第124話 小話⑨:料理は良いものです&優斗とフィオナの実情



※料理は良いものです

 

 

 

 

 卓也とリルが二人並んで歩く。

 向かう先はトラスティ家。

 

「最近、さらに暖かくなってきたわね」

 

「もう4月だからな。桜も見頃だ」

 

 バルトや騎士達に挨拶をしながらトラスティ家へと入っていく。

 慣れたものでラナの出迎えにも軽く挨拶して広間に向かう。

 すると、だ。

 

「よーし、ママも同じように言っちゃいますからね」

 

 広間ではフィオナがマリカを膝に乗っけながら、

 

「あーう?」

 

「あう」

 

「あい?」

 

「あいっ」

 

「たーい?」

 

「たーいっ!」

 

 ……なんかやってた。

 赤ちゃん語、とでも言えばいいだろうか。

 それで意思疎通でもしているのだろうか。

 よく分からないが、なぜか楽しそうにフィオナもマリカと同じ言葉を言っていた。

 

「……あんた、何やってんの?」

 

 思わずリルが訊いてしまった。

 フィオナは唐突な声にばっと振り返るとリルを認識し、

 

「き、来てたんですか!?」

 

 顔を真っ赤にした。

 

「後ろで卓也も悶絶してるわよ。笑いを堪えて」

 

 彼はしゃがみ込み地面をバンバンと叩きながら、

 

「き、来て早々、赤ちゃん言葉喋る、フィ、フィオナを見るとは、お、思わないだろ」

 

 時折笑い声を堪えきれずに吹き出しながら卓也が喋る。

 

 

 

 

 

 

 落ち着いたところで4人はソファーに座る。

 

「それで、さっきのなに?」

 

 リルは気になる。

 何かしらあっての行動なのだろうか。

 しかしフィオナは難しそうな表情になり、

 

「なに……と言われても難しいですよ。特に意味はありませんし」

 

「ないの?」

 

「子供を持つとこうなる、としか」

 

 意味を求められても困る。

 なんとなくやったとしか言えない。

 

「あたしも子供産まれたら、あんたみたいになるのかしら」

 

「なると思いますよ。子供の可愛さに負けて」

 

「……想像できないわ」

 

 とはいえフィオナ自身も想像してなかったろう。

 自分があんなことをやるとは。

 

「たーや、たーやっ!」

 

 と、マリカが卓也のところまで歩いてきた。

 卓也は小さな身体を持ち上げる。

 

「どうした、マリカ?」

 

「ぷいん!」

 

 右手をなぜか高く掲げ、マリカが叫ぶ。

 

「プリンが食べたいのか?」

 

「あいっ!」

 

 満面の笑みで頷くマリカ。

 思わず卓也も一緒に笑ってしまった。

 

「ちょっと待ってろ。作ってきてやるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 調理場には卓也と……リルがいる。

 いきなりリルが「あたしが作る」と言い出した。

 

「まあ、今日はお前が作るっていうから簡単なやつにしよう」

 

 勝手知ったる調理場。

 材料をぱぱっと取り出す。

 

「たくさんあって問題ないから牛乳は500mlで卵は4個、砂糖は大さじ6杯分な。これで計6、7個分作れる」

 

 自分と彼女の前にそれぞれ置く。

 

「これを全部混ぜる」

 

 ボールに入れて、ホイッパーでしゃかしゃかと手際よく混ぜる卓也。

 リルも彼を見習ってやるが、どうにもぎこちなかった。

 

「リル、そうじゃないそうじゃない」

 

 前後にガシャガシャやっている彼女の手を取る。

 

「――っ!」

 

「前後にやるんじゃなくて、こうやって回すようにかき混ぜる」

 

 後ろに立ち、彼女に感覚を覚えさせるよう持った手を一緒に動かす。

 見た目的には後ろから抱きしめてるようにも見える。

 

「だいたい、こんな感じだけど……わかったか?」

 

「……うん」

 

 リルが素直に頷く。

 

「……料理っていいわね」

 

「だろ」

 

 もしかして作る楽しさに目覚めたか? と卓也は笑みを浮かべる。

 

