第311話 If. After the villainess:『もしも』の自分





 

 優斗は言い切ると、ぐるりと皆を見る。


「ここから先、どうしたい?」


「エリザさんを助けたいです!」


 問い掛けると、ライトがすぐに返答する。

 優斗はヴィクトスの勇者を見ながら言葉を重ねた。


「だけど、彼女が過去に罪を犯した可能性は完全に消えてないよ。あくまで感情的な部分において、簡易的に白だと判断出来ただけだ」


「そうだっとしても、ミヤガワさんは言ってたじゃないですか! 仮にあの人が王妃様を殺そうとしたって、ここまでされる必要なんてない!」


 国王に対して堂々と言っていた。

 男爵令嬢に対する殺人未遂があったとしても、ここまでされる理由はない、と

 そしてエリザが殺意も悪意も憎悪も否定したのなら。

 大魔法士がそのことを断言したのなら。

 彼女のことを救わなくていい理由はどこにもない。


「だから、この状況をぼくは見過ごせません!!」


 先走っているとしても構わない。

 完璧な把握をしてなくともいい。

 それでも今、動くべきだと思ったから。

 後悔なんてものは後ですればいい。

 ライトの言い分に優斗はふっと表情を和らげる。


「勇者として満点の回答だよ、ライト君」


 ここまで言い切れるのなら、勇者として相応の覚悟は持てたと考えられる。

 優斗はちらりとカイトの様子を窺うと、彼は呆けた様子で自分達の会話を聞いていた。

 驚いて反応に困っているのだろう。

 けれど否定や拒否といった反応がないからこそ、優斗は話を進めた。


「じゃあ、どうやって助ける?」


 方法は幾つでもある。

 優斗はそのうち、簡単なものをライト達に提示する。


「先に言っておくけど、エリザさんとカイト君を助ける簡単なやり方はある」


「あるんですか?」


「だけどね。簡単なやり方は、正しいやり方じゃない」


 どうやってエリザ達を救うか。

 最も簡単な方法は一つ。


「誘拐する。それが答えだよ」


 他国の男爵夫人と令息を誘拐して助ける。

 これが手っ取り早い。


「あ、あの、ミヤガワさん! 離婚して他の国に行くことは出来ないんですか?」


「無理だろうね」


「どうしてですか?」


「まずエリザさんの夫であるマジェン男爵が離婚届を出さない」


 この状況で離婚していないとなると、彼は現状を受け入れている。


「あのクズっぷりを見ると、どうしても離婚したいなら金か権力のどちらかを要求してくるだろうね。それにクズ男が離婚届に記入したとしても国が認めないよ」


 さらに昨日、王妃が言っていた言葉がある。

 彼女は『王命』だと言っていたが、それがどこに対して使われたか。


「おそらくマジェン男爵とエリザさんの婚姻は王命によって結ばれたものだよ。カイト君、そうだよね?」


 優斗が尋ねると、カイトは驚いた表情から一転してぐっと悔しそうに噛み締める。


「その通りです。あのクズと母様の婚姻は王命です」


 カイトが肯定したことで、ライトも同じように悔しそうな表情を浮かべた。


「さっきも言ったよね、ライト君。ウェイク王国はエリザさんの不幸によって成り立つ国だってことを。だからこそクズ男との婚姻が相成ったんだよ」


 幸せな結婚など許さない。

 最低な相手と結婚させてこそ、皆の嘲笑の的になる。


「しかも王族や貴族だけじゃない。平民もエリザさんの不幸で幸せを享受してる」


 石を投げつけた光景。

 カイトを集団で暴行していた状況。

 そこから導き出される答えは、


「おそらく国としてエリザさんの悪行とやらを周知し、傷付けることを推奨してる」


 公爵令嬢が男爵と結婚させ、王領をわざわざ割譲した。

 表向きは高位貴族の令嬢が嫁入りするからこそ、王家が動いたと言っただろう。

 しかし、そんなものを信じる馬鹿はいない。

 領地持ちにさせたからこそ、陥れることが出来ると誰かが言ったはずだ。


