第56話 史上最大の結婚式

 アリーが言った通り、王様が色々と対処に不眠不休で追われている頃。

 優斗達はカフェで、とある話をしていた。

 

「さて、お前ら。四日後にクリスの結婚式があんだけど……」

 

 優斗、修、卓也、和泉がテーブルを囲む。

 

「やっぱ花嫁をさらうのがベストじゃね? そんで、『返してほしければ――』うんぬんの口上を述べるのがベストだろ」

 

「いや、ここは裏を掻いてクリスにウェディングドレスを着せる。ダブル花嫁だ」

 

「それも有りだわ!」

 

 優斗と卓也をそっちのけで案を出し合う修と和泉だが、

 

「駄目に――」

 

「決まってるだろ!」

 

 全力で優斗と卓也が二人の頭を叩く。

 

「クリスから言われてるんだよ。お前ら二人を暴走させないでくれってさ」

 

「お前ら、王族も貴族もやってくるような結婚式に変なことやろうとするな」

 

 とりあえず二人は注意してみる。

 けれど、だ。

 

「つまらん」

 

「それじゃつまんねーよ」

 

 思った通りすぎる回答が和泉と修から返ってきた。

 

「つまんなくていいんだよ」

 

 卓也が呆れたように頭を掻き、

 

「“盛り上げる”じゃなくて“余計なこと”の範疇なんだから。修と和泉がやろうとしてるのは」

 

 優斗が冷静に反論する。

 しかし、

 

「あん? じゃあ、全力全開で盛り上げりゃ問題ないって優斗は言ってるんだよな?」

 

 修から予想外の反論が来た。

 

「それは……向こうに迷惑かからなければ問題ないと思うけど」

 

 優斗が肯定すると、修がニヤリと笑う。

 

「言ったな、優斗」

 

 つまりは“何かやってもいい”と言外に告げている。

 

「よっしゃ。じゃあ馬鹿なことはやらないでやっから、度肝を抜くぐらいのやつをやってやるよ」

 

「……何をする気なんだ?」

 

 卓也がいぶかしむ。

 

「お前らも参加な」

 

「……マジか?」

 

「……マジで?」

 

「大丈夫だって。大それたことやろうとするだけで、馬鹿なことじゃねーから」

 

 修は全員の顔を寄せる。

 別に誰かが聞いているわけでもないが、秘密の相談っぽくする。

 そしてあれやこれや、自分の案を話し始めた。

 

「……これ、できるだろ?」

 

 全員に確認を取ってみる。

 

「まあ、和泉なら用意できそうだし、僕と修の力なら不可能じゃないと思うけど……」

 

 確かに大それたことをしようとしているが、問題には……おそらくならない。

 

「こういう時のために勇者の力ってのはあるんだよ」

 

「それだとオレの出番が少ない」

 

 卓也が不満を漏らす。

 

「えっと……じゃあ、こういうのはどう?」

 

 今度は優斗が新たな案を出す。

 全て聞くと、卓也も満足そうに頷く。

 

「分かった。久々に腕が鳴るな」

 

 修は卓也も納得すると立ち上がる。

 

「よっしゃ。そんじゃ、下見やら用意やらしないとな」

 

 修の合図で全員が頷いた。

 

「了解だよ」

 

「はいよ」

 

「いいだろう」

 

 気付いたら、全員で大それたことをしようとしていた。

 しかもノリノリで。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 ――三日前。

 

 

 修と優斗で教会の下見をする。

 壮大な感じではなく、森の中にひっそりとあった。

 

「これ、やっぱり木とか色々と動かすはめになるから、振動は凄くなるよ」

 

「やっぱりか。まあ、俺がどうにかするわ」

 

「了解」

 

 念入りに二人で下調べを行う。

 

「あっ、精霊術使ったらフィオナにバレるかも……」

 

「安心しろ。それもどうにかしてやんよ」

 

 

 

 

 ――二日前。

 

 

 部屋に籠もっている和泉のところへ卓也が顔を出す。

 

「和泉、間に合うか?」

 

「打ち上げ自体は問題ない。打ち上げるために必要なものは買えた。問題は多種多様な光なんだが……」

 

