第304話 If. After the villainess:再従姉妹の来訪
とある二人の少女が、謁見の間で王様に傅いてお願い事をする。
「是非、ミヤガワ様にお力添えいただけないかとご相談に伺った次第です」
王様は二人の少女を見ると、顎に手を当てる。
「建前というものは時に必要ではあるが、ここでは意味がないので言わなくていい」
理路整然とした説明と、分かりやすい行動。
彼女は隣にいる少女の姉として、また彼女達の監督者としている。
だからこそ実力を容易く看破されてしまう。
「評価はユウトやアリシアから聞いている。であればこそ、その理由であれば返答は『アガサ=ロル=ミルス公爵令嬢』がいれば問題ない……ということになってしまうからな」
王様がニヤニヤしながら告げると、アガサは驚いて顔を上げる。
「そ、それは……過剰な評価であるのような」
「謙遜する必要はない。あの二人が評価していること自体、稀な出来事だ」
人格者である、という部分が大体を占めてはいるが、それでも普通の令嬢より彼女は知能が高い。
「さすがはアガサなのですよ!」
姉が褒められて、もう一人の少女――優希は嬉しそうに笑顔を浮かべた。
二人のやり取りに表情を和らげた王様は、ちらりとヴィクトスの異世界人に視線を向ける。
「それで理由を確認するのはユウトの再従姉妹でいいのか?」
「はい、その通りです。ユキ、リライト王に素直な想いを伝えてください」
ヴィクトスに、ある話が舞い込んできた。
それに対処するため、優希達は動いたのだが……別に大魔法士が必須なことではない。
だというのに、どうして二人がここにいるのか。
それは、
「み、宮川優斗が一緒に来てくれたら嬉しいと思ったのです」
ただ単純に親戚のお兄ちゃんっぽい人と、一緒に動いてみたかったから。
彼女にとってはそれだけだ。
だが王様は優希の話を聞くと、笑みを浮かべる。
「であれば話を取り付けるのに断る理由はない。シルヴィアをここに呼んでくれ」
王様が命令を出すと、少ししてアリーの執務室にいたシルヴィが謁見の間にやって来た。
そして話を聞くと、大魔法士の右腕はすぐに返答する。
「今のところ、我が主に予定はありませんので問題ないかと。あの御方を動かすのであれば直接、お話することが一番です。この後、お二方と一緒にわたしも伺うことの先触れを出しておきます」
「分かった。とはいえシルヴィア、おそらくユウトは彼女達と行動を共にするだろう。その際、共に動いてみろ」
「わたしもですか?」
「向かうのがユウトであれば、何かしらトラブルに巻き込まれる可能性は高い。それを実体験しておいたほうがいい」
どうせ何も問題なく終わる、ということはない。
くつくつと笑う王様に、了承の意を示すために綺麗な礼を返すシルヴィ。
「そしてシルヴィアが国を通して動くのであれば、護衛は出さなければならないな」
そう言って近くにいる側近に声を掛けた。
「近衛騎士団長に人選するよう頼んでくれ」
◇ ◇
少しして、優希とアガサはシルヴィと一緒にトラスティ邸に顔を出す。
広間に入ると家族総出で出迎えてくれたが、一番最初に彼女達に近付いたのは愛奈だ。
「ゆきおねーちゃん、ひさしぶりなの」
「愛奈、会いたかったのですよ!」
優希にとっては新しく出来た再従姉妹に、ぎゅっと抱きついて親愛の情を示す。
続いてマリカがとてとてと歩いてきて、優希に満面の笑みを向ける。
「ゆき、だっこ~っ!」
両手を上げて、抱っこを所望するマリカ。
そのことに少しビックリして、優希は慌ててフィオナに確認を取る。
「マ、マリカを抱っこしていいのですか!?」
「はい、大丈夫ですよ。意外と重いので、気を付けてくださいね?」
「分かったのですよ!」
幼児を抱っこする機会などなかった優希は、恐る恐るマリカを持ち上げる。
「ユキさん、そのまま左手をお尻のほうに持っていって……はい、そうです。上手ですよ」
フィオナの指示を受けながらマリカを抱っこした優希は、ニコニコしながらマリカとほっぺたを付ける。
「やっぱり親戚の子供だけあって、他の子とは比べものにならないくらい可愛いのです!」
身内贔屓というものか。
他の幼い子も可愛いと思うが、優斗とフィオナの子供というだけで何倍も可愛く感じる。
優希が嬉しそうにマリカに構いだしたので、優斗はアガサと話し始めた。
「あらましは聞いたけど、あのやかましい子とかライト君はどうしたの?」
「キャロルはミヤガワ様と久々に会いたいと言ったユキに文句を言ったので、置いてきました。ライトはこちらを立つ日に合流する予定です」
