第123話  話袋:副長と補佐官

 正直、驚きを通り越していた。

 

「どうした? 呆けた顔をさせて」

 

「いえ、合格と同時にリライト王へ謁見できるとは思わず」

 

 この度、無事にリライトの騎士へとなることができた。

 しかし合格が告げられたと同時に連れてこられたのが謁見の間など、驚く以外の何物でもない。

 叙任式がこんなにもすぐにあると誰が思う。

 しかしリライト王は蓄えた髭を撫でながら、

 

「我が国の騎士とは我に剣を捧げ、民を守り、リライトを守る者。ただ叙任するだけではなく、直接会話し確かめずして信頼を置けると思うか?」

 

 男性を真っ直ぐに見据えた。

 思わず彼も心の奥まで覗かれているのではないかと思わされる。

 それほどの風格。

 それほどの眼差し。

 まさしく王だと理解させられる。

 そして気付いた。

 まだ叙任されたわけではない。

 だからこれはリライトの騎士になる為の最終試験だと。

 

「失礼を申しました」

 

「気にすることはない。何も我が信頼を置くだけに呼んだのではないからな」

 

 リライト王の言い方に男性は内心、疑問を持つ。

 どういうことなのだろうか、と。

 

「さて、では問うぞ」

 

 するとリライト王は自らを示し、

 

「我はどうだ? お前が剣を捧げるに値する存在か?」

 

 そう訊いた。

 男性は反射的に、

 

「大国の王たる貴方様に――」

 

 定型文のような言葉を返そうとした。

 だが、

 

「我は美辞麗句を言わせようとしているわけではない。お前の目から見て、お前が剣を捧げられる相手なのかどうかを訊いている」

 

 リライト王は決まった返答を許さない。

 型に嵌まりきった答えなど求めていない。

 

「我の名は聞いているだろう。我のことを知っているだろう。だが、お前が直接見た我はどう映っている?」

 

 彼の経歴を知っているのだろう。

 彼の名を聞いてはいたのだろう。

 その中で挑戦するような笑みを携える、一国の王の問いかけ。

 男性の全身から鳥肌が立った。

 

「……っ!」

 

 思わず心が鷲掴みにされる。

 笑いが零れそうになった。

 

 ――このような王がいるのか。

 

 騎士だから自分に剣を捧げろ、ではない。

 騎士として自分に剣を捧げられるか、と。

 そう訊く王など、どこにいる。

 はちゃめちゃだ。

 めちゃくちゃだ。

 あまりにもとっぱずれている。

 

 ――しかし、好ましい。

 

 王たる理由がここにある。

 ただの王ではなく大国リライトの王だからこその理由。

 だから考えずとも、声になった。

 

「貴方様のような王に剣を捧げることは、私にとって生涯の誉れとなります」

 

 男性の答えにリライト王が笑った。

 定型されたような答えだが違う。

 彼の本心としての答え。

 リライト王は立ち上がり、華美な剣を団長から受け取ると男性の肩を剣の平で叩く。

 

「フェイル=グリア=アーネスト。お前をリライトの騎士に任じよう」

 

 

        ◇      ◇

 

 

「フェイル=グリア=アーネスト。28歳にしてコーラル騎士団の師団長に上り詰めた方ですか」

 

 書類を見て副長――エルは感嘆する。

 

「また凄い人物が来たものですね」

 

 つい先日、電撃的にコーラル騎士団をやめてリライトへとやって来た。

 そして此度、騎士団への入団試験を受けて合格。

 近衛騎士団へと配属されて、エルの補佐役になる。

 

「私の直下へと配属というのも理解できます」

 

 経歴的に考えれば納得できる。

 その時、ノック音が聞こえた。

 

「どうぞ」

 

「失礼する」

 

 ドアが開けられ、一人の男性が入ってくる。

 身長は180センチ超。

 黒髪で精悍な顔つきはまさしく武人といった面持ち。

 かといって厳しい風格だけではなく、温和な雰囲気すらも感じられた。

 

「貴女がエル=サイプ=グルコント副長か?」

 

「はい」

 

「本日付けで貴女の補佐をすることになった、フェイル=グリア=アーネストだ。よろしく頼む」

 

 右手を差し出して握手をしようとするフェイル。

 だが、ふと気付く。

 

「いや、貴女は副長なのだから敬語のほうがいいに決まっているな。大変失礼なことをした。失言、許していただきたい」

 

 22歳の女性に対して、慇懃に頭を下げるフェイル。

 

「いえ、気にしないで下さい。私とて年長者に敬語を使われると気を遣います」

 

 むしろリライトの騎士団はそういう風土がない。

 時と場合で敬語を使うのであり、序列で使うわけではない。

 

「貴女がそれでいいというのなら、お言葉に甘えるとしよう。どうにも今までの上司は年寄りばかりだったので反射的に敬語を使えるが、俺より若いとなると部下だけだったのでな。無意識に普段の調子が出てしまう」

 

 笑みを浮かべて感謝するフェイル。

 エルは手に取っていた履歴書を置くと、

 

