第240話 guard&wisdom:異世界人の中で

 

 

 レキータ王との話も終わり、側近に連れられて謁見の間から出てくる一向。

 そして廊下を歩いている途中、克也が和泉に確認を取ってきた。

 

「だけど知識チートって一つも出来ないのか?」

 

「こちらに電話などがないことから、通信関係に強いのならば出来ないことはないとも思ってる。あとは完全に向こうの知識だけで出来てなくてもいい、というのであればこれがある」

 

 和泉は自分の武器を取り出して克也に見せる。

 

「ズミ先、これ拳銃か?」

 

「見た目だけだ」

 

 あくまで形が拳銃なだけであって、中身は全くもって違う。

 

「刹那、これに対して知識チートで物言うとしたら何が思い浮かぶ?」

 

「……そうだな。ライフリングがメジャーだ」

 

「だったら中を覗いてみろ」

 

 和泉が拳銃を渡すと、克也は銃身の腔内をしげしげと眺める。

 何も刻まれていないまっさらな状態だ。

 

「ライフリングを刻まなかったのか?」

 

「刻めない、といったほうが正しい」

 

 そして今度はシリンダーから銃弾を取り出し見せてみる。

 

「……魔法陣?」

 

「そうだ。これには攻撃魔法が描かれている。それに銃弾とはいえ、火薬も用いてなければ薬莢部分があるわけでもない」

 

 ただの鉛の塊だ。とてもじゃないがこれで魔物を倒すことも出来ない。

 

「じゃあ、どうやって飛ばしてるんだ?」

 

「風の魔法だ。撃鉄部分に銃弾を飛ばす為の魔法陣を刻み、シリンダーには弾を回転させる魔法が仕込んである。距離も命中率も興味がないから、ある程度真っ直ぐ飛んでくれれば構わない」

 

 技師の自分が精密射撃をしたいわけでもない。

 戦闘は戦闘専門の人達に任せればいい。

 

「弾丸がこういう構造になっているから、ライフリングを刻むと魔法陣が一定の確率で変形を起こして使い物にならない。さらに適切な螺旋回転を与える為の角度計算式を知らない上に加工方法がよく分からんのだから、二つの問題を解決するには試行錯誤どころじゃなかった。試しにやってみたが五○回連続で失敗した時点でライフリングは諦めた」

 

 とりあえず螺旋状のものを刻めば何となる、といった体では必ず失敗する。

 “そういうもの”としか知らない時点で、技術は破綻に至ってしまう。

 

「そもそも銃弾の大きさが地味に均一にならず、火薬なんてものはこの世界だとあまり注力して開発されていない。俺は元々、拳銃の形をさせた魔法銃を作りたかっただけなので気にしなかったが、本物を開発しようとするのは夢のまた夢になる」

 

 火薬の種類や構造、失敗しない為の知識と技術が不足しているから和泉に造れるわけがない。

 

「過去、この世界は異世界の恩恵を幾つか受けている。貨幣や学校・学院が四月に始まってることなどは良い例だ。調べていけば日本人が関わって何かしら作っていることがもっと分かるだろう。けれどそれは両者が協力し、時には精霊すらも協力して作り上げられたものだ。セリアールのことを何も知らず、何一つ知る気がない異世界人の独りよがりで出来るわけがない」

 

 セリアールのことを知らずに『異世界とはこういうものだ』と断じてしまえば、その時点で知識チートは破綻しているも同然。

 

「なるほど。つまり一般的な知識チートっていうのは、相当深い知識と技術力に加えて現地の理解と協力が必要なんだな?」

 

「そういうわけだ」

 

 拳銃を仕舞いながら和泉は頷いた。

 すると、廊下の片隅で僅かな歓声があがったことに和泉達は気付く。

 何が起こったのかと言えば、卓也とリルの存在に気付いた女官や兵士がはしゃいだが故の抑えきれない声だ。

 卓也とリルは僅かに驚いた様子を見せるが、無視することもできないので僅かに手を振って応える。

 レイナと和泉は二人の姿に眦を下げて、苦笑交じりの笑みを浮かべた。

 

「誰かが演劇を見に来ていたのだろうな」

 

「面が割れているから、そういうことだろう」

 

