第58話 新たな立場

 酔った勢いで言ってみた。

 思い返すと、とんでもなく無理があったと思う。

 強引な上にバカみたいな理由。

 どういう考えでそうなったのかと自分自身に問い詰めたくなる。

 けれど、みんな文句も言わずに納得してくれた。

 

 ――うれしかった。

 

 些細な夢が、また一つ叶ったから。

 きっともう、全部は叶わないけど。

 それでも……。

 

 

       ◇      ◇

 

 

「ものすごく着飾ってるね」

 

 優斗はココの姿をあらためて見てみる。

 ヒラヒラのドレスで肩も出してる。

 ネックレスやイヤリングもおそらく高級品だろう。

 

「これから夫となるべき人のところへ行くんだから仕方ないです。お父さんもお母さんも喜び勇んで服を用意しましたし。しかもユウが行くから一緒に行けばいいなんて、どんなです? 軽くネタの領域です」

 

「相手が王族だしね。ココの両親も早めに決めておきたいだろうし、向こうも同じでしょ。互いの意見がかち合ったってことじゃないの?」

 

「でも世話係もなし、なんですよ?」

 

「そこらへんは……どうなんだろう?」

 

 予想としては、色々とある。

 同年代の二人で同じ学院生。友人じゃなくとも馬車で二人きりの空間を作れば仲良くなるだろう……という相手側の策謀。

 無論、優斗が所帯持ちと聞いているからこそ、向こうもそういう手段を取ったとも思える。

 もしくは婿入りさせるミラージュ側が呼んでいるのだから、その他のことは向こうが全て完璧に取り計らうため、来させなくていい。

 それとも、可能性は低くとも“ココが拒否してしまう”かもしれないから、彼女の周りにいる余計な人物を来させないようにしているのか。

 色々と考えられるが、全ては予想。

 他に理由があるのかもしれない。

 所詮は優斗の浅知恵だ。

 

「というかユウはなんで制服なんです?」

 

「学生だからね。一応、制服も礼服の一つだし。それにもしかしたら、こんな服で来る僕のことを軽く見てくれるかも……」

 

「無理です。ユウは国賓待遇ですから」

 

 つまりは最上級の歓待を受けることとなっている。

 なのに制服で向かうとかチャレンジャーすぎる。

 

「……そこなんだよね。リステルにマリカを連れて行った時でさえ来賓だったのに」

 

 勘弁願いたい。

 

「ぐったりしてるところ悪いですけど、ユウはミラージュ聖国の方々にとって崇拝すべき方なんです」

 

「崇拝って……。帰りたい」

 

 キャラじゃない。

 

「諦めたほうがいいです。パラケルススを召喚しちゃったんですから」

 

 あっけらかんと言うココ。

 けれど優斗としては少々心苦しい。

 

「でも、それが僕もココもミラージュ聖国に行く理由。パラケルススを召喚したからココの婚姻にも繋がったんだし……」

 

「分かりませんよ? あくまで予想は予想。ユウのことは関係ないかもしれないですし、貴族の婚姻なんてこんなものです」

 

 平然としているココ。

 

「あっ、ユウはわたしと婚姻を結ぶ人のこと知ってます?」

 

「いや、余計な情報は入れないようにしてるんだ」

 

「どうしてです?」

 

「それは――」

 

 ぼそぼそと話す優斗。

 ココは彼の話を聞いて、大層驚くこととなる。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 ミラージュに着く。

 周りを楽しむ間もなく王城の中へと入っていく。

 優斗とココの素性が割れているのか何なのか。

 王城を歩くたびにすれ違う人が膝を着いて頭を下げるのは、勘弁してもらいたい。

 まずは来賓室にたどり着く。

 優斗とココの部屋は間に一室あっての隣だ。

 

「わたしはここで待機となっております」

 

 ココの口調が変わった。

 迂闊に親しく話してミラージュの不評を買ってはいけない……とでも思ったのだろうか。

 ことミラージュ聖国においては優斗のほうが立場が上。

 彼女も公賓待遇ではあるが、優斗が国賓待遇になっているため、最初にミラージュの王家その他とお目通しをするのは優斗だけだ。

 優斗としては国賓だの公賓だの、どうでもいいことだが。

 

