第39話 リア充は死ねばいい
本日、11月も末日に向かってきたところ。
「しゃあっ!」
意気揚々と修が飛び出して木刀を一閃、振り抜こうとした。
「ぬるい!!」
その太刀筋を受け止めたのはレイナの父、近衛騎士団長だ。
模擬戦を行っているというので修が意気揚々と団長を指名したのが事の発端で、現在二人は戦っている。
レイナの誘いで修、優斗、和泉、卓也は近衛騎士団の鍛錬場へと集まっていた。
どうにも一度、近衛騎士団の方々と修たちを会わせたかったらしい。
「やっぱり近衛騎士団長ともなれば修でも簡単には勝てない……っていうか負けるかな?」
「分からない。いくらなんでも、とは思うがそれで勝つのが修でもある」
「オレとしては何とも言えないけどな」
口々に感想を言いながら二人の模擬戦を見る。
勇者と近衛騎士団の団長の戦いというのは、さすがに見ていておもしろい。
気付けば始まってから四分弱が経過していた。
「シュウは型など関係ない振り回しているかのような戦い方だが、それで父上とこんなに長い時間やり合えるというのは凄いな」
感心しているのはレイナ。
普段から周りが修のことをチートだのなんだの言っている理由を、まざまざと見せつけられているようだ。
「制限時間って何分だっけ?」
「五分だ」
優斗の問いかけにレイナが答える。
にやりと優斗が笑った。
「じゃあ、ここで賭けをしようか。二人の勝負の結果がどうなるのか。賭けるのは、あとでフィオナ達が持ってきてくれるクッキー1枚」
「ほう、面白そうだ。修の勝ちに賭けよう」
最初に乗ったのは和泉。
「オレは引き分け」
続いて卓也も乗っかり、
「ならば私は父上が勝つほうに賭けよう」
レイナが断言し、
「僕も卓也と同じ引き分けで」
優斗が最後に選んだ。
戦いは最初よりも熱く繰り広げられており、修は木刀どころか蹴りなども加えてどうにかダメージを与えようとしていた。
だが、百戦錬磨の騎士団長も紙一重でかわす。
代わる代わる行われた攻防は、五分を経過した合図によって終わらせられる。
「あっした!」
修が木刀を納めて頭を下げた。
「私と五分戦えるとはさすがだ」
騎士団長に言葉を貰ってから修は優斗たちのところへ戻ってくる。
「やっぱ強いわ。訓練じゃ勝てる気がしねぇや」
満足そうに戻ってきた修……だが。
「馬鹿かお前は。“勝負”の範疇に入れないで闘うお前が悪い。お前の持っている“チート”を使わないのであれば、使わずとも勝て」
「何をしているのだお前は。素直に負ければ良いものを」
「僕は修が引き分けるって信じてたよ」
「オレもだ」
和泉とレイナにはボコボコに言われ、優斗と卓也には褒められた。
「……お前ら、俺で賭けてたな?」
「当然。オレと優斗はおかげでクッキーが一枚増量したよ」
イェイ、と優斗と卓也がハイタッチする。
すると騎士団長の声が響いた。
「続いて、模擬戦を行いたいものはいるか?」
騎士団長の問いかけに間髪いれずスッ、と手を上げた人物がいた。
「はい」
それは近衛騎士団の副長だった。
女性で若干22歳という若さながら実力と美貌を備え、副長の座を得たということをレイナから四人は散々聞かされていた。
あまり口数が多い方ではないが、的確な指導をしてくれるとも。
「誰とやりたい?」
「あの方との一戦を望みます」
手のひらで示されたのは優斗達のグループ。
それだけでは誰かが分からないが、視線が一点に注がれていた。
「…………えっ?」
優斗は視線が自分と合ったのに気付く。
気のせいだと思いたくて、ゆっくりと左を見た。
和泉とレイナが首を振る。
続いて右を見る。
修と卓也が優斗を指さした。
再び、優斗は副長に視線を向ける。
こくりと頷かれた。
「何でですか?」
「興味があります。貴方様の実力に」
副長はどうやら優斗がこの世界で何をしてきたのか、知っているらしい。
ならば興味を持たれるのは仕方ないとは言える。
「あ~……卓也や和泉じゃ駄目ですか?」
「貴方様です」
断言された。
「いいじゃんか。やってみろよ、俺だって団長とやったんだし」