 手を振って貰えた女官や兵士は心底嬉しそうに騒ぐ。

 その様子がさらに伝播し、卓也とリルは何人も何十人もの人達を相手に手を振りながら歩き続けるはめになった……と、その時だった。

 柱の影から一人の青年が腕を組み、壁に寄り掛かってこっちを見ている。

 和泉とレイナはげんなりとし、

 

「……出たか」

 

「あの様子だと謁見の間に入れない状況を考えて待ち伏せたのだろう」

 

 ミルも気付いた瞬間に克也の後ろへさっと隠れる。

 卓也とリルは気付くことに遅れたが、彼の存在を認識した瞬間に和泉達と同様にげんなりとした。

 側近は全員の前に立ち、誰よりも早くレキータの異世界人に言葉を告げる。

 

「タイシ様。すでにレキータと彼らの間で話し合いは終わりました。無用なトラブルは避けていただきたい」

 

「言ったはずだよクロノ。これは彼らの手に負える話じゃない、と」

 

 けれど側近の言葉は通用しない。

 目を細め、口元に微笑を浮かべるレキータの異世界人。

 

「クロノは事の大きさが分かってない。君達の知識では届かない領域の話なんだ、これは」

 

 まるで決め台詞を喋るかのように自信に満ちたレキータの異世界人。

 一方、卓也と和泉は彼の言葉に戦慄を覚えていた。

 

「……オレ、背筋がぞわっとした」

 

「奇遇だな。俺も全身に鳥肌が立った」

 

「あの程度の台詞は優斗のおかげで聞き慣れてるはずなんだけどな」

 

「というよりは“あれ”が似合うと思えてしまう優斗の厨二具合に憐憫さえ覚える」

 

 本人は大魔法士モードに入ると口調も台詞も嫌みったらしくなり、まさしく厨二病を完全解放したかのようになるが、あれが似合うのは実力と威圧感と本性がまさしく合致しているからだ。

 普通っぽい人間がやったところで似合うわけがない。

 だがレキータの異世界人は決めた様子で細めた目のまま、今度は女性陣に視線を向ける。

 

「ところで、昨日はどうして鍛錬所に来なかったのかな?」

 

 けれどリルもミルも反応しない。

 唯一、レイナだけは視線を鋭くさせたが、レキータの異世界人は女性陣が返答しないことに対して明後日の方向へ結論を導き出した。

 

「彼らが無理矢理連れて帰った。そうなんじゃないかな?」

 

 これが正解だろう、とばかりに断定的な問い掛けだった。

 さらにレキータの異世界人は克也にも問い掛ける。

 

「そして君、魔法は扱えるのかい?」

 

 唯一、同じ日本人であることを聞いた相手に対しての質問。

 克也は素直に『魔法を扱えるのか』ということに対して答える。

 

「俺はまだまだ修行中の身だ」

 

 魔法など上手く使えない。

 この身に受けたチートは精霊術なのだから。

 けれど、克也の答えが何を示すものか短絡的に考えるのならば、

 

「つまり君は“その程度の能力”しか得ていないわけだね」

 

 与えられたチートレベルは低い、ということになる。

 

「だから君達は俺の知識に目を付けた。それが分かったのだから、このまま黙って返すわけにはいかない」

 

 と、ここでレキータの異世界人は柔らかい笑みを浮かべた。

 

「とはいえ暴力は苦手でね。俺の“力”を見せてあげるから、無駄な抵抗をしない為の現実を知るといいよ」

 

 まさしく上から目線で語りかけるレキータの異世界人。

 けれど、これ以上の発言はレキータにとって問題となる。

 だからレイナが釘を刺した。

 

「根拠のない無礼な発言は控えろ。今後も同じ事を言うのであればリライト・イエラート両国への侮辱と取らせてもらう」

 

「侮辱? つまりそれは事実だと言っているようなものだね」

 

「控えろと言ったことが理解できなかったのか?」

 

 しかし彼女の言葉でさえレキータの異世界人は都合良く意味を捉える。

 さらに側近までもがレイナに加勢をしたのだが、

 

「タイシ様、国同士の問題にするおつもりですか?」

 

「まさか。その前に終わらせたいからこそ誓約書も提案したんだよ」

 

 つまりレキータの異世界人にとって、彼の言葉は上位から下位に向けての慈悲だ。

 強者が弱者に贈る問題回避の為の提案。

 

「それに彼女達は彼らに騙されている可能性が高い。“本当の異世界人”がどういうものか、教えてあげたほうがいいと思ってるんだ」

 