「これから仕事を共にする仲です。少しお茶でもして友好を深めましょう」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 二人でお茶を飲む。

 両方とも20代なのだが、どうにも雰囲気が落ち着いていた。

 

「経歴を読ませていただきましたが、貴方ほどの騎士がどうやって短期間でやめることが出来たというのですか? 引き留める方も多かったことでしょう?」

 

 今は4月の始め。

 辞意を示してから僅か数週間でリライトの近衛騎士になるなどにわかには信じがたい。

 普通は引き継ぎ等があるものだが。

 

「引き留める奴が多くとも状況による」

 

「どういうことですか?」

 

 そんな状況、早々あるとは思えない。

 エルが理解できなさそうな表情をさせる。

 なのでフェイルは懇切丁寧に説明した。

 

「色々理由はあるが、一番の理由は敵が多かったということだ」

 

「敵?」

 

「ああ。コーラルは基本、年功序列で位が上がっていく。俺は幾段か飛ばして師団長へと抜擢された。なので俺より年上で師団長でない奴らも多かった」

 

 リライトの騎士は騎士としての矜持を持つ者が多く、意識が高いと聞く。

 だがコーラルはそうとも限らない。

 騎士として素晴らしい意識を持つものもいれば、そうではない者もいる。

 

「つまるところ、陰険な嫌がらせも数多くされた」

 

 若いのに師団長だというのは、そういう事態にも晒される。

 特段気にしたわけでもない。

 たわいもない嫌がらせなど、どこ吹く風とばかりに無視した。

 だが問題はそこではない。

 

「さらに俺の後釜を狙う奴がいる、というのが厄介なところだ」

 

 空いた枠を狙って様々なことをやろうとするだろう。

 

「手塩をかけて育てた部下も多いのでな。あの馬鹿共にやるくらいならさっさと後継を指名していなくなった方がいい。引き継ぎで俺が残るということは即ち、あいつらが次の師団長の座を奪い取るための余計な策略を練らせることになる」

 

 上役にゴマをするかもしれないし、自分に取り入ろうとするかもしれない。

 どっちにしても次の師団長が“決定的”でも“決定”していない以上、何かがあると考えていい。

 

「……普通は騎士団長などが指名するのでは?」

 

「ああ。だが『是非に指名させてくれ』と言えば問題なかった」

 

 そして許可を得られたからこそ速攻でやめた、とも言える。

 

「俺がいなくなってしまえば、後継から師団長の位を奪い取るのは難しい。すでに師団長になっているのだし、難癖をつけようとしても俺が直接指名したこと。さらに能力がないと言われようと経験がないことを理由に様子見とされる。年齢的に後継に指名した人物は師団長となってもおかしくなく、さらに言えば俺のような若造にも敬意を持って接してくれた方だ」

 

 故に彼に譲る以外、考えられなかった。

 そして手段がこれしかなかった、とも言える。

 

「私はリライトしか知りませんでしたが、他国では難儀なこともあるのですね」

 

 自身の状況を考えればエルは恵まれている立場と言える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話はさらに変わり、

 

「近衛騎士団の副長であるというのに、騎士以外の若者の指導も受け持っているのか」

 

「次世代の育成はいつの時代でも大切なことです」

 

 特に子供の成長していく姿は見ていて楽しいものがある。

 

「ん? そういえば『閃光烈華』――レイナと言ったか。彼女の師が貴方らしいな」

 

 フェイルのふと思い出したかのような言葉にエルが反応した。

 

「レイナを知っているのですか?」

 

「噂ではな。烈火の炎を身に纏い、閃光の如き一撃を放つ。素晴らしい女性だと聞いている。貴方が彼女の師だということはミヤガワから聞いた」

 

「ユウト様から?」

 

 エルが僅かに驚きの様相を呈した。

 

「知り合いなのだろう? ミヤガワから色々と聞いたのだが」

 

「え、ええ。確かにそうです」

 

 とはいえ、フェイルが優斗を知っているとは驚きだった。

 けれどさらにエルが驚くことを彼は告げる。

 

「ミヤガワの強さはまさしく二つ名に相応しい、と。そう思う」

 

「……貴方は知っているのですか?」

 

「いや、正確には意味を聞かせてもらっただけだが、彼の持つ二つ名を理解するに十分だろう?」

 

 最強という意味。

 ただ、それだけで通じる。

 そしてフェイルは思い返すように、

 

「あの聖剣からの一撃は美しいものだった」

 

「……聖剣?」

 

 エルが分からない、といった表情をさせた。

 

「知らないのか? まこと綺麗なショートソードを抜いていたんだが」

 

「いえ、ユウト様は普通のショートソードをお持ちだったはずですが」

 

「そんなことは…………ああ、そういうことか」

 

 一瞬いぶかしんだフェイルだが、すぐに理解する。

 

「何を一人で納得しているのですか?」

 

「いや、あの聖剣を抜いたのは俺が初めてだと聞いていたのでな。今まで抜く必要がなかったのだろうと思っていたが、貴方の態度から察するに貴女がいない間に手に入れた代物なのだろう」

 

