第255話 気付いた矛盾


 ゲイル王国、謁見の間にて。

 続々と現れる貴族達に優斗とリライトの騎士達は目を丸くしていた。


「しかし、まあ……なんだ。ずいぶんと加担した奴らが多いんだな。貴方もよく頑張ったと労りたい気持ちになる」


「ありがとうございます、大魔法士様」


 玉座の前で立つゲイル王は、優斗に感謝の意を述べた。

 数人では収まらず、十数人はこの場にいる。

 この全てが愛奈を売り飛ばすことに賛成していたとか、ゲイル王は考えるだけで情けなくなる。


「それで、どの程度の処罰をするつもりだ?」


「先頭に立ち、皆を先導したオルノ伯爵は斬首による処刑及び領地と爵位を奪います。誘拐の場に居た者達も同様に。他の加担者は私の匙加減ですが、オルノ伯爵と同様の罰、もしくは爵位と領地の剥奪及び投獄五十年。それが妥当なところかと」


「随分と思い切ったことをするな」


「先代の不手際に対し毅然とした処分をしなければ貴国に他国、国民に示しがつきません」


 異世界人の重要性が分かっているからこそ、貴族だからといって甘くすることはない。


「とはいえ、この人数だと国内で混乱が生まれるんじゃないか?」


「すでに代わりとなる者を今朝から置いています。多少は問題も起こるでしょうが、すぐに落ち着くはずです」


「なるほど。オルノ伯爵が失敗すれば、芋づる式で他の奴らも捕まえることになる。であれば、あらかじめ準備しておくのも当然だな」


 ゲイル王は確固たる信念を持ってリライトに来た。

 ならば国内の統治をスムーズに行う手筈を整えていたのも当然のことだ。


「あとはゲイルの異世界人――柚木愛理に対してだが……」


 優斗は嘆息し、肩を竦めた。

 彼女も同罪とはいえ、ゲイル王国の貴族達のように処分することは出来ない。


「僕としては処刑で当然なんだが、問題が殊更に大きくなってしまうだろう?」


「そうですね。異世界人を殺すのは周囲の非難があるでしょう」


「となれば、遠く周囲に何もない場所へ軟禁……といったところか」


「私もそれが適当だと考えます」


 一生をそこで過ごさせる。

 ゲイル王国には何も関わらせず、生を全うさせる。

 それがベストだろう。


「であれば、こちらが言うことは何もない。処罰を言い渡すところ、安心して見届けさせてもらおう」


 優斗は頷き、ゲイル王に対して大魔法士として伝える。

 そして一人目の貴族が兵士によって、二人の前に連れてこられた。

 が、興奮したように鼻息を荒くした老齢の貴族は、


「――王よ!! なぜ私が裁かれなければならないのですか!?」


 ゲイル王が喋るよりも前に声を荒げた。


「私は自身の身を守るため、賛同せざるを得なかっただけなのに! 情状酌量の余地を考えてはいただけないのですか!?」


 自分は悪くない、と。

 仕方がなかったと声を大にしてゲイル王へ告げる。

 けれど優斗は首を捻り、


「賛同せざるを得なかった……というだけで処罰を言い渡すことはないはずだ。この男は何をやったんだ?」


「アイナ様を売った際に得た大金で、普通に豪遊していました」


「となると発言と行動が伴ってないな」


「そもそも賛同せざるを得なかった貴族の数名は、すでに私へ告白しています。分配されたお金も私へ渡していますので、彼の発言は理解しかねます」


 淡々と答えるゲイル王に老齢の貴族はさらに興奮する。


「だが今回、オルノ伯爵が手引きした件を私は知らなかった!!」


 揃いも揃って往生際が悪いというか、この国の貴族は皆がこうなのかと優斗はさらに同情してしまう。

 なのでゲイル王の肩を叩き、


「少し手伝おう。他にも反抗的な視線を向けている奴がいる中で、一人一人と同じやり取りをするのも手間なはずだ」


「ですが大魔法士様、貴方様へさらなるご迷惑を掛けるわけには……」


「気にしなくていい。愛奈を慮ってくれた礼だ」


 ずいぶんと楽が出来たのはゲイル王のおかげ。

 久しぶりに先手を取り続けることができた。

 なので優斗は一歩前に出ると、


「リライトの異世界人、宮川優斗だ。この件に深く関わっている異世界人だが以後、覚えていなくて構わない」


 この場にいる貴族全員が聞こえるように声を張り、わざわざ自己紹介した。


「さて。繰り返すようで悪いが貴方達がこの場にいる理由は二つのうち、どちらかには加担しているからだ。一つは異世界人の売買。もう一つは昨日にあったリライトの異世界人誘拐未遂」


 王城に連れてこられる時点で聞かされたであろう言葉を、再び優斗は言い放つ。


「どちらも極刑に値する重罪であり、国としても非難を免れることはできない」


 そこでオルノ伯爵を見ながら、嘲笑を浮かべる。


「とはいえ前者しか関わっていない人間は、大いにオルノ伯爵を恨んだほうがいい。オルノ伯爵達が欲を出さなければ、少なくともお前が犯した罪は表に出なかった可能性があるのだから」