未だに優斗を敵視しているキャロルは正直、面倒くさいのでヴィクトスに居残り。
ライトは勇者としてやることがあったので、出立日にリライトに来ることになっている。
「僕が忙しかったら、どうするつもりだったの?」
「その時はリライトで親族との交流を深めて、そのままヴィクトスへ帰っていました」
「なるほどね。さすがはアガサさん」
優斗は褒め称えると、さらに会話を続けていく。
「それで、今後の予定は?」
「明日、明後日とリライトを散策させていただくつもりです。大国ともなれば我が国と違う部分も多いので、ユキに色々と教えてあげられますから」
今回、問題となる場所に向かうのは三日後。
何日か滞在することにはなるが、それまでは他国への経験ということでリライトに留まることにしている。
するとエリスがふと気になったのか声を掛けてきた。
「三日後に出立ってことは貴女達、泊まる場所はどうしたの?」
「ここから近い場所で取っています」
アガサが宿の名前を出すと、エリスが良かったとばかりに両手を叩く。
「それなら懇意の間柄だから融通が利きやすいわね」
「……融通? あの、それはどういった意味でしょうか?」
「せっかくなんだから我が家に泊まればいいじゃない」
いつも通りのエリスの提案に優斗は苦笑する。
むしろエリス的には言い出さないほうがおかしい話題だ。
「よろしいのですか? それではユキをよろしくお願いします」
親戚ということを考慮してエリスは言ったのだろう。
アガサはそう察して優希のことをお願いしたのだが、エリスが意味不明とばかりに首を捻った。
「何を言ってるの? アガサさんも一緒に泊まるのよ。だってユキさん……と呼ぶのはユウトの再従姉妹なんだから面倒ね。ユキはうちの親戚で、貴女はユキの姉だから親戚も同然でしょう?」
「わ、私も親戚でよろしいのですか?」
「もちろんよ」
断言して、エリスは家政婦長に客間を整えるように指示を出す……どころか部屋をどのように整えるか自分が直に決めると行ってしまった。
アガサは驚いたように優斗は見ると、
「僕の義母なんだから常識とかぶっ飛ばしてるよ」
「そのようですね。であれば私達の部屋はヴィクトスから一緒に来た護衛の方々に使って貰いましょうか」
エリスの考えは意外とシンプルだ。
優斗の血縁は自分の血縁で、優斗の家族は身内同然。
かといって一切の迷いなく自身の考えを実行するエリスの姿は、正直言って驚きに値する。
三日後、ライトがトラスティ邸にやってくる。
そして優希とアガサと合流したのだが、どうしてかアガサが気疲れしたような表情だった。
「アガサ、どうしたんです?」
「昨日と一昨日、リライトの王都を散策したのですが……ちょくちょく大物の方々と遭遇しまして」
「大物?」
「一般開放されている王城内を歩いていれば、学院帰りのアリシア様に捕まって平然と私室に案内されたり……」
「……えっ? それって大丈夫だった?」
「……大丈夫ではありません。『わたくしとユウトさんは従兄妹なので、ユキさんとアガサさんは遠縁だと前にお伝えしましたわ』と言われた時は、冗談ではなかったのかと心臓が止まる思いでした。しかもリライトの勇者様であるウチダ様まで参加されるのですよ」
「わたし、アリシア様が冗談っぽくも親族扱いしてくれるの嬉しかったです」
まさかのエリスと似たような理論で連れ込まれた。
優希は嬉しそうに言うが、アガサとしては心臓に悪い人達がそんなことを言うものだから勘弁して欲しい。
「さらにはユウト様の奥方であるフィオナ様の母、エリス様からお茶会のお誘いがあったのですが、そこにはエリス様も含めて公爵夫人が三人も集まってくださいました」
「……凄く気を遣いそう」
「いえ、気疲れはしましたが有意義な時間ではありました。レグル公爵夫人などは礼儀の初歩などをユキに教えてくださりましたから」
「そうです。レグル公爵夫人、凄く優しかったのですよ」
最初はエリスだけだったはずが、気付けば淑女の鑑と名高いレグル夫人にココの母親まで参戦してきた。
さすがに優希に令嬢の教育をしていないので、すぐにお暇しようと思ったのだがレグル夫人から『誰でも最初は初心者です』と言われ、優希は丁寧に指導を受けた。
厳しい言い方もなく、だというのに凄い勢いでマナーを上達させていく優希に、アガサは目を丸くしたものだ。
「ところで大魔法士様……えっと、ミヤガワさんは?」
ライトがキョロキョロと見回すと、優斗がシルヴィと騎士を連れてやって来た。
「久しぶり、ライト君」
「お久しぶりです」
簡単に挨拶をすると、優斗はちらりとシルヴィに視線を向ける。