 ――普通……逆じゃないの? 仮にも王族が輿入れする相手なんだからさ。

 

 そこらへんは優斗もよく分からない。

 しかも国賓と公賓を分けて謁見の間に行く理由も分からない。

 ただ呆れ半分、一人で行くのに寂しさ半分。

 騎士の方々に連れられて優斗は謁見の間へと向かう。

 

「…………えっ…………?」

 

 そしてまさしく、謁見の場へと通された瞬間だった。

 

「総員! ミラージュ建国の祖、大魔法士マティス様の再来――ユウト=フィーア=ミヤガワ様に最大の敬意を払え!」

 

 凛とした男性の声が響いた。

 同時に玉座へ続く道にいる偉い方々、全員が両手を交わし合わせ、膝立ちで頭を下げる。

 ミラージュ王すらもやってきた。

 勘弁被りたい状況だったが、迂闊に何か言えない状況でもある。

 

 ――本当に勘弁してよ。

 

 軽く泣きたくなる。

 きっかり10秒、ミラージュ王が頭を下げたあとに顔を上げる。

 

「遠路遙々、よく来てくださいました。世界で二人目となる契約者とお会いすることができ、私も光栄であります」

 

 しかも丁寧語で話しかけてきた。

 目の前にいるのは、大体50歳くらいの男性。

 30歳以上も歳が離れている人なのだから丁寧に話されるなど、正直に言って非常に嫌だ。

 しかし、今は自分の気持ちを押し殺す。

 

「この度、リライトより参りましたユウト=フィーア=ミヤガワと申します」

 

 優斗もできるかぎり丁寧に言葉を返す。

 挨拶と共に下げていた頭を上げて、少し周囲の様子を探る。

 未だに王様以外は頭を下げていた。

 

「あの……皆様も顔を上げていただけると私も非常に助かるのですが……」

 

「それはそれは。恐れ多いこと、はばかられます」

 

 ミラージュ王が否定してきた。

 

「いえ、私は頭を下げていただけることに慣れていないのです。ですから私のことを想ってくださるのなら、顔を上げてください。是非ともお願いいたします」

 

 優斗が本気で懇願する。

 すると、恐る恐るではあるが全員が顔を上げてくれた。

 おかげで優斗は少しだけ落ち着ける。

 

「アリスト王より書状を預かっております。どうぞ、こちらを」

 

 王様が認めた書状を渡す。

 本来は優斗が膝を着いて渡すものなのだが、空気がそれを許していない。

 むしろ敬語を使う空気すら出させてもらっていない。

 しかもミラージュ王が渡す際に再度、膝を着こうとしているので慌てて渡す。

 

「……これは」

 

 ミラージュ王が書状を開き、内容を見ると驚きの様相を呈した。

 優斗は書状に書いてあることを告げる。

 

「リライト公爵家であるココ=カル=フィグナの此度の婚姻、アリスト王に代わり私が見定める役割である、ということを知っていただきたく思います」

 

 優斗の告げたことに周囲がざわつく。

 

「リライトの貴族の婚姻は王の承認が必要だということはご存じでしょう。しかし、貴国は私とココ=カル=フィグナの二人で、とのご所望でした。なので私がアリスト王に代わり、この婚姻を受け入れるか受け入れざるべきかを判断することになります」

 

 いくら宗教国家として確固たる地位を築いているのだとしても、国としての格は三大国の一つであるリライトのほうが上。

 もちろん利点云々、フィグナ家とミラージュ王家との力関係云々は置いておくとして、だが。

 

「大国リライトの公爵家に連なる者となるのです。私としましても生半可な者では承認することもできませんが……。ただ、触れ書きを聞かせていただいた限りは問題ないと思われます。何せ『王族の試練』を受ける方なのですから。無論、大事なのは本人がどういう人物であるのか、ということ。ですから私はココ=カル=フィグナの相手が『王族の試練を受ける方』ということ以外、情報を得ておりません」

 

 本当は『駄目王子』という話も聞いているのだが、この場で言うこともない。

 というか自分の言っていることは大抵、事実でもあるがハッタリだ。

 正直、自分がどうこうできるとは思っていない。

 けれども優斗は心境をおくびにも出さずに告げる。

 

「私の目で、耳で、全ての情報を実感した上で結論を出そうと思っています」

 