 異世界人の中でも自分こそが“特別”だと示す言葉。

 他の異世界人は『自分よりも劣っている』からこそ『異世界人』という幻想に騙されている、と言っている。

 まるで憐憫さえしているように思える彼の視線に対して、

 

「……うるさいわね」

 

 案の定というかやっぱりと言うべきか、リルの瞳に怒りの炎が灯った。

 元々、堪忍袋の緒が一番短いのは彼女だ。

 激烈王女と呼ばれた短気具合は今でこそ落ち着いてきたとはいえ、完全に消え去っているわけではない。

 だから、

 

「あんた、さっきからうるさいのよっ!! グチグチグチグチと、あんたが見に来いっていうなら見に行ってやるわよ!! だからいい加減、黙りなさい!!」

 

 ため込んだ怒りを爆発させるかのような怒声が廊下に響いた。

 いきなりの怒声に身体を震わせたレキータの異世界人に対し、リルはずかずかと歩こうとして……卓也に止められる。

 

「落ち着けって」

 

「だってあいつ、みんなのこと馬鹿にしてるわよ! 許せるわけないじゃない!」

 

「オレは許せって言ってるわけじゃないんだよ」

 

 なおも進もうとするリルを無理矢理に抱きしめて、卓也は動きを封じる。

 さらに暴れる前に間髪入れず声を掛けた。

 

「なあ、リル。オレ達も少しずつでいいから、こういうことに対処できる術を覚えていこう。前にもあって今日もあったってことは、何度も同じ事が起こる可能性は十分ある。いつまでも優斗達に頼ってられないだろ?」

 

 こういった時、彼らの存在が本当にありがたいと卓也は思う。

 面倒事に関わったとしても、いつも冷静に対処できる面々が表立って処理をしてくれているのだから。

 

「だから今日はちょうどいい練習になったってことだ」

 

 別に悪意があるような敵ではない。

 なので面倒なことは確かだが、前向きに考えよう。

 結局のところは彼が一人で空回りしているのだから無駄に被害が広がる心配はなく、尚且つ自分達の練習にも使えると思えば悪くはない。

 背中を柔らかくぽんぽん、と叩きながらあやすようにリルを落ち着ける卓也。

 

「……まったく、もう」

 

 すると想いが通じたのか、リルの身体からゆっくりと力が抜けていった。

 

「ほんと、そう考えられるってことが“貴方”の凄いところよね」

 

 呆れているようで、誇らしげな声。

 リルは抱きしめてくれている彼へ身体ごと預けるように寄り掛かる。

 そして彼の首元に顔を埋めながら、

 

「確かにこれだと憧れてくれてる人達に笑われちゃうわ。こんなことも我慢できないの? って」

 

「まあ、無理に変わる必要はないし変われないだろ。けれど出来る範囲のことをやっていこうな」

 

「そうね」

 

 お互い、僅かに離れて微笑み合う。

 けれどリルはそこで卓也から完全に離れることはせず、彼の右腕に自らの左腕を絡ませた。

 すると周囲から隠しきれない歓声が聞こえ、すぐ近くからは呆れ混じりの溜め息と賞賛するような眼差しが届いてくる。

 

「どうしたんだよ?」

 

「どうしたの?」

 

 周囲の変化に戸惑いを隠せない二人。

 けれど克也とミルから、まずは賞賛のような言葉が贈られる。

 

「さ、さすが卓先とリル様だ」

 

「タクヤとリル、すごい」

 

 次いで呆れ混じりの溜め息を吐いた和泉とレイナからも、からかうような言葉を掛けられる。

 

「こんなことでさえイチャつけるお前達は相当にレベルが高いと思っただけだ」

 

「時と場所を考えろ……とまでは言わないが、お前達が本にまでなった理由を再確認した」

 

 怒鳴ってしまったリルを落ち着けるだけかと思えば、まさかイチャつき始めるだなんて誰が想像できるだろうか。

 しかもそれが実に様になっていたので、さすがは世界一有名なカップルである『一限なる護り手』と『瑠璃色の君』だと賞賛するしかない。

 

「さて、怒鳴ってきた相手がいきなりイチャつくという想定外過ぎる行動にレキータの異世界人も面を喰らったようだが、どう動くだろうか?」

 

 和泉が興味深げに青年の様子を伺う。

 彼は目を丸くしていたが、すぐに思案するような仕草を見せた。

 そして十数秒ほど考えて結論が出たのか、再び笑みを零す。

 

