第290話 話袋:副長と補佐官④
ある日、ギルド経由で聞いた話題をフェイルがエルに振った。
彼女は話を聞き終えると、珍しく表情を動かす。
「驚きましたね。レイナがあの瞬剣に最速勝負で勝ったのですか」
最速の意を持つ……否、持っていた瞬剣――ピスト・ハーヴェスト。
最高位のギルドランクを持ち、実力は副長にひけを取らない。
副長自体は直接会ったことはないが、それでも聞き及ぶ冒険譚は素晴らしいと感じている。
「とはいえ実力では負けているあたり、レイナも悔しいでしょうね」
ふっ、とエルは小さく笑みを零す。
フェイルは彼女の表情を見て、ふと訊きたくなったことがあった。
「そういえばレイナが弟子になった経緯はどういうものなんだ?」
リライトが誇る近衛騎士団の副長、エル=サイプ=グルコント。
彼女は様々な場所で剣を教えている。
だがエルが弟子だとはっきり言ったのはレイナのみ。
一体、どういった経緯でエルが弟子を取ったのか、フェイルは興味が生まれた。
エルは問われたことに対し、懐かしむような感じで、
「団長の伝手、というのが一番正しいかもしれませんね」
過去にあったことを思い返す。
それはレイナの……というよりは、自分の昔のこと。
「今となってしまえばシュウやアイナがいるので恥ずかしいばかりですが、これでも私は神童と呼ばれていました」
幼い頃から卓越した剣技を持っていた。
人の何十分の一以下の労力で同じ技術が習得出来た。
「けれど私は剣を振るうことしか能がありませんでした」
他の道はない。
自分自身はそう思っていたし、周囲とて同様に思っていただろう。
「学院に通っていた時から団長に目を掛けていただいていたのですが、さすがに剣を振るうだけしか出来ないのはどうかと思ったのでしょう」
剣の研鑽しかしない。
自身の実力の向上以外にやるべきことはないと考えていた少女に、それだけでは駄目だと思ったのがレイナの父。
「なので団長に言われたのです。レイナを教えてみないか、と」
本当に不意打ちのように。
自分の娘を教えてみろと団長はエルに伝えた。
「もちろんやったことはありませんし、自分でも出来るとは思っていませんでした。ですが団長が『私の娘ならば問題ない』と仰ってくれました」
エルは再び、懐かしむように目を細める。
「そしてあの子は私に教えることの喜びを見出させてくれたのです」
紅茶で喉を潤しながら、エルは昔の日々を思い返す。
「自分のことではないから、上手くいかないことも多くありました」
何せ誰かに教えることなどやったことがない。
エルにとっては初めての経験だ。
「最初に私がやったことは、見本を見せること。駄目なところを全て注意すること。それぐらいでした」
人に教えるにしては、あまりにも拙かっただろう。
「簡単に出来る人間が出来ない人間に対して、どうして出来ないのか理解することは無理。私だからこそ教えることなど不可能だという人達もいました」
何故なら感覚が違うから。
出来ない人間がどうして出来ないか、才能を持つ者は理解不可能。
成功が当たり前の世界にいる人間にとって、失敗を重ねる人間は未知の存在でしかない。
しかし、それは正しくもあるが断言出来るわけではない。
出来ない者のことを理解しようとして、自分の感覚を言語化して、頑張っている場合だけは違う。
「だけど相手が諦めない限り、私も教えることを諦めない。伝え方が下手くそでも、懸命に伝える」
何度でも何度だって、見本を見せて声で伝えて。
出来ないことに一緒に落ち込み、その度にどうすればいいかを必死で考えた。
「そしてレイナが出来た瞬間、自分のこと以上に喜びを持つ私がいました」
あの時のことをエルは絶対に忘れない。
忘れることはあり得ない。
何故なら、
「私は剣を振るうだけの人生ではない。剣を教えることも出来る。そう思えた瞬間でもあります」
それからエルは色々なところで、場所で、剣を教えている。
それが出来ると知ったから。
「だからでしょうか。やはりレイナは私にとって唯一であり、特別な弟子なのです」
大切なことを教えてくれて、自分の生き方を変えてくれた。
「まだ実力は不足していますが、私が抜かれるのも時間の問題でしょう」
「近衛騎士団副長がそこまで評価しているのは少々驚きだな」
「私とレイナでは見据えているものが違い過ぎますから」
神童と呼ばれ剣の研鑽に勤しんだエルとレイナの違い。
それは周囲の環境だ。
「大魔法士と始まりの勇者がいる戦闘メンバーに入っている理由を、レイナはしかと理解しています」
防御に長けている卓也に、意外性の和泉。
他にも精霊術で大精霊を呼べるフィオナや上級魔法を扱えるアリー、ココもいる。
だというのに戦闘メンバーとしてパーティを組めるのはレイナとクリスのみ。
そこに込められた意味は、どのような相手であろうと背中を預けられること。
もっと言うのであれば、どのような相手であろうと心配する必要がないということ。
心配性の二人が心配性を発揮せずに済むには、生半可な実力ではいられない。
「任された背中は〝最強〟と〝無敵〟の二人。私が抜かれるのも当然というものです」
エルは優斗のことを崇拝しているが、並び立とうと思ったことはない。
その違いは今後、顕著に表れていく。
「けれどそれを嬉しいと思えることが、本当に喜ばしいことであると師として感じています」
弟子が師匠を追い越していく。
エルにとっては師匠冥利に尽きるというものだ。
「もちろん易々と抜かせるつもりはありませんけどね」
ふっ、と表情を和らげて伝えるエル。
フェイルは彼女のことを見ながら、同じように表情を和らげた。
「エル殿がそのような表情をするのなら、私も弟子の一人や二人を取ってみたくなるものだ」
部下を指導したりはしているが、弟子を取ったことはない。
けれど彼女の眩しい在り方に、少しばかり興味が生まれてしまった。
「でしたら今度、小等学校の子供達を一緒に教えに行きませんか? 弟子を取る云々は置いておくとしても、新たな発見があると思います」
「そうだな。今度、ご一緒させて貰おう」
フェイルが頷きを返すと、エルは輝かんばかりの笑顔で喜んだ。
「はい。フェイルとであれば、子供達を教える時にもっと楽しくなるでしょうから」
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