「だからこそ領民も手に負えない」


 優斗は言いながら、手に持っている紙を皆に見せた。


「これ、何ですか? たぶん領地に関することですよね?」


 ライトが問うと、優斗はゆっくりと頷く。


「その通り。これはエリザさんが考えた領地の改善案で、机の上だけでも何十枚と積み重なってる」


 机の上にあるだけでも山のように積み重なってる。

 おそらく過去のものも含めれば、膨大な量になるだろう。


「素晴らしいことを幾つも提案してると僕は思う」


 読ませてもらったが、今の領地に応じた考えだった。

 目の前の現状をしっかり把握していると分かる代物だ。


「だけどマジェン男爵領はボロボロ。彼女の改善案が誰にも受け入れられてない証拠だよ」


 平民が傷付けていい元公爵令嬢で、領民が貶めていい男爵夫人。

 だからこそ言うことを聞くことはない。


「王族や貴族はエリザさんを都合良く扱って叩き堕とした。国民はそんな彼女を嘲笑い、国王夫妻をもてはやしてる。そして一番身近にいる領民は生活水準を上げて幸せを享受するのではなく、堕ちるところまで堕ちたエリザさんを嘲ることで幸せを享受してる」


 底辺にいるのは元公爵令嬢。

 上にいた高位貴族が平民よりも下にいる。

 その事実があるからこそ貶めることが快感に繋がる。


「……おかしいです……っ!」


「とはいえ国の在り方として、おかしいと言い切ることは出来ないよ。国をまとめる手段の一つとしては、応急的なものとしては存在していい」


 もちろん、やってしまえば先はない。

 たった一人に不幸を集約し、さらには国として成長がない。

 いつか必ず、破綻するやり方だ。


「でも、だからこそ常識的なことは通用しないと思ったほうがいい」


 一人の女性の不幸を礎にした国の在り方。

 王命を用いて何の得もない結婚をさせて、貴族としての尊厳も踏み躙る例外を認めた。

 ウェイク王国は常識を外して、それをやってのけた。


「……悔しいです。助ける方法を思い浮かばないのが」


 ライトはぐっと唇を噛み締めた。

 何度も未熟だと思わされてしまう。

 自分の力が足りないことも、考えが及ばないことも。


「だったら諦める?」


「いいえ、諦めません!」


 ライトの断言に優斗は柔らかく微笑んで、小さな勇者の肩をポンと叩く。


「世の中に不幸は蔓延してるけど、勇者であっても目の前に映る不幸しか救えない。だから目の当たりにした不幸を見逃さずに救いたいと願い続けられる人間が――勇者なんだと僕は思うよ」


 見逃さない。

 見て見ぬ振りをしない。

 何度、不幸を目の当たりにしても……決して逃げない。

 それが『勇者』という存在だと優斗は思っている。

 と、そこでライトはあることが気になったのか、不意に訊いてきた。


「それなら参考にしたいんですけど、もしリライトの勇者さんやフィンドの勇者さんだったらどうするんでしょうか?」


「誘拐一択だね。とりあえず助けてから考える性質だよ、あの二人は」


 誘拐は悪いことなのは誰だって知っている。

 だけど、あの二人は平然とやってのける。


「あの、それ、いいんですか?」


「もちろん……と言いたいところだけどね。勇者がそれなりに権力を持っているのは、どうしてだと思う?」


「どうして……?」


 優斗の問いにライトは考える。

 国でもどこでも、それなりに発言権があるのは自分でも理解している。

 だけど、それは『勇者』だからだと思っていた。


「今まで勇者と呼ばれる人達が頑張ってくれたから、ですか?」


「それもあるけど、一番大事な部分は違うかな」


 優斗はくすっと笑って肩を竦めた。


「目の前の不幸を救うために無茶をするからだよ。君達、目の前に不幸な人がいたら絶対に介入して、どんなことをしてでも助けちゃうからね。だから持ってる権力を鑑みれば、他国であっても平民か下位貴族の誘拐なら何とかなる」


