第312話 If. After the villainess:終わった場所からの『逆転劇』
話し終わって皆で部屋の中に入ると、優斗がベッドに近付いた。
そしてベッドの近くにある椅子に腰掛ける。
「エリザさん。今、貴女のことを無視して勝手に、助けるだの何だのと廊下で話していたわけですが……」
優斗は落ち着いた口調でエリザに語り掛ける。
「貴女自身はどのように考えていますか?」
満場一致で助けると決めた。
けれど、助けられる人間はどのように感じるだろうか。
優斗の問い掛けにエリザは少しだけ目を瞑ると、シーツを両手で握り締めた。
「……逃げるわけにはまいりません。わたくしの“誇り”に掛けて」
何かに耐えるようにエリザは言葉を返した。
優斗は彼女の様子を注視しながら、意味を考える。
――誇りというのは一体、何を指しているんだろうね?
エリザの現状は特殊だ。
誇りと呼ぶべきものは根こそぎ奪われたと言ってもいい。
けれど、それでも彼女には誇りと呼ぶべきものがあって、そのために逃げていない。
――もし僕がこの状況で、誇りと呼べるものがあるのなら……。
優斗はそう考えると、ふと思い浮かんだものがあった。
振り返って、おそらく誇りであろうものを視界に入れてからエリザに向き直る。
その一連の動きで、優斗が気付いたことを悟ったのだろう。
「……わたくしは……他に残せるものがありませんから。それにわたくしの誇りは……貴族として相応しく、だからこそ輝くと思っています」
逃げようと思ったことは、幾度となくあった。
けれど、この国が解放することはない。
助かりたいと思うこともあった。
しかし勇者であろうと他国の異世界人であろうと、王命を覆すことは出来ない。
だからこそ逃げることなく耐え続けた。
「そのために、膨大な改善案を?」
「……はい」
十年以上、無駄なことをしている。
端から見て、そう思えるだろう。
けれど自分では出来なくとも、いつか日の目を見る時があるかもしれない。
自分の息子の時代になれば。
「……わたくしが死ねば、カイトに対する被害は少なくなるはずです。であれば――」
「自分が死ねば好転するなんて、楽観視するのは駄目です」
「……しかし時が経てば、一縷の望みは……」
「たった一度きりの物語なら、まだ可能性はあります」
優斗はそう言うと、エリザの願いをかき消すような残酷なことを告げる。
「けれど、この国はおそらく“同じこと”を再びするつもりです」
「……なっ!」
「いつまでも残滓が揺蕩います。だから息子であるカイト君にだって、何をやってもいいと考える」
消え失せていくものではなく、残ってしまう。
エリザに行った行為が、未来も覚えられている。
「貴女が残そうとしたものですら、容易く奪えます」
真っ当な領地であったり、爵位であったり。
エリザがカイトに与えたようとしたものは無くなってしまう。
「だからこそ貴女の抱く『誇り』を大切にしてほしい。雨曝しの荒野に立たせて傷付けるのではなく、穏やかな天気の下――屋根のある柔らかな場所で優しく守ってあげてほしい」
逃げられないから、息子に無理をさせていた。
自分が親であるから、子も傷付けられていた。
「……ですが、それは……っ!」
無理だった。
どれだけ逃げたいと思っても駄目で、無駄だった。
何故なら誰もがエリザを逃がさない。
堕とされた人間を嘲笑し続けるため、逃がすわけがない。
けれど優斗は真っ直ぐにエリザを見据えて伝える。
「無理じゃありません。そのために必要な人がここにいる」
優斗は立ち上がり、振り向いた。
そして一人の男性の前に立ち止まる。
視界にいるのは、ただ一人。
十四年前に彼女と出会ったことにより、運命が変わった騎士。
「僕はリライトの騎士を尊敬している。だから――」
真っ直ぐに、どうしようもなく偽りのない気持ちを優斗は吐露する。
「――その姿を見せてもらいたい」
はっきりとした言葉に、バラッドは右手を少し握り締める。
「リライトの騎士団とは誰一人違わず、そういった者達だと僕は思っている」
「……ユウト様」
「今の貴方は誰だ? エリザさんを助けられず、立ち竦んでいたままの貴方なのか?」