「なるほど。思っていた以上に根は深いみたいだね」

 

 どうやら二人のイチャつきを見ても、未だに騙されている考えは捨てなかったらしい。

 そして彼が結論を口にした瞬間、気が立ったような緊張が周囲に生まれる。

 というのもギャラリーが苛立った様子を見せたからだ。

 

「和泉、どのように動く?」

 

「全て無視して帰る、というのは厳しいと判断せざるを得ない」

 

 和泉やレイナもどのように応対するべきかと考える。

 リルが怒鳴ってしまったので、レキータの異世界人を無視して帰るのは難しい。

 どうしたものかと思考を巡らせていると、周囲にいる中から一人の少女が前に出てきた。

 

「あ、あの! タクヤ様、リル様!」

 

 克也と同じくらいか、それより幼い感じの少女は真っ直ぐ二人に向かって歩いて行く。

 

「……えっ?」

 

「な、なんだ?」

 

 もちろん突然のことに戸惑う卓也とリルだったが、少女は二人の前に立つと手に持っていた本とペンを凄い勢いで差し出した。

 

「サ、ササ、サインをいただけないでしょうか!? ファンなんです!!」

 

 緊張しているのか、僅かに震えながら両手を突き出して頭を下げている。

 状況が状況故のトンチンカンな行動に側近が彼女のことを引き離そうとしたが、リルが反射的に手で側近を制した。

 

「あんた、どうして声を掛けてきたの? さすがに今が声を掛けられるタイミングじゃないってことぐらい、分かってたわよね?」

 

 自分が怒鳴ったことやレキータの異世界人の言葉によって生まれた緊張に対して、赤の他人が割り込む状況ではない。

 それは少女であったとしても、王城に勤める女官であれば簡単に分かるようなことだが、

 

「……その、確かに迷惑だとは思いましたが、私の憧れているお二人が不当に言われていることを許容するなど出来ません」

 

 彼女にとっては、二人が物言いをされている状況こそが許せなかった。

 だからこそ無理矢理にでも飛び込んで、無理矢理にでも今の会話を終わらせたかった、ということ。

 リルは少女の言い分に小さく息を吐きながら告げる。

 

「それでも状況を見計らって声を掛けなさい。被害に遭うのはあんたよ」

 

「……申し訳ありません」

 

 さらに深々と頭を下げる少女だったが、リルはこれ以上の注意はせずに柔らかい笑みを浮かべた。

 

「謝る必要はないわ。だって、それぐらいあたし達のこと憧れてくれてるんでしょう?」

 

 そして少女に近付きペンと本を受け取る。

 思わず顔を上げた少女に対して、リルは肩に優しく触れながら尋ねた。

 

「あんたの名前は?」

 

「ウェ、ウェンディと言います」

 

「よく本とペンを持ってたわね」

 

「昨日、お姿をお見かけしたので……。もし今日も王城へ来て下さり、時間があるのであればサインをお願いさせていただこうと浅はかながら考えてしまったのです」

 

「なるほどね。どうりで準備がいいと思ったわ」

 

 リルは会話をしながら、受け取ったペンで本にさらさらっとサインと彼女宛のコメントを残して卓也に回す。

 卓也も同じように……とはいかないが、若干四苦八苦しながらサインを書いて少女にペンと本を渡した。

 

「ウェンディ、あんたの勇気に感謝するわ」

 

 さらに二人は握手をして彼女を送り出す。

 送り出された彼女は本当に嬉しそうに本を抱きしめながら、同僚の女官達のところへと戻っていく。

 するとどうしたことか、周囲の張り巡らせられた緊張が霧散してにわかに期待するような雰囲気になった。

 そこに何の意図が含まれているのかリルは察し、

 

「この状況なのに一人やってあげたんだから自分も――なんて考えの奴、あたしが嫌いなのは本を読んでればわかるだろうけど……それだとあの子に対して申し訳が立たないのよね」

 

 少女がやってくれたことを無碍にしたくはない。

 せっかく壊してくれた空気を引き戻すことは、彼女に対する冒涜だともリルは考える。

 なので、

 

「今から十五分、本当に欲しいならサインでも握手でもするわ。ただしウェンディの勇気に敬意を表して、あんた達にはあたしか卓也のどっちか片方だけよ」

 