 優斗の発言に……周囲が凍り付いた。

 なぜ『凍り付いた』のかは、今はまだ優斗も判断できない。

 

「どうかされましたか?」

 

 訊くと、王様の近くにいる側近と思わしき老人が口を開いた。

 

「い、いえ、マティス様の再来である貴方様がこのような些細なことに関わることもないと思いまして……」

 

「そんなことはありません。私もリライトの一人として、貴族の一人として、公爵家に連なる方がどのような方なのか知る必要があります」

 

「さ、左様でございますか」

 

 優斗が堂々と宣言すると、老人はスゴスゴと引き下がる。

 と、ここで扉の開く音がした。

 周囲の注目が、音のした扉へと向かう。

 現れたのは、

 

「おっ! お前がリライトから来たやつなんだ」

 

 なんというか、もの凄く小さくて太ってる人だった。

 けれど若い。

 優斗よりも二つほど下だろうか。

 なんというか大家族の末っ子とか金持ち一人っ子の甘えた部分を限界まで極めたら、こんな感じになりそうだった。

 

 ――あ~、いるよね。

 

 とりあえずゲームとかアニメでテンプレのように存在するお間抜けキャラ。

 服装からして高貴な身分だとは思うが、さてどういった人物なのだろうか。

 

「おい、お前。今ここでパラケルススを召喚してみろ!」

 

 何かいきなり色々とすっ飛ばして、とんでもないことを言ってきた。

 先ほどよりも周囲が凍った。

 

「なんだ? できないのか? どうせ嘘なんだろう?」

 

 ふふん、と勝ち誇ったような顔をする

 

「……無知なこと、大変申し訳ありませんが……貴方様は?」

 

「ぼくはミラージュ聖国第3王子、マゴスだ!」

 

 なんとなく嫌な予感しかしないが、とりあえずは予感を打ち消して優斗は返答する。

 

「申し訳ありませんがマゴス様。真偽を確かめるために精霊の主を召喚するというのは、いささか無理なことかと存じます」

 

「そう言って呼べない言い訳するんだな、お前は」

 

 今度は空気が止まった。

 凍り付きすぎて止まった。

 優斗はどうしたものか、と考えて思い付く。

 

「……すみませんが、この中でリスタルの闘技大会を見に行った方はいますか?」

 

 優斗の質問に幾人かが手を挙げる。

 

「では私がパラケルススを召喚した姿を見た、というものはいますか?」

 

 さらに訊く。

 闘技場に行ったという人たちは、誰も手を下げなかった。

 確かに少しは疑問でもあった。

 どうして最初から、誰も彼もが自分を“パラケルススを召喚した人物”であることを信じ切っているのか。

 けれど見た人が何人もいれば、納得もできる。

 そのうち何人かは精霊術士なのかもしれない。

 ならば、より理解しているだろう。

 優斗はマゴスに向き直る。

 

「彼らが見ているということは証明にはなりませんか?」

 

「だからやってみろと言っているではないか」

 

 尊大不遜な態度は崩れない。

 ライカールの王女様が似たような感じだったが彼の場合は全く毒気も悪意もない、ただの馬鹿なので楽すぎる。

 怒る気もないし、不機嫌になることもない。

 けれども対処の仕方に困る。

 

 ――どうしよう?

 

 一応はパラケルススも精霊の主だし、ひょいひょい呼んだところで逆に彼らが困りそうだ。

 少し優斗が考える。

 と、沈黙を勘違いしたのか、王様が顔を真っ赤にしていた。

 

「マ、ママ、マ……マゴス!! お前は大魔法士様に対して、なんたる無礼な言葉を!!」

 

 そしてマゴスの頭を地面に叩き付けながら、自らも土下座した。

 

「申し訳ありません! この度のご無礼、是非ともご容赦のほどを!」

 

 何度も何度もマゴスの頭をゴスゴスと地面に叩き付けながら、ミラージュ王も土下座する。

 あまりの唐突すぎる展開に優斗も呆気に取られたが、さすがにこれは困ると同時に焦った。

 

 ――本当に勘弁! ホントに勘弁! マジで勘弁して!