十四年前に何も出来なかった。
助けることはおろか、声を掛けることすら出来なかった。
けれど今もそうだろうか。
「いいや、違う。その表情が、顔付きが、瞳が、貴方は昔と違うことを教えている」
もう何も出来なかった時の彼はいない。
「リライトの近衛騎士――バラッド=ニュイ=エトワーレ」
優斗は言いながら右手で拳を作ると、彼の胸を軽く小突いた。
「今の貴方が誰なのか、今の貴方に何が出来るのか――教えるのに『今』の立場は十分過ぎると思わないか?」
ふっと表情を崩して、応援するようにハッパを掛ける。
そして一歩下がると、もう一人バラッドに話し掛ける少女がいた。
「どうして貴方がエリザ様を助けたいのか。その心を十全に察することは出来ません」
シルヴィはバラッドが何を考えて、どうしてそこまで思い入れるのか。
全てを把握することは出来ない。
「愛なのか、恋なのか、未練なのか、それとも他の何かであるのか。どれでもいいでしょうし、どれでなくとも構いません」
たった一度の邂逅とも呼べない出会い。
視線を交わしただけの関係。
でも、それだけだとしても関係ない。
「大切なのは貴方が今、どうしたいのか」
時を経て、彼女と出会い、話した。
それが僅かな時間だったとしても、心に刻み込まれたのなら。
助ける動機としては十分過ぎる。
「恐れることも慄く必要もありません。足りない部分があるとしても、問題はありません」
リライトの近衛騎士、という立場で足りないとしても。
何も問題にならない。
「何故ならわたし――大魔法士の右腕たるシルヴィア=ファー=レグルと、やるべきことを同じくしているのですから」
だから言いたいことを言っていい。
やりたいことをやっていい。
その全てを叶えてやる、と。
傲慢なまでのシルヴィの言い分に、バラッドは小さく頭を下げる。
そしてベッドに近付くと、片膝を着いた。
「エリザ様」
真っ直ぐに前を見ると、エリザと視線が合う。
だからバラッドはゆっくりと息を吸って、吐いてから思いの丈を声にした。
「あの日――“俺”は貴女を助けられなかった」
十四年前の建国祭。
二人の人生と運命が変わった日。
今と同じように視線が合ったのに、バラッドは何も出来なかった。
「リライトで騎士になったのは、一人でも貴女のような人を減らすためだった」
理不尽を傍観するだけの自分でいたくなかった。
「何も出来なかった俺が、誰かを護れるようになりたかった」
そして騎士になるのであれば、高名を轟かせているのは三大国の騎士団――中でもリライトは有名だった。
とはいえバラッドは戦いに長けていたわけではない。
兵士として地道に研鑽を重ね、二十五歳の時に騎士団へと合格した。
さらには騎士団に入団してから三年で、近衛騎士団に入ることを許された。
ずっとずっと騎士となるために、騎士となってからも理想を求めて研鑽してきた。
けれど、だからこそ騎士として心の底から胸を張ることが出来なかった。
「あの日から十四年。貴女を気に掛けていながら動かなかった俺は本来、騎士として相応しくないのだろう」
バラッドが騎士となった原点。
エリザという女性を救わない限り、自分は騎士として引っ掛かる部分が残る。
「……相応しくないなど、そんなことは……っ!」
エリザは思わず言い返した。
自分は昨日、確かにバラッドがいて救われたのだと。
護ると言われて嬉しかったことを、どうしても伝えたくて。
「ありがとう」
だから彼女の言葉を聞いて、バラッドは少しだけ表情を崩した。
「俺は近衛騎士団長か副長にならなければ、貴女を救えないと思っていた」
他国にも及ぼす立場。
他国だろうと振りかざせる権威。
エリザを救うには、そういったものが必要だと思っていた。
「けれど、それは誤りだった。シルヴィア様の言葉を聞いた時、ふと気付かされた」
バラッドは背後に視線を送る。
そこにいたのは同僚の近衛騎士で、彼女はバラッドがやっていることに一切口を挟んでいない。
この国に来てエリザを見て、どうにかしたいと思ってしまったバラッドと同意見だと無言で肯定していた。
今でさえ、しっかりしろと言わんばかりに視線でエールを送ってくれている。
