第275話 Call my name:獅子王レオウガ





 歩いて十数分して、目的地に到着する。

 建物自体は中々に豪華で、金の遣いどころがはっきりしていると理解し易い。

 登校途中の生徒の制服姿もリライトの制服と遜色がないほど出来がいい。


「シルヴィ先輩、レンフィ魔法学院に平民の生徒はいないですけど、特待生とかで迎え入れたりすることは考えなかったんですか?」


「考えましたが、貴族の令息令嬢に虐められてしまうでしょう。一応、提案をしたことはありますが、にべもなく却下されました」


 リライト魔法学院を参考にして話を聞き、やったほうがいいと思ったことはある。

 平民でも素晴らしい才覚の持ち主を育て、国の役に立って欲しいと考えたからだ。

 けれどシルヴィの提案は取るに足らないと素気なく断られた。

 と、そこで周囲の視線が自分達に集まっていることにクリスは気付く。

 けれど決して、興味本位や出迎えをしている感じではない。

 自分達の集団と一緒にいる少女に、敵意のような視線が向けられていた。


「家格、血筋が立場の差を生むと思っていましたが、例外もあるようですね」


「……申し訳ありません。わたしのせいで」


「不躾な視線を向けることが、周囲に対しても失礼であることを分かっていないのでしょう。シルヴィのせいではありません」


 リライトの制服と一緒にいるのだから、最低でも敵意を見せるべきではない。

 そんなことも分からないレンフィ魔法学院の生徒に、クリスはそっと息を吐く。


「一部、予定を変えましょう。幾つかの授業を参観した後に生徒会同士の話し合いをする予定でしたが取りやめます。廊下や遠くから授業風景を確認するだけに留めましょう。先に伝えておきますがシルヴィの所為ではありません。王太子殿下達は公務でいらっしゃらないからこその判断であって、その責は彼らにあります。ケインさんもレンリさんも、それで構いませんね?」


「他国の生徒を受け入れるつもりがないのなら、応じるまでです」


「もちろんです、クリス先輩っ!」



       ◇      ◇



 それからは各学年、各クラスの授業風景は遠巻きに見ていたリライト勢。

 けれど三年の授業風景を見た時にレンリが意外そうに足を止めた。


「シルヴィ先輩、三年生なのに授業内容があたしの学年と被ってるんですけど大丈夫なんですか?」


「単純にレンフィの教育はリライトよりも遅れているだけです。これでも我が国では最高峰の授業ではあります」


 そもそも大国の最高峰と小国の最高峰が同じなわけがない。

 それに気付かなかったレンリは、ちょっと恥ずかしそうに謝罪する。


「す、すみません」


「いえ、言って貰わなければ分からないことも多々あります。レンリさんのようにはっきり言って貰えることは助かります」


 去年もはっきりと伝えて貰ったが、やはり毎年のように伝えて貰わなければ劣っていることは分かりづらい。

 気遣いされることも時と場合による、ということだろう。


「他国から教員を雇い入れることは考えていないのか?」


 ケインが尋ねると、シルヴィはゆるゆると首を振る。


「貴族の継嗣となっていない次男や三男が職を失う……といった理由で許されていません」


「……何だその理由は?」


「ケインさんが仰りたいことは物凄く、よく分かります。ならばせめて他国に留学させて教育に還元してくれるのならばと思いますが、そもそも留学を推奨していません。こういった短期交流で来て頂くことが精々です」


 そして指摘されたところで直すことはしない。

 どうにかしたいと息巻いたところで、上から潰されれば意味も為さない。


「この国が何十年も停滞している理由の一端が、これで分かりましたね」


 外からの知識が入ってこない。

 自分達で成長していれば何も問題ないが、そうでない場合はどこからか知識や知恵を入れてこなければ緩やかな衰退を待つのみだ。


「兎にも角にも変化を嫌うことが我が国の特徴です。それで他国からの援助なしで生きているのならまだしも、そうではありませんから」


 シルヴィは頭が痛そうに額に手を当てる。

 彼女自身は教育が詰め込まれたこともあるが、それでも地の頭の良さがあったのだろう。

 少しでも考えれば気付く自国の異常さに目を向けることが出来た。

 それから他国の書物を取り寄せて調べれば、如何にレンフィが遅れているか知ってしまうのは当然のことだ。



 学内の施設を色々と説明をして貰い、最終日に行われる簡易的なパーティー会場も見せて貰う。

 そのあとは昼食の時間となったので、人目に付かないところでサンドイッチを五人で食べた。

 残念ながらリライトより数段味は落ちる昼食を食べた後は、午後の授業を再び遠目に確認し始める。

 グラウンドに目を向けると、戦闘の授業をしているクラスがあった。

 その中には王太子や取り巻き連中がいたので、どうやら午後からは授業に参加しているらしい。


「今は木剣を使っての授業中のようですが一人だけ、やけに張り切っている方がいますね」


 クラスメートに対して木剣を振るっては熱心に指導している生徒がいる。

 遠目ではあるが、王太子の取り巻きにいた一人だ。

 クリスがなんとなしに呟くと、


「彼は次の騎士団長になる予定で、この学院で一番の強者です」


 シルヴィが簡単に説明を加えた。

 そのことに驚いたのは優斗だ。


「……あの程度で?」


 遠くからでも相手の実力を見抜く目を持っている優斗は、少々唖然とした様子だ。


「遠目だからよく分からないのだが、俺から見てもそこまで強いように見えない。ミヤガワ先輩、やっぱりそうなのですか?」


「あれだとケインよりも弱いよ」


「……ちょっと待って下さい。俺は真面目に授業を受けてはいるが、フィオーレやオルグランスと違って戦いに傾倒しているわけではないから、戦闘関連の成績としては真ん中ぐらいなのですが」


