第57話 一つの事件、連なる出来事

 いつか。

 いつか、と。

 願っていることがあった。

 

 いつか友達ができたら、恋愛相談をしてみたい。

 いつか友達ができたら、あだ名で呼んでみたい。

 いつか友達ができたら、その人を目一杯大切にしたい。

 

 子供ながらに抱いた、小さな小さな夢物語。

 公爵という立場なんてどうでもいいと言ってくれる友達ができたなら、こんな小さな夢を叶えようと思っていた。

 

 ――そして。

 

『いつか』は訪れて。

 いくつかは出来たけれど。

 やっぱりまだ、叶えられないこともあって。

 

 ――それでもいずれ。

 

 一緒にいるのだから。

 大切な仲間たちと一緒にいるのだから。

 叶うと思っていた。

 

 ――でも。

 

 知らせが届いて。

 文が届いて。

 もしかしたら、願っている『いつか』は出来なくなってしまうのでは、と。

 もしかしたら、祈っている『いずれ』は無理になってしまうのでは、と。

 思ったから。

 

 ――少しだけ、頑張ろうと思ったんです。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 12月、年末差し迫る頃。

 

「……すまん」

 

 トラスティ家テラスにて王様と優斗、マルスでなぜか酒を飲んでいた。

 

「いえ、やりすぎた僕のせいでもありますし。昨日、いくつか他国の方と会ったことからも嫌な予感はしていましたから」

 

 手を横に振って優斗が問題ないとアピールする。

 

「そう言ってくれると我も助かる」

 

 安心したように王様が杯を煽る。

 どうやら王様とマルスは幼少の頃からの付き合いだったらしく、王子であった頃はよく来て飲んでいたらしい。

 もちろん今回、トラスティ家まで来たのは六日間の不眠不休デスマーチが終わり、優斗に伝えなければならないことがあるためだ。

 ついでに開放感から全力で酒を飲みたい、という気持ちもあった。

 優斗としては当然のこと、王城に呼ばれればすぐに行く。

 しかし王様は「久方ぶりにマルスと酒が飲みたかった」などと言って堂々、テラスまで突き進んだ。

 そして報告が、上記の通り。

 今はマルスが秘蔵の酒を選び抜いているので、彼は席を外している。

 

「研究院各所からの文が30通以上。他国からの婚姻、歓待届けが100通超。リライトのギルドに届いたパーティメンバー要請が60通。およそ200通……しかも全てが早急に連絡されたし、などと書いておって本当に死ぬかと思ったわ」

 

 さらには直接交渉も10国以上。

 全ての国に「優斗には妻がおり、貴国のように一夫多妻制の国ではないから」ということを回りくどくもしっかりと示した。

 正式に婚約者になったのだから、別に夫婦でもいいだろうと王様も引け目なく堂々と上記を記す。

 それでも妾でいいからと訴える国に追い打ちをかけるかのごとく脅すような書状を送りつける。

 これが6日間続いた。

 優斗がテンション上げて結婚式を派手にしようとしている頃、王様は可哀想な状況に追われていた。

 昨日は結婚式も終わり、優斗もゆっくりとしていて王様もあと少しで捌ききれると安心したところを狙われ、数カ国が優斗に接触を図ったらしい。

 それは優斗が丁寧に追い返した。

 けれど、だ。

 交渉をしてきた中で一国だけ、王様の力を以てしても拒否しきれない国があった。

 

「ミラージュ聖国……でしたか? 僕が行かないといけないのは」

 

「ユウトは知っているか?」

 

「いえ、リライトの歴史を知るだけで精一杯ですので、他国についてはほとんど知りません」

 

「……ふむ。ならば説明をしよう。ミラージュ聖国というのは言うなれば最大の宗教国家だ。その対象はもちろんのこと龍神。そして精霊も崇拝の対象となっている」

 

「……どういうことですか?」

 

「この世界の最大宗教はな、龍神の護るモノとして精霊がいると考えているのだ。そして筆頭の国がミラージュ。だからこそ、数少ない精霊術士の七割はミラージュ聖国におる」

 

 王様は酒を飲んで、一旦間を空ける。

 