「私の師でもある副長とユウトの勝負。興味がないと言えば嘘になるな。私がまだ勝ったことがない相手でもあることだ」
「楽しんでこい。女性といえど近衛騎士団の副長。普段のお前が敵う相手でもあるまい」
「がんばれよ」
一様に優斗を励ます。
「……はいはい。ここで僕と副長が戦ったほうが面白いんだよね?」
「「「「 そういうこと 」」」」
全員、ほとんど同時に頷いた。
「まったく、女性を相手にするのって苦手なのに」
優斗は文句を言いながらも前へと向かう。
修から木刀を受け取って副長と相対した。
ゆったりとした動きで副長が構える。
僅かな動きだけでゾクリと悪寒がした。
――この人……半端なく強い。
木刀での勝負。今のままでは勝てる可能性はあまりなさそうだ。
とはいえ、鳥肌が立つ感覚を得るのは初めてじゃない。
この時点で相手が女性だから苦手……という感覚はとうに消えた。
――今回の場合だと長期戦なんて無理だし、一発勝負でどうにかするしかないか。
相手の強さを感じて優斗も気合いが入る。
右手に持った木刀を左脇に仕舞った。
「……逆袈裟か?」
レイナが興味深そうに呟いた。
「いや、イメージ的には居合いだろ」
呟きに修が答える。
「鞘はないのにか?」
「言ったろ。イメージだって」
優斗が狙っているのは最速最短勝負。
そして日本人が刀を使っての最速勝負を仕掛けるなら……事実上の速度は別としても、居合いが一番に思い浮かぶところだろう。
「“今の優斗”は別に全力全開じゃないしな。さすがに副長よりも修練してない木刀での勝負じゃ、長期戦に持っていっても優斗の勝ち目は薄い。つーか、ほとんどない。だったら、もっとも勝つ可能性があるのは相手の実力を把握しきれない最初の一太刀。そこに賭けたんだろ」
修の言ったことは優斗の考えとほとんど相違なかった。
やはり修だ、と言うべきだろうか。
「……行きますっ!」
副長が動く。
優斗も一歩、踏み出した。
副長の振り下ろす木刀と、優斗の横薙ぎに近い木刀の軌道が合わさって甲高い音が響く。
「……っ!」
「……ッ!」
刹那、優斗の木刀が折れた。
模擬戦だろうと何だろうと木刀が折れることなど、ほぼない。
予想外の状態に周りがざわつく。
副長は多少崩れている体勢を戻して告げる。
「……続けましょう」
「いいえ。僕の負けです」
続行を望む副長とは別に、優斗はあっさりと負けを認めた。
「ありがとうございました」
呆然としている副長に一礼してから、優斗は修達のところへと戻っていった。
「決着、ついていなかっただろう?」
「そうだな。たかだか木刀が折れたぐらいで負けを認めるなんて珍しいな」
「いや、木刀が折れたのは確かだけど……折れた以上の意味があるんだよ」
和泉と卓也がワイワイと言うが、修とレイナは苦笑している。
この二人は分かっていた。
「さすがにあれを避けられるとは思わんかったな」
「副長の凄まじさが露見した、ということか」
「だよね」
示すように話した三人に、卓也と和泉が首を捻る。
それに気付いたレイナが説明を始めた。
「いいか、二人とも。今のは優斗の木刀が折れただけに見えただろう?」
二人同時に頷く。
「けれど、あの一瞬で起こったのはそれだけではない。折れた木刀が飛んでいった場所、確認したか?」
「……どこだったか?」
和泉が首を傾げ、
「副長に向かってたはず」
卓也が思い出したかのように告げる。
「そうだ。ユウトは折れる瞬間をコントロールして折れた先を副長の顔に当てようとした。けれどそれを避けたんだ、副長は」
「……マジで?」
「マジだ」
卓也の問いかけに、レイナが頷く。
そして笑いながら優斗に同意を求める。
「だろう? ユウト」
「その通り。あんなの避けられるってどういう反射神経してるんだろ。今の僕だってそれなりに反射神経には自信あるけど、躱しきれるか分からないのに」
「いや、私は折れると思った瞬間に折れた先をコントロールしようとして、あまつさえ当てようとするお前の考えが理解できない」
「しょうがないでしょ。木刀同士がぶつかる直前に折られるって気付いたら、ああするしか勝ち目なかったんだよ」