 

 冗談抜きで洒落になっていない。

 

「ちょ、ちょっと待ってください! 一国の主ともあろうお方が私などに土下座などしないでください! 私はこの通り、何も気にしていません!」

 

 どうにかして頭を上げさせようとしたが、中々上げてくれない。

 ほとほと困り果てていたのだが、ある男性から救いの手は差し伸べられる。

 

「父上。大魔法士様も困っておられです。父上の誠意は伝わっております故、ここは顔を上げてもよろしいと思います」

 

 切れ長の瞳を持ったイケメンが助けてくれた。

 まさしく超絶イケメン。

 身長は180センチぐらいだろうか。

 少し長い髪を綺麗に後ろで纏め、茶色の髪はなぜか輝いて見える。

 すっとした鼻立ちに女性と見紛うべき小さな唇。

 だというのに、妙な色気はない。

 クリスや修よりもイケメンだろう。。

 年齢は優斗よりも一つか二つ、上ぐらい。

 

 ――なんていうか、ホストとかにいそう。

 

 かといってイメージ的に浮かぶチャラさや不誠実さはなく、ただ格好良い。

 優斗でも見惚れそうになる。

 

 ――っていうか、この声って。

 

 最初の凛とした響きを持った声の持ち主。

 イケメンボイスの彼だ。

 

 ――何この最強生物?

 

 父上と呼んだことからも王族。

 見た目と血筋だけで、通常より遙かにオーバースペックもいいとこだ。

 ミラージュ王はイケメンに言われて、

 

「真に申し訳ありません!」

 

 最後にもう一度、マゴスの頭を叩き付けながら謝って顔を上げた。

 

「いえ、私はミラージュ王に頭を下げられるほうが困りますので……」

 

 なんで格上の人物に頭を下げられないといけないのか。

 優斗の精神的には疲れることしかない。

 

「……少し拗れてしまいましたがリライト王からの書状も渡すことができましたし、私はこの場を退出したほうがよろしいでしょうか?」

 

 なんかもうグダグダになってしまったので、とりあえず訊いてみる。

 ミラージュ王から頷かれた。

 

「我が愚息のせいでとんだ事態になってしまい、恐縮の限りです」

 

「いえ、実際にパラケルススを見ていないともなれば、疑問となるのは当然のことだと思いますから」

 

 優斗が愛想笑いを浮かべると、ミラージュ王がほっとした表情を浮かべる。

 するとイケメンが場を仕切った。

 

「騎士団長! 大魔法士様を丁重に部屋までお連れしろ!」

 

 命令を受けた騎士団長が優斗を促す。

 マゴスもマゴスで強制的に退出させられていた。

 優斗は彼らに最後の挨拶をかわしてから、謁見の間から離れた。

 そのまま部屋まで連れてこられる。

 ココの挨拶が終わるまでは、ボケっとしながら時間を潰す。

 しばらくしてからココが戻ってくる気配がした。

 夜のパーティーまでは自由時間だと聞いているので、優斗はココの部屋へと行ってみる。

 もちろん、ココはこれから婚姻するべき相手と会うのだが、彼女も時間的に空きはある。

 なので部屋まで行くと、会うことはできた。

 部屋の外には護衛がいるが、中には優斗とココの二人だけ。

 というよりも控えようとしてたメイドを丁寧に外へ出した。

 優斗は緊張を解く。

 

「……疲れた」

 

「大丈夫です?」

 

 ココが苦笑した。

 二人してメイドが用意してくれた紅茶を口にする。

 

「……契約者って立場を舐めてた」

 

「何かあったんです?」

 

「ミラージュ王に土下座された」

 

「また、どうして?」

 

「いろいろとあってね。本当に勘弁してほしかったよ」

 

 生まれてこの方、お偉いさんが悪意なく頭を下げてくることなどなかった。

 

「ユウは平民感覚が抜けない貴族ですし。さっきこの部屋まで来るときも面白かったです。あの困ったような表情」

 

 くすくすとココが笑う。

 

「しょうがないでしょ」

 

「そうですね」

 

 二人して紅茶に口を付ける。

 すると来客の知らせがあった。

 優斗とココは佇まいを正して「どうぞ」と伝える。

 現れたのは先ほどのイケメンだった。

 

「先ほどの愚弟の無礼を詫びようと来たのですが」

 

 イケメンの視線がココを捕らえる。

 