 中々に難しい。

 元来、何ヶ月もかかって作るモノだ。

 それを魔法という知恵を得て、僅か数日で作ろうとしている。

 

「あれって本物は化学反応だろ?」

 

「無論だ」

 

「だったら優斗のノームかパラケルススでどうにかなるんじゃないか?」

 

「……いや、現存の魔法でどうにかできる。なればこそ、これは俺の仕事だ。俺以外の力を借りて楽にやってはクリスも感動がないだろう?」

 

「……無理はするなよ、和泉」

 

「ああ、分かっている」

 

 

 

 

 ―― 一日前。

 

 

 優斗は卓也と一緒に買い物をする。

 

「これでモノは揃った?」

 

 大きなものを持ちながら優斗が訊く。

 

「大丈夫だ。オレも一昨日、昨日と試したけど、ほとんど向こうにあるものと同じのを揃えられた」

 

 差異はほとんどない。

 

「だったら、あとは作るだけだね」

 

「そうだな。……っと、修と和泉はどうした?」

 

「あの二人は最終確認。色付けも成功したらしくて、修が張ってる完全結界魔法の中で試し打ちしてる」

 

「じゃあ、あいつらのやってることが問題なければ、準備はオッケーだな」

 

 

 

 



 ――クリスとクレアの結婚式当日。

 

 

 正装したチームのメンバー。

 男子はクリスの控え室へ。

 女子はクレアの控え室に、昼過ぎからそれぞれ集まっていた。

 まず、男子の控え室へ。

 

「シュウ、イズミ。今日は本当に何もしないでくださいよ?」

 

 白に統一された服装を着ているクリスが念を押すように言った。

 

「ユウト。この二人、変な計画は立ててませんよね?」

 

「大丈夫。“変な計画”はしてないって」

 

 そう、別に“変な計画”は立ててない。

 

 ――大それた計画は立てたけど。

 

 というか、優斗もノリノリで乗った。

 

「ならば安心なのですが……。いいですか? クレアを攫うとか自分にウェディングドレスを着せるとかやろうとしたら、はっ倒しますからね」

 

 瞬間、四人が吹き出した。

 

「クリス、凄えな。優斗たちにボツを喰らったやつ、まさしくそれなんだわ」

 

「……やはり計画は立てたんですか」

 

「安心しろ。しっかり頭を叩かれてっから」

 

「当然です!」

 

 クリスの大声に、また四人が笑う。

 

 

 

 

 続いては新婦の控え室。

 フィオナ、アリー、ココ、レイナ、リル、クレアがいる。

 

「クレアさん、綺麗ですわ」

 

「あ、ありがとうございます、アリシア様」

 

 未だに数度しか会っていないアリーに緊張を隠せないクレア。

 それでもどうにか返事をする。

 

「本来は父様も来る予定でしたが、早急に終わらせなければならない仕事が多々ありますので、わたくしが王族の名代として来ています。これ以上、緊張する必要はありませんわ」

 

「は、はい」

 

 落ち着かない様子のクレアに、ココが話しかける。

 

「だいじょうぶです。さっき見たらクリスさん、とっても格好良かったですから。クレアさん、目を奪われて緊張なんてなくなっちゃいます」

 

 かなりとんちんかんなことを言うココに、全員が軽く笑う。

 

「その格好良いクリスは、かなり心配していたようだがな」

 

「ですね。シュウさんとイズミさんの姿を見るまで、安心できていないようでした」

 

「仕方ないけどね」

 

 レイナとフィオナとリルの発言に、アリーとココが呆れるように納得した。

 

「どういうことですか?」

 

 一人、分からないクレアが首を捻る。

 レイナが苦笑し、

 

「何かやられるのではないかと心配しているだけだ。クリスは特に被害者だから、この場でもあの二人が仕掛けてくるのではないかと気が気で仕方ないのだろう」

 

「まあ、ユウトさんとタクヤさんがいるので、さすがに諦めたとは思いますわ」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 聖堂の中でまさしく、結婚式が行われていた。

 全員が今は大人しく二人の様子を見守っている。

 

「お二方とも、龍神に永遠の愛を誓いますか?」

 

 神官が尋ねる。

 二言なく、クリスとクレアは頷いた。

 