 もちろん限度はある。

 愛奈の場合は相手が六将魔法士に異世界人だったからこそ、万全を期して臨む必要があった。

 とはいえ正樹は助けてから考えるスタイルだったので、愛奈の時でさえ何も考えず即行で救いだそうとしていた。


「だけど、ちょっとごめんね。エリザさんを救う方法を君達が先頭に立って考えるのは、少し待ってもらっていい?」


「それは構いませんけど、どうしたんですか?」


「今の僕達の会話を聞いて、雰囲気を変えた人がいるから」


 ライトが『助けたい』という気持ちを隠さず、優斗と話したことで。

 感情を抑えきれなくなった人間が一人だけいる。


「というわけで、シルヴィには指導をしておこうかな」


 優斗が家臣に声を掛けると、彼女は一歩だけ前に出て主に近付いた。

 真っ直ぐに大魔法士を見るが、少し表情は暗い。

 それが何を意味しているのか、優斗は理解しているからこそ問い掛ける。


「大魔法士の右腕として、最善の行動とは何か分かる?」


「何もしないこと……だと考えています」


 その答えに驚いたのは、優斗以外の全員。

 けれどシルヴィは主の様子を窺っていたからこそ、よく理解していた。


「我が主はエリザ様に対して、何も感じてはいないでしょうから」


 彼女を助けることについて、意思決定権は常にヴィクトス側だ。

 ライトや優希がやりたいことに沿って手助けはしても、優斗自身は一度も助けたいと言ったことはない。

 それに昨日、馬車での光景で自分は声を荒げてしまったが、優斗は特に大きな反応を見せていない。

 その後の謁見の間でさえ、優斗はライト達のために情報収集をしただけ。

 だからこそシルヴィは主の意を汲み、何もしないことが最善だと考えた。


「そうだね。正直に言えば僕はエリザさんについて、どうでもいいと思ってる」


 優斗は誰かを考慮することもなく、素直に肯定した。

 確かに助けたいと思っているわけではない。

 救うだなんてことを考えているわけでもない。


「だけどね、シルヴィ。勘違いしてもらったら困る」


 自分の意を汲んで黙っていた大魔法士の右腕。

 けれどそれは、黙らなければ主の意に反して何を言うか分からないという意味に他ならない。

 であれば告げるべきことがある。


「何もするな、と。僕は命令したかな?」


 必要とあらば命令しよう。

 しかし優斗は言っていない。


「それは……」


「家臣として正しい行動だということは認めるよ。だけどね、自身の感情を蔑ろにしてまで意に沿ってもらおうとは思わない」


 少なくとも主に対して相談するべきだ。

 シルヴィ自身が彼女のことを見て、聞いて、知って、何を感じたのかを。


「実際に僕が昨日、エリザさんが乗った馬車を君に見せたのは意図があった。シルヴィがエリザさんに対してどのような感情を抱くのか、その一助になると思ってね」


 エリザの事情を少しでも理解すれば分かることがある。

 大魔法士の家臣とエリザに共通点があることを。


「情報は与えた。実情も見せた。そしてエリザさんの感情すら教えた」


 シルヴィ自身がエリザに対して、何を感じるのか。

 必要なものは全て伝えた。


「だからこそ君は自分が抱いている感情を今、正確に把握した」


 今後、どのような展開になってほしいのか。

 どんな風に話が進んでほしいのか。

 明確に願うことがある。


「だったら僕は家臣であるシルヴィに、家臣としての在り方を教えないとね」


 優斗はそう言って、雰囲気を変えた。

 空気が引き締まり、緊張した面持ちの家臣に対して優斗は告げる。


「それがシルヴィにとって大事なことなら、『大魔法士の右腕』として動いてもいい」


 はっきりとした言葉と口調。

 周囲の人間もシルヴィも優斗の断言に息を呑んだ。


「そして僕は国王でもなければ『英雄』でも『勇者』でもない――『大魔法士』だ」


 決して間違えてはいけないのは、彼女は世界最強に従う者。

 故に動き方が他と一線を画す。


「国王や英雄なら一を切り捨てて他を幸福にする。この親子に当て嵌めるなら現状維持だ。勇者であれば二人を救って、目立つ悪人を叩き、他の人達は出来るだけ悪い扱いにしない」