 珍しく茶目っ気を出したリルの笑顔と言葉に周囲の兵士や女官からは歓声があがり、一斉に自分が持っている本を取りに戻っていった。

 

「な、なんか凄い人数が消えていったな」

 

「あ、あれ? 案外、多いわね」

 

 想像以上に多い人達が動いたので、卓也もリルも驚いてしまう。

 もちろん動かなかった者達もいるが、その中の数人は先に握手を求めてきた。

 そして僅かな会話と握手をし終わったあと、リルはサインを求めてくる人達が戻る前にレキータの異世界人へ声を掛けた。

 

「あんた、邪魔だから先に鍛錬場へ行ってなさい。怒りに身を任せたとはいえ発言に責任は持つわ。見ることだけはやってあげるわよ」

 

 完全に蚊帳の外になった青年はリルの言葉に対して声を出そうとしたり動こうとしたりするのだが、今の状況がひっくり返るわけがない。

 かといって和泉達に話し掛けるにしても、何を話していいのかも分からないだろう。

 結果として、変に右往左往したあとにレキータの異世界人は諦めたように鍛錬場へと向かっていった。

 和泉は彼の去って行く様子を見ながら、自分達が行った遣り取りについて客観的な感想を述べる。

 

「レキータの異世界人の言動は想定内のことだというのに、やはり俺達だけだと後手後手に回る。極悪従兄妹コンビがいないと、こうまで上手くいかないか」

 

 優斗やアリーがいれば、この事態へ陥ることはなかっただろう。

 クリスであっても、ある程度の問題は回避されたはずだ。

 つまりは鍛錬場に向かう状況に陥らないし、この程度の相手であれば絶対にこの瞬間で終わっている。

 けれどここにいる面子は口頭での争いに長けていないからこそ、問題が長引いてしまっていた。

 

「護衛である私の失態だ。すまない」

 

 レイナが僅かに悔しそうな表情になる。

 しかし彼女とて戦闘特化型であって、口論は専門外だ。

 

「いや、直接手を出されていないのだから難しいところだろう。仮にも相手はレキータ王国の異世界人だ。現に俺もリルが怒鳴ることを止められなかった」

 

 和泉の論理的思考も優斗やアリーに近いものはあるが、いかんせん相手の言葉を容易く反論する穿った捉え方と徹底的な否定――邪悪度や極悪度が足りない。

 あの二人の反論の強さは相手の言動から本質や本性を見抜いた上で抉り、へし折り、粉々に打ち砕くこと。

 さらに言葉の意味を逆手に取り、否定することが出来ないまでの圧倒的暴論を組み上げる性質の悪さ。

 そんな詐欺師のようなことを和泉達が真似するのは、容易どころか出来るわけがなかった。

 側近も和泉達に頭を下げる。

 

「大変、申し訳ありません。まさかの連続で私の対応が遅れてしまいました」

 

「今のやり取りについては互いに不問にしないか? 双方、失態があった。それに卓也とリルの人気に今回は助けられたが、こんな偶然はもうないだろう」

 

 今回のファインプレーは卓也達のファンである少女の行動だ。

 それがあったから口論がサイン会に変貌するという突飛なことが起こった。

 

「とはいえ一つ、気になることがある」

 

 和泉は本を取りに行っていた面々が戻ってきたので、そちらへと視線を向ける。

 彼らから漏れてくる言葉をよくよく聞いてみると『リル様とタクヤ様に文句を言うとか何様のつもりかしら? 引き籠もりのくせに』『あのお二方を邪魔する輩などレキータには不要ですわ』『本当に何を考えてるんだ、あいつは』などなど、ボロクソに言われている。

 なので側近に訊いてみた。

 

「もしレキータの異世界人が今以上の問題を起こした場合、王城内で不満が爆発する可能性はないか?」

 

「私も同様のことを思いました」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 即席サイン会も終わり、六人と側近は鍛錬場へと足を運んだ。

 そこにはすでに剣を振っているレキータの異世界人の姿があるが、レイナが開口一番呆れ果てるような声音で言った。

 

「遅すぎる」

 

 剣を振っている、というよりは剣に振られている。

 戦う者としてどれだけ好意的に見ても剣を習っている動きではなかった。

 レイナとて彼が強さを偽っている可能性も一瞬考えたが、自身の強者センサーには一切引っ掛からない。

 それに本当に強い者は隠しても節々に隠しきれない凄みがあるので、ほぼ間違いなくレキータの異世界人は素人だ。

 

