第314話 If. After the villainess:全てが変わっていく朝





 翌朝、優斗はバラッドとカイトと共に庭へ出ていた。

 今日は戦闘があるかもしれないので、あらかじめ身体を動かすためだ。

 といっても優斗は軽く柔軟するだけで、剣を振るっているのはバラッドとカイトの二人。


「快晴だし、この国から逃げ出すには良い日になりそうだね」


 身体をほぐしながら、にこやかに言う優斗。

 視線の先では木剣を持って打ち合っている二人がいる。

 歳の割には剣の扱いが上手いカイトに、バラッドは感心しながら剣を振るう。

 すると優斗が二人のやり取りで気になった部分があったのか声を掛けた。


「カイト君。昨日からなんとなく思ってることがあるんだけど、ちょっといいかな」


 木剣を打ち合ってる二人が動きを止めると、優斗はカイトを呼び寄せる。

 そしてバラッドに木剣を振るように指示した。

 優斗はカイトに対して、丁寧に木剣を薙いでいくバラッドをしっかり観察するよう伝える。


「同じようにやってみて」


 次いで出した指示にカイトは不思議そうにしながらも、目に焼き付けたバラッドの動きを真似するように動いた。


「ユウト様、これは……」


 その動作を見たバラッドが目を見開きながら、驚いたように優斗へ声を掛ける。

 自分の動きとそっくりにカイトが動いたからだ。


「昨日から片鱗は見せてたんですよね。集団暴行されていたにもかかわらず、カイト君はあまりダメージを負っていなかった。つまりは衝撃を上手く分散させていたわけです」


 少々の怪我はあれど、致命的な怪我一つなかった。

 あれは身体が強いとか痛みに強いというよりは、身体の使い方が上手いという風に見える。


「さらには僕の実力を看破した。要するに戦闘の才能はトップクラスにあるってことですね」


 一定以上の実力者や才能の持ち主で、観察眼が養われていれば分かる人間には分かる。

 そしてカイトは優斗の雰囲気を感じて、隔絶した強さがあると評した。

 現状、実力がそこまであるわけではないことから、彼は才能と観察眼が優れていることが分かる。


「カイト君。次は自分の体格を意識して、同じように」


「はいっ!」


 優斗の指示にカイトが従うと、木剣の軌道が少し変わった。

 自分に合った動きになったことで、剣閃はさらに鋭くなっている。

 動きに納得いったのか、楽しそうにカイトが木剣を振るっていた。



 しばらくしてカイトが真似終わって動きを止めると、バラッドが満面の笑みでカイトの両肩をがっしりと握った。


「カイト、君の才能は凄い! 戦いに関することなら、どんな職業にだって就ける!」


「そうなんですか?」


「ああ! それに私も精一杯、君をサポートする!」


 今から将来が楽しみだと言わんばかりのバラッド。

 戦闘に関わる職に就くのなら、何であれ最上位を目指せるだろう。


「もし俺に戦いの才能がなかったら、どうでした?」


「何を目標にしようと精一杯、君をサポートするぞ」


 迷うことなく断言したバラッドに、カイトは苦笑してしまう。

 というか、あまりにもあけすけに褒めてくれるものだから、身体が少しむず痒かった。


「でも、もし俺に戦う才能があるなら一番上を目指したいです」


「一番上、というと?」


「大魔法士様の護衛をしたいです。大魔法士様の護衛なら、きっと戦う中で一番上の職業ですよね? 母上も喜ぶと思います」


 カイトの宣言に優斗も面を喰らったのか、目をぱちくりさせる。


「僕の護衛か。まあ、僕の護衛っていうよりかは宮川家に仕える家臣として最上位――シルヴィの対となる『左腕』になるなら、戦闘系の職業としては一番上……なのかな?」


 どうだろう、といった感じでバラッドに確認を取る。


「ユウト様の家臣で最上位ともなれば、シルヴィア様と同じような立場。要するに一国の王とも平然と向き合う必要があるでしょうから、一番上というのも間違いはないかと。我が国の近衛騎士団長にも近しい部分があります」