 これが有名どころの役目を持つ人間の動きだろう。


「だけど今回の場合、大魔法士は二人を救って他は切り捨てることを厭わない」


 優斗が一切の迷いなく言ったこと。

 皆が唖然とする中で、シルヴィだけは主の言葉がどのような結果になるかを考えて、表情を曇らせた。

 それが自分の望みと合致しているとしても。


「この国の幸せは彼女の不幸で成り立っていることを、意識的だろうと無意識的だろうと誰もが理解している。だから同じ目に遭っても仕方ない、というのが僕の考えだ」


「ですが……」


 言い淀むように声を発するシルヴィに、優斗は彼女の考えを察して答える。


「やり過ぎで僕の名が傷付く。そういうことか?」


「……はい」


「だが、やりようで如何様にでもなる。今回の一件では些事だと言い切れるな」


 家臣が抱いた不安など不要だと言わんばかりの大魔法士に、シルヴィは目を見開いた。


「これが『大魔法士』だ、シルヴィ。たとえ国を一つ不幸にしようとも、僕の名を傷付けずに事を成すことは容易い。そして、お前にもそれが出来ると僕は知っている」


 優斗は決して家臣の実力を軽んじない。

 過去に得た研鑽と経験を以て、シルヴィが『大魔法士』の名を傷付けることはない。


「だから現状において最大の可能性一つ、伝えておく」


 まだ全てを解き明かしてはいない。

 けれど、それでも主として家臣に言うべきことがある。


「エリザさんが何の罪も犯していない場合――」


 彼女が抱く感情の通り王妃には何もしていない。

 無意識でさえも傷付けていないのならば、


「――お前が考えている通り、彼女は僕達と出会えなかった『シルヴィア=ヴィラ=ネスレ』だ」


 あえて昔の名を告げて、繋がりを明確にする。

 共通点があり、似通っている部分がある。

 なればこそ同情や共感を最も抱けるのはシルヴィだ。


「シルヴィは殺されることになっていたが、もし殺されなかったら。その時は彼女のようになっていたかもしれない」


 幾つかの分岐点があった。

 全ての罪を被せる部分は一緒だが、シルヴィは殺されることになっていた。

 さらには断罪の直前で優斗達に出逢えた。

 そこがシルヴィとエリザでは違う。

 けれどレンフィ王国の選択と、優斗達と出逢う偶然が無かった場合。

 たった二つの違いを考えるだけで、同じ道程があった可能性を簡単に導けてしまう。


「悪役令嬢の続きと、その最果て。お前が成ったかもしれない『もしも』の自分。思い入れるのも同情するのも十分過ぎるほどに分かる」


 簡単な同情は許されない。

 分かっている、と理解を示したところで同意されることはない。

 けれどシルヴィだけは認められる。

 シルヴィの持つ過去が、それを認めさせる。


「許せないと思っただろう? この国が幸福なのはエリザさんの不幸の上に成り立っているのだから」


「……はい」


「だとしたら反論してくるのが王だろうと勇者だろうと、誰かがやり過ぎだと言っても僕が許す。シルヴィが救いたいと思ったのなら、僕にどうでもいいことだろうと僕は認めよう」