「これだとセツナの方がよほど剣を振ることができる」

 

「本当か、レナ先?」

 

 嬉しそうな様子で聞き返した克也にレイナは大仰に頷く。

 

「お前の頑張りがよく分かると言っただろう。あの男と勝負したところでお前が勝つはずだ」

 

 克也が剣を習い始めたのはおよそ半年前。

 最初はへっぽこだったと聞いているので、彼が鍛錬を重ねて目覚ましく成長していることは実際に手合わせしたことで知っていた。

 

「世の中に習う必要がない例外的な人物がいることは知っているが、レキータの異世界人がそれに該当すると私は思えない」

 

 そしてそれが日本人であることを考えれば、どうしたって異端だということをレイナは分かっている。

 卓也も克也も同意するように首肯した。

 

「まあ、普通はいきなり戦闘になったところで戦えないよな」

 

「俺も最初に魔物と戦った時は卓先とクリ先、ルミ先がいなかったら死んでたかもしれない」

 

「だから修、優斗、正樹さんの三人は例外中の例外なわけだけど……っていうか勇者二人に大魔法士が例外じゃないわけないか」

 

 克也達に出会った頃の話も含めて会話に花を咲かせる。

 そしてしばらくの間、色々とやっているレキータの異世界人の動きを視界の端に入れながら与太話をしていたのだが、

 

「さて、ここからが本番だ」

 

 レキータの異世界人はそう言って、いきなり左脇に剣を収めた。

 同時に一呼吸を入れ、

 

 

「ディヴァイン・スラッシュ」

 

 

 なんか聞こえてきた謎の名前と共に、レキータの異世界人は横薙ぎを一発。

 そして剣を振った反動を用いて独楽のように回転し、もう一度横薙ぎ。

 二度目の斬撃が終わると同時に残心しているのかポーズと取っているのかは分からないが、振り抜いたままピタリと止まった。

 けれど“二十二歳男性”がやったことに対して、卓也どころか和泉も顔の表情が引き攣ってしまう。

 

「……卓也。今のは何だ?」

 

「……ひ、必殺技じゃないのか?」

 

「攻撃を放つ際に必殺技を口にする必要はどこにある?」

 

「オ、オレに訊くなよ。レイナの“曼珠沙華”みたいなものなんだろ?」

 

「馬鹿を言うな。あれは超高速の瞬撃だからこそ問題がないだけだ」

 

 加えて身体への負担を考えて無用に連発させない為、告げることによって制限を解放していく方式を採用している。

 台詞は完全に和泉の趣味だが。

 しかし、そうではないのに技名を言うのは何故なのだろうか。

 

「VRMMOであれば分かる。技名を言わなければスキルが発動しない」

 

「っていうか大層な必殺技の名前だな。ゲームだったらMP消費量が高そうだ」

 

 必然性があるから技を叫んでいる、であれば分かる。

 だがセリアールにおいては、魔法や大精霊召喚以外に必然性はないはず。

 すると克也が手を挙げ、

 

「俺も教官に怒られたぞ。意味がない叫びは相手に攻撃動作を察知させるだけに過ぎないって」

 

「怒られたって……例えばどんなことを言ったんだ?」

 

 卓也が分かりきっているオチに確認してみると、克也はスイッチが入ったのか前髪をファサっと上げたあとに右手で柄を持ち左手を前に掲げ、

 

「黒き鮮烈なる刃にて切り刻まれるがいい!」

 

 決め台詞を文字通り決めながら告げる。

 だが、

 

「ありきたり過ぎてお前の教官も怒るな、それは」

 

「まずお前の剣が黒くない上に独創性がない。十点だ」

 

 卓也と和泉が変な観点から否定する。

 けれど克也も駄目出しをされたのに「ふっ、卓先達が理解できることはない虚無の真理だからな」と完全に刹那へモードチェンジしていたので、大してダメージを受けていない。

 とはいえミルが克也の袖を引っ張り、

 

「だいじょうぶ。かっこいい」

 

 などと応援した途端に彼の表情が何とも言い難いものに変わった。

 その理由は簡単なもので、ミルの前では刹那ではなく克也であると宣言しているから喜んでいいのか判断に困るからだ。

 レイナは隣でコントをしている四人に嘆息しながらも、レキータの異世界人の必殺技? のようなものに対するコメントを口にする。

 