「俺の同僚は俺が助けたいと言えば、手段を一緒に考えてくれる。そういう人達の集まりだ」
自分の問題だからと、バラッドは誰にも言わなかった。
けれど、もし同僚に言っていたら。
何か変わっていたかもしれない。
「二度も立ち止まった俺を許して欲しい」
迂闊にも可能性を潰してしまった。
もっと早く救えたかもしれないと考えたから、バラッドはエリザに頭を下げる。
「だが、だからこそ今日は言わせてほしい」
同僚が後押ししてくれている。
やるべきことを同じくした大魔法士の右腕からも、背中を押して貰った。
なればこそバラッドは伝えられる。
「不当に苦しめられている貴女が目の前にいる。ならばリライトの近衛騎士たる俺がやるべきことは一つ」
長い時間、待たせてしまった。
彼女は待っていなくとも、それでも自分が待たせてしまったと思ったのなら。
ベッドで横たわっているエリザに、右手を真っ直ぐ伸ばす。
「今度こそ救ってみせる。だから俺の手を取ってくれ」
十四年前に伝えられなかった言葉を。
今だからこそ伝えられる言葉を伝えよう。
「貴女の誇りが貴族であればさらに輝くというのなら、俺と結婚してほしい。近衛騎士として子爵位を頂いている。悪くしないことは貴女にも御子息にも誓おう」
一目惚れをしたわけではない。
今はまだ、彼女を愛していると言うことはない。
たった二度しか会話を交わしていないエリザを、愛しているなど口が裂けても言うべきではない。
けれど、そんなものは問題ではない。
大事なのはこれから、自分が彼女に対してどのように思うかだ。
「もちろん君が私を愛せずとも、俺が君を愛さないと宣うこともない。だから安心してほしい」
「……騎士……様」
誠意、と呼ぶには少し違うとエリザは感じた。
だが誠実な言葉だった。
どこまでもどこまでも、自分を助けるために告げてくれた。
「…………」
エリザは伸ばされた彼の右手を見て、少しずつ視線を上げていく。
袖に隠れているが鍛えられた右腕に、次いで端正な顔立ちが見える。
そして、
「……っ」
十四年前から心に刻まれた“銀色”。
眩しくて、でも優しいとさえ感じる温かさがある。
「わたくしは……」
あれから息子以外、誰も信じられなかった。
周り全てが敵で、悪意を投げつけられた。
たくさんの思い出と記憶に蓋をしてきた。
そうしないと耐えられなかった。
「わたくしは……っ」
だけど、それでも捨てられなかった最後の優しい記憶がある。
名前も何も知らず、声も交わさなかった相手とのやり取り。
視線を交わした、あの一瞬。
「わたくしは……っ!」
もう息子以外、誰も信じないと誓っていても。
どれほど落ちぶれたとしても。
――心に残った眩しい“銀色”だけは信じたい。
十四年前の一瞬が、今も刻まれている。
この瞬間も、胸に刻み続けられているのだから。
「……もし」
エリザはぽつり、と声を漏らす。
彼の誠実な言葉を聞いて、一つだけ訊きたいことがあった。
「……もし、わたくしと同じような立場の人がいる場合、貴方は同じことを言うのですか?」
救うためには結婚することさえ厭わない。
そうであれば……少しだけ嫌だと思った。
「先ほどの言葉を告げるのは貴女だけだ」
するとバラッドははっきりと、エリザだけは違うと断言する。
確かに彼女とのことがあって、彼女のような人を救いたいと思った。
けれど同じ言葉を告げることはない。
「何故なら貴女は俺の原点であり、俺にとって――特別な女性だから」
でなければ、あれほどの言葉は出ないし覚悟も持つこともない。
自分の人生全てを使ってでも救いたいと思ったからこそだ。
「もう一度言わせてもらう」
伝えられることは、これ以上ない。
十四年前からの後悔も、今も続く感情も、何もかもを込めて伝えた。
だから、
「俺の手を取ってくれ」
バラッドは切に願う。
伸ばした右手に、彼女が触れてくれることを。
「騎士様……」
そしてエリザはバラッドのことを呼ぶと、思わず声が震えた。
「……っ」
慌てて目元に左手をやって、溢れる涙を拭う。
けれど止まりそうにない。
止めどなく眦から溢れてくる。
今まで堪えていた分が、堰を切ったかのように。