「となると採用するかどうかは置いても、貴族の位はあったほうがカイト君としては便利ですよね?」


「そのほうがよいでしょう」


「だったら、やっぱりバラッドさんと結婚してもらうのが一番、手っ取り早いですね」


 子爵の子息であれば、一応は何とかなるだろう。

 本来であればもっと高位のほうが望ましいのだろうが、カイトが本気ならば押し通すことは可能。

 とはいえ優斗はカイトに注意を促した。


「だけど今のままだと足りない。僕の右腕はお伽噺クラスの実力を持ってるから、左腕になるというのなら戦闘面においては超えないといけない。要するに神話魔法は必須だよ」


「気合いで覚えます」


 一切の迷い無く言い切ると、次いでカイトはバラッドに向いた。


「剣技はバラッド様にお願いしたいです」


「私でいいのか?」


「えっと、その……ち、父親になってくれるので」


 少し照れたようにカイトが言うと、バラッドは思わず破顔してしまう。

 というより眦が垂れて、完全に笑みを浮かべていた。


「美丈夫のニヤけた笑顔っていうのは、意外とキツいもんだね」


 優斗が思わず苦笑する。

 前々から真顔で真剣な表情がデフォルトだったので、見慣れていないのもあるだろう。

 だが、そうだとしてもイケメンのだらしない顔というのは、何とも言えないものだ。



 それからしばらくして、バラッドの弟であるバルストが現れた。

 バルストは妻と子を連れて兄と話す。


「兄上。昨日、仰っていたことを信じたので、こうやって家族で伺った次第です。私達はリライトに移住します」


 バラッドは情報収集と同時に、弟にも声を掛けていた。

 そしてこれから起こること、今後ウェイク王国がどうなるのかも教えている。

 ある程度の頭があれば容易に導き出せる結論に、バルストは納得を示していたが……同時に覚悟したのだろう。

 国を捨てる、という覚悟を。


「奥方と子供二人だけでいいのか?」


「両親は我が領地において、エリザ様を罵倒する先頭に立ってしたから。それはもう、うちの使用人と楽しそうに石を投げつけていました」


「……やはりか」


 バラッドは自分の両親を気持ち悪いと思った。

 そしておそらく、バルストも同じ感情を抱いたのだろう。


「妻の両親は手紙で状況を知らせました。可能性は低いでしょうが望むのであれば、リライトに来てもらう予定です」


「……バルスト。場合によっては命諸共、明日にも滅ぶ可能性がある。そこを考慮して動いてくれ」


「分かりました」


 今後の展開は幾つかあると優斗はバラッドに伝えている。

 その中でも最悪を突き進んだ場合、優斗はこのように言っていた。



 皆殺しだ、と。



 いつも通りの口調で、命を奪うことに何の躊躇も見せずに。

 あまりにも平然と優斗は告げた。


「では話を戻すが、お前達がリライトに移住したとしても俺程度では貴族位を与えるのは難しい。そこは了承してほしい」


「ええ、構いません。これでも、それなりに優秀ですから問題ありません」


「職の斡旋はどうにかするから安心して欲しい。私のコネクションを全て使って、お前に良い職場を紹介しよう」


 兄弟で今後について話し合っていると、アガサが二人に近付いてきた。

 どうやら会話の内容を聞いて、声を掛けに来たようだ。


「バラッド様、ヴィクトスからも職場のご提案をしてもよろしいでしょうか? 我々もバルスト様にはお世話になっておりますので」


「アガサ様、私は国の実情を話しただけです。これしきのことで、ご厚意をいただくわけには……」


「いいえ。貴方様がもたらした情報により、我が国は行動指針を決めることが出来ました。そして勇者が成長する機会にもなりました。バルスト様には感謝を示す必要がヴィクトスにはあります」