「一緒にいるのはシルヴィア=ファー=レグル公爵令嬢。僕の右腕となる家臣だよ」
優斗が紹介すると、シルヴィは丁寧に礼を取る。
ライトも慌ててシルヴィに礼をする。
「ヴィ、ヴィクトスの勇者のライトです」
「初めまして、ライト様。短い期間ではありますが、よろしくお願い致します。どうか皆様、わたしのことはシルヴィとお呼び下さい」
初対面の二人の挨拶も終わったので、さっそく高速馬車に乗り込む。
そこでアガサは改めて優斗とシルヴィに感謝の意を示した。
「この度は我々の問題に付き合って頂き、ありがとうございます」
「問題というか、ただの視察でしょ? そこまで気にすることじゃないよ」
優斗が気にするな、と言うとアガサも微笑む。
今回、アガサ達が動いたのはヴィクトス王国に一つの話が舞い降りたからだ。
数年後にライトと優希、二人を自分達の国に留学させないか……という話を。
話題を持ってきたのはウェイク王国。
国の規模としては中堅国程度で意外とヴィクトスとは近くにあるのだが、関わりがほとんどない。
だからこそ突然のことにヴィクトス王国は首を捻った。
かといって国として正式に打診してきたことだ。
なので表向き、とりあえず視察をしての判断をさせてもらう……ということにした。
「そもそも、どうしてウェイク王国は留学の話をライト君と優希に持ってきたんだろう? 国同士で関わりはほとんどないって言ってたよね?」
「はい。今回、このような話を持ってきたのは世界平和の一端を担うお二方の見聞を広める、良い機会だと仰っていましたね」
「それでアガサさんは……いや、ヴィクトス王国はどう思ったわけ?」
「裏があるのかもしれない。そのように考えました」
「当然だよね。大事な勇者と異世界人を、そんな理由で分かりましたと留学させるわけがない」
優斗はうんうんと頷く。
当然の判断だと言えるだろう。
「何かあるのであれば、知りたいと思っています」
「そのために優希とライト君を連れて行くの? 関わらせなくてもよかったんじゃない?」
ヴィクトス王国としては、密偵でも何でも使って調べる方法も取れたはずだ。
けれど今回、ライトと優希が直接視察させる結論になった。
それは何故か。
「悩みどころではありましたが、経験になると思っています。それに万が一を考えて、後顧の憂いは断っておきたいのです」
優希かライト、どちらかに何かを求めているのか。
それとも二人に関係することなのか。
裏があるのなら、多少なりとも今回で判明するはずだ。
「もちろん我が国としてもライトとユキが視察する条件として、ミヤガワ様がいてくれるなら、という前提になっていたのは先日お伝えした通りです」
でなければ今日、優希とアガサはヴィクトスに帰っていた。
とはいえ問題が長引かせることなく片付くのは、アガサとしても安心できる。
優斗はそこまで話すと、シルヴィに声を掛けた。
「要するに優希が久々に僕と会いたくて、ついでに付き合ってくれたら問題になるかもしれない点を解決出来る。今回、ウェイク王国に行く流れはこういう形なのは理解した?」
「はい、問題ありません」
「じゃあ、他にシルヴィは疑問ある?」
「いえ、今のところは」
どちらにせよ現地で確認することが多い。
今は発端を理解するだけで十分だ。
「ですが国の内情は知っておきたく思います。ヴィクトス王国としてもお調べしているでしょうから、情報の共有をさせていただいても?」
「はい、問題ありません」
それからアガサはウェイク王国について調べたことを優斗達に伝える。
中堅国にしては少々、寂れていること。
王族について、などなど。
あらかたの情報を共有したところで優斗は車内にいる男女の近衛騎士二人のうち、片方に視線を向けた。
「バラッドさん」
名を呼ばれて車内にいる四人の護衛のうち、リライト側から出された護衛の男性が反応する。
彼は丁寧に礼をすると、優斗に視線を返した。
バラッドは年齢としては三十二歳。
銀髪を靡かせて動く姿は格好良く、顔見知りで何度も護衛をしてもらっている優斗は彼のことをイケメン過ぎる近衛騎士と内心で評していた。
けれど今回、彼がここにいる理由は偶然ではない。
「貴方が選ばれた理由は知っています。だから知っている内情を教えてください」
彼はウェイク王国出身だ。
万が一が起こった場合、地理に詳しい者として選ばれている。
「一応は伝えておきますが、私がウェイク王国にいたのは十四年も前のことです」
「けれど国の雰囲気なんて、たかだが十四年で大きく変わるものじゃないでしょう。それに古くさい些細な情報だろうが意外と役に立つものですよ」
