第306話 If. After the villainess:十四年の月日
それからギクシャクしながら城内を説明していた王太子だが、とある肖像画の前で立つと調子を取り戻したように再び滑舌良く話し始めた。
「ここに描かれているのはのウェイク王国の国王と王妃、つまり私の両親です。両親は『運命の出会い』と共に『真実の愛』を貫き、その姿は我が国で小説や舞台になっているのです」
さらには僅かに頬が紅潮し、興奮している様子が見える。
「私は両親のことを本当に尊敬しています」
そう言って王太子は兵士に本を配らせた。
ヴィクトスの三人のためにしか用意してなかったのだが、優斗とシルヴィは断りを入れたので三冊は素直に優希、ライト、アガサに手渡される。
「皆様も是非、読んでください。ノンフィクションで記されていますので」
王太子は本について優希、ライトに概要を説明し始める。
一方で優斗とアガサは彼らから少し離れて、本を眺めた。
「アガサさんはこれ、読んだことある?」
「いえ、ありません」
「だよね。僕も本好きだけど見たことがない」
表紙に描かれているのは国王と王妃が寄り添い、手を繋いでいる姿絵。
けれど王太子が語ったことに優斗は若干の疑問を覚える。
「言い分としては“世界一の純愛”と称される『瑠璃色の君へ』に近いものがある。けれど世界に流通してないということは……」
「何かしら問題がある、という可能性が高そうですね」
「そうだね。読みたくはないけど、さらっておいたほうがいいかも」
今、書籍のコーナーには当然のように『瑠璃色の君へ』が堂々と陳列されてある。
リライトの大きな書店では、彼の作品に近いものも数多く並べてある。
もちろん国内、国外を問わずに。
だからこそ優斗はおかしいと思った。
紛いなりにも中堅国で流行った物語だ。
手に取らずともタイトル程度なら、見覚えがあっていい。
いや、表紙のインパクトは中々なのだから忘れるはずがない。
だというのに優斗が知らないということは、この作品は『瑠璃色の君へ』と同じコーナーには並べられていない、もしくは流通していないということだ。
それからも城内を一通り案内された後、一室で休憩を取ることになった。
王太子が少し席を離れている最中、優斗とアガサはバラッドを連れて廊下に出る。
「バラッド様から見て、城内の様子は十四年前より変わっていましたか?」
「あまり城内を散策したことはありませんが、美術品以外にあまり相違はないかと」
「そうですか」
アガサは返答を貰うと、少しだけ考える仕草を取る。
そして思考が纏まったのか、口を開こうとした……その時だ。
「……兄上……?」
少し離れたところで、ぽつりと呟く声が聞こえた。
優斗達が振り向くと、銀髪の美丈夫が驚きの様相を見せながら立っている。
容姿を確認しても優斗やアガサに関わりのある人物ではない。
だからこそ二人がバラッドを見ると、彼も驚いた様子を見せた。
「……もしやバルストか?」
バラッドが名を呼ぶと、間違っていなかったのだろう。
男性は慌てて駆け寄ってきた。
「や、やはり兄上なのですね!」
「十四年ぶりか。随分と大きくなったな、バルスト」
おそらく二人は兄弟なのだろう。
互いの肩に手を置いて寄り添う姿を見るに、バラッドもバルストも容姿がよく似ている。
「兄上は今、何をされているのですか?」
「俺は今、リライト近衛騎士団に所属している」
バラッドは答えると、少し離れて騎士としての衣服をバルストに見せる。
リライトの紋章が入った制服に、バルストは少しだけ目を細めた。
「……そうですか。兄上は昔からしっかりしていましたからね」
きっとウェイク王国から離れても、問題なくやってきたのだろう。
そういった気持ちが込められた言葉だった。
けれど軽く頭を振って気持ちを切り替えると、隣に立っている優斗とアガサに視線を送る。
「こちらのお二方は? 兄上が護衛している方々でしょうか?」
バルストが問い掛けると、バラッドは半分当たりだと伝えて紹介する。
「こちらは俺が護衛しているうちの一人、ヴィクトスのご令嬢であるアガサ様だ。そしてもう一人は今回の護衛において、俺の上役であるユウト様だ」
指示命令の系統を考えれば頂点は優斗だ。
学生服であっても、バラッドが言うことに間違いはない。
だからこそバルストは訝しげな表情一つしなかった。
優斗は二人を見比べながらバラッドに声を掛ける。
「弟さんがいらっしゃったんですね」
「はい。四つ下で昔は仲良く過ごしていました」
バラッドがウェイク王国を出た時は十四歳の少年だった。
今はおそらく爵位を継いで、領地持ちの子爵となっているはずだ。
「お前は今日、どうしてここに?」
軽い調子での問い掛けだったがバルストは突然、表情を曇らせた。
そのことにバラッド達は疑問が浮かび上がる。
「……会議のため、ここにやって来ています」
「会議?」
「はい、その通りです」
頷くバルストの表情は未だ晴れない。
何事かと思う三人だが、バルストは大きく息を吸って吐き……僅かに眦を下げた。
「遅ればせながら兄上が出て行った理由が分かりました」
十四年前の創立記念パーティー。
あの日に彼ら兄弟の関係は全てが変わった。
後継者であった兄は爵位を引き継がないと言い放ち、婚約者とも関係を解消した。
さらにはウェイク王国からも出ていくと断言したのだ。
「あの時、兄上と一緒に出て行けばよかったと思ってしまいます」
