第102話 話袋:とあるファンクラブの一日

とあるファンクラブの一日

 

 

 会員条項

 

 一、ユウト様もフィオナ様も恋愛対象ではないこと

 

 二、お二方の本当の姿を知っているということ。

 

 三、お二方に無理矢理付きまとわないこと。

 

 四、お二方の素晴らしさを共有したいと思えること。

 

 上記を守れる方に限り、ファンクラブに入れるものとする。

 

 

 

 

 

 二月某日。

 

「第一回ユウト&フィオナファンクラブの集会を始めます」

 

 変な集団が会議室を占拠していた。

 ファンクラブ会長が円卓に座っている会員に視線を巡らせる。

 

「各々、報告を」

 

 すると、一人が意気揚々と手を挙げた。

 

「フィオナ様とお話しすることができました!」

 

 女性の騎士が嬉しそうに話し始めた。

 

「どのような話を?」

 

「マリカ様のことについて、色々と。わたしはフィオナ様と年齢が近いですし、マリカ様より二つ上に弟もいます。だから育児についてのお話しができるんです」

 

「それは良いですね」

 

「はいっ!」

 

 元気良い返事。

 続いては、

 

「私も夫がお二方と懇意ですし、ユウト様とフィオナ様とよくお話ししています」

 

 副会長が手を挙げた。

 

「結婚生活についての話や、私事でも込み入ったところまで相談に乗っていただいています」

 

「副会長はそういった点で強いですね」

 

「フィオナ様に相談なんて羨ましい」

 

 一般会員が羨望する。

 やはり、夫が彼らの仲間というのは凄いアドバンテージだ。

 

「オレはユウトと勝負した」

 

 続いたのは若い男の騎士。

 彼の発言に騎士連中がざわついた。

 

「たまたまレイナと一緒にいる時に稽古場に来てな。あれは指導を受けたと言っても過言ではなかった」

 

 自分が彼を大魔法士であると知っているからか、そこまで加減はなかった……はず。

 当然のごとく負けたが、何が駄目だったかを聞けばちゃんと答えてくれた。

 

「……俺、その日は休みだったんだよ」

 

「わたしも……」

 

 がっくりとしている若手の近衛騎士。

 やはり、大魔法士と勝負できるというのは羨ましい以外の何物でもないらしい。

 

「私はフィオナ様から指導を受けましたわ」

 

 負けじとそう言ったのは精霊術士。

 

「なっ!? フィオナ様から!?」

 

 ざわつきがさらに大きくなる。

 

「珍しいこともあるのですね。フィオナ様が誰かに指導する、というのは私も聞いたことがありません」

 

「会長。リライト最強の精霊術士であるフィオナ様は時々、我々のところに顔を出してくれますのよ」

 

 精霊術士の集まりがあり、ゲストとして時々来て貰っている。

 その際、ちょっとだけ指導してもらった。

 

「その日は最後に大精霊を背後に従えたフィオナ様の姿を拝見しましたが、まさしく女神のようでしたの」

 

「……確かに。フィオナ様の美貌と相俟って、素晴らしい光景だったでしょうね」

 

 会長も少しだけ羨ましそうだ。

 続いて、

 

「我々はユウト君とフィオナ君とダンスを踊ったな」

 

 まったく別方向からの話を持ち出したのは年輩の侯爵夫妻。

 

「ユウト様もフィオナ様も異性とのダンスはしない方なのでは?」

 

「高齢ということが功を奏したのだよ。無論、卑しい気持ちがあればユウト君は気付くだろうが、私はフィオナ君が小さい頃から知っているからね。まるで孫と接するような気持ちで頼んだところ、許可が出てダンスを踊らせてもらった」

 

「ふふっ。私も大魔法士のユウト君とダンスなんて緊張しちゃったけど、上手にリードしてくれたわ」

 

 幼い頃には憧れ、老いていってからは子供に、孫に読み聞かせていたお伽噺の大魔法士。

 その名を持った者とダンスを踊れるなんて、まるで夢のようだ。

 

「良いこと? 歳を重ねるまでは顔で相手を選ぶのも間違ってはいないでしょうけど、一生涯の相手を見つけるのなら、顔ではなく心よ。フィオナちゃんを慈しむユウト君みたいな相手が一番。私もそれで夫とこの歳まで円満でいるのよ」

 

 若干ノロケも入ったが、会員全員が頷いた。

 