 いずれ表に出た可能性は高いが、それでも現時点で露見した可能性はゼロに近い。

 とはいえ結果論なだけであって現状は全てが暴かれた状況。

 どれほど仮定を考えようと意味はない。


「ついでだが、貴方は今回の件は知らなかったと言ったな?」


 先ほど言い訳を並べた貴族に優斗は声を掛けて、憐れむように首を振る。


「この場において裁きの対象となっているのは、売買と誘拐未遂の両方だ。誘拐の一件を知らなかったところで、お前の罪が軽くなるわけでもない。情状酌量の余地は存在しない」


 あれこれ言ったところで意味がない。

 どうにかなる時点は過ぎ去っている。


「僕がここにいる理由は、お前達の罪がしっかりと裁かれたところを確認するためだ」


 と、そう言ったところで優斗は気付く。


「……ああ、いや、違うな。わざわざ確認しにきた、ということは微塵も許すつもりがないと同義だ」


 語弊がある。

 罪が裁かれる様子を見に来たわけではない。


「申し訳ない。言い方を少し変えよう」


 何のために来たのかと問えば、二度と愛奈に危険が及ばないようにするため。

 どうしてここにいるのかと訊けば、ほんの僅かな温情すらも認めないから。


「何を告げたところで救いはない。ゲイル王に陳情しようと僕が認めない」


 その甘さが愛奈の危険に僅かでも関わるのであれば、絶対に優斗は聞き入れない。


「だから吠えたところで、嘆いたところで、何を言い何を求め何を望んだところで――」


 時間の無駄でしかない。

 ゲイル王は裏付けを取っていて、ここに連れてこられた貴族は全て情状酌量の余地がない者達。

 故に、


「――結末は揺るがないと知っておけ」


 吐き捨てるように告げた言葉は、貴族達の淡い希望を全て打ち砕いた。



       ◇      ◇



 王様とアリーは日も暮れ始めた頃、執務室で書類の処理をしていた。

 時計を見ると作業を始めてからかなりの時間が経っており、手を止めて休憩だとばかりに王様は娘へ声を掛ける。


「そろそろユウトが戻ってくる頃だな」


「そうですわね。まあ、従兄様のことですから問題なく帰ってくると思いますわ。何かあったとしても彼に反抗できるほどの意思を持つ人間など、そうそういませんし」


 アリーも一段落したのか、書類を整えながら答える。

 すると王様は娘の『従兄様』という単語に大きく溜め息を吐き、


「しかしながらアリシアよ。アイナを守るためとはいえ、偽造書類はやり過ぎだ」


「そうでしょうか? わたくしが守るには、これ以上ないほどに役立つ偽造ですわ」


 造っただけの価値はある、と。

 今回の件でしみじみと感じた。


「大切なものを守るために最も必要とするのは、圧倒的で問答無用な力です。それが権力であれ、実力であれ、同じ土俵に立ってしまったことが最悪だと思われなくてはいけません」