バラッドは国から出る際、バルストに声を掛けた。
一緒に他の国へ行かないか、と。
もちろんバラッド自身が感じたウェイク王国の異変が、出て行く理由であることも告げて。
けれど当時、十四歳だったバルストは断った。
兄の言っている意味が分からず、両親と離れることも是としなかったからだ。
「この国は……」
しかし成長し、結婚し、子爵位を経て……ようやく理解した。
あの時、兄が言っていたことの意味を。
「……どうしようもありません」
バルストは呻くように俯いて声を絞り出す。
彼の様子を訝しむ三人だが、続きを促すように彼を見つめると……バルストがゆっくりと話し出す。
「年に四回、三ヶ月に一度のペースで二日間、周辺の貴族を集めての会議があります」
それ自体は悪いことではない。
むしろ会議、という言葉だけを聞けば良い方向に受け取るだろう。
だが、
「二日目はそれなりに会議の体を成していますが、初日は違います。会議とは名ばかりで、実態は――」
バルストは拳をぐっと握りしめると、悔しそうに表情を歪めた。
「――『エリザ様』を貶める場です」
そう告げた瞬間、バラッドが困惑するように狼狽えた。
どうしたって意味が分からなかったからだ。
「どういうことだ!? 何故、男爵夫人を貶める場になる!? 会議は基本的に当主が出ているはずだろう!?」
「当主が出ないのであれば、代理が必要になります。エリザ様はそのために出席されているのです」
それが意味することを理解出来ない人間はいないだろう。
特に『エリザ』と呼ばれた女性が何者で、どのような人物なのかを知っていれば。
「そしてエリザ様は初日だけ参加して、二日目は参加を許されていません」
要するに、その女性はちゃんとした会議には存在することを認められていない。
ただただ、冒涜されるだけの存在ということ。
優斗は一応の確認を取るため、バラッドに声を掛ける。
「エリザ様というのは、例の――十四年前に婚約破棄された女性でしょうか?」
「……はい」
「そうですか」
優斗は確認が終わると、次いでバルストに視線を向ける。
「貴方はどうして、ここに?」
「私はその場にいたくなくて、早々に出てきたのです。他の者達は罵詈雑言を浴びせて満足すれば、王城の客室に足を向けるでしょう。こちらに来ることはありません」
バルストがそう言うと、ここから離れた場所の扉から続々と人が出てくる。
そして優斗達がいる場所とは違う方向に歩いて行く。
誰も彼もが笑みを携えて、談笑しながら。
「なるほど。サンドバッグに好きなだけ暴言を吐けば、あれほど晴れやかな表情になるんだね」
優斗がある意味、感心したように呟く。
最後、国王らしき男が出てきた後……少しして一人の女性が覚束ない足取りで出てくる。
遠目からでも体つきは細く、明らかに痩せすぎているのが分かった。
彼女は他の人達とは違い、こちらに歩みを進めてくる。
おそらく王城から出る方向がこちらなのだろう。
けれど彼女は本当にゆっくりとした足取りで、なのに時折ゆらりと揺らめくように身体を傾けている。
「歩くことすらままならない。精神的なものもあるだろうけど……体調も厳しそうだね」
優斗は女性の様子を見た後、ちらりとバラッドに視線を向ける。
彼は女性の姿を目の当たりにすると、右手を強く握り締めていた。
「……っ」
バラッドが何を考えているのか、どのような感情を抱いているのか。
正確なところは優斗にも分からない。
けれど握り締められた拳を見たからこそ、掛けるべき言葉がある。
「バラッドさん。あの女性を放っておくことが、貴方の騎士としての矜持なのか?」
「……違います」
「だとしたら行っていい」
命じるように告げると、バラッドは驚いたように優斗を見る。
すると優斗は真っ直ぐに視線を返して、さらに言葉を重ねた。
「リライトの騎士なら、自身がすべきことを果たせ」
心強い言葉と、力強い視線。
救いたいのが他国の人間であろうとも、騎士が護りたいと思ったのならば動いていい。
騎士が抱いた気持ちを肯定する優斗に、バラッドは丁寧に頭を下げてから女性の下へ向かった。
優斗は彼の行動に少し笑みを浮かべて見送り、アガサも眩しそうに微笑む。
「あのような心根を、ライトやユキにはいつまでも持っていてほしいです」
「大丈夫だよ。あの二人なら」
バルストも女性の下へ辿り着いたバラッドを見て目を細める。
「兄は……ただの騎士ではなく素晴らしい騎士となったのですね」
エトワーレ子爵の長子であったバラッド。
多少は護衛の術を持っていたとしても、基本的には戦いとは無縁だ。
問題なくしっかりやっていると分かっても、そこに何の努力もないわけがない。
バルストは兄がしてきた努力を勘違いすることなく理解している。
と、その時だった。
アガサがウェイク王国の子爵に声を掛ける。
「バルスト様。少々、お話を伺う時間はあるでしょうか?」
「確か……貴女様はアガサ様でしたね。お話、というのは?」
「我々には情報が必要です。それも信頼出来る情報源が欲しいのです」
アガサがユウトに確認するような視線を送れば、頷きが返ってくる。
彼が頷いたということは、先ほどのバルストの姿に嘘が見えなかったのだろう。
バラッドの弟であることも信用するに足る要素の一つではあるはずだ。
だからアガサは丁寧に頭を下げた。
「どうか、ご協力をお願いします」
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