第103話 まさかの役
優斗達がお昼前に着いたのはクライストーク。
何の変哲もない小国の一つ。
そこで桃色に輝く並木道を散歩する。
「ここってリライトと似たような気候なんだ」
時期的には少しばかり早いが、桜が咲き乱れている。
「リライトにも桜があるのは知ってるけど、桜並木ってあったっけ?」
「ありますよ」
「だったら今度、皆でお花見でもしようか?」
「はい」
ニコニコと笑みを浮かべながらフィオナが頷く。
「ご機嫌だね」
「だって優斗さんと婚約者になってから、初めて二人きりで旅行なんですから」
嬉しくないわけがない。
「修が言い出したんだっけ?」
「ええ。まーちゃんの面倒も見て下さって、本当にありがたいです」
偶には二人きりにしてやろう、という修の粋な計らいなのだが、
「……この気の使い方をどうしてアリーにしてあげられないんだ?」
なぜ自分達にできて、リライトの王女様に出来ないのだろうか。
「シュウさんですから」
「まあ、あの二人も牛歩ぐらいの速度で近付いていってるとは思うんだけど……」
「何年掛かるか分かりませんね」
ほぼ一年掛けて、ほとんど進展なし。
これで脈がない……というわけでもないのが本当に可哀想だ。
「時間は掛かるけど、修の相手なんてアリーしか出来ないしね。頑張ってもらわないと」
「そうなんですか?」
「アリーもフィオナと同じで特殊だから。内田修の全てを受け入れた上で好きだと言ってくれる人なんて、そうそういないよ」
と言ったところで優斗は首を捻る。
「……ん? 詳しくはまだ話してないのかな? でも関係ないか、アリーは絶対に修を受け入れてくれるし」
修も修でちょっとしたモノを心の裡に持っているが、問題はないだろう。
「……それ、どこかしら間違えたら優斗さんとシュウさんでアリーさんの取り合いになってませんか?」
「フィオナがいなかったら、そうなってたかもね。これでも王女様の従兄だし」
冗談交じりで告げる。
だが、次の瞬間には優斗の右腕からはミシリ、と嫌な音が。
「駄目です」
フィオナがさらに力を込める。
メキメキと骨が軋み、嫌な音が優斗の内に響く。
「あ、あの、フィオナ? 僕と君の出会いが運命だって言ったのは君だよ? 仮定は意味ないと思うんだけど……」
優斗はそんなこと、これっぽっちも思ってないとアピールする。
すると、だ。
「……優斗さんは“私の優斗さん”です」
フィオナは軽く拗ねたような表情をさせて、
「アリーさんには……あげません」
込めていた力を抜き、ぎゅっと右腕にしがみついた。
優斗は参ったように左頬を掻く。
「なんていうか、もう……」
悶え殺すつもりだろうか、この恋人は。
こんなにも可愛らしい仕草をされて、参らないわけがない。
「さっきも言ったけど、僕と君の出会いは運命だから仮定に意味はないよ。それに、もう一つ言うのであれば僕と君の出会いと同じように、修とアリーの出会いは本物の運命だ」
それこそ優斗達とは違う、本当に物語のような運命。
「そうなんですか?」
「間違いないよ。修が勇者でアリーが王女である以上ね」
だからこそ分かることがある。
「あの二人は僕とフィオナ以上の物語を紡ぐよ。それこそ付き合う過程で、僕達全員を巻き込むような大騒動で、はた迷惑で、それでも最高の物語をね」
あんなハチャメチャな勇者が地味な恋愛譚をするわけがない。
故にそれは最高最上の恋愛絵巻になる。
「そうかもしれませんね」
彼らなら、きっと。
◇ ◇
のんびりと散歩して、市街地にまで歩みを進める。
「あっ、そういえばシュウさんが言ってましたよ。『優斗もついに“こっち側”に来たな』って」
「……どういうこと?」
「シュウさんとまーちゃんみたいになった、ということらしいですよ」
「……トラブル巻き込まれ体質のこと?」
「それです」
フィオナに頷かれて、優斗は項垂れる。
「……確かにあの『名』を得てから、修とかマリカとか関係なく巻き込まれるようになったかも」
大魔法士と呼ばれ始めてからも巻き込まれているのは相変わらずだが、そこに修とマリカはいない。