「まさかフィグナ様の部屋にいらっしゃる……と……は……」

 

 ピタ、とイケメンが固まった。

 ココが首を傾げる。

 優斗も不審に思う。

 

「どうかされましたか?」

 

 優斗が問うとイケメンはハッとした様子で膝を降ろす。

 

「い、いえ。先ほどは愚弟の無礼、申し訳ありません」

 

「気にしておりません」

 

 むしろ面白かった。

 

「それより貴方はマゴス様のお兄様……ということでしょうか?」

 

「はい。ミラージュ聖国第2王子、ラグフォードと申します」

 

 イケメンは名前も格好良かった。

 

「それで、その……大魔法士様。非常に尋ねがたいのですが……」

 

「何でしょうか?」

 

「大魔法士様はどうして、フィグナ様のお部屋に?」

 

 ラグフォードが尋ねる。

 さすがにこれから婚姻を結ぼうかとする女性の部屋に男性が入るなど、普通ではあまり考えられない。

 というか親や兄妹でもないかぎり、あり得ないと思っていいかもしれない。

 だが、答えるよりも先に優斗は常々ツッコミを入れたい単語があった。

 

「あの、申し訳ありませんが……大魔法士と呼ばれる器ではありませんので、どうか名前で呼んでいただけませんか?」

 

「しかし闘技大会では独自の神話魔法を自在に操り、パラケルスス様を召喚したのですから。まさしくマティス様の再来――大魔法士様と呼ぶに相応しいお方かと」

 

 そう呼ぶのは当然だ、と。

 ラグフォードは言っている。

 

「……あ~……」

 

 ぶっちゃけた話、聞いたことのある『マティス』とパラケルススから聞いた『マティス』は違っている。

 トータルで考えれば一応は一緒なのだが、やはり実物と差異がある以上、同じだと言えないと思うのだが……。

 仮にもマティスが作った国なのだから、優斗は僅かな願いをかけて訊いてみた。

 

「質問なのですが、マティスって“何人”いますか?」

 

「それは……一人だけですが」

 

 答えるラグフォードに、優斗の願いが散る。

 

 ――この国にも伝わってないんだ。

 

 あの好々爺が嘘を言っている可能性もあるが、この話はおそらく本当のこと。

 ということはつまり、ミラージュ聖国でさえ正しいことは伝わっていない、ということになる。

 

 ――まあ、お伽噺になるほど古いことだから仕方ないのかな。

 

 優斗は諦める。

 

「あの、それが何か……」

 

「いえ、何でもありません」

 

 優斗は軽く手を振る。

 

「話を戻しますが、大層な名前で呼ばれてしまうとさすがに辛いのです。大魔法士マティスほどの功績を残しているわけでもないのですし。ですからせめて名前で呼んでいただけると助かります」

 

 最後は軽く本気の懇願が入った。

 ラグフォードも優斗が冗談抜きで願っていることに気付いたのだろう。

 

「ではユウト様、と。これでよろしいですか?」

 

「ありがとうございます」

 

 とりあえず、様付けまで格下げできたことは嬉しい。

 本音は“さん”や呼び捨てなのだが。

 少し安心して、最初の疑問を優斗は答える。

 

「では先ほどのご質問を答えさせていただきますが、謁見の間で伝えた通り、私は彼女の婚姻を判断する役割をリライト王より承っております。さらに言えば、私の妻が彼女の親友であり、私個人としても彼女は大切な仲間なのです」

 

「そうなのですか?」

 

「ええ。既知の間柄なのです」

 

 あと、と優斗は続ける。

 

「非常に恥ずかしいことなのですが、私はこういった貴族の方々や王族が集まっている場に慣れておりません。少し彼女と話して私の緊張疲れを取るのと同時に、婚姻を判断する者として、これから婚姻相手と会う彼女の緊張も解こうと思った次第です」

 

「左様でしたか」

 

 ラグフォードが納得したように頷いた。

 いいのか? とも優斗は思ったが、納得してくれたなら助かる。

 

「ならば緊張を解きほぐすがてら、王城をご案内いたしましょう」

 

 言ってラグフォードは一人の女性を部屋に入れる。

 歳は同年代くらいだろうか。

 ラグフォードに似た美少女だった。

 