 キリアやラスターはバトルジャンキーなので彼よりは強いだろうと思っていたが、自分よりも弱いと断言されるのはケインとしても衝撃的だ。


「……うわぁ、文官志望のケイン先輩より弱いってヤバイですね」


 レンリが憐れみの笑いを浮かべながら、次期騎士団長を言葉でぶった切る。

 一方でクリスは全体の様子を見ながらシルヴィに問い掛けた。


「レイナさんのことですから戦闘の授業は見るか参加していることでしょう。去年、彼女は何と仰いました?」


「語るべきではない、と。多くを告げることはされませんでした」


「……そうでしたか。確かに自分でも角を立たせないよう、同じように伝えるでしょうね」


 全体的に弱い。

 おそらく去年の段階でも、この学院で最も強い人物はそれなり以下の実力の持ち主である可能性が高い。

 これだとレイナの食指も動かなかっただろう。

 と、その時だ。

 王太子が目聡くクリス達を見つけた。


「皆の者、あそこにいるのは短期交流で来ているリライトの者共だ! 是非とも一戦、交えたくはないか!?」


 大声で、煽るような言葉を使う王太子。

 レンリは冷めたような視線で息を吐く。


「相も変わらず言葉遣いがなってないですよね、あの馬鹿王太子」


「馬鹿なんだから、言葉遣いがなってるわけないでしょ」


 優斗もくすくすと笑いながらレンリに同意する。

 とはいえ、あんな風に言われて乗らないリライトではない。

 意気揚々とグラウンドに向かう。


「よく来てくれた。我が魔法学院で『最強』のボナドが相手をしよう」


 先ほどテンションを上げて、指導紛いのことをしていた次期騎士団長が前に出る。


「そちらは誰が相手をしてくれる? 出来れば実力のある者がいれば願ったり叶ったりなのだが」


 自信満々、威風堂々……という言葉を無意味に醸し出している次期騎士団長。

 けれど言い換えれば大国リライトに喧嘩を売っているに他ならない。

 何故ならここにはリライト魔法学院において『最強』と呼ばれる存在がいるのだから。


「リライトの『学院最強』を随分と嘗めているようですね」


 だから一歩前に出たのはクリスだ。

 彼には大国リライトの『学院最強』としての自負と矜持がある。

 少なくとも小国レンフィの『学院最強』に、上から目線で語られる程度ではないという自覚もある。


「昨年度、世界闘技大会において学生の部で優勝したのはリライトです。その国の『学院最強』である自分に、一人で相対するのは難しいと言わざるを得ませんよ」


 そう言ってクリスは次期騎士団長の背後にいる生徒達に声を掛ける。


「他にも参加したい方はいらっしゃいますか? 同時に相手をして差し上げます」


 クリスとしては当然の要望だが、奢った相手にしてみれば挑発以外の何物でもない。

 生徒のほとんどが息巻くが、その中でも王太子はプライドを傷付けられたように右手を振りかざした。

 同時に六角の召喚陣が表れて、そこから一体の魔物が召喚される。


「魔物の召喚でしょうか」


 特に気負う様子なく呟いたクリスの眼前に表れたのは純白の獅子。

 威嚇する様子もなくじっとリライト勢を見た獅子に対して、シルヴィは驚きの声を上げた。


「――っ!? どうしてレオウガを!?」


 名を言った瞬間、クリスはなるほどと相づちを打つ。


「あれが獅子王レオウガなのですね。随分と綺麗な姿の魔物だと思います」


「王族と契約している守護獣――これも私の力だ。あれほどのことを言ったのであれば、よもや否定することはしないだろう?」


「ええ、もちろんです」


 王太子の挑発返しに近い言葉も、クリスは平然と受け入れる。

 あの程度であれば問題ないとクリスは実感しているし、優斗も同じ意見を持っているからこそクリスを止めない。

 けれど何か引っ掛かる部分があるのか、優斗はじっとレオウガを見ていた。

 純白の体躯だけでも随分と珍しい魔物だとは思うが、


「……ん~、もしかしてレオウガって精霊術を使える?」


 レオウガが召喚されてからというもの、どうにも精霊の動きが変わった。

 そして動きが変わった原因はどう考えてもレオウガだろう。

 なので優斗は小声でシルヴィに確認を取ると、肯定の意が示された。


「はい。世にも稀な精霊術を扱える魔物です」


「へぇ~。見た目も相俟って随分と幻想的な魔物だね」


 風格や姿はどうにも強そうに見える。

 だからケインは念のため、優斗に耳打ちして確認を取った。


「レグル先輩は大丈夫なのですか?」


「ああ、うん。あの程度なら大丈夫なんだけど……なんて言えばいいかな。気配と雰囲気が合致してないから、どうにも可哀想な印象はあるよ」


「どういうことです?」