 とち狂った国の中で、まともな感性を持っている。

 さらに信用出来る情報源として存在してくれたことは、ヴィクトスにとって非常にありがたいことだ。


「まずはリライトでごゆっくりとされて、バラッド様と我々がご提案する職場を吟味するのがよろしいかと」


 アガサがちらりとバラッドを見ると、彼は丁寧に頭を下げてきた。


「我が弟にとって願ってもないことです。心からの感謝を」


 バラッドが感謝の意を示して厚意を受け取る。

 バルストは少しだけ驚いた表情を浮かべたが、バラッドは小さく笑みを零した。


「お前には守るべき妻と子がいる。家族のために最善を選べ」


「……ありがとう、兄上」


「いや、気にすることはない。俺も昨日、初めて会った義妹や甥姪に良いところを見せたい部分があるだけだ」


 バルストと同じ歳の義妹と、六歳に甥に四歳の姪。

 血縁故に両親のことは許せないが、血縁だからこそまともな弟の家族には甘い部分がある。


「そういえば兄上、私にやって欲しいことがあると仰っていましたが……」


「ああ。お前が子爵位をまだ持っているからこそ出来ることがある。どうか手伝って欲しい」


 バラッドがそう言うと、タイミングよく優斗が手招きしていた。



       ◇      ◇



 優斗がシルヴィと今日の最終確認をしていると、エリザが幾つかの書類を持って近寄ってきた。


「ミヤガワ様、こちらが王命を記した書類となります。また他にも必要となりそうなものも一緒に」


 手渡された書類を見て、優斗は内容を確認する。

 そして確認し終わると、反省するように頭を下げた。


「すみません、エリザさん。口頭での確認はしましたが、貴方ならしっかりと書類を管理していますよね。ありがとうございます、これで余計に嵌めやすくなりました」


 あのクズが書類を持っているわけがないと思っていたが、そもそも管理しているのはエリザだ。

 だったらクソみたいな王命だろうと、しっかり保管しているわけだ。


「さて、と。これで最終確認も終了。というわけで、まずは王命を無効化するとしようか」


 やりようは幾らでもあるが、優斗が選んだ方法は単純だ。

 何一つ違法なく王命を無効化すること。

 シルヴィは優斗の考えを聞いて、その剛胆さに驚きを隠せなかった。


「我が主は一体、いつから今の手段を考えていたのですか?」


「情報を得る度に都度、変えていったよ。今の形に落ち着いたのは、皆に情報収集をしてもらった後だね」


 どこまで正攻法を突き詰めるか。

 どこまで出来るのか。

 その判断が出来たのは、昨日の夜だ。

 要するに突貫で考えたわけだが、優斗は余裕綽々だ。


「本当に可能でしょうか?」


「問題ないよ。ウェイク王国において領地の売却に爵位の売却は、当主同士のやり取りで問題がない。そして売買によって委譲された爵位と土地の申請と承認は王城で行うことが可能。さらに言えば『男爵』と『子爵』は低位の貴族だからこそ、申請した書類に間違いがなければ上層部に話が行くこともない。その場にいる責任者の伯爵が承認することによって終わる」


 処理として正しい動き方があるからこそ、目を付けるのは当たり前だ。

 もちろん相手が相手であるからこそ上層部に確認を取ろうとするだろうが、それはねじ伏せる。


「あとは『爵位の返上』についても同様。中堅国の広さと貴族の多さであれば当然といえば当然だけれども、今回は上手く使わせてもらう」


 くつくつと嗤いながら、優斗はバルストを呼び寄せる。

 そして幾つかの書類を見せながら、これから彼にやって欲しいことを伝えた。

 他にもアガサや他の面々に頼んで幾つか仕込んである。

 当然のことではあるが、首尾は上々だ。





 些か人数が多いので、バルストが乗ってきた馬車にも分乗する。

 それからクズ男も馬車の荷台に叩き込み、皆で王城に向かう。

 王都の中に入って王城が近付いてくると皆、緊張した面持ちになっていくが優斗だけは平然としながら声を掛けた。


「そんなに緊張したら大変だよ。それに助かるのは決まってるんだから、もうちょっと気楽にしてればいいんじゃない?」


 全員を見回しながら、何も気負ってない様子の優斗が軽く笑みを浮かべた。


「ライト君も優希も表情が固いって。ヴィクトス側で演技をお願いしたのはアガサさんだけなんだから、二人は気にしなくていいよ」


「だ、だけど宮川優斗、わたし達が失敗したら……」


「失敗すると思う? 僕が先頭に立って『助ける』と断言してるのに」


 ここにいるのは単純に優秀な人間、というわけではない。

 優希が知っている宮川優斗というのは、一体どういった人間なのか。

 その事実を教えてあげれば、優希はハッとしたのか照れ笑いを浮かべた。


「そういえばそうでした。宮川優斗が二人を助けてくれるのでした」


 だったら失敗するわけがない。

 そこに絶対の信頼を優希は持っている。

 だがライトは未だ表情が固かった。


「ぼくは、その……人を助けるって、そんな簡単なことじゃないと思ってて、だから気を張ってるんです」


「なるほどね。今回の一件、僕以外だったら確かに難しいと思う。一国の王に真っ正面から喧嘩を売るわけだし」


「……そうですよね」


「だけど僕が知ってる勇者は、救いたい人のために緊張は見せないよ。心配いらないって思わせるために、安心感を持たせてあげる」


 内心では不安だとしても、決して表には出さない。

 優斗が知っている大抵の勇者はそうだ。

 まあ、修や正樹は突撃するタイプではあるが妙に冷静な部分があるので、意識的にしろ無意識にしろ助ける対象を不安にさせることがない。


「ライト君が目指す勇者像は、ここで緊張して顔を強張らせて皆と一緒に不安を共有してるのかな?」


 何気ない問い掛けだが、それでもライトが望むことを明確に確認した質問。

 ヴィクトスの勇者は優斗の言葉を聞き入れると、気合いを入れるために両頬を叩いた。


「ありがとうございます、ミヤガワさん。ぼくの目指す勇者は不安な表情をしてません」


「……うん、良いね。今の君を見てると、僕ですら頼ってしまいたくなるよ」


 覚悟を決めた勇者というのは、どうしてか信用してしまう。

 それは優斗でさえ変わらない。


「さて、それじゃ到着だ。皆さん、手筈通りにお願いします」


 馬車が速度を落としていき、ゆっくりと止まる。

 扉を開けて外に出る際、優斗は最初に車外に出た。

 続々と人が出ていき、最後となったバラッドは先に車内から出るとエリザへ手を差し出した。

 差し伸べられた手を見て、僅かに笑んだエリザはエスコートされるように外へ出る。

 そして城門から見える王城を見て、ゆっくりと息を吸って吐いた。

 震えはなく恐れもない。

 うん、と一度頷いてからエリザはバラッドを見ると、彼は朗らかな表情を浮かべた。


「行きましょう、エリザ様」


「はい、騎士様」


 バラッドが声を掛けて、エリザも一緒に歩いていく。

 ゆっくりと、そしてしっかりと。

 逆転劇のための一歩を、踏み締めた。





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