ただ、それでいいのだとエリザに教えてくれる人がいた。
滲む視界から見える“銀色”が――雰囲気だけで雄弁に伝えてくれていた。
だからエリザは溢れる涙を零したまま、ゆっくりと右手を差し出す。
「騎士様。わたくしを……」
もう戻れない。
この先、この場所に戻ったら自分は壊れてしまう。
だけど、それでも彼のことを信じたくて――信じた。
信じて進むと決めたからこそ、この言葉を伝えることに後悔はない。
「……わたくしを救って下さい」
差し出された右手に、自分の右手がゆっくりと触れる。
手の平の温かさと硬さに、彼の十四年が詰まっている気がして。
それが自分のためだと知っているから。
どうしても心が温かくなってしまう。
「エリザ様」
バラッドは自分の手の平に乗る小さな手を、優しく包むように握る。
「貴女のこと、一生を以て護り続けます」
誓いを立てるように、はっきりと。
もう二度とエリザが悲しむことがないように告げる。
そして彼女が小さく頷いたのを見て、バラッドは背後にいるカイトに声を掛けた。
「どうなるかは分からないが、もし結婚するとなれば彼女の誇りである君のことも息子として愛していくつもりだ」
仮定の話ではあるが、可能性として伝えておく。
するとカイトは驚いた表情を浮かべると、ぐっと曇らせた。
「だけど俺には……クズの血が流れてます。貴方のような高潔な騎士に、俺みたいな子供なんて……」
どうしたって見合わない。
母を救ってくれるだけで、カイトは満足だ。
とはいえ息子が離れようとするのをエリザが認めるわけがない。
なので優斗とシルヴィが口を挟んだ。
「カイト君、その考えは間違ってるよ」
「はい、我が主の仰る通りかと」
クズの血が流れてる。
だからバラッドの息子になるのは申し訳ない。
言いたいことは理解出来るが、
「僕を産んだ男も女も両方とも人間の底辺を限界突破した外道にしてクズだったけど、今は公爵家の素晴らしい義両親がいるよ」
「わたしのところも以前の親は最低最悪で終わっていました。ですからお母様が素敵な女性だということは、それだけで素晴らしいことだと思います」
優斗とシルヴィは血筋だけで言うのなら、クズの中でも最上級だ。
父親だけではなく母親もクズだと断言出来る。
「僕達みたいに八方塞がりならともかく、君はしっかりとした母親から産まれたんだよ。だから考え方を変えてみたらいいんじゃないかな?」
「考えを……変える?」
「君の中にあるクズ男の血が、エリザさんの血を上回る部分が一つでもあると自分で思ってる?」
優斗に問い掛けられて、カイトは考えてみる。
父親の血が母親の血を上回るのか否か。
すぐに答えは出た。
「いや、クズの血が母様の血を上回るとか無理です」
「エリザさんはどう思ってますか?」
「カイトは自慢の息子で、あの男の面影一つないと自信を持って言えます」
「だったら大丈夫。エリザさんとバラッドさんを信じればいい」
優斗に言われて、カイトは二人のことを見る。
尊敬する母親と、今日出会ったばかりだけれど……尊敬に値する高潔な騎士。
そういえば、とカイトは思う。
――母上以外で膝の上に乗ったの、初めてだったな。
馬車に乗った時、カイトはバラッドの膝に乗せられていた。
服は汚れていたのに、厭うことなく彼はやってくれた。
カイトにとっては母親以外で初めて、親身になってくれた男性。
そして自分が無意識に……甘えてしまった人。
本来ならば膝の上に乗せられるなんて、警戒してしまって無理だ。
そんな自分が流されるがままにバラッドの膝上に乗った。
話し掛けられて、裏表のない言葉を信じた。
「本当に……いいんですか? 俺みたいな奴が息子になっても」
「エリザ様の誇りが息子になるのなら、これほどの自慢はないだろう」
真っ直ぐ、優しい声音がカイトの耳朶に響く。
もう、それだけで無理だった。
母親と同じように瞳から涙が溢れてくる。
すると彼の雰囲気を察したのか、カイトの背がゆっくりと押された。
誰なのかと振り返れば、そこにいたのはヴィクトスの勇者と異世界人。
二人がバラッドとエリザのところまでカイトを優しく連れて行く。