「雰囲気はクリス以上なんだけど、気配的には雑魚なんだよ」


 だから、と言って優斗はクリスを呼ぶと親指を立てて、首を切る動作をした後に人差し指でレンフィの生徒全員を示した。

 それが意味することを察したクリスは、苦笑しながらレンフィ側へ言葉を加える。


「獅子王レオウガがいるとはいえ、リライト魔法学院の『学院最強』を相手取るには足りないと言わざるを得ないでしょう」


 実力差を証明する。

 これ以上ないほどに、分かりやすく。

 だから近くに置いてある予備の木剣を手に取ったあと、


「全員で来て下さい」


 にっこりと嫌みのない笑顔で、されどリライト魔法学院の『学院最強』は最大限の挑発をした。


「…………」


 数秒、その意味を理解するのに時間が掛かったレンフィの生徒達だが、それを咀嚼した瞬間にグラウンドは一気に乱戦と化した。

 優斗達はその間に距離を取っており、暢気に応援する態勢を整えている。


「レオウガの契約は王族と成されている。それは間違いない?」


「はい。王族はレオウガと契約し、すぐ側に召喚することが可能です」


「そっか。随分と馬鹿らしい契約をレオウガもしたもんだね」


 六角の板による使い切りの召喚もあるがレオウガは違う。

 あれはクラインドールの八騎士と共にしている魔物と同じ契約方式だ。

 それがどのような経緯で、どのような意味を以て結ばれているのか優斗には分からない。

 けれど間違いなく言えることは、王太子にレオウガは扱いきれない。


「ユウト先輩はクリス先輩がレオウガを倒せると確信しているのですね」


 シルヴィは何一つ心配していない様子の優斗に声を掛ける。

 獅子王レオウガはレンフィ王国にとって伝説に近しい。

 初代レンフィ王と共に国を築き、守った魔物。

 故に王族を、国を守る守護獣として現存している最強の存在。

 シルヴィにとってはそれがレオウガだが、優斗はそんな風評に惑わされない。


「名は体を表すのが基本だよ。けれど今のレオウガは弱い」


 獅子王という呼び名が似合わないほどに強さを持っていない。

 だからクリスだけでも余裕で相手に出来る。


「名が体を表していないのであれば、それは喚び出した側の都合が大きい」


 王太子程度にレオウガは扱いきれない。

 信頼関係が足りないのか、魔力が足りないのか、それとも他に要因があるのか。

 それは優斗の知ったことではないが、


「今のレオウガは獅子王たり得ない」


 分かることはそれだけで、だけど十分だ。


「それに、だよ。あそこにいるのはリライト魔法学院における『最強』であり、もう一つの言い方をするのなら――」


 ふっ、と優斗の雰囲気が変わった。

 絶対的な強者として、仲間を信頼している言葉を継げる。


「――大魔法士が背中を任せる『完全無欠』。クリスト=ファー=レグルの実力を伝えるのに、それ以上の言葉は必要ない」


 大魔法士、始まりの勇者、閃光烈華、完全無欠。

 最強の大魔法士と無敵である始まりの勇者が唯一、戦闘におけるパーティメンバーと認める『最速』と『最緻』。

 だからこそ絶対の信頼を優斗はクリスに持っている。

 と、そこで優斗は大魔法士の雰囲気のままシルヴィに話し掛けた。

 

「それと、もう一つ。レオウガに対して気になっていることがある」


 レオウガは王太子に召喚されてから、様子を見るように多少の動きは見せている。

 だが時折、視線がクリスから移ることがあった。


「シルヴィ、気付いているな?」


「はい。確かめるように見られていると感じています」


 何度かレオウガと視線が合っている。

 それが意味することも、おそらくではあるが優斗も分かっていた。


「シルヴィがいずれ王族に連なるが故に、本来の実力を発揮させてくれる相手かどうか、見定めようとしているんだろう」


 あれほど雰囲気と気配に乖離があれば仕方ないことだろう。

 そして彼女以外に期待を持てないからこその行動だということも、得てして理解してしまうことだ。

 レンリもそのことに気付いたのだろう。


「それって、今の王族は全員駄目ってことですか?」


「すでに見限られているだろうな」


 優斗が断言すると、レンリは渇いた笑いを浮かべる。

 そして、


「ユウト先輩、一つ言いたいことがあります」


「どうした?」


「そろそろ怖さが限界突破しそうです」


 口調と雰囲気が変わったところで、ケインがお腹に手を当てていた。

 本日二度目の大魔法士モードに、少々胃がやられたのかもしれない。

 優斗は二人の様子を見ると空気を和らげる。


「それは悪かったね」





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