「「誓います」」

 

「よろしい。それでは誓いの口付けを」

 

 神官に言われると、クリスはクレアのヴェールを後ろへと流す。

 そして、

 

「…………」

 

「…………」

 

 ゆっくりと口付けをした。

 神官は見届けると、

 

「では、これよりお二方には洗礼の儀を行っていただきます」

 

 そしてクリスとクレアを奥の部屋へと誘う。

 優斗たちにはよく分からない“洗礼の儀”というものだが、要は夫婦になったので身も心も綺麗にして旅立ちなさい、ということらしい。

 つまり招かれた者達は洗礼の儀が行われている間、暇になる。

 当然のこと、本来はその場で待機し、戻ってきた二人を祝福するのが通例。

 なのだが、

 

「ごめん。ちょっとトイレ行ってくるね」

 

「そんじゃ俺も行くわ」

 

「ならば俺も行こう」

 

「なんか皆が行くからオレも行く」

 

 図ったように優斗たちは席を立った。

 

「シュウ様。20分しかありませんし、うっかり話し込んで遅れないでください」

 

「分かってんよ」

 

 笑って全員で聖堂から離れる。

 当然トイレには行かず、教会の出口へと向かった。

 

 

       ◇     ◇

 

 

 そしてやって来た勝負の時間。

 

「修! 今、何分経った!?」

 

「17分だ!」

 

「卓也! 和泉! あと三分、設置は大丈夫!?」

 

 優斗の声が二人に届く。

 

「問題ない!」

 

「オレはちょっとまずいかもしれない!」

 

「和泉はフォロー行ける!?」

 

「任せておけ!」

 

 ぶっつけ本番、四人で“大それた計画”を仕掛けていた。

 

「優斗、ちょっとズレてんぞ!」

 

「どれ!?」

 

「右側の奥から三つ目……そう、それだ! 30センチ左にずらせ!」

 

「了解! ノーム、頼んだよ!」

 

 言われた場所を動かす。

 全員、テンション上がっていた。

 

「こっちも設置終わったぞ!」

 

 卓也から報告が入る。

 

「僕もこれを動かしたら……終了!」

 

 修に言われたところを直して、全ての作業が終わる。

 

「オッケー。時間内に全部、終わったな」

 

 修は頷いて“魔法を解いた”。

 彼が使っていたのは完全防御魔法。

 魔法はおろか、音も気配も全てを遮断する魔法。

 それを縦、横、長さ200メートル超のものを張っていた。

 

「あとはクリスとクレアが来るのを待つだけ、だな」

 

「うん。ここからがもう一つの本番だね」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 クリスは洗礼の儀から戻ると、彼らがいないことに気付いた。

 少し嫌な予感が生まれたが、さすがに優斗と卓也がどうにかしていると思って打ち消す。

 もうやることは少ない。

 皆を引き連れて教会の出口まで行くこと。

 出口から馬車まで、また皆に祝福を受けながら歩くこと。

 二人で馬車に乗ってパーティー会場まで向かうこと。

 以上だ。

 しっかり全うしようと思い、にこやかに笑顔を浮かべながらクリスはクレアと共に歩く。

 後ろを着いてくるリルやレイナが、どうしてあの四人はいないのだと憤慨しているのが笑える。

 教会の出入り口にたどり着いた。

 扉をクレアと共に開けたら、少し待機。

 皆が馬車までの道のりを囲ってくれるので、それが終わったら再び歩く。

 

「クレア。開けますよ」

 

「はい、クリス様」

 

 クレアが頷き、二人して扉に手をかける。

 そして開けた瞬間、

 

「……えっ?」

 

 クリスから驚きが漏れた。

 次いでクレアからも驚きの声が出てくる。

 

「……まだお昼すぎ……ですよね?」

 

 クリスとクレアが驚くのも無理はない。

 暗闇が全面に広がっていた。

 夕暮れ時ですらない。

 いくら冬とはいえ、こんな時間に暗闇が空一面になるわけもない。

 クリス達の後ろにいる客人にも動揺が伝わっていく。

 

「なぜ?」

 

 けれど現に、目の前の道が見えない。

 困惑するクリス。

 すると、

 