待ち構えている母親と騎士は、息子のことを見て優しく笑んでいるのが分かった。
「……っ!」
それが、さらに心を揺さぶってしまった。
母親が寝ている脇に立とうと思ったのに、崩れ落ちるように跪いてベッドに顔を埋めてしまう。
だけど、それで良かったのだろう。
母親のために大人びて耐えてきた少年にとって、泣いていい場所がある。
泣ける場所がやっと出来たことに、誰もが心打たれたのだから。
二人が泣き止んでから、優斗は一階のキッチンで食事の準備をした。
エリザは体力が落ちているので、柔らかく優しい味付けの調理をする。
他の面々はやる気満々なので、ガッツリ食べられる食事を用意した。
そして全員が完食したのを見て、優斗はシルヴィに話し掛ける。
「さて、シルヴィ。目下の問題は何か分かってる?」
「はい、我が主」
「色々とあるだろうけど、まずははっきりさせないといけないことがある」
優斗はその場にいる全員に響き渡るよう声を放つ。
「十四年前の断罪劇は、一体何が正しくて何が間違っているのか。それを知る必要がある」
助ける助けないの判断は終わった。
これからは助けるために必須のものを、手に入れるため動かなければならない。
「エリザさんの証言を確固たる証拠に変える作業が必要なわけだけど……」
優斗は張本人を見据える。
食事を摂って多少元気が出たエリザに対して、優斗ははっきりと言った。
「貴女はせっかく助けた命を証明のために賭けられる?」
「無実を証明出来るのであれば」
間髪入れずに返答するエリザに、優斗は面白そうな視線で彼女を見返した。
「これから僕がするのは、ただの問い掛け。けれど嘘を付けば――」
右手の人差し指で、首元をすっと横切らせる。
「――精霊が即座に首を刎ねる」
精霊は人間の意思に感応する。
もちろん精霊を感知する精霊術士に限ることではあるが……やりようはある。
対象となる本人の合意があればこそ出来る裏技。
それは精霊術士の技量を用いて、強制的に精霊を感応させること。
言葉ではなく思考と感情をダイレクトに受け取る精霊であるからこそ、嘘偽りは一切通用しない。
セリアールに現存する精霊術士においては優斗とフィオナ、そしてレオウガを使役するシルヴィだけが出来る裏技だ。
レンフィ王国でシルヴィの冤罪を晴らす手段があるかとクリスに問われて、あると答えたやり方がこれだった。
「さて、エリザさん。全てを暴かれる準備はいいかな?」
「望むところです」
「良い度胸だ」
感心したように優斗は笑った。
そして皆を見回して、全員が強い意志を見せているのを確認してから宣言する。
「ハッピーエンドの犠牲となり、全ての生贄として堕とされ終わったとしても――」
集約された不幸。
悪意に晒され、堕とされ、礎とされ、不幸であることを確定された女性。
だとしても、
「――貴女はまだ“この場所”にいる」
数多の暴言を浴びせられたとしても。
数多の暴力を受けていたとしても。
エリザはまだ、ここにいる。
「だからこそ、この国全ての人間に言ってやれ」
心地よかったことだろう。
物語に酔いしれて。
自分達は夢の中にいると微睡んで。
辛さも苦しさも、たった一人の女性に押しつけた。
現実から目を背け続けた。
ならば、
「夢に微睡む物語はお終いだ」
もう寝惚けることは許さない。
誰かに押しつけることも、誰かに無理強いすることも認めない。
「歪な瑞夢で寝惚けた愚か者に、正しき悪夢を叩き付けるために」
目覚めたくなくとも。
夢を見続けようとして、新たな物語を創ろうとしても。
許容出来る範囲はすでに超えてしまった。
彼らはそのために勇者を、異世界人を巻き込もうとして、そして――大魔法士を関わらせてしまった。
「さあ、始めるとしようか」
自分達が物語の中にいると勘違いしている馬鹿共に。
堕とされた女性の本は閉じていて、もう記すことはないと嘲笑している愚者共に。
著者はお前達ではないと知らしめてやろう。
故に告げられるのは、全てが終わった場所からの“逆転劇”。
「――御伽噺の時間だ」
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