「ちゃんとかき混ぜたら濾して器に移す。で、沸騰させ終わった湯につける。つけてる時は弱火だな。で、10分経ったら火を消してさらに待つ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで待ってる間にカラメルソースを作るんだけど、これは簡単だ。面倒だからオレとお前の分、一緒に作るけど水大さじ8杯に砂糖大さじ4杯。で、中火で煮て焦げてきたら水大さじ4杯入れてかき混ぜる。これで終了」

 

 そして出来たカラメルソースを火を消して10分待ったプリンにかけ、軽く冷蔵庫に入れて出す。

 

「外はちょっと冷たいけど、中はほんのり温かい。案外、美味いんだよな」

 

 完成したプリンを広間まで持っていく。

 マリカが待ってましたとばかりにスプーンを手に取った。

 そして一口。

 

「美味いか?」

 

「あいっ!」

 

 大きくマリカが頷く。

 卓也は笑みを浮かべ、

 

「リルが作ったんだぞ、それ」

 

「りー?」

 

「そうだよ」

 

 頷くとマリカがリルに向いた。

 

「りー、おーし!」

 

 満面の笑みのマリカ。

 あまりにも嬉しそうでリルもちょっと面を喰らう。

 

「ま、まあ、マリちゃんが美味しいって言うなら良かったわ」

 

 けれどリルも笑みを浮かべて、小さく頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※優斗&フィオナの実情

 

 

 

 

 最高学年に上がるが、基本的にクラスメートは変わらない。

 幾人か入れ替わりがあるものの、大抵は一緒のままだ。

 

「…………」

 

 新学期が始まって数日、フィオナは外を見ながら考え事をしていた。

 ある意味ぽけ~っとしているだけなのだが、彼女がやっていれば絵になる。

 幾人かがフィオナを見ていた。

 

「フィオ、考え事です?」

 

 するとココがやって来る。

 フィオナは彼女の姿を認めると、

 

「まーちゃんのことで少し考えてまして」

 

「マリちゃんの? だったらユウと一緒に考えたほうがいいんじゃないです? マリちゃんのことならフィオ一人で考えることもないと思います」

 

 そして優斗が嫌がるわけもない。

 フィオナも小さく笑った。

 

「ふふっ。結構どうでもいいことなんですけど、そうかもしれませんね」

 

 頷くと教室内に視線を巡らせ、クラスメートの一人と話している優斗を見つけた。

 そして、

 

「パパ、ちょっといいですか?」

 

 教室の時が止まった。

 クラス内にいる人達は全員フィオナを振り向き、仲間は笑いを堪えられずに吹き出し優斗が固まる。

 あまりにも異様な状況が発生した。

 

「あ、あれ? 皆さんどうされました?」

 

 いきなりの展開に困惑するフィオナ。

 しかし事情を知らないクラスメートが同時に叫んだ。

 

「「「「「「  ぱぱぁっ!?  」」」」」」

 

 ある意味、阿鼻叫喚だった。

 叫ばれた単語をフィオナは咀嚼し理解する。

 

「――っ!」

 

 そして顔を真っ赤にし、

 

「あっ、いえ、その、違うんですよ! パパっていうのは私の父とかではなくて私達の娘から見てのパパということで!」

 

 さらに爆弾を投下する。

 

「「「「「「  むすめっ!?  」」」」」」

 

 もう一度、クラスメート達が叫んだ。

 さらに泥沼へと嵌まっていく。

 和泉と修はその状況を見てくつくつと笑いながら、

 

「まあ、フィオナはいずれやると思っていた」

 

「だな」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 昼休み。

 3年C組の教室では緊急会議が開かれていた。

 議題は『ユウトとフィオナについて』だ。

 今の今まで、突っ込んで訊いたことはなかった。

 というか普段が普段なだけに、ある程度は理解していた。

 けれどあれはさすがに予想外だった。

 

「あの二人をどこかに行かせたのはどうして?」

 

 女子生徒が尋ねる。

 優斗とフィオナは今、教室から追い出されていた。

 

「フィオナの天然爆発の惚気を聞きたいか? 聞き終わったら胸焼けして砂糖吐けるぞ」

 

