第276話 Call my name:断たれた生命線
物凄い勢いで人がばたばたと倒れていく。
レンフィ側の生徒は木剣に魔法にレオウガまで召喚したというのに、クリスは木剣一つで制圧していく。
「魔法もなし、奥の手もなし、剣技だけで人があれだけ倒れるのは初めて見るよ」
「ユウト先輩も見たことないんですか?」
「さすがに途中で魔法か精霊術が入るからね。それにクリスも怪我をさせずに全員、一撃で気絶させるんだから大したもんだよ」
魔法を躱しながら、振るう木剣で人を倒していく。
これほどバタバタと倒れていくのは、まさしく実力が隔絶しているからだろう。
次期騎士団長もクリスを背後から狙うも半身で躱された上、跳ね上げるように振られた木剣に顎を打ち抜かれてパタリと倒れる。
「これで残りは王太子殿下とレオウガだけですが、本来であれば王太子殿下を気絶させればいいのでしょうね」
そうすればレオウガはどこかに戻っていくはずだ。
けれどそれが分かっていて尚、クリスはレオウガに木剣を向けた。
「少しお付き合い願いますよ、獅子王レオウガ」
同時、振るった木剣をレオウガの右前足がぶつかり合う。
本来であれば折れるであろう木の剣ではあるが、クリスは卓越した力加減で折らせず、尚且つ二度目の攻撃をレオウガの顔面に放つ。
皆が感じる雰囲気としては、これでどうにかなるとは思っていない。
むしろ小手調べにも牽制にもならない一撃だったが、そこで王太子にとって予想外のことが起こる。
まともに一撃が入ったからだ。
「お、おいっ! レオウガ、どうした!?」
慌てる王太子に対して、クリスは小さく息を吐いて告げる。
「貴方に相応しい相手が現れることを祈っています」
同時、クリスは霞むほどの早さでレオウガの前から去って、王太子の背後に立つ。
そして首筋を的確に叩いて気絶させた。
王太子が意識を失うと、レオウガの足下に召喚陣が輝いて姿を消す。
その場に残ったのはクリスと気絶している生徒達、そして事の次第をひっそりと見守っていた先生のみ。
シルヴィは慌てて生徒達の容態を見ている先生に溜め息を吐きながら、優斗に感嘆の声を掛ける。
「クリス先輩が強いのは理解しましたが、まさか一クラスを相手にして勝てるほどとは驚きです」
「シルヴィ、それは違うよ。全校生徒対クリスでも余裕でクリスが勝つぐらいの実力差があるから」
まだまだ余力はある。
だけど実力差を示すには十分過ぎる結果だろう。
「ユ、ユウト先輩の背中を任されるほどとなると、そんなにお強いんですね」
さすがは大魔法士のパーティメンバーだと言わざるを得ない。
シルヴィは驚きと同時に納得してしまう。
すると面白がるようにレンリとケインがシルヴィに伝える。
「クリス先輩はとんでも貴族ですよ。リライト魔法学院の闘技大会決勝で歴代最短決着を叩き出したんですから。ラスター先輩、本当に可哀想でしたよ」
「オルグランスも二年の男子トップで決して弱いわけではない。というより準決勝のフィオーレがレグル先輩のテンションを最大に上げてしまった結果だと聞いている」
準決勝が楽しすぎて、その勢いを決勝まで持ち込んでしまった結果、クリスが決勝の最短決着を叩き出すことになってしまった。
あれはあれで反省すべきだったと、後にクリスは語っていた。
優斗もその時の様子を思い出してくすくすと笑う。
「ラスターはただの被害者だからね。あれは僕から見ても可哀想だったよ。だって天下無双が満面の笑みで勝負を挑む学生って、それこそクリス以外に数人いるかいないかのレベルだからね」
「ユウト先輩は違うんですか?」
レンリのちょっとした疑問に、優斗は素直に頷く。
「僕は満面の笑みで天下無双を叩きのめす側だからね」
◇ ◇
余興みたいなことも終わり、学院の授業も終わったためクリス達は中庭でお茶を飲もうとする。
けれどそこで慌てたのがシルヴィだ。
「……お茶をするのに作法が分からず、ご迷惑をおかけするかと思います」
本当に申し訳なさそうに頭を下げるシルヴィだが、逆に頭を下げられたことに困惑してしまう。
「あのですね、シルヴィ。自分達はそこらへんの喫茶店に入って、ゆっくりすることもあります。ですから今日も貴族の作法に則ったお茶をするつもりはないですよ」
クラスメートの両親が経営している喫茶店でのんびりすことも多々ある。
だからシルヴィが作法を分からないと言うのなら、別に畏まってお茶をするつもりもない。