「しかも国を作ったのは伝説の大魔法士――マティス。唯一……いや、世界で初めてパラケルススと契約した者が作ったのだ。精霊に傾倒し崇拝するのも納得できるだろう?」

 

「そうですね」

 

 王様から教えて貰ったこと、ほとんどを優斗は知らない。

 何事もない日々ならまだしも、常日頃を育児と遊びと隠れた努力に費やすので手一杯。空いた時間はフィオナとまったりしたい。

 リライトの歴史を追うだけでもパソコンがないから案外面倒なのに、他国のことなんかまだ調べる気も起きない。

 唯一知っていたのは伝説の大魔法士――マティスの一族が国を作った、ということを知っているだけ。

 どういう国なのかは知らなかったし、王様から聞いて初めて「この国がそうだったんだ」と理解した。

 しかも知っていたことだって情報源はパラケルススからだ。

 優斗からしてみれば、パラケルススだって精霊の主というよりただの好々爺だし、そんな爺から聞いた話なんていくつかの驚くべき事実を除けば、古臭いお伽噺としてマリカに面白おかしくお話する以外に活用方法がない。

 

「けれど龍神を崇拝している国なら、マリカを連れてこいとは言われなかったんですか?」

 

「もちろん前々から言われている。しかしリステル国と問題が起こったのでな。さすがに連れて行くことは出来ないと突っぱねた」

 

「確かに怖いですからね」

 

 優斗は素直に頷く。

 

「しかし、さらには契約者までもが我が国に現れた。龍神のみならず契約者をも二度も三度も断ってしまえば『リライトは龍神と契約者を独占している』と言われてしまう。特にミラージュが言うからこそ、他国にも影響が及ぶ。リライトとしても関係悪化は困るのでな。なればこそ、お前に行ってもらうしかなくなったのだ」

 

「一人で、ですよね」

 

 要求はそうあったと聞いている。

 

「正確に言うなら、行くのは二人だがな。彼女はある意味で別件なため、お前一人と考えて間違いはない」

 

「誰も連れて行ってはいけない……というのは、何かやると暗に仄めかしていると思いますが」

 

「大げさなことはせんよ。仮にも精霊同様……いや、それ以上に崇拝すべき契約者だ。やったとしても少々の色仕掛けが精々だろう。既成事実さえ出来てしまえば、ユウトを国に置いておけると思っているのかもしれん」

 

「……絶対に隙は見せないようにします」

 

「そうしてくれ」

 

 二人して酒を飲み干す。

 

「けれど……」

 

 優斗は一緒に向かう女の子について考える。

 もう一人、というのは仲間の女の子。

 

「ココも唐突……ですよね。急に婚姻が決まり、顔見せのためとはいえ“婿入りしてくる相手”の国に向かうというのは」

 

「向こうも必死だ。王族の男子を婿に入れようなど普通は考えられないが、ミラージュ聖国にはリライトに婿入れさせても余りあるほど利点がある」

 

「僕とマリカですか」

 

「おそらくな。リライトと繋がりを持っておきたい、ということだろう」

 

 ベストは優斗がミラージュ聖国にいてくれること。

 けれど望みは薄いと考えているのだろう。

 何かをやってくるのかもしれないが、あくまで相手は契約者。恐れ多いことはできない。

 ならばベターな策を同時に行ってしまおう。

 だからこそ結婚適齢期であり、王族を婿入りさせても問題ない公爵の位を持つココに白羽の矢が立った。

 少なくとも“龍神と契約者がいるリライト”との関係強化に繋がる、と。

 無論、ココ自身が優斗やマリカと親しいなどとは聞き及んでいないが、事実がそうだというのは僥倖だろう。

 もちろんココの親も大いに喜んだ。

 他国とはいえ王族と血縁関係になることなど誉れ高い、と。

 さらに相手は王族の中でも逸材という触れ書き。

 ココも学生身分ではあるが、両親は今回の申し出を快く受ける。

 

「しかし、どうにも腑に落ちないところがある」

 

「なんですか?」

 

「ココはフィグナ家唯一の嫡子。故に我も少し介入させてもらったが、相手は『王族の試練』を此度、受けるほどの逸材……という触れ書きを送ってきている。だが、我の耳にはとんでもない駄目王子としか話が届いていない」