と、話していると副長が優斗たちのもとへと歩いてきた。
そして来て早々、
「先ほどの勝負、もう一度できませんか?」
再戦要求をしてきた。
優斗は笑顔でさっくりと断る。
「勘弁してください」
「し、しかし、決着がついたとも言い辛いでしょうし」
「僕の負けです。木刀を折られるだけでも負けに等しいのに、せめてもの一撃とした折れた部分もかわされました。完膚無きまでに僕の負けです」
「しかし貴方様ほどの実力の持ち主なら……」
ごにょごにょと話し始める。
何か駄々をこねる子供のように見えた。
後ろで聞いていた修、和泉、卓也、レイナが小声で話し始める。
「なに、あれ?」
とりあえず修がレイナに訊いてみる。
彼女が一番事情に詳しそうだった。
「あ~……副長はだな、その……ユウト達のファンらしくてな。ユウトと勝負ができる今日をとても楽しみにしていたそうだ」
「なんで?」
「彼女は近衛騎士団副長だ。つまりはお前らの詳細を知っているわけで、お前らがこの世界でこなしてきたことに対しても知っている」
「オレらがやってきたこと……というより、優斗がやったことか?」
レイナが頷いた。
「シュウもユウトと同じくらいイカれたことはやっているが、奇行でも騒がれている。その点、ユウトは安心だ。こと戦闘においては報告があるだけでもAランクの魔物のカルマ、シルドラゴンの単独撃破。黒竜の共同撃破にパーティーで起こった暗殺未遂事件の解決、隣国リステルでの大立ち回り。さらに使う魔法はオリジナルの神話魔法に精霊術」
ざっと略歴を並べてみる。
「戦闘以外でもマリカの父親だからな。ユウトの詳細を知っていれば興味を持つのは当然だろう」
「それもそうか」
しみじみと卓也が頷く。
◇ ◇
しばらくして、アリーとフィオナがクッキーを持ってきた。
優斗はまだ副長に捕まっており、再戦要求はされていないが魔法について話すことになっているようだった。
離れた場所でいろいろと手振り身振りを加えながら会話していた。
「皆様、お疲れ様ですわ」
アリーが飲み物と一緒にクッキーを配り始める。
フィオナに連れてこられていたマリカもクッキーの袋を手に取っては渡していた。
「おっ、マリカも一緒に来たんだな」
修がフィオナに抱かれているマリカの頭をポンポンと触る。
「一緒にお出かけしたかったので。あと、優斗さんはどこにいます?」
「あいつなら、さっきから副長に捕まってんよ」
修が指さす。
二人で仲良く話している姿がフィオナの目にも映る。
「…………そうですか」
ぽつり、と呟かれた言葉。
勇者である修が一瞬、ゾクリとした。
フィオナは無表情のまま優斗のところへと向かう。
「あれ、やばくね?」
少しばかり焦った表情で修がレイナたちに言う。
けれどレイナは問題ない、とばかりに手を振った。
「大丈夫だ。さっき“ユウト達”と言ったろう。フィオナも尊敬する相手に加わっている」
「そうなん?」
「公爵令嬢でありながらリライトでも稀な戦闘での精霊術の使い手だからな。凄い相手には目がないのだ、副長は」
「へぇ、だったら別に問題ねーか」
メンバーは納得する。
だが、その時の優斗たちはというと――
◇ ◇
「……優斗さん」
優斗が副長と話しているところにフィオナが来た。
けれど第一声を聞いただけで彼女が怒っていることを優斗は把握した。
「フィ、フィオナ?」
「なんですか?」
「どうして、その……怒ってるの?」
「怒っていませんが」
いや、嘘。
毎度毎度、今の声音で怒ってなかった例しがない。
一方で副長はやって来たフィオナとマリカにさらに目を輝かせる。
「マリカ様とフィオナ様ですね」
「そうですが」
「精霊術の使い手として名高いフィオナ様と龍神様。この目で見ることができ感激です」
尊敬のまなざしを一身に受けて、さすがのフィオナも毒気を抜かれる。
「あ、ありがとうございます」
「先ほどからユウト様にも様々な話を伺っていましたが、やはり素晴らしいです。ですから――」
ずっとべた褒めが続く。
その間にフィオナからクッキーや飲み物を受け取る。
二分ほどして、ようやく言葉が途切れた。