ということはつまり、優斗も彼らと同様の体質になってしまったわけで、
「あの二つ名は……そういうことも付随してくるのかな?」
「かもしれません」
フィオナが苦笑する。
「まあ、僕だけの時に被害が来るんだったらいいけどね」
「駄目ですよ」
「なんで?」
優斗が首を捻る。
「私が一緒にいる時じゃないと牽制できません」
「何に?」
「優斗さんの凄さを見た女性の方々に、です」
定番のようになっているフィオナの台詞に優斗は嘆息。
「……あのね。何度も何度も言うけど、どの『名』の時でも国外には僕に嫁がいるって公言してるんだよ」
「でも私から奪い取ろうとする女性がいるかもしれませんよ?」
特に『大魔法士』なんてものの妻になれたのならば、やはり世界有数の女性と思われるのは必至だ。
フィオナ自身、自分は普通だと思ってはいるけれども、それぐらいは把握できている。
なので出来れば、優斗にはあまり力を振るって欲しくないというのが本音。
「フィオナは二つ名のことを買いかぶりすぎ。確かに僕の二つ名を狙って近付いてくる女性はいると思うけど、あくまでもあれは『最強』の代名詞なだけだよ」
「それだけしか把握してないのが問題なんですよ」
優斗はセリアールに来て一年弱だから、『大魔法士』の凄さをある意味で理解していない。
お伽噺になっているということは絵本や小説にもなっていて、そこには憧れや尊敬がある。
彼は自分の立場や力に関しては把握しているけれども、そういった点に関しては鈍い。
「優斗さんは歴史上二人目の二つ名を得たんです。そして優斗さん自身が認めたのならば、その凄さをしっかりと理解するべきかと」
「してると思うけど?」
「……はぁ。そういう、変なところで無頓着なのはどうしてなのでしょうか」
半ば諦めにも似たフィオナのため息。
すると、右側の建物――ギルドで少女と女性があるやり取りが聞こえてくる。
「えっと、その、だから依頼というのは15歳以上じゃないと出来ないの。それに依頼料っていうものがあってね」
「お、お金ならあります!」
少女――10歳ぐらいであろうか。財布の中身を見せる。
「最低賃金っていうものもあってね、えっと……」
困ったように女性は周囲を見回す。
少女も女性が困っているのは分かっているのか、申し訳ないと思いながらも同じように周りを見て……優斗達と視線がかち合った。
「あ、あのっ、ギルドに登録してる方ですか!?」
真っ直ぐに届けられた言葉。
何か厄介事なのか、と思いながらも優斗とフィオナは少女に近付き、
「そうだよ」
一つ、頷いた。
「でしたら、その……っ!」
すると少女は必死な形相で、
「大魔法士様になって下さい!」
ある頼み事を優斗達に伝えた。
「えっと……これはどういうことなんでしょうか?」
意味が分からず、とりあえず女性――おそらくはギルドの受付であろう女性に確認をする。
「“大魔法士の役をやって下さい”っていう依頼をこの子がしたいって言ってるの」
少し困ったように女性は説明する。
「ギルドへの依頼は原則、15歳以上じゃないと出来ないの。もちろん15歳以下でも保護者と一緒に来てくれたらいいんだけど。それに依頼料が……」
「あの、あの、これは内緒にしたくて。それに依頼料でしたら私の宝物も――っ!」
「……その、ね。お金以外だと一般的に価値のある指輪だとか、高級の材料だとか、そういった類いじゃないと駄目なの」
難しい表情で、女性が少女にも分かりやすいように説明する。
女性としても少女の依頼を受けてあげたいのは山々なのだろう。
「でも、でも……っ!」
ぎゅうっと服の裾を握る少女。
フィオナがやり取りを見ながら、
「優斗さん」
彼の名を呼んだ。
それだけでフィオナがどうしてほしいのか、優斗には分かる。
「いいの?」
「これも何かしらの縁ですよ」
せっかくの二人きりではあるが、ここで見過ごすような性格をしていない。
さらには依頼の内容も内容だ。
優斗はフィオナに頷くと女性に振り向き、
「少し質問ですが、こういったケースの場合はギルドを通さず個々人で依頼を受ける、というのは問題ないですか?」