「あっ、クリス様、見てください!」

 

 クレアが暗い空を指差した。

 そこにあったのは、

 

「流れ星?」

 

「凄いですね。たくさんありますよ」

 

 一つ二つどころではない。

 一秒間に四つも五つも見える。

 

「…………」

 

 呆けて空を見るクリスだが、今度は唐突に何か打ち出す音が聞こえた。

 クリスもクレアも客人も驚く。

 少し甲高い音が『ひゅ~』と鳴った。

 そして――低い破裂音と共に一輪の鮮やかな花が咲いた。

 さらに打ち出す音は続く。

 色を変え、形を変え、いくつもの花火が咲き狂う。

 

「……綺麗ですね、クレア」

 

「はい」

 

 やがて打ち出す音は止まる。

 僅か30秒ほどではあるが確かに美しい光景だったと。

 クリスの胸に刻み込まれながら最後の花火が消える。

 これで終わりかと思ったが、今度は馬車までの道のりがライトアップされた。

 クリスの驚きは止まらない。

 

「これは……」

 

 ただ、木の間にあった通り道ではなかった。

 左右の木は30メートルほどずらされており、馬車へ続く道はただの土塊ではなく大理石が白く輝いている。大きさにすれば縦40メートル、横60メートルの現実では存在しない一枚の大理石。そして、その上には紅い絨毯が敷かれており、先には馬車がある。

 絨毯の両脇は綺麗に大理石が削られており、澄んだ水が流れていた。しかも絨毯の両脇だけでなく大理石全体に見事な水路を作り、見るものを感動させた。

 さらに外には荘厳な石柱が8本ずつ、計16本並んでいる。

 石柱には蛍光の魔法具が仕込まれていて、柔らかな光を放っていた。

 

「……しょうがない人達ですわね」

 

 呆れるように、けれど嬉しそうに溜め息を吐き、立ち止まっているクリス達の横を通り過ぎるアリー。

 フィオナ達も似たような表情を浮かべながら馬車までの通り道で出迎える準備をする。

 彼女たちが動いたことによって他の客人も、恐る恐る向かった。

 

 

 

 

 隠れながら様子を窺う優斗達。

 

「全員、通り道に並んだ?」

 

「問題ない。客も並び終わった。あとはクリス達が歩いて馬車に乗るだけだ」

 

 和泉が答える。

 

「オッケー。そんじゃ仕上げといくぞ、優斗」

 

「分かったよ」

 

 同時に構える。

 まずは修が紡ぐ。

 

『求め彩るは極彩の光』

 

 彼が詠むのは、攻撃魔法じゃない。

 

『移ろい最果てに現れるものよ。我が手、我が内、夜天を駆けろ』

 

 神話魔法は攻撃だけじゃない。

 祝福するものもある。

 だからこそ、今この瞬間、神話魔法は使うに値する。

 

『巡れ鮮光。鮮やかなる透を壮大なる空へと示せ』

 

 極大の魔法陣が空へと広がり、光のカーテンを作り出す。

 

「頼むぞ、優斗」

 

「任せて」

 

 今度は優斗が一言、

 

「――アグリア」

 

 告げた。

 魔法陣から現れるは四対の純白な羽根を持つ女性型の大精霊。

 

「お願いね」

 

 軽い調子で告げる優斗に、光の大精霊は優しく微笑んだ。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 客人が困惑している最中、いざ歩こうとした時だった。

 空に極大の魔法陣が広がった。

 けれど魔法陣は広がり、広がり、そして……消える。

 瞬間、

 

「……わぁ」

 

 極彩の光のカーテン。

 オーロラが魔法陣の代わりに広がっていた。

 隣にいるクレアが空に目を奪われる。

 客人も同様だ。

 リライトでは絶対に『あり得ない光景』を目にして、奪われないものなどいない。

 クリスも空に視線を取られる。

 

 ――まったく……。

 

 そして見上げながら思う。

 

 ――まったく、彼らは……。

 

 今の出来事ができるのは、彼らしかいない。

 昼過ぎに夜空を広げることも。

 星を降らせることも。

 花火を打ち上げることも。

 道を作り替えてしまうことも。

 オーロラを作り出すことも。

 全部、彼らしかできない。

 

