第305話 If. After the villainess:情報収集するための一手
ウェイク王国の王都に入る。
優希とライトは窓から風景を覗くが、
「……あれ? アガサ、ここってヴィクトスと同じ中堅国……ですよね?」
「はい、その通りですよ」
「だけどなんか汚いです」
ヴィクトスはかなり清潔な国で、リライトは凄く清潔な国だった。
なので中堅国以上はそういうものと思っていたけれど、どうやら違ったらしい。
「ユキ。そのような時は汚いではなく栄えていない、もしくは寂れていると言うのですよ」
「そうなのですか、アガサ?」
「表現としては酷いですからね。汚いというのは」
ですが、とアガサは言いながら眉を顰める。
「よくこれで留学と言い出せたものです」
栄えている中堅国が、さらに箔を付けるために勇者や異世界人を留学させるのなら分かる。
だが、これはどう見ても違う。
万が一の可能性が高くなったと判断出来る。
「バラッドさんが住んでいた頃もこんな感じでしたか?」
「いえ、もう少し清潔感のある国でした」
「そうなると理由があるはずだけど……」
優斗は考えながら、ふむと簡単な予想を立てる。
「一時期、政略結婚が成立しなくなることが多かった。いや、もしくは今もそうなのかもしれないね」
「それは現在の国王夫妻の行った結果によって、でしょうか?」
シルヴィが確認するように問うと、優斗は軽く頷いた。
「あくまで可能性の話だよ。国のトップが婚約破棄した挙げ句、その理由が『運命の出会い』だの『真実の愛』で許されるんだから、真似する人が多かったのかも」
政略結婚というものは利益があるから行われる。
けれど、例えば政略結婚のうち三分の一が不成立だった場合、国としての打撃は大きいと言わざるを得ない。
「まあ、他にも飢饉とか色々あるかもしれないけど、今のところどうでもいいね。国の現状を見る限りアガサさんの言った通り留学させるにはよろしくない。というより、あり得ない」
優斗がそう言うと、シルヴィは少しだけ眉を寄せた。
「この現状で留学を打診するということは、やはり何かしら意図が含まれていそうですね。表向きの理由ではないものが」
「それを暴くのが僕達のすることだよ」
◇ ◇
王城に辿り着くと、守衛達の出迎えがある。
そこで今回の視察における主要メンバーの三人が本人であることを確認してから、全員が城内に通される。
先導する兵士に連れられて少し歩くと、待ち構えるかのように立っている少年がいた。
背後に護衛の兵士を二人付けていることから、おそらくは彼が王太子だろう。
事前に仕入れた情報によると十三歳。優希と同年齢だ。
王太子はヴィクトス組を視界に入れると、少しだけ目を見開いた後に笑みを浮かべる。
そして丁寧に頭を下げた。
「お待ちしておりました。ウェイク王国の王太子――リレン=タイト=ウェイクです」
栗色の髪を揺らして名乗った王太子に対して、先頭を歩いていたヴィクトス組も名乗る。
「ご丁寧にありがとうございます、リレン王太子殿下。今回の視察の責任者――アガサ=ロル=ミルスと申します」
「ヴィクトスの勇者、ライト=ソル=アロイドです」
「ヴィクトスの異世界人、天海優希です」
三人が名乗ると、王太子は背後を示すように手を広げた。
「それでは皆様、ご案内します」
「……えっ?」
けれど優希は王太子の言葉に驚いて、ついうっかり言葉を漏らしてしまった。
彼女の反応に王太子も怪訝な表情になる。
「あの、どうかされましたか?」
「いえ、問題ありません」
王太子の問いに答えたのはアガサだ。
優希はアガサを見て、少しだけ慌てる。
「えっと……いいのですか?」
「はい、大丈夫ですよ」
彼女がそのように言うのであれば、きっと問題ないなのだろう。
だから優希は胸の中で浮かんだ疑問を消して、素直に理解を示した。
それから優希達は王太子の案内で城内を歩き始める。
途中、幾つもの綺麗な美術品や絵画が飾られており、ゆっくり歩きながら説明をされた。
「こちらの絵画は五百年ほど前に描かれたもので、世界中にファンがいる画家の作品なのですよ」
おそらくはこれがウェイク王国の強みの一つだと思っているからこそ説明しているのだろうが、如何せん優希達には響かない。
優希やライトはそこまで絵画に詳しいわけではないので、説明されても「そうなんだ」ぐらいの感想しか抱けないし、アガサはアガサで飾られている展示品を見て僅かながら眉を寄せた。
そんな三人の様子に気付いた王太子は、少し不思議そうな顔をする。
「あの、どうされました? 美術品には興味がありませんか?」
問い掛けに対してアガサはどのように言うか考えた後、試すように返答をする。
