんばかりの柔らかな笑みを修に向ける。

 

「わたくしは誰よりも特別に修様を信じていますわ」

 

 大切な人だから。

 大事な人だから。

 本当に大好きな人だから。

 

「貴方は現実を直視しなければならないわたくしが唯一、夢見る主人公」

 

 王族という立場を忘れて――たった一人の女の子に戻れる、たった一人の男の子。

 

 

「魅せてください。貴方の御伽噺を」

 

 

 最強が席巻しているこの世界で、無敵が奏でる幻想をアリーは望んでいる。

 だから一番近くで。

 一番側で。

 寄り添うほどの隣で見届けたい。

 見続けていたい、と。

 アリーはそう願う。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 まるで幻想の中にいるようだと、優希は錯覚する。

 たくさんの勇者と勇者の仲間がいる中で、群を抜く存在感を持った二人がいた。

 

「よっしゃ!」

 

 修の気合いを入れた叫び声が響き渡った。

 そして勇者と王女が視線を交わし、笑みを交わす。

 優希は二人の姿を見て、どうしてか思ってしまう。

 

「すっごく眩しいのです」

 

 まるで光に祝福されているかのように、彼らは輝いている。

 姿を見るだけで落ち着けて、不安など生まれない。

 

「すごいのです」

 

 おかしい状況の中で、安心感を生み出している。

 優斗も優希と同じように、二人の姿に表情を崩す。

 

「あの二人は生まれた時から特別だからね」

 

「なんとなく、分かるのですよ」

 

 優斗の意図を優希は理解できるような気がする。

 けれどはとこから続く言葉は、特別であるからこそ二人を慮るものだった。

 

「だけど生まれた時から特別っていうのはね、良い事ばかりじゃないんだよ」

 

 決して全肯定できる出自ではない、と優斗は思う。

 

「特別であるが故の孤独。一般とは隔たりのある生き方。平凡な生き方をあの二人は絶対に出来ない」

 

 大国の王女という誰からも特別に扱われる事情故に、誰一人として親しい者が存在しなかったアリー。

 不義の子供であることに加え、至高の才能を持ったが故に誰からも見て貰えず孤独だった修。

 

「けれど二人とも屈折せず、真っ直ぐに前を向いて歩いた」

 

 自分の出自を受け入れて。

 自分の力を受け入れて。

 決して曲がらず、挫けず、正しく進んできた。

 

「だから僕は喜びたい。彼らが仲間であることを」

 

 本当に凄いと思うから。

 

「だから僕は自慢したい。彼らと共に歩くことを」

 

 一緒に過ごす日々が大切に思うから。

 彼の兄弟として。

 彼女の従兄として。

 見届けていきたい。

 

 

「だから僕は信じるよ。彼らがこの世界の主人公とヒロインなんだってことを」

 

 

 特別の中の特別。

 世界の主人公とヒロインだということを信じている。

 

「宮川優斗は、あの二人のことが大好きなのですね」

 

 嬉しそうに語る優斗の姿に、優希も顔が綻んだ。

 きっと彼らは優斗を真っ当にしてくれた人達。

 だからこそ優希も嬉しくなって、感謝したくなった。

 

 

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