「行きましょうか、クレア」

 

 空に目を奪われている妻を促す。

 

「あっ、は、はい」

 

 慌ててクリスの腕を取る。

 歩こうとすると、今度は空からクリスとクレアに輝かしい純白の光が、まるでスポットライトのように当たる。

 気付けば、通り道の照らす光量も少し落ちている。

 通り道を飾る客人たちからは「素晴らしい演出だ」と賛辞が続く。

 仲間たちの横を通ると全員が全員、苦笑していた。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 クリスとクレアが乗った馬車は無事、移動する。

 

「おし、まずは一つ目……大成功!」

 

 イェイ、と全員でハイタッチをする。

 

「エレスもありがとう」

 

 優斗が闇の大精霊に声を掛けると、騎士の姿を模した闇の大精霊が消える。

 そして空には再び、青空が戻る。

 

「じゃあ、次は――」

 

「シュウ様! 皆さん!」

 

 と、全てが終わったところでアリー達に居場所がばれる。

 女性陣が全員、男性陣のところへと向かってきた。

 

「何もやらないのではなかったのですか!? しかもユウトさんもタクヤさんも一緒にやるだなんて……」

 

「何もやらないって……そんなこと、誰か言ったか?」

 

 修が男性陣に訊くが、全員が首を横に振る。

 

「やらないのは『変な計画』であって『大それた計画』をやらないとは、誰も言ってないよね」

 

「だよな」

 

「そうだ」

 

 示し合わせるように頷く。

 

「……確かに変なことはやっていませんが、大それ過ぎですわ」

 

 けれど何か言ったところで後の祭り。

 

「まあ、いいですわ。わたくし達も馬車でパーティーに向かいましょう」

 

「あっ、俺らはそれも抜けっから」

 

 突然の爆弾発言にアリー達がまた驚く。

 

「……シュウ様。今度は何をするつもりなのです?」

 

 訊いてくるアリーに、修は次なる計画を話す。

 すると、だ。

 

「わたくし達をのけ者にしてやることではありませんわ」

 

「当然ね」

 

「そうです!」

 

「私とて、あの二人を祝福したい気持ちはある」

 

「私はお手伝いできると思いますよ」

 

 意外にもアリー、リル、ココ、レイナ、フィオナが乗ってきた。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 夜七時。

 およそ二時間ほどのパーティーも無事に終わる。

 客人への応対やら何やらで非常に疲れたクリスとクレア……ではあるが、

 

「結局、皆さんは来ませんでしたね」

 

 クレアが少し寂しそうに言った。

 

「何かあったのですよ、きっと。もしかしたら説教で遅れてしまったのかもしれませんし」

 

「でも……」

 

「ほら、しょんぼりしないでください。クレアもお腹がすいてるでしょう? 今日は――」

 

「レグル様!」

 

 と話したところで、従業員から呼び止められる。

 

「どうかされましたか?」

 

「こちらをお二方に渡してほしい、と」

 

 従業員は封筒をクリスに手渡す。

 

「それでは、失礼します」

 

 従業員は渡し終えると、すぐに去って行く。

 見れば差出人の名前は無い。

 クリスは首を捻りながらも封筒を開く。

 

「なんですか?」

 

「ちょっと待ってください。えっと……『パーティー終了後、トラスティ家まで来ること』と書いてあります」

 

「……フィオナ様の家にですか?」

 

「そうですね」

 

「何をするのでしょうか?」

 

「分かりません。自分に彼らのことを説教しろ……かもしれませんね」

 

 さすがに色々とあったので理由が読み切れない。

 

「とりあえず、向かったほうがよろしいでしょうか?」

 

「彼らが来てほしいと手紙を送ってきたのだから、向かいましょう」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 トラスティ邸へと到着し、馬車から降りる。

 すぐ目の前に優斗と修がいた……のだが、

 

「……それは何の格好ですか?」

 

 なぜかギャルソン姿の二人に問いかけざるを得ない。

 けれど優斗も修も問いかけには答えず、綺麗に頭を下げた。

 

「クリスト=ファー=レグル様、クレア=ファー=レグル様。本日はご予約、ありがとうございます」

 