優斗がそう言うと、バラッドは少しだけ表情を崩した。
そして気を取り直して真顔になると、
「碌な国ではない。だからこそ私はウェイク王国を出ました」
自身の本音を素直に口に出した。
優斗はそういった情報こそ欲しいとばかりに笑みを浮かべる。
「どうしてです? リライトの近衛騎士になれるほどの貴方が国を出るとなれば、相当なことがあったのでしょう?」
優斗の問い掛けにバラッドは頷く。
自分にとっては相当なことがあったと思っている。
「国の貴族が一同に集まる創立記念パーティーで、王太子殿下が婚約者に婚約破棄を行いました。私はウェイク王国子爵家の出身で、その場にいたのです」
今でも思い返すことが出来る。
威風堂々とした振る舞いで、婚約者を断罪する王太子。
その側には震えた様子で『運命の出会い』をした男爵令嬢。
何より心が苦しくなるのが、ほぼ全ての人間に敵視される婚約者であった公爵令嬢。
バラッドは当時の状況を振り返りながら、自分が見ていた過去を優斗達に話す。
「証拠のない証言だけの断罪。噂に踊らされる周囲の熱狂。『真実の愛』という言葉によって、何もかもが酩酊しているかのような世界でした」
あまりにもおかしくて、あまりにも気持ち悪い。
バラッドは今でも鮮明に覚えている。
「私は婚約者であった公爵令嬢が男爵令嬢を虐めている瞬間を見たことがありません。仮に虐めがあったとしても、あのように貶める必要はないと今でも思っています」
どうして、わざわざあのような場で宣言したのか。
自分達を物語の登場人物だとでも思っているのだろうが、中身がお粗末であれば劇的ですらない。
「けれど婚約破棄は完遂され、その時の王太子殿下と男爵令嬢が今の国王夫妻です」
自分が無力だと知ったのはその時だ。
何を言っても無駄だと強制的に理解させられる、あの空間。
自分が声を張り上げたところで無意味だった。
「私が知っているウェイク王国は、そのような場所です」
あれから何か変わっただろうか。
バラッドには分からない。
シルヴィは話を聞いたあと、バラッドに強い視線を向ける。
「その公爵令嬢はどのようになったのでしょうか?」
「男爵家に嫁がされた、ということまでは把握しています」
「……何故、その後を調べなかったのですか?」
「調べれば、無力な私は彼女を救いたくなってしまう。だからこそ情報を得ないようにしていました」
バラッドはそう言いながら、小さく頭を横に振った。
「……いえ、言い方が悪いですね。本当は近衛騎士団長か副長――私が他国に介入出来るだけの力を持った時、動くつもりでした」
まだ自分はあの国に囚われている。
生きていた中で一番の後悔を、未だ抱えたままだ。
だからこそ心の奥底では動きたいという願いが常にあった。
「もし彼女が悪だとしても、正しく悪として裁かれるべきです」
何が本当で、何が嘘なのか。
ただの傍観者であった自分には分からないけれど。
少なくともあの光景だけは間違っている。
その考えをバラッドは変えるつもりがない。
「貴重な情報をありがとう、バラッドさん」
重苦しい雰囲気になったが、優斗は軽い調子で感謝するとアガサに話し始める。
「今日の午後にある案内は王太子がやる手筈になってたよね?」
「はい、その通りです」
貴重な勇者と異世界人が来るのだからと、第一王子が相手をすることになっていた。
年齢が優希と同い年だということも、気疲れしないだろう……といった配慮によるものらしいが。
「警戒は怠らないようにしようか。バラッドさんの話を聞いて、ちょっと胡散臭さが増したから」
「そうですね。バラッド様から伺った話と、どれだけ現状と差があるのか。それも確認しておきたいところではあります」
それからある程度の話し合いが終わって、続いて雑談の時間になる。
「それにしてもリライト魔法学院の制服、格好良いし可愛いのですよ」
優希が優斗とシルヴィの二人をニコニコと見ている。
白を基調とした制服は、やはり大国だからなのか格好良さと可愛さが際立っていた。
「あれ? でもどうして制服なのですか?」
「どうしてと言われると、ちょっとした理由があるからだよ」
「理由……ですか?」
「そうだね。もし理由を教える必要があるときは、ちゃんと説明するから」
優斗はウインクして優希の頭を撫でる。
おそらく彼にとっては目の付け所が良いと思って褒めたのだろう。
だから優希は甘んじて優斗が頭を撫でることを享受した。
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