 そして自分に対して、初めて使ったということだ。

 

「素晴らしかったですか?」

 

 エルの問いかけに対してフェイルは頷く。

 

「聖剣と相成った抜き方、構え、タイミング。一分の隙もなく整えられ、思わず俺が見惚れてしまうほどに素晴らしかった。あれほど魅せられたのは久しい」

 

「……そうですか」

 

 フェイルが楽しそうな表情を浮かべると、エルは立ち上がった。

 そして彼に近付き頭を手に取ると、

 

「うぐ――ッッ!?」

 

 ゴスン、と。

 己の頭をめり込ませるような勢いで頭突きをした。

 

「……い、つ」

 

 思わず目が眩み呻いたフェイルだが、視界には一杯にエルの髪の毛が見える。

 というか、それしか見えない。

 

「エ、エル殿! な、何をしている!?」

 

「いえ、こうすれば少しでも貴方の記憶を読み取れるかと」

 

「何を冷静にとち狂ったことを言っているんだ!?」

 

 フェイルが意味が分からない、とばかりに言い放つとエルが離れた。

 

「……な、何事だったんだ?」

 

「申し訳ありません。羨ましさのあまり、少々見苦しいことをしてしまいました」

 

 真顔でエルが謝った。

 まあ、彼としてもいきなり頭突きを喰らって理解しかねるところはある。

 だが落ち着いていられるのは優斗から聞いていた話の片鱗を見た、といったところだろう。

 

「そういえば先程ユウト様と一戦交えたようなことを仰っていましたが、ユウト様とはどのような関係なのですか?」

 

「彼と俺は……まあ、斬り合った仲であり同士だな。友人と言っても差し支えないだろう」

 

 同意し、理解し合える関係。

 まさしく同士と言っていいだろう。

 

「ではフィオナ様をご存じですか?」

 

「彼のご夫人のことか? ならば、少々言葉を交わした程度だ」

 

 最後の最後。

 彼が最愛の女性と一緒にいる時に、僅かばかりだが。

 

「お二人の姿を見て、どう思いました?」

 

「羨ましく、そして似合いの二人だ。互いを唯一と思っており、互いを最愛としていて仲むつまじくしている姿は微笑ましいものだ」

 

 素直に感想を述べる。

 するとエルががっしりと手を取った。

 

「貴方はよく分かっていらっしゃる!」

 

 そして熱弁が始まった。

 

「ユウト様は素晴らしい。フィオナ様も素晴らしい。そして二人が揃っている姿は至高に素晴らしい! フェイルさん、貴方をユウト&フィオナファンクラブの会員に迎えましょう。会長として歓迎いたします」

 

「……………………」

 

 猛烈な勢いで話すエルと、呆然とするフェイル。

 先程までの冷静な彼女はどこに言ったのかと彼は問いかけたい。

 

「どうされましたか?」

 

「……いや、なんというかミヤガワの言いたいことが分かった」

 

 あの大魔法士が軽く引くだけのことはある。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 そして最後。

 エルは一番気になっていたことをフェイルに訊く。

 

「少し込み入ったことを伺ってしまうとは思うのですが、どうしてリライトへ?」

 

 数多の国がある。

 その中で彼はどうしてリライトを選んだのだろうか。

 

「……どうして、か」

 

「答えにくいことならば構いません」

 

 人それぞれ理由はある。

 無理に言うことはない。

 

「いや、問題ない」

 

 けれどフェイルは優しげな笑みを浮かべて答えた。

 

「俺はな、幸せになりたいんだ」

 

 本当に純粋に。

 それだけを願うような表情で告げる。

 

「一度失敗し、さらに間違えを犯しかけた」

 

 愛する者を繋ぎ止めることができず、引き裂いた者を殺そうとした。

 

「けれどミヤガワのおかげで得たチャンスを今度は逃したくないんだ」

 

 彼には彼の思惑があって自分を止めた。

 けれど、間違いなく自分は助けられた、と。

 チャンスを与えられたのだと思う。

 

「故に俺と“ある意味”で同じであるミヤガワが幸せに過ごせていけるリライトで俺自身も幸せを得て……、再び騎士として生き抜こうと思った」

 

 あのままでは義務と責任で騎士をやっていくことになっただろうから。

 そんなことは嫌だったから。

 

「もう一度、思いたかったんだ。仕えるべきは我が王であり、守るべきは民と国。俺は義務でも責任でもなく心からそう思いたかった。だからリライトに来た」

 

 真っ直ぐにフェイルはエルを見据える。

 

「情けない理由だったか?」

 

「……いえ、そんなことはありません」

 

 堂々と答えている。

 間違いなく、彼の本心が聞こえてきた。

 なのに情けないなどと言えるわけがない。

 むしろ素晴らしいと褒め称えることしかできない。

 

「フェイル=グリア=アーネスト」

 

 エルは彼と同じように真っ直ぐ見据え、

 

「貴方をリライト近衛騎士団副長として。そしてエル=サイプ=グルコント個人として――」

 

 そして僅かばかりの笑みを浮かべる。

 

「――歓迎します」

 

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