 まずは優斗が台詞のようなものを口にする。

 続いて修。

 

「料亭――『異世界』へようこそ。今宵一日限りのオープンとなりますが、どうぞごゆっくりとお楽しみください」

 

 修も珍しく綺麗な言葉使い。

 

「ユウト? シュウ?」

 

「どうぞこちらへ」

 

 優斗と修が二人を促す。

 どうやら、クリスの問いかけに答えるつもりはないらしい。

 仕方なく二人についていくクリスとクレア。

 広間に通され、椅子に座らされる。

 いつもはすっきりとしている広間が、煌びやかな内装に変わっていた。

 修が口を開く。

 

「それでは本日のスタッフをご紹介させていただきます」

 

 右手を差し出した。

 すると、隠れた場所からまず一人、出てくる。

 

「料理人――卓也」

 

 まるでコックの格好をした卓也が出てきて、頭を下げる。

 

「料理サポート――フィオナ、レイナ」

 

 似たような格好のフィオナとレイナも頭を下げる。

 

「飾り付け――和泉、アリー、ココ、リル」

 

 四人が続けて出てきては同じように。

 

「副支配人――優斗」

 

 優斗も深々と頭を下げる。

 そして言葉を引き継ぐ。

 

「最後に当料亭の支配人――修。以上がスタッフとなっております」

 

 もう一度、全員がクリスとクレアに頭を下げた。

 また修が口を開く。

 

「本日、お二方にお出しさせていただくのは私達、『異世界の客人』による異世界料理のフルコースとなっております。是非ともご堪能くださいませ」

 

 パンパン、と修が手を叩くとたくさんの料理が出てくる。

 どれもこれもがクリスとクレアには見たことがない料理だ。

 

「……どうして、これを?」

 

 不思議そうにクリスが修たちを見た。

 今日あったことは一般的な祝福とは明らかに違う。

 度が過ぎているといっても過言ではない。

 

「どうして、と言われましても……」

 

 修は当たり前だ、というように笑みを浮かべた。

 

「私達にできる精一杯のお祝いが、結婚式に行ったことや料理なのですよ」

 

 いつも馬鹿げたことに付き合ってくれるクリスに送る、心を込めた贈り物。

 修たちがそうすると決めたのはごく自然の考えだった。

 

 

「貴方は私たち異世界から来た者にとって、この世界で出来た“初めての親友”なのですから当然です」

 

 

 彼らの全てを賭して祝福するのは当たり前のこと。

 そして修も優斗も、卓也も和泉も。

 本当に優しく笑った。

 いつものような悪戯めいた笑顔ではなく。


『ありがとう』


 それだけを込めた笑みだった。

 

「………………」

 

 初めて聞いた、彼らの心の声。

 

「…………本当に……」

 

 クリスが俯く。

 

「……本当に馬鹿ですね、四人とも」

 

 目頭が熱い。

 

「……何が“初めての親友”ですか」

 

 自分なんて“生まれて初めて”の親友達だ。

 

「……何が精一杯のお祝いですか」

 

 彼らが結婚式を行ったとき、これ以上のものを返せる自信なんてない。

 

「……似合ってないんですよ、その口調」

 

 違和感しか生まれない。

 修達が苦笑する。

 

「……まったく……貴方達は……」

 

 呆れるような声音を出すクリス。

 でも、駄目だ。

 我慢しようとしても、溢れてくる。

 止める術が分からない。

 嬉しくて、嬉しすぎて止まらない。

 

「えっ!? ちょ、なんで泣く!?」

 

 まさかクリスが泣くとは思ってなかったので、修が本気で焦る。

 口調も普段のものに戻った。

 クリスは四人を見ると、珍しく声を張る。

 

「自分だって“初めての親友達”にこれだけ壮大に祝われて、嬉しくないわけないでしょう!!」

 

 涙を零しながらクリスが言い放つ。

 

「変な心配してた自分がバカみたいではないですか……」

 

 何かやるとは思っていたけれど。

 むしろ変なことをするんじゃないかと楽しみ半分、恐がり半分だったのに。

 こんなに嬉しいことをしてくれるとは思っていなかった。

 修たちがクリスの姿に満足げな表情を浮かべる。

 