優斗の提案に女性は驚きの表情を浮かべるが、
「……いえ、やはり個々人で依頼をやり取りをするとなると、依頼料や様々なトラブルも生まれてきます。特に相手は小さな子供ですから」
基本的には不可、という判断をせざるを得ない。
依頼を断ったギルドの信用問題にも関わる。
「でしたら特例という形では無理ですか?」
「特例……ですか?」
「ええ。依頼の保証人はギルド長で、この子が納得できなければ依頼は失敗。報酬の上限は1000yenと女の子の宝物。トラブルが生まれた場合はギルド登録の消去と法的手段による糾弾。これでどうですか?」
「……確かに、それならトラブルは生まれないと思いますが、しかし……」
特例というものは容易に認められない。
「でしたら、これをギルド長に見せていただければ納得していただけると思います」
優斗はギルドライセンスを女性に渡す。
女性は首を捻ったが、とりあえずそれをギルド長に見せるために建物に入っていった。
フィオナは小声で優斗に話しかける。
「他国のギルド長なのに優斗さんのこと、知ってらっしゃるのですか?」
「おそらくね。闘技大会の後、異様な数のパーティメンバー要請が届いたから、この国からも幾つかは届いてると思うし、却下したのは本人ではなくリライト王。こんな大物が却下したんだから僕のことを知らないほうがおかしい」
「二つ名についても、ですか?」
「箝口令が敷かれているとはいえ、自分で言いたくないけど話題に事欠かないんだから王族以外にも僕のことを知ってる人はたくさんいるよ。傍目に付いたやつでも闘技大会、ジャル、フォルトレスとあるしね。特にギルド長にもなれば簡単に想像つくんじゃないかな。突然、名も聞いたこともない他国の人間に出されたパーティ申請と却下した人物、それに加えて『大魔法士』というものが風の噂になったことを総合的に考えればね。あと仮にもギルドランクBだし、依頼で大きな問題を起こしたこともない。他国の人間だけど、通してもらえると思う」
「優斗さんの予想が外れて、通らなかった場合は?」
「まあ、どうにかするよ。他国とはいえ、市民に頼られた貴族の義務……とでも言えばいいかな」
通ればいいし、通らなければ嘘八百を並べてどうにかする。
そして数分ほど話していると、女性が慌てたように戻ってきた。
「えっと……ギルド長から承認が出て、こちらにユウト・ミヤガワさんのサインを、と」
「意外と早かったですね」
「それがギルド長がミヤガワさんのライセンスを見た瞬間、目を見張りまして……」
どうやら、ある程度は把握されているらしい。
どこまでかは分からないが、特例が通るならそれでいい。
優斗は素直にサインをする。
「これでよろしいですか?」
「えっと……はい、問題ありません」
女性が頷いたのを見て、優斗は少女を促す。
「じゃあ、行こうか」
優斗の優しげな笑みに、少女は嬉しそうに頷いた。
「はいっ!」
◇ ◇
歩きながら少女と話す。
「まず名前を訊いてもいいかな?」
「ライネって言います」
「それで依頼は『大魔法士の役をする』でよかったかな?」
「はい」
ライネは頷く。
「誰に対してやればいいの?」
「おばあちゃんです」
出てきた単語に、少しだけ優斗は驚く。
「年配の女性?」
問いかけに対し、少女は首肯する。
「ずっと、おばあちゃんの元気がないんです。でも、おばあちゃんは大魔法士様が大好きだから……会えれば、元気が出ると思って」
「そっか」
優斗は相づちを打つ。
しかし、内心は「困ったな」と思っていた。
小さな子供ならば騙せるだろう。
けれども相手は年配。
騙せるわけもない。
一応は大魔法士本人であるが、自分のような子供が大魔法士である、などと信じる大人はそうそういない。
――まあ、なるようにしよう。
相手がどのような人で、どんな人物なのかは分からない。
だからその場その場で柔軟に対応していこう。
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