 

 聞き届いていることと触れ書きが真逆の様相を呈している。

 

「……嘘、ですかね?」

 

「いや、お前みたいに実力を隠している……と考えられなくもない」

 

「けれど僕は相手がとんでもない駄目王子だった瞬間、婚姻を叩き潰す自信があるんですが」

 

 さすがにココが了承するなら仕方がないとも思うが、それでもココが婚姻をするということになった原因の一つは優斗にある。

 だからこそ、やってしまいかねない。

 

「契約者が物言いをするとなれば、さすがに相手も聞かざるを得ないとは思うが……。まあ、こちらとしても本心を言ってしまえば穀潰しを我が国の民にする気もなし、ましてや公爵家の長など論外。ユウトの判断で決めればいい。ココの両親には我が何とでも言ってやろう。だから――」

 

 王様は“あること”を優斗に伝えた。

 

「…………荷が重いのですが……」

 

「我は心配していない。それに仕方なかろう。判断すべき人間は、お前以外にいない」

 

「と言われても、判断基準が違いますよ?」

 

「お前達の結婚に対する感性が我々と違うことは分かっておる。それでも、我はお前に任せようと思う」

 

 と、ようやくマルスが戻ってきた。

 王様はこれで話は終わったとばかりに意気揚々と秘蔵の酒を飲み始める。

 優斗は何か言おうとして……諦める。

 どうせ覆りはしないのだから。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 二日後、優斗とフィオナが王城に向かうとミラージュ聖国の盛大な馬車と護衛が待っていた。

 ものごっつい武装をしている集団に近付くと、敬礼をされ……正直、優斗は引いた。

 ただでさえ苦手だというのに、おっさんにされるとなると落ち着かない。

 ココはまだ来ておらずフィオナと話していようかとも思ったが、周囲の注視を一身に浴びていたので、適度に別れの挨拶して馬車に乗る。

 そして数分後、ココがやって来た。

 後ろにはご両親の姿もある。

 

「あれ? フィオがいるってことはユウも来てます?」

 

「もう馬車に乗ってますよ」

 

「ふ、二人とも来るの早いです!」

 

「ココが遅いんですよ」

 

 仲の良い友達のやり取りを行うココとフィオナ。

 馬車の窓から覗いていた優斗は数日前のことを思い出す。

 

 

 

 

 それはクリス達の結婚祝いを大騒ぎでやっていた時だった。

 クレアが酒で潰れ、フィオナがいつものように甘え上戸になり、いつものようにただの酔っ払い集団が出来上がっていたのだが、中でもかなり酔っ払ったココが突然、こんなことを言い出した。

 

「わたし、これからみんなのことを略称で呼びます!!」

 

 いきなりの発言に酔っ払い全員の注目がココに集まる。

 

「いいですか~。これからは男性陣だったらタクヤさんを『タク』! シュウさんを『シュウ』! ユウトさんを『ユウ』! イズミさんを『ズミさん』! クリスさんを『クリス』と呼びます!」

 

「おいお~い! 俺は『シュウ』のまんまじゃねーか!」

 

「ズミさん……ってどこの親方なんだ俺は!!」

 

 二人の酔っ払いが煽る。

 展開は突然すぎたが、酔っ払いだからか普通に今のことを受け入れる。

 もっとも酔いが進んでいない優斗、クリス、アリー、リルは呆然としていたが。

 

「いいんです! シュウはもともと名前、短いんですから!」

 

 次いでココは視線を女性陣へ。

 

「アリーさんは『アリー』! フィオナさんは『フィオ』! リルさんは『リルさん』! レイナさんは『レナさん』! さらにアリーとフィオにはわたしを呼び捨てにすることを強要します!」

 

 なぜかニコニコとしているココ。

 素面組はこそこそと話す。

 

「ココ、大丈夫かな?」

 

「いつも以上にハイペースで飲んでましたから。何か弾けてしまったんでしょう」

 

「わたくしは別に呼び捨てにされたところで問題はありませんし、むしろ嬉しいことなのでいいのですが……」

 

「っていうか何で女性陣であたしだけ同い歳で『リルさん』なのよ!?」

 