「まっ、そんだけ喜んでくれたらやった甲斐あったわな」

 

「結婚式のときなんて修の神話魔法と大精霊八体に精霊の主を費やすという過去に例を見ない規模の祝福だからね」

 

 おそらく過去に存在しない。

 というかするわけがない。

 

「ユウト、そうなのですか?」

 

「だってオーロラは修の神話魔法だし、大理石と石柱を地の大精霊。流れてる水は水の大精霊から出して貰った最高の霊水。暗闇は闇の大精霊にやってもらって、流れ星は精霊の主に星を降らさせて、最後のスポットライトは光の大精霊」

 

「別に神話魔法だって攻撃だけに使うわけじゃねーしな」

 

「精霊術もそうだよ」

 

 続いて優斗は和泉に右手を示し、

 

「周囲を照らしたライトと花火は和泉の作品」

 

「ふふっ。イズミの作品でこれほど喜んだのは初めてですよ」

 

「そう言ってもらえると、頑張った甲斐があったというものだ」

 

 和泉が嬉しそうに頷く。

 すると、修がいつものような笑みになり、

 

「そしたら卓也が自分だけやることない! って言い出してよ、この料理が出てきたってわけ」

 

 自分だけクリスを祝えてない、と思っていた卓也の心境をばらす。

 

「バカ! バラすな、そんなこと!」

 

 卓也が修の口を塞ごうとする。

 周囲に笑いが起こるなか、続きは優斗が引き継いだ。

 

「結婚式が終わったあと、パーティーに参加しないで料理作るって言ったらアリー達もやるって言い出して」

 

 クリスが女性陣を見れば、うんうんと頷いている。

 

「このように全員揃って待ち構えてたというわけだ」

 

 レイナは自慢げに。

 

「わたし、頑張って動きました!」

 

 ココは嬉しそうに。

 

「私も誠心誠意、お祝いの気持ちを込めて手伝いましたよ」

 

 フィオナは笑みを浮かべ。

 

「わたくしも飾り付け、頑張りましたわ」

 

「あたしもね」

 

 アリーとリルが楽しそうに頷いた。

 彼女たちにとってもクリスは大切な仲間。

 祝いたい気持ちは一緒だった。

 

「皆さん、ありがとうございます」

 

 クリスが目元にある滴を拭いながら笑みを浮かべる。

 

「うしっ。そんじゃ、冷めないうちに料理、食べろよ! 食えないぐらいに作ってるから!」

 

 修の合図で、さらに続々と皿を運ばれてくる。

 本当にたくさんあるので、卓也も気合いを入れたことがはっきりと分かる。

 クリスは苦笑しながら、

 

「一緒に食べましょう。貴方達と一緒にいるのにクレアと二人で食べるなんて、自分には違和感があってしょうがないですよ。クレア、いいですよね?」

 

 と横を向いてクリスは確認するのだが、

 

「……な、なんでクレアが泣いているのですか!?」

 

 隣ではクレアが号泣していた。

 

「だ、だってクリス様と皆様のやり取りが、素晴らしくて……っ!!」

 

 ボロボロと大粒の涙が止まらない。

 

「ほ、ほら、せっかくの料理が冷めてしまいますから。頑張って泣き止んでください」

 

 子供をあやすようにクレアの頭を撫でるクリス。

 

「は、はいっ。わたくしも皆様と一緒に食事、取りたいです!」

 

 しゃくりながらも必至に泣き止もうとするクレアを微笑ましく思いながら、優斗たちは椅子をテーブルへと持っていって座る。

 ついでにシャンパンを全員分、用意する。

 修が音頭を取った。

 

「みんなコップ持ったか!?」

 

『持った!!』

 

「クレアは泣き止んだか!?」

 

「はい!」

 

「よっしゃ! 今日はクリスとクレアを祝ってんだ。全員、全身全霊を込めて叫べよ!」

 

『もちろん!』

 

 コップを持ち上げる。

 

「それでは、二人の結婚を祝って――っ!」

 

 全員がクリスとクレアに高々とコップを向けた。

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「「  乾杯!!  」」」」」」」」」」

 

 

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