けれど、質問が代わりに飛んでくる。
「お二人は龍神様のために夫婦役をやっていると聞いておりますが、間違いありませんか?」
「ええ、その通りです」
優斗は頷きながらクッキーをかじり、飲み物を口にする。
「では龍神様に無事、迎えが来たあとでいいので私と結婚などはいかがでしょうか?」
「――うぐッ!」
唐突な言葉に優斗は口にした飲み物を詰まらせた。
同時、隣にいるフィオナの威圧が復活する。
「な、なぜにそんな話を?」
脂汗を垂らしながら優斗は慎重に話を伺う。
「父がいい歳なのだから異世界の客人の一人でも婿様にしたらどうだ、と言っていまして。ならば貴方様にでも婿になっていただこうかと」
フィオナの威圧感が増す。
隣にいる優斗の脇腹も抓り始めた。
痛いが、我慢する。
「さ、先ほどは僕達のファンだと仰っていませんでしたか?」
「ええ。ファンだからこそ婿様になっていただこうと思いまして」
ひょうひょうと告げる副長。
「す、すみませんがご遠慮させていただきます。貴女と家庭を作るイメージができませんので」
威圧と脇腹の痛みで顔が強ばるが、どうにか否定の言葉をひねり出す。
副長は特に傷ついた様子なく頷いた。
「それならば仕方ありません。どなたか良い殿方はいらっしゃらないでしょうか?」
「僕がお勧めできるのは、すみませんがいませんね」
「分かりました」
副長が納得したところで、彼女が部下に呼ばれる。
「申し訳ありませんがこれで失礼いたします。また近いうちにお二人からもお話を伺いたいと思いますので、その時は是非」
頭を下げて副長が二人の前から去って行く。
残されたのは優斗とフィオナ。
彼女に抱かれているマリカは先ほどから黙ったままだ。
恐る恐る優斗が声を掛ける。
「あの――」
「優斗さん」
いつぞやのリステルで起こった事件で、優斗が使ったような声音をフィオナが発した。
脇腹を抓る力が強まる。
「どういうことでしょうか?」
「な、なんのことでしょうか?」
「先ほど、求婚されていたように見受けられますが」
「い、異世界の人間なら誰でもいいように話していたと思います」
なぜか丁寧な言葉使いになる優斗。
「でも最初は優斗さんに訊いたんですよね?」
「ファ、ファンだと仰ってましたから」
「優斗さんはあのような方がいいのですか?」
「い、いえ。僕の好みとはかけ離れております」
「けれど美人な方でしたよ」
「ぼ、僕にはもっと美人で可愛い方が妻にいますので」
言った瞬間、フィオナの表情が緩んで抓る力も弱くなる。
が、すぐに表情を戻して抓り直す。
「そ、そんなことを言っても無駄です」
けれども嬉しそうな気配は消えない。
なので、これ幸いと優斗は状況の好転を謀る。
「マリカもパパとずっと一緒にいるのはママがいいよね?」
「あいっ!」
黙り込んでいたマリカに話を振ると、マリカは元気よく返事した。
「ほら。マリカも僕の隣は君がいいってさ」
優斗は流れるような動きでフィオナからマリカを受け取る。
ついでに脇腹を抓っている指を外す。
「ママは怖いね~。パパはママがいいって言ってるのに、信じてくれないんだよ」
「あぅ~」
優斗とマリカが二人してフィオナを責めるように言う。
いつのまにか形勢逆転していた。
「わ、私が悪いんですか!?」
「僕だっていきなり言われたところで、はいそうですと頷くわけないじゃないか。それに恋愛感情じゃなくて損得で結婚申し込まれてもね」
マリカをあやしながらフィオナを責め立てる。
「ママはパパがそういう人だと思ってたんだって。ショックだね、マリカ」
「あい」
「ちょ、ちょっと待ってください! 違うんですよ!」
逆に必死の弁明を計るフィオナ。
そんな三人の様子を見ていた修達はと言えば、
「あれ、なに?」
「痴話喧嘩じゃないの?」
修の呆れた言葉に、さらに呆れた様子で言葉を返す卓也。
「リア充死ねばいいのに」
「イズミ。なんだ、“りあじゅう”というのは?」
「気にするな。ただの妬みの言葉と思ってくれ」
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