「お初にお目に掛かります、ユウト様。ミラージュ聖国第2王女、ミルファと申します」

 

 女性がゆったりと頭を下げる。

 

「ミルファに案内係をさせようと思います」

 

 ラグフォードが勧めてくれたので、優斗はココに訊いてみる。

 

「どうする?」

 

「わたしは問題ありませんが……」

 

 ココが頷いたので優斗も了承する。

 

「では行きましょう」

 

 立ち上がろうとした優斗だが、ミルファが少々焦ったような声を出した。

 

「あ、あの、フィグナ様もご一緒ということでしょうか?」

 

「ええ。何か問題が?」

 

「いえ、フィグナ様はこれから会うべき人もいるのですから、ユウト様だけで……」

 

 要するに『優斗と二人で』とミルファが言ってくる。

 

「でしたら私も遠慮いたします。あくまでココが問題ないと言うから私は行こうと思ったまでです。ココが残るのなら私も残ります。ココを一人にするなど、私の選択肢にはありません」

 

 断言する。

 

「どうされますか?」

 

 優斗が笑みを貼り付けたまま訊く。

 困っている様子のミルファに、助け船を出したのはラグフォード。

 

「皆で行くとしよう、ミルファ」

 

 彼が促したので、優斗は頷いて立ち上がった。

 ココも次いで立ち上がる。

 するとミルファが優斗たちのところへ近寄ってくる。

 ドアではなくこちらへ向かってきたことに、何かするのかと優斗はいぶかしむ。

 彼女は優斗の手を取った。

 

「それではご案内させていただきます」

 

 言いながら歩こうとするミルファ。

 だが、引こうとする腕が動かない。

 

「すみませんが、手を離していただけますか?」

 

 にこやかに、爽やかに優斗が伝える。

 

「え、あの……」

 

「離していただけますか?」

 

 けれど決して甘さはない。

 彼女程度なら、それだけで気圧されて手を離す。

 

 ――さて、今のはどう考えればいいのかな?

 

 先ほどからの一連の流れ。

 誰かに言われてやったのか、それとも個人の思惑でやったのか、天然なのか。

 言われてやったというのなら、協力者はいるのかいないのか。

 もしも色仕掛けみたいなものなのだとしたら、王様が“少々”と言った以上、今ぐらいが限界だと思いたい。

 

「ラグフォード様、ミルファ様」

 

 とりあえず、今のが何であれ最初から全開で教えておこう。

 無駄な企みを吹き飛ばすくらいの事実を。

 

「先ほど、私が妻帯者であることはお伝えしたと思います」

 

「はい」

 

 代表してラグフォードが応対をする。

 

「リライトが一夫一妻制であることはご存じですよね?」

 

「知っております」

 

「故に無駄な誤解を生じさせたくないのはご理解いただけますか?」

 

「はい」

 

 ラグフォードは普通に頷く。

 隣でミルファも頷いていた。

 だが、この言葉を聞いても平静を保っていられるだろうか。

 

「私は妻を心の底から愛しています。妻に誤解されでもしたら、誤解させた者に対して何をするか分かりません。神話魔法を放ってしまうかもしれませんし、パラケルススを使い星でも降らせて押しつぶしてしまうかもしれません。下手をしたら国ごと破壊する……なんてことも」

 

 一瞬にして王女の顔が青ざめ、ラグフォードの表情が驚きを示す。

 同時に優斗は苦笑を浮かべた。

 

「まあ、国というのは大げさになってしまいますが、実際に妻を傷つけられただけで土地を消滅させてしまったこともありますから」

 

 まるまるすっきり、土一色にしたことがある。

 

「だから申し訳ありませんが、私は迂闊に見知らぬ女性と触れることを気をつけているのです。噂はどこから始まり、どこまで広がるのか分かりませんので」

 

 続いて優斗はミルファに頭を下げる。

 

「ミルファ様も私の行動はご無礼だったと思いますが、ご了承の程をお願いいたします」

 

 下げた頭を上げる。

 そこには呆けた様子のラグフォードと、少し脅えたミルファの姿があった。

 別に言い過ぎたつもりもない。

 むしろ軽く言ってあげたつもりだ。

 

 ――というより、そっちが怖がるのは違うよね。

 

 何かしらやられることを一番怖がっているのは優斗なのだから。

 

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