「ご紹介していただいた美術品ですが、城内には多くの歴史的な美術品が飾られており、それらを手に入れるには相応の金銭がやり取りされたかと思われます」
「そうですね。これらは国王である父が母に贈ったものになりますが、確かに相応の金銭はあったでしょう」
「その金銭を用いて民に還元しようとは考えなかったのでしょうか? どうにも美術品の数も質も過剰ではないかと私は感じます。王都内や城下を見て、城内を案内されて、私のような感想を抱く者は多いかと」
アガサの返答は、本来であれば礼儀から外れている。
だが留学を打診している国の現状がこれであれば、問わねばならない。
それに年若いとはいえ王太子であるのだから、彼がどのように答えるかもアガサは知っておきたかった。
「民から不満の声は出ていません。笑顔も多く、『真実の愛』で結ばれた父と母の治世を喜んでいます。ですから余剰の金額で父は母のために贈り物をしているんです」
すると王太子は特に驚くことも痛い所を突かれたといった表情をすることもなく、平然と答えた。
それが如何におかしいか、気付いたのは全員だ。
優希やライトですら、何か変だとさえ思っている。
その中で少し離れた場所で歩いているシルヴィは、隣にいる優斗に小声で話し掛けた。
「我が主、どう思われますか?」
「普通はあり得ないよね。バラッドさんから聞いた話だと十四年前よりも寂れているから、二十歳……いや、昔の記憶が明瞭な三十歳以上の民から不満は絶対に出るはずだよ。シルヴィも王妃となる教育を受けているのなら、そこは理解してるよね?」
「はい。だからこそ王太子殿下の言葉が事実かどうか疑っています」
現状維持をしたところで、大手を振って文句……というより愚痴程度なら絶対に出る。
寂れていっているのなら、原因が飢饉であったとしても民の貴族や王族に対する感情は確実に悪いはずだ。
だが王太子の言い分だとそれがない。
なのでシルヴィは王太子の言い分をそのまま受け止めることが出来なかった。
「国内の様子をもう少し、確認したくあります」
「そうだね。そこは確認しておくべきことだと思う」
と、二人が話していたその時だった。
王太子が何か失敗したことに気付いたのか、不意に優希へと近付いていく。
「申し訳ありません。レディがいるというのに、エスコートしないのは紳士として恥ずべきことでした」
丁寧に話しながら手を差し出そうとする。
もちろん他国の王族、しかも王太子にそのようなことをされた場合は断るほうが無礼だろう。
だがそれは一般論だ。
優希には当て嵌まらず、また留学させようとしているのなら優希の状況は理解して然るべきこと。
エスコートを受け入れるにせよ断るにせよ、優希を困らせる行動であることは間違いない。
案の定、困惑した様子の優希にアガサは気付いて動こうとした……が、すでに動き終えている人物がいた。
「相手が王太子だからって受け入れる必要はないよ」
後ろから軽く再従姉妹の背中を叩いて、優斗が優希を守るように右隣に立つ。
優希は優斗が隣にいることに気付くと、ほっとした表情を浮かべた。
アガサも大魔法士の登場に安堵したのか、小さく息を吐く。
「優兄、それで大丈夫なのですか?」
「もちろん。優希はまだセリアールに来て一年も経ってないし、礼儀作法に関しては目を瞑ってもらえる立場だよ。男性のエスコートなんて、どんな風に対応していいか分からないでしょ?」
「はい、そうなのですよ」
「だったら断っていい。アガサさんが追々、そういったことも教えてくれるから」
優斗が優希の反対側に立っているアガサにそう言うと、彼女は優希を安心させるように大きく頷いた。
けれど、そのことに納得いかないのが王太子の護衛だ。
自国の王太子が軽んじられることを許せるわけがない。
「だが異世界人とはいえ、王子殿下に対してそのような態度を――」
「申し訳ありません。ユキ様の事情も考えず動いてしまいました」
何か言い返そうとする護衛を抑えて、王太子は丁寧な謝罪をする。
けれど優希の隣にいる優斗に視線を向けると、僅かに険を含めた顔になった。
「ですが護衛の方は、もう少し言葉遣いを考えたほうがよろしいかと。ユキ様は異世界人であるからして、相応の態度を取る必要があるかと思います」
王太子の言い分としては、間違っているとは言えないだろう。
確かに護衛が馴れ馴れしく話す相手ではないのだから。
けれど優希にとっては納得出来ることではない。
「優兄、いいのですか?」
「いいっていうか、ちょうどいいから優希とライト君には説明しておこうかな。僕達がどうして制服を着ているのかを」
優斗は一歩前に出ると、自分の服装を優希とアガサの左隣にいるライトに見せた。
そういえば馬車の中で二人が制服を着ていて、不思議に思ったことを優希は覚えている。