 後手に回ることなどしない。

 常に先手を取ることこそが最上の結末を迎えられる。

 終わりがよくとも途中が駄目なら、愛奈を不安にさせてしまっただろうから。


「そして、わたくし達の中で十全に力を扱えるのは、わたくしとユウトさんしかいないのですわ」


 清濁を併せて使う人間など、それこそ二人だけ。

 他の仲間は総じて尊敬すべき清らかさを持っている。


「であれば偽造したほうがわたくしは守りやすい。清廉潔白で挑み、大切な者を不安にさせることはしません」


 優斗とアリーは清廉さだけを以て戦った場合、どうにでも出来るわけではない。

 何もかもを使った上でどうにでも出来る。

 とはいえ王様は平然と宣った娘の発言に、ある意味で頭を悩ませてしまう。


 ――清濁を併せ持つ王女、か。


 女王となれるように教育を施したことは認める。

 蝶よ花よと育てていないことは、王様が誰よりも理解している。

 だがアリーは王様の予想を超えて、あまりにも冷徹に世界を見ていた。


 ――アリシアの場合は生来の気質……なのだろうが、確かにユウトと似ているな。


 敵と見做した場合、蹂躙こそが最高の解決方法だと断言する。

 状況を考えて情状酌量を考えるのは当たり前だが、救いが必要ないと判断すれば逡巡も迷いもなく断罪してしまう。


「清廉さだけで圧倒できるのは、修様のように偶然という偶然を引き寄せる人物。もしくはアイナちゃんのような天才だけですわ」


 もちろんアリーも本来ならば、真っ当にやるに越したことはない。

 けれど出来るのは勇者や天才という一握りの人間のみ。

 他の人間では不可能だ。

 王様はアリーの言ったことに納得しながらも、彼女が下した評価に対して気になった点を確認する。


「……天才、か。ユウトが評している人間達こそが『天才』だと、アリシアも思うか?」


 天才とは、突出した能力があれば呼ばれることが多い。

 普通の人間よりも凄いと思われた時点で、そう見られてしまう。

 過程を考えず、結果だけを見て評価される場合も多々あるのが現実だ。

 どれだけ努力しようと、どれだけ足掻いていようと、実力が高ければ天才だと呼ばれてしまう場合がある。

 同じように努力した場合、同様の実力を得られる可能性があるとしても、だ。

 だから今代の大魔法士は首を横に振る。

 天才に時間は必要ない。普通の人間とスタートラインが圧倒的に違うのだから。


「そうですわね。修様とアイナちゃんを見ていると、わたくしもユウトさんに同意見です。ですが……」


 ふとアリーは思うことがある。

 天才とは、よく分からない生き物だ。

 絶対数があまりにも少なすぎて、どのような存在なのかが不明瞭になっている。

 だから、


「修様を知らなければ、アイナちゃんこそ至上の天才だと思ったでしょうね」


 一を聞いて十を知り、十を知っては二十と動く。

 これだけでも十分に理解の範囲外だ。

 普通の人間とは異なっている。

 比較できる天才がいなければ、愛奈こそが至上の天才だと思えてしまう。


「シュウを知らなければ、か。確かにその通りだな」


 王様もくつくつを笑う。

 修の場合は想像を斜め上を駆け上がるどころか、さらに三段飛ばしで明後日の方向に向かっている。


「アイナちゃんの才能は合理性を吹き飛ばした先にあるものだと思えますが、修様の才能は理解すら拒みたくなります」


 基本などどうでもいい。

 加えて知識も経験も何もかもを必要としない。

 必須なのは唯一、意思のみ。

 たったこれだけで実力が際限なく上がっていく。

 あまりにも人間から外れすぎていて、まさしく勝利の女神から寵愛を受けた存在。


「とはいえ修様ほどの天才だからこそ、千年来の伝説に相並ぶと言えるのですわ」


 リライトの勇者は、愛奈以上の才能を持つからこそ大魔法士に並べる。

 異世界召喚があり、勇者となり、そして今や世界に名を馳せようとしている。

 幻となった二つ名を再び世へ引きずり出した至上の才能の持ち主。

 彼女はその事実を嬉しそうに語り、そして――



「……あれ?」



 初めて当たり前……だと思っていたことが、何か整然としていないことに“気付いた”。

 アリーはふと引っ掛かった違和感に表情を一変させる。


「……ちょっと待ってください。それだとおかしい……ですわね」


 マティスが召喚し、同等まで至った無敵の勇者。

 大魔法士がいて、始まりの勇者がいる。

 千年前も今も変わらない順序だというのに、


「……だとしたら、どうしてユウトさんは『最強』へと至ったのでしょうか?」


 そう、そこがどうしようもなく“おかしい”。

 千年前からの在り方について主導権を握り、語っていたのは宮川優斗。

 内田修に対しても、自身に対しても、過去に対しても運命論を用いて筋が通る説明をしてきた……と思っていた。

 だが、


「運命論で考えると“繋がっていない”」


 当たり前のように優斗が語ったこと。

 どこまでも千年前の焼き増しのように紡いだ言葉。

 しかし唯一、繋がっていない点がある。


「あまりにも不自然な点が一つあるというのに、なぜ……」


 千年前と似ているのなら。

 まるで同じだと言ってしまえるように繋がっていくのなら、だ。





 宮川優斗の言葉そのままでは、彼が最強であることは“あり得ない”。





 どうしたって論理的に繋がっていない。

 むしろ順序が逆転してしまっている。


「であれば、どこかに……」


 アリーは優斗と修と交わしてきた会話を思い返す。

 宮川優斗と内田修がどのような存在なのかも今一度、考え直す。

 たくさんの言葉を紡ぎ、たくさんの話をしてきたからこそ、アリーは導き出すことが出来る。


「………………」


 アリーが特に注意して記憶を掘り返したのは二人の過去。

 優斗と修が語ってきたことから、月日の符合を精査する。

 そして、


「…………まさか……“七年前”……?」


 アリーは口元に手を当て、さらに深く考え込む。

 王様は急に様子が変わった娘に対し、声を掛ける。


「アリシアよ。何に気付いたのかは分からないが、それはユウトすら気付いていないことではないのか?」


「わたくしが気付いて、ユウトさんが気付いていないなどありえません」


 現在における着眼点と発想力の柔軟さはアリーのほうが僅かに上だろう。

 だが過去と未来を見通す推察力の高さは優斗が上。

 アリーが気付いたことに対し、彼が気付いていないわけがない。


「今代の大魔法士は奇跡も偶然も望めない運命論者です。なのに『最強』だということは……」


 可能性を考えれば十分にあり得るというのに、一言も彼は喋っていない。

 つまり、





「……彼は一つ、はっきり矛盾していることを隠していますわ」



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