「なんていうか、あれですよね。フィオナ様を見てるユウト様ってこっちも温かくなるような雰囲気ですよね」

 

「フィオナ様が婚約者で嫉妬するどころか、納得させられるんだよ。あのユウトを見てると」

 

「あれこそわたくしが目標としている夫婦像です」

 

 肯定の発言が続々と出てくる。

 

「他にはありませんか?」

 

「では、私から」

 

 四十代の侯爵夫人が手を挙げた。

 そして背後から一枚の絵画を取り出す。

 

「世界闘技大会でのユウト様の姿です」

 

 そこには左手を広げ、パラケルススを召喚した瞬間の優斗の姿が描かれていた。

 

「まさか絵画になっていたとは……っ!」

 

 驚愕する会員たち。

 

「もちろん冗談みたいな噂を利用しましたし、これは私だけが鑑賞して絶対に周りには流布しません。しかもユウト様だとは分からないように後ろ姿だけでパラケルススも画家の想像に任せて書かせました。しかしながら画家の腕が良いのでしょうね。まるで闘技大会のユウト様のようです」

 

「……これは欲しい」

 

「しかし画家に描いて欲しいと頼めば、変に噂が流れかねないでしょうね」

 

 会長が窘める。

 

「……くっ。もうしばらくの我慢か」

 

「ええ。少なくとも大魔法士が公になるまでは我慢です」

 

 しかし公になった暁には会長とて買いあさるだろう。

 

「他に誰かありますか?」

 

 尋ねるが、誰も手を挙げない。

 

「では最後に私の番ですね」

 

 満を持して会長は“ある物”を取り出す。

 

「ユウト様よりいただいたサイン色紙です」

 

 瞬間、最大の驚きが会議室内に広がる。

 

「なっ!? か、会長! それは!?」

 

「ユウト様が書いてくださった第一号のサイン。しかも名前入り。これは家宝です」

 

「うわっ、ずるいです!」」

 

「わ、わたし達でも頼めば書いてくれるでしょうか!?」

 

「いえ、無理でしょう。一枚だけということで特別に書いていただきました」

 

 優斗は望んでサインを書く性格でもないため、まさしく珠玉の一品だろう。

 

「さらには部下の指導ではコンビを組みました。6将魔法士との戦いでは窮地に陥ると分かっていても私なら大丈夫だと信頼され、それに応えることができたのは私の誉れです」

 

「あ、あの時にユウト様がパラケルススを召喚したというのは事実なのですか?」

 

「事実です。まさしく大魔法士としての姿がそこにありました」

 

「会長はずるいよな。世界闘技大会でもミエスタでもパラケルススを召喚したユウトを見てるんだからよ」

 

 会員は十人以上いるが、優斗が大魔法士と呼ばれるような姿を見たことがあるのは数人しかいない。

 

「私だからこその役得です。より多くの時間、接することを求めるのならば鍛錬に努めなさい。役職が上がればユウト様と関わる時間は必然的に増えますし、勝負する機会も多くなるでしょう」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 集会も終わり、執務室へと戻る。

 

「副長、会議はどうでしたか?」

 

 書類整理をしていたビスが訊く。

 

「素晴らしいものでした」

 

 満足げに己のデスクへと座る副長。

 けれど、ふとビスは気付く。

 有意義なら分かるのだが、

 

「素晴らしい?」

 

 確か会議の内容は『リライトの今後の発展について』だったはず。

 妙な議題だとは思ったが、珍しく副長が乗り気だったので放っておいた。

 だがビスは集まったメンバーを思い返す。

 ……嫌な予感がした。

 

「副長」

 

「何ですか?」

 

「確か今回、貴族や精霊術士の方々にも参加をお願いしていましたよね?」

 

「ええ。近衛騎士だけでは固い話になるかもしれないので、様々な視点を取り入れてみようと思ったのです」

 

「しかしながら、集まったメンバーはユウト君とフィオナ様が大好きな方々では?」

 

「……っ! き、気のせいです」

 

「今、動揺しましたね?」

 

「していません」

 

「確かにユウト君とフィオナ様はリライトの発展において必要不可欠なお二方だとは思いますが」

 

「やはりビスもそう思いますか。私は当然の如く、そう思っています」

 

「それで二人のことで花を咲かせていた、と」

 

「もちろ――」

 

「もち?」

 

「餅……が美味しいです」

 

「……副長が会議に乗り気な時点で疑うべきでした」


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