 卓也が説明する。

 

「……大丈夫じゃないのか? 普段の光景で耐性できて――」

 

「あんなの序の口だ」

 

 男子生徒の反論を卓也が首を振って否定すると、全員乾いた笑いを浮かべた。

 同時に学級委員が黒板の前に立つ。

 

「大前提としてユウトとフィオナ様が付き合ってる、というのは皆いいか?」

 

「それは、なぁ」

 

「あれで付き合ってなかったら引くわね」

 

 全員が頷く。

 すると男子生徒の一人が言う。

 

「ユウトって平民だし大丈夫なのか? しかも相手は公爵家のご令嬢だ」

 

 普通ならば駄目だと思う。

 しかし貴族の女子生徒と男子生徒が否定した。

 

「そりゃ大丈夫よ。だってミヤガワ君、貴族だもの」

 

「というか恋人どころかミヤガワとフィオナ様は婚約者同士で、ミヤガワはすでにトラスティ家で一緒に住んでいる。来年には結婚らしいな」

 

 いきなりの展開に誰しもがアリーを見た。

 

「ア、アリシア様! 本当ですか?」

 

 唐突に自分に確認を求められて焦るアリー。

 

「え、ええ。その通りですわ。正式にはユウトさんも貴族でして、国でもお二人は既に認められている関係ですわ」

 

 慌てて頷くと、続いて貴族の男子生徒が付け加えた。

 

「むしろ馬鹿コンビに保護者コンビは貴族だ」

 

 今度はクラスメート達の視線が修、卓也、和泉に集まる。

 何人かが叫んだ。

 

「保護者コンビは納得できる。だが馬鹿コンビも貴族ってどういうことだ!?」

 

「確かにそうよね。ユウト君とタクヤ君は貴族でも何ら違和感ないけど、シュウ君とイズミ君は……ねぇ」

 

「パーティーで誰かに怒られているのが風物詩になりつつあるからな、馬鹿コンビは」

 

「もう一度言うけど、ユウトとタクヤはいい。けれどシュウとイズミも貴族って何だよ。何かの天変地異の前触れか?」

 

 とある二人だけもの凄い勢いで言われていた。

 思わず修が、

 

「えっ? 何で貴族云々の話で俺らボッコボコに言われてんの?」

 

「気品がなさ過ぎるんだよ、お前らは! 貴族だなんて信じられるか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうして彼らが貴族なのに平民として名乗っていた云々の話もどうにか取り繕い一旦落ち着くと、続いての話題。

 

「だけど、娘もいるのか……」

 

「付け加えておくと養子だからな」

 

 卓也が言うが、どちらにしても驚きだった。

 まさか娘がいるとは思わないだろう、普通。

 しかし幾人かの生徒が首を捻る。

 

「みんな知らなかったんですか? フィオナ様、よく赤ん坊と一緒に出歩いてますよ」

 

「ときどき、うちのカフェに三人で来るわ」

 

 何人かは三人で動いている姿を目撃していた。

 

「たしかマリカちゃん……でしたか。可愛らしいお子さんですよね」

 

「そうね~。あの子にサービスすると、とてつもなく可愛い笑顔を見せてくれるのよ。ユウト君とフィオナ様に至っては、簡単に頭下げるんだから。クラスメートのよしみって言ったら満面の笑みになってくれるからいいけど」

 

 本当に微笑ましい光景だ。

 すると一人の女生徒が、

 

「はっ、甘いわね。うちなんて母親とフィオナ様が井戸端会議の仲間よ。お母さんったらフィオナ様のことを『フィオちゃん』、マリカちゃんのことを『マリちゃん』って呼んでるんだから」

 

 母から話を聞いた時、絶句した覚えがある。

 

「だ、大丈夫なのか?」

 

「フィオナ様、普通の貴族と違うのよ。様付けが無かったところで怒るどころか喜ぶ人なの」

 

 一般の貴族とは一線を画している。

 

「……なんていうかフィオナ様も変な人だよな」

 

「っていうかこのクラスの貴族の人達に言えることだわ。妙にフレンドリーなのよね」

 