 優斗の真っ直ぐな視線をシルヴィに向けて、主としての考えを伝える。


「忘れるなよ、『シルヴィア=ファー=レグル』。お前は僕の親友が認めた、大魔法士の家臣に足る存在だ」


 レグル公爵家の養女にして、宮川優斗の家臣。

 彼女が持つ立場や役割は、誰もが想像する以上の高みにある。


「不条理も道理も壊す。そのための“力”をお前に与えると僕が決めたんだよ」


 優斗の言葉にシルヴィはハッとした表情を浮かべる。

 主が何を言いたいのか、それに気付いたからだ。


「黒のままでも救っていい。黒であっても白に変えていい」


 もしエリザが過去に王妃を傷付けたとしても。

 罪は償ったと声高に言い放っていい。

 黒であることを強いられるのなら、無理矢理にでも白に塗りつぶして構わない。


「自身の気持ちに嘘を吐く必要はない。そのために必要な言葉をお前に与えよう」


 優斗は息を吸うと、力強く命令するように家臣の望みを声にした。


「ウェイク王国の幸福を許すな」


 簡単で、単純明快な言葉。

 けれど、これ以上に分かりやすい言葉はない。


「何故ならお前の心が陰ることを――僕が許さないからだ」


「……我が主」


「そして知っておけ。お前が動くのなら大魔法士も動く。この僕が家臣の想いを知って、看過するわけがない」


 家臣を持つ立場の人間として、伝えるべきことを伝えた優斗。

 シルヴィは主の言葉を聞いて、考えを知って、一度だけ大きく息を吸って吐いた後に力強い視線を返した。


「そのように仰っていただけるのであれば――」


 自分の感情を押し殺す必要もない。

 やりたいことをやっていいと言ってくれるのなら、


「――わたしは自身の感情を覆い隠すことは致しません」


 似通った境遇だと感じてしまったからこそ。

 少し違えば、同じことになっていたと理解してしまったからこそ。

 シルヴィはエリザに自身を重ねて見た。



『助けたい』



 そう思ってしまった。

 そして、それが許されると知ったのなら――もう止まるつもりはない。

 優斗はシルヴィの視線に込められた意思を確認すると、ライトに振り返った。


「そういうわけだ、ヴィクトスの勇者。悪いが、ここから先は『大魔法士』が先頭に立って動かせてもらう」


 大魔法士として勇者に告げた後、優斗は雰囲気をいつも通りに戻す。

 そして小さく謝る仕草を取った。


「ごめんね。ライト君や優希にとって、今回のことは苦い記憶になるかもしれない」


 優斗はヴィクトス側の二人に伝えている言葉の意味を、間違えないよう正確に説明していく。


「君達にとって悪いのは国王や王妃、それとあのクズ男だよね?」


「は、はい」


「けれどシルヴィにとっては、国王夫妻の在り方を認めてエリザさん達を一緒に貶めた貴族や国民も同罪なんだよ。このあたりはもう、個人的な見解の違いでしかないけどね」


 ライトは勇者であるからこそ、そして優斗が大魔法士であるからこそ。

 見解の相違が必ず生まれる。


「僕達のやり方は君達にとって酷いやり方に映る。だけど知っておくことには意味があると思ってるよ」


 優斗が丁寧に説明すると、優希の表情を少しだけ引き締めた。

 彼の言っている意味が分かるのと同時に、絶対に退かないという覚悟が見えたからだ。


「ライトが懲らしめるのは国王様に王妃様、それとエリザさんの旦那さんだけでいいって言っても……優兄達は退かないって言ってるのですよね?」


「そうだね。ライト君が思うようにやっても、それなりに上手くいくよ。問題を解決出来るとも思ってる」


 やり方はたくさんある。

 解決するための道筋で、可能な限り周囲を傷付けない方法は幾らでも見つけられる。


「だけど僕の家臣の気が済まないから譲る気はない」


 だから自分達のやり方でやる。

 大魔法士のやり方で、相手を打倒する。

 優希は再従兄弟の言い分をしっかりと理解すると、表情をふっと緩めた。


「分かったのですよ、優兄。優兄のやり方を知った上で、そうならないように気を付けろってことですよね?」


 言いながら、優希はライトに視線を送る。


「ライトが勇者だから」


 宮川優斗がやらかす領域は勇者としては駄目である、と。

 知ることに意味があるというのは、優希も納得する意見だ。


「二人に最後まで見せるのか、それとも途中で辞めるかの判断はアガサさんに任せるよ。さっきも言った通り、ここから先は僕達が先頭に立って動くから」


「かしこまりました、ミヤガワ様」


「わたしは大丈夫なのですよ、アガサ。わたしは最後まで優兄達がやることを見ますし、協力するのです」