「わたしとライトに……って、アガサは?」
「アガサさんは気付いてるからね」
「えっ!? アガサはどうして優兄が制服なのか分かってるんですか!?」
「わざわざ制服を着てこられた理由については察しています。本当に感謝の限りです」
アガサが微笑むと、優希は再び優斗に振り向いた。
なので王太子を無視して優斗は説明を始める。
「まず最初に言うけれど、ヴィクトスとリライトに大きな交流はない。それは優希とライト君も知ってるよね?」
「知ってるのですよ」
「はい、知ってます」
「けれど優希やライト君の背後にいるのは、ヴィクトス側の護衛が二人。他はリライトの紋章を入れた服を着ている騎士二人と、リライト魔法学院の制服を着ている若者が二人。まあ、大国リライトの紋章すら知らなかったりリライト魔法学院の制服を知らない場合、あんまり知識は深くないことが分かる」
有名な国の有名な学院である以上、普通は情報として仕入れているだろう。
なので王太子はムッとした表情を言い返した。
「そのことに気付いてないわけがないでしょう」
「なるほど、その程度の知識はあるわけか。さて、そこで優希とライト君に質問。大きな交流がないリライトの人間が君達といるけど、一緒にいる可能性が最も高いのは誰だと思う?」
「最も高い可能性……ですか?」
「そうだね、ライト君。これはライト君とアガサさんがいるからこその可能性と言ってもいいよ」
優斗がそこまで言っても、二人はパッと答えが思い浮かばない。
なのでアガサが手助けをした。
「ライト。私と貴方がいて、リライトとの交流があったと他国にも分かる出来事を覚えていますか?」
「ぼくとアガサがいて、他国にも交流があったと分かる出来事……?」
「ほんの数ヶ月前のことですよ」
アガサがさらにヒントを出すと、ライトはやっと気付いた。
「あっ、勇者会議!」
「当たりだよ。じゃあ優希に質問だけど、勇者会議にいたリライトの人達は誰だった?」
「リライトの勇者……修さんとアリシア様と優兄です」
「だったら、その出会いを踏まえて考えよう」
勇者会議は世界的にも共通して理解される大きな出来事の一つだ。
となると、
「僕が勇者会議に参加した事実は当然、他国にも知られてる。要するに王族は理解して然るべき事柄だね」
優斗はちらりと王太子を一瞥すると、さらに説明を続ける。
「アガサさんとライト君と一緒にリライト魔法学院の制服を着ている男性がいる場合、誰の可能性が高いと優希は思う?」
「修さんか優兄なのですよ」
「その通り。つまりここにいるのは『内田修』か『宮川優斗』だと考えるのが普通だよ。そして今言った二人が誰なのか、理解出来ていない王族はほとんどいない」
異世界人の情報は、彼らに失礼がないよう共有される。
さらに異世界人の中でも有名度でいえば、飛び抜けているのは勇者と大魔法士だ。
王族であるのなら、知らないと宣うことは許されない。
「頭がそれなりに回るなら、すぐに気付けることなんだよね。だから普通は無視しないし、念のための確認を取る」
護衛として背後に立っていたとはいえ、制服でいるなんて珍妙この上ないのだから。
「優希は僕のことを知ってるから、無視して案内を始めようとする王太子に驚いたよね?」
「はい。だけどアガサが大丈夫って言った理由が分かって納得しました」
「あれはアガサさん、ナイスフォローだったよ」
優斗が褒めると、アガサは小さく会釈を返した。
「頭の悪い奴らが上層部にいるなら、そんな国にライト君と優希を留学させるのは悪手になる。これは、そのためのテストみたいなものだよ」
ここまで言えば馬鹿でも分かるだろう。
この場において、本来であれば立場的に最上位に位置しているのが誰なのか。
名乗らなかったから分からない、では済まない。
ヒントは分かりやすく配置させていた。
だから結論として王太子は優斗のテストに不合格だった、という事実があるだけだ。
案の定、事の次第を理解した王太子は顔が青ざめてきた。
「も、申し訳ありません。まさかミヤガワ様まで一緒に来られているとは……っ!」
慌てて平謝りする王太子。
けれどシルヴィが大魔法士の右腕としての立場で、誰にも聞かれない程度にぽつりと呟いた。
「その程度の謝罪で許されると思っているのですね」
そもそも制服でいることに違和感が凄いのに、それを無視したのだ。
もっと言うのならばアガサや優希、ライトの立場を考えれば近い世代の若者でリライト魔法学院の制服を着ていれば、貴族である可能性は十分にある。
それを無視した王太子に情状酌量の余地は限りなく少ない。
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