 一人だけのけ者みたいで憤慨するリル。

 けれど周りの反応は冷淡なもので、

 

「ココの中でそういうキャラなんでしょ。高飛車女王様キャラ」

 

「出会いが最悪だったというのもあるでしょう」

 

「逆らえない感じがしますもの」

 

「……容赦ないわね、あんたら」

 

 素面とはいえ、少しは酔っているのでいつもよりもドギツイ言葉を使う優斗、クリス、アリー。

 

「いいです? わたしは常々思ってました。仲間たるみんなと一緒にいて、何かが足りない。そう、愛称や略称が足りないと!」

 

 ご高説をするかのようなココ。

 他の酔っ払いが囃し立てる。

 

「え? なに? ココって演説キャラになるの?」

 

「ココさんの最上位酔いがこのモードになるのでは?」

 

「凄いですわね」

 

「前に飲んだときはあそこまで酔う前に潰れちゃったから知らなかったわ」

 

 延々と民衆に語りかけるかのごとく話すココ。

 彼女の語りは、その後……なんと一時間も続いた。

 

 

 

 

 と、このようなことがあってココは全員の名称を改めた。

 フィオナも酔ってはいたがココの話は覚えていたので、彼女のことを呼び捨てで呼んでいる。

 

「ココ、優斗さんが浮気でもしようものなら、全力で魔法を当てて構いません。私が許可します」

 

「いいんです?」

 

「問題ありません」

 

 馬車の外で物騒な会話が行われていた。

 優斗は慌てて声をかける。

 

「ココ、待たせても悪いから行こうよ」

 

「あっ、それもそうです」

 

 ココが馬車の中に入りながら両親と軽く一言、二言と言葉を交わす。

 優斗もフィオナと窓越しに最後の言葉を交わす。

 

「浮気したら駄目ですよ?」

 

「するわけないから。信用できない?」

 

「信用はしてますが……不安です」

 

 思えば、物理的にこれほど離れるのは初めてのことだ。

 それがさらなる不安を煽る。

 

「……フィオナ」

 

 優斗は冗談なく不安そうなフィオナを見て、

 

「仕方ないな」

 

 優斗は馬車から降りる。

 無論、注目は浴びたが仕方ない。

 

「フィオナ、ちょっと目を瞑って」

 

「……? はい」

 

 不安そうな表情を浮かべたまま、素直に目を瞑るフィオナ。

 

 ――やるしかない、か。

 

 優斗は一つ気合いを入れると、フィオナの頬に顔を寄せる。

 

「――っ!?」

 

 ビックリして目を開けた彼女を優斗は間髪入れずに抱き寄せる。

 周りも当然驚いているが、今は構わない。

 

「不安、なくなった?」

 

 己の腕の中にいる婚約者に問いかける。

 

「……は……はい」

 

「戻るまで数日あるけど、頑張れる?」

 

 優斗の腕の中で、フィオナがこくんと頷いた。

 

「できるだけ早く戻るから」

 

 最後に強くフィオナを抱きしめてから、彼女の身体を離す。

 フィオナの表情からは、すでに不安は抜けていた。

 というか少し呆けている。

 周囲が唖然としていたが、優斗は愛想笑いをしながら馬車に乗る。

 少しして、先導の馬車に続いて優斗たちの乗った馬車が動き出した。

 もちろんのこと、馬車の中にはココがいるので、

 

「ユウ、大胆です!」

 

 大はしゃぎしながら優斗を賞賛していた。

 一方で優斗は、

 

「……恥ずかしすぎて死にそう」

 

 愛想笑いも崩れ、顔どころか全身を真っ赤にさせていた。

 

「え~、どうしてです? すごく素敵じゃないですか」

 

「あんな場所で女の子を抱きしめるとか、死ぬかと思った」

 

「もっと大勢の前でキスしたって聞きましたけど?」

 

「あれは酔っ払ったフィオナのせい。今のはどっちも素の状態でやったから恥ずかしいんだよ」

 

「じゃあ、どうしてしたんです?」

 

「……フィオナが不安そうだったから」

 

 でなければやるわけがない。

 

「うわ~、素敵な旦那様発言」

 

「いや、王様のせいで諸外国にはガチでフィオナの旦那認定されてるから」

 

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