 不幸にも、恐怖にも、立ち向かうだけの強さを優希は持っている。

 だから自分は問題がないと優希は言える。


「アガサはライトをお願いするのです」


 誰よりも耐性がない者。

 目の当たりにしたこともないから、恐怖を誰よりも抱く者。

 故にライトを心配するのは当然だ。

 けれど、


「……ミヤガワさん、アガサ。ぼくも大丈夫です」


 ヴィクトスのは勇者も強い意志を以て声を発した。

 大魔法士にも監督者にも分かるほど、力強い瞳を向ける。


「ミヤガワさんはずっと、ぼくのことを『勇者』として認めてくれてました」


 ある時は眩しそうに、ある時は賞賛するかのように。

 優斗はライトのことを勇者として扱っていた。


「たぶん、ぼくには心苦しいことがたくさんあると思いますけど」


 大魔法士が生温くないのは分かる。

 けれど、自分は一端しか知らないのだろう。

 本当の意味で宮川優斗――大魔法士の凄さと恐怖をライトは理解していない。

 ただ、優斗が言っていることの意味も必要性も理解しているから。


「成長の糧にします」


「……ありがとう、ライト君」


 優斗はふっと笑うと、優希とライトの頭を右手でポンと触った。

 これでリライト、ヴィクトス側の話は纏まったも同然だ。

 残るは……と考えたところで、カイトが声を掛けてきた。


「……あの。そちらの方は……大魔法士様なんですか?」


 あまりにも自然に出された単語。

 そして誰もが認めて、否定すらしないやり取り。

 驚きを表すカイトの問い掛けに、バラッドが代表して首肯する。


「その通りだ。信じられないかもしれないが、リライトの異世界人にして歴史上二人目の大魔法士。それがユウト様だ」


「……いえ、信じます。というより信じられます」


 カイトの言い方に、逆にバラッド達が驚かされた。

 大魔法士という御伽噺が目の前にいる。

 そんなものは荒唐無稽だと思うのが普通だからだ。

 けれどカイトは何てことないように言った。


「会話の規模が凄いですし、皆さんが当然のように受け入れてます。何よりもミヤガワ様の雰囲気が……」


 最初に出会った時から感じていた。

 騎士や勇者がいると知っても、それでも理解を強制させられること。


「隔絶した強さがある。それは分かりますから」


 ただ、そこに在るだけで。

 強さの上下を無意識に知らしめる。

 少なくともカイトは、それを理解させられていた。


「だから貴方様達が本当に勇者様や、騎士様で、他国の貴族で大魔法士様なのだとしたら……」


 突然、現れた彼らのことを全部信じるとしたら。

 ここにいる人達には力がある。

 自分にはどうにも出来なかったことを、打ち壊す力を持っている。


「皆さんが母上を救いたいと思ってくれてるのなら……」


 千載一遇の機会だと理解している。

 今を逃せば、どうなってしまうかも分かっている。

 だからカイトは膝を着くと、頭を地に伏せた。


「母上を……助けてほしいんです」


 カイトは母親のことが大好きだ。

 いつもいつも温もりをくれた人だ。


「……母上は優しい人なんです。俺みたいな望まない子供が生まれても、いつも笑顔を向けてくれて……っ!」


 エリザを苦しめるためだけに産まれたことを、カイト自身が分かっている。

 あんなクズと血の繋がりがあるなど、拒否されて当然の存在だ。

 それでも、エリザは一度も疎んだ姿を見せたことがない。


「俺は何も持ってません! 皆さんに何か出来るわけでもありません! それでも俺はどうなってもいいから、母上を――っ!」


「それ以上は言わなくていい」


 吐露されるカイトの本音をバラッドが止めた。

 両肩を掴んで、下げた頭を上げさせて、至近距離で真っ直ぐにバラッドはカイトを見据える。


「君の母親を助けることに対価が必要だと言うのなら、少なくとも俺にとっての対価は母を想う息子の姿を見たことだ」


「だけど……っ!」


「君が母を想う気持ちに価値がないなど、誰にも言わせない。俺にとってはお釣りが出るほどだ」


 バラッドはカイトをゆっくりと持ち上げて立たせる。

 そして頭を優しく撫でた。


「何も心配することはない。信じてほしい」


「……っ」


 バラッドの真摯な声音は、カイトの心を打ったのだろう。

 必死だった表情と行動が少しだけ緩んだ。

 優斗は二人の様子を見ると、一度だけ頷いた。


「とりあえず、ここでの話は纏まったね」


 満場一致でエリザを助けることにした。


「後は本人に確認しようか」





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