 1年の頃は貴族至高主義のラッセルもいたことで忌避していたことは確かだが、いなくなったらいなくなったでフレンドリーさが良く分かった。

 

「話戻すけどユウトって子爵なんだろ? 貴族だとしても、ちょっと立場的に弱くないか?」

 

 子爵と公爵。

 さすがに爵位の違いが大きいようにも思える。

 だが貴族の男子生徒が、

 

「あそこは家族全員が変だ。気に入れば貴族だろうが平民だろうが関係ない。というかミヤガワは今のうちに目を付けておいて正解だな」

 

 説明すると何人かのクラスメートが首を捻った。

 すると別の男子生徒が頷きながら付け加える。

 

「お前ら、2年末のユウトの成績知ってるか?」

 

 問いかけに対して納得と疑問が半々。

 男子生徒は笑って、

 

「あいつ総合5位だ」

 

 成績表が返ってきた際に訊いた時、そんな返事がきた。

 驚きの声が所々からあがる。

 

「しかも学生闘技大会だって決勝行ってるし世界闘技大会だって学生の部優勝の奴だぞ。明らかにエリートコース一直線だ。マジで優秀者なんだから今のうちに唾を付けといて問題ないだろ」

 

 貴族としての位は低いかもしれないが成績は優秀。

 実力を優遇するリライトではかなりの地位にいけそうな奴だ。

 

「さらに、だ。ユウトが成績良くてむかつく奴、いる?」

 

 全員に訊いてみる。

 だが表立って不快感を示す人物はいない。

 というか、そういう人物がこの場にいない。

 

「宿題忘れたら写させてくれるし」

 

「わかんないところあったら教えてくれるし」

 

「かといって変に調子乗ったりしないし」

 

 柔和で温和。

 それがクラスメートの優斗に対する評価だ。

 別のクラスとかになってくるとフィオナが近くにいてむかつく云々が出てくるが、ただの嫉妬で残念な奴というのが皆の総意だ。

 

「っていうかうちのクラス、成績良い奴が多いの鼻にかけないから不思議だよな」

 

 実力を総合的に考えたら一番強いクラスだろう。

 しかも馬鹿達がいるおかげで貴族と平民の隔たりも少ない。

 

「そんなこと言ったところで、うちのクラスどころか学院で考えても実技トップがこの馬鹿だぞ。こんなのに負けてるのに自慢できるか」

 

 修に視線が集まる。

 

「どうだ、凄えだろ」

 

 ブイサインをする彼に対して、全員で嘆息。

 

「とはいえ前に一人いたろ、一人。ついでに取り巻き達も」

 

 まあ、その一人は学院をやめているし、取り巻き達は別のクラスにぶっ飛ばされているが。

 

「置いておきましょうよ、もう終わったことだし」

 

 今から思えば、あの時は本当にギスギスしていた。

 

「それにクリスト様が当代の『学院最強』だもの。この人もいる限り、自慢できないわよね」

 

 王子様のような甘いルックスに『学院最強』。

 貴族だろうと平民だろうと丁寧に応対する姿。

 

「ありがとうございます、皆さん」

 

 そして笑みを浮かべて感謝することも忘れないのが、ことさら人気に拍車をかける。

 すると、

 

「イケメンで可愛い奥さんいて『学院最強』とか爆発すればいいと思う!」

 

「そうだそうだ! リア充は爆ぜろ!」

 

 馬鹿二人が囃し立てる。

 

「……シュウ、イズミ?」

 

 クリスの笑みが凄味を増した。

 

「すみません、ちょっと席を外しますね」

 

 そして修と和泉の頭を鷲掴みにして、教室の外へと引き摺っていく。

 

「ちょ、ちょっとタイム、クリス! 冗談だろ冗談! イッツァ・ジョーク!」

 

「クリス、お手柔らかに頼む」

 

「おま、馬鹿! 諦めんじゃねぇ! 最近、クリスのお仕置き威力上がってきてんだぞ!!」

 

 二人が叫び声を上げながら教室から消えていく。

 ありふれているいつもの光景。

 慣れた感じでクラスメートも、

 

「馬鹿コンビはぶれないな」

 

「そうね」

 

 普通に気にも留めなかった。

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