「そもそも動きが大きい。威力としても必殺技と呼ぶには粗末なものだろう。例え不意に叫ばず油断を誘う為の罠だとしても、これに引っ掛かったり攻撃を受けてしまうとすれば二流以下だ」

 

 この感想は壁を越えた者であるレイナならではの感想。

 というわけで、

 

「もし罠だったら引っ掛かるよな? オレは引っ掛かる」

 

「魔物や強い相手だと警戒するだろうから引っ掛からないとは思うが、レキータの異世界人であれば俺も簡単に引っ掛かる自信がある」

 

「突然に技名を叫ばなかったら、俺は卑怯だと怒るぞ」

 

「たぶん、びっくりする」

 

 不意打ちの為の仕込みだとしたら、レイナ以外は完全に引っ掛かる。

 そもそも彼女の考えに賛同できる人材がここにはいない。

 卓也は異世界人の中でもチートで得たものを防御・治療魔法にほとんど捧げている後衛タイプなので、防げるだろうが引っ掛かる可能性はある。

 逆に和泉は奇襲などに強いので気付くことができても、そもそものスペックが異世界人最低レベルなので対応できない。

 克也は戦闘以前に目下訓練中。

 リルは真っ当な王女なので、普通の王女よりわずかに優れていようと戦闘能力自体ほぼ無しと言っていい。

 ミルもフィンドの勇者パーティの一人だったとはいえ、唯一戦闘能力が低かった。

 つまりこの面子で一流の実力を持つレイナの感覚を把握するのは困難だ。

 

「あんたの意見って少し難しくなると誰も理解できないわよ。ここにいるのは戦闘能力二流以下しかいないんだから」

 

 リルがレイナに対して諦めろ、とばかりに事実を述べた。

 しかし彼女達が話している間もレキータの異世界人の動きは止まらない。

 

「そして俺の本当の実力を“魅せよう”」

 

 右手を前に翳した瞬間に魔法陣が生まれ、そこから炎玉よりも僅かに大きいものが放たれる。

 和泉は放たれた魔法をまじまじと見ながらレイナに確認を取った。

 

「初級……いや、中級の詠唱破棄といったところか?」

 

「その通りだ」

 

「レナ先、どれくらい凄いんだ?」

 

「それなりに、といったところだろう。あの程度の威力だと中級の詠唱破棄の中では最下層だ。とはいえ初級よりも威力が強いことから、普通の冒険者や兵士を目指す分には上出来過ぎる部類になる」

 

 しかしながらレイナが言っているのは、あくまで一般的な戦士と相対的に考えれば、の話だ。

 異世界人の中では特に目立つことのない普通の出来事でしかない。

 

「ふふっ、上手くいったね」

 

 レキータの異世界人は魔法が的に当たったのを確認したあと、意味ありげな視線をこちらへ送ってくる。

 だがレイナは腕を組んで難しい表情を浮かべ、

 

「随分とご満悦な様子で私達を見ているが、レキータの異世界人が言っている『異世界人としての証明』は詠唱破棄のことなのだろうか?」

 

「わざわざ見せたってことは、そういうことだろ。オレとしては理解できる範囲だよ」

 

 でなければやる意味がない。

 詠唱破棄がレキータの異世界人にとっての証明であり、彼の“力”を示すものだと考えているのだろう。

 だから、いまいち納得できていないレイナに和泉が補足説明する。

 

「異世界系の作品では詠唱破棄が凄技の一種にされる傾向が多い。つまり『え、詠唱破棄だと!?』と驚かれるような展開を目論んだ可能性は低くない」

 

 実際、方向性としては完全に間違っているとも言い切れない。

 リライト魔法学院とて中級魔法の詠唱破棄を目的として取り入れているのだから。

 

「それに、だ。あれぐらい出来るのであれば異世界人としては合格だろう」

 

「しかしだな。あれほどのことを言ったのだから、もっと、こう……ないのだろうか?」

 

 レイナの度肝を抜くような何かがあってもいいはずだ。

 これでは本人の自己申告と差異がありすぎる。

 あまりにも普通すぎて“つまらない”とさえ感じてしまう。

 だが和泉は彼女の肩を叩き、残念そうに首を横に振った。

 

「レイナ。お前は修と優斗に毒されすぎだ」

 

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