第303話 If. After the villainess:プロローグ





 何が悪かったのか。

 どれだけ自分に問い掛けようとも、答えは出てこない。

 男爵令嬢の彼女のことを虐めたことはない。

 暴力を振るったこともなければ、殺そうと考えたこともない。

 注意はしたことがあるけれど、それだけだ。

 だから婚約者が語っていることは、起こったことが事実であったとしても自分が行ったことではない。

 それを必死に否定すればよかったのだろうか。

 それとも無実の証明をしなければならなかったのだろうか。

 いや、どれも無駄になったはずだ。

 婚約者にも、友人にも、家族にも自分の声は響かなかったのだから。



 けれど、一人だけ。

 数多の人間が自分を軽蔑し、侮蔑する視線を向ける中で。

 自分が裁かれていることを、おかしいと思ってくれる人がいたことに気付いた。

 彼が誰だったのかは分からないけれど。

 彼だけは困惑した様子で、周囲を見回していて。

 けれど何を言っても無駄だということも分かっていて。

 悔しそうに俯いた彼に対して、気にしないでいいと声を掛けてあげたかったけど。

 同じ気持ちになってくれて、ありがとうと言いたかったけれど。

 自分にそんなことは許されなかった。









 どうして彼女が罵られているのか、分からなかった。

 自分は彼女が学院で男爵令嬢を罵倒しているところも、貶めているところも見たことがなかった。

 むしろ婚約者がいるにも関わらず、男爵令嬢を側に置く王太子に嫌悪感を抱いていた。

 だというのに王太子は国を挙げてのパーティーで、公爵令嬢の婚約者を罵り婚約を破棄した。


 周囲が彼女のことをどのように見ているのか、ある程度は理解している。

 けれど所詮は噂や評判であって、事実とは異なっている。

 そんなことは他人が身勝手に言っているだけに過ぎないと思っていた。

 少なくとも公爵令嬢の友人や家族は、ちゃんと理解しているのだと思っていた。


 けれど彼女に味方はいなかった。

 公爵令嬢の両親も、彼女の兄も、友人も、誰も彼もが侮蔑していた。

 自分がおかしいと思った時には、もう遅かった。

 周囲は熱狂するように王太子と男爵令嬢を讃えていて、まるで物語を見るかのように盛り立てていた。

 それは自分の両親や婚約者も同様で、だからこそ嫌悪感が沸き上がる。



 気持ち悪い、と思った。



 羨ましそうに王太子と男爵令嬢を見ている自分の両親。

 憧れるように二人を見つめている自分の婚約者。

 どうして、そんなことが出来るのか理解出来なかった。

 両親は公爵令嬢のことを知らず、噂しか聞いたことがないのに。

 婚約者は自分と同じく学院に通っているのに、なんで素直に二人のことを応援しているのだろう。

 周囲もそうだ。

 一人の少女を貶めることを、どうして正しいと思っているのだろうか。

 困惑して周囲を見回していると、不意に振り返った公爵令嬢と目が合った。

 彼女に何かを言ってあげたかったけれど、けれど自分に力がないことを分かっているから。

 結局は何も言えずに俯いた。

 少しして顔を上げると、再び公爵令嬢と視線が合って。

 強張っている表情が、ほんの僅かに落ち着いたように見えた。

 けれど、それだけだ。

 自分は何も出来なかった。

 このおかしな状況を覆すことも出来なければ、公爵令嬢に声を掛けることすら出来ない。



 たとえ公爵令嬢が悪かったのだとしても、それはこのような場で裁かれることではない。

 物語のような熱量と勢いで貶める必要はどこにもない。

 だからこそ、もう駄目だった。

 このまま、この国にいたくなかった。

 この酩酊している国にいれば、いつか自分も同じようになってしまう気がして。

 それだけは嫌だったから。





 だから両親との縁を切り、婚約者との婚約も解消して、国を出た。




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