なので売店から飲み物を買ってきて、それをテーブルに置く。
レンフィ魔法学院内ではあまりに異様な光景ではあるが、リライト勢がそれを気にすることはない。
「さて、そろそろ訊いておこうと思うんだけどさ」
優斗は一息吐いたところでシルヴィに確認を取る。
「あの馬鹿王太子、どうして勝負を挑んできたか分かる?」
そもそも、そこから謎だった。
公務と嘘を言っていなくなり、かといって案内もせず授業に出ていたと思えば勝負を挑んでくる。
はっきり言えば意味が分からない。
「王太子殿下は非常にプライドが高い御方です。ですからリライトに勝負を挑んだことも、大国に勝って優越感に浸りたかったのだと思います」
「……どういうこと? 何をどう考えれば、そんな思考に至るわけ?」
「サンドラに関わった殿方は根拠のない自信をお持ちなのです」
シルヴィは申し訳なさそうに、けれどどうしようもないと無表情で告げる。
「妹は殿方を持ち上げることが非常に上手です。甘言を弄して殿方の心を掴み、思い通りにしているのでしょう」
王太子殿下であれば頭が良いと褒め称え、次期騎士団長であれば強さを褒めそやす。
他の周囲にいる男性陣にも、同じように甘言を与えているのだろう。
だが実際のところ、彼女が評価するほどの実力を有しているわけではない。
小さな国の小さな場所ではトップレベルかもしれないが、世界はもっと広い。
「ヤバイですね、シルヴィ先輩の妹って」
褒め称えて相手を良い気分にさせて、思い通りにする。
だからといって他国に対しても良い気分を持ち続けたら、それは毒でしかない。
レンリの素直な感想に全員で頷いてしまう。
「まあ、馬鹿王太子が勝負を挑んできたのも僕達を蔑ろにしてる理由も、ある程度は分かったからこれで話は終わらせよう」
長々と話すことでもない。
だから雑談に切り替えようとした……その時だ。
騒々しい集団が近付いてきたことにクリス達は気付く。
それが誰なのか、分かりたくもないが分かってしまう。
「王太子の私に対して随分と手酷いことをしてくれたものだ」
第一声で怒っていることが分かる。
どうやら気絶させられたことを根に持っているようだ。
「リライトは他国の王族に対して立場を弁えていないのか?」
相も変わらず上から目線の言葉。
そろそろ怒りの限界が突破しそうなケインとレンリが言い返そうとするが、その前に彼らを守るように立ちはだかった者がいた。
「立場を弁えていないのは王太子殿下です」
シルヴィは椅子から立ち上がり、リライト勢を守るように王太子達からの視線を自身の身体で遮る。
「大国リライトの公爵家長子であり、アリシア王女の代理として来たクリス先輩に対して、王太子殿下の立場は下になります」
そんな簡単な事実がどうして分からないのだろうか。
けれど言わなければ分からないのだから言うしかない。
「小国の王太子がクリス先輩を蔑ろにした事実を知れば、各国から嘲笑されることでしょう」
「貴様っ!! 王太子殿下に対して何たる言い草だ!!」
堂々とシルヴィが言い返すと、王太子の背後に控えていた次期騎士団長が前に出てきて剣を抜こうとする。
けれど抜かれる前に、霞むような早さで次期騎士団長の前に現れて柄の頭を抑えた人物がいる。
「事実を言われただけで逆上し、手を出そうとする。紳士のするべきことではありませんね。騎士を目指すのであれば、尚更です」
柔らかな言葉ではあるが、確かな叱責を以てクリスがシルヴィを守った。
突然現れたクリスに驚きを表す次期騎士団長だが、目の前にいるのが先ほど戦った張本人とあってちょうどいいとばかりに怒鳴り散らす。
「王女代理とはいえ、公爵家如きが尊き血を持つ殿下に対して狼藉を働いて許されると思っているのか!?」
「血筋の問題ですか。ならば尚更、自分に何かを言える立場ではありません」
しかしクリスは怒鳴られようと一切動じず、むしろ話にならないとばかりに言い捨てた。
「この身に王族の血が流れていないとでも思っているのですか?」
大国リライトの公爵家であれば、そして最も正統派と呼ばれるレグル家であればあり得ない話ではない。
それを肯定するように侯爵家次男のケインが言葉を加える。
「レグル公爵家は今まで、リライトのみならず各国の王女や王子を娶っている。数で言うならばアリシア様よりレグル先輩のほうが複数、王族の血を持っていたはずだ。立場や家格だけではなく血筋という点においても、小国の王子程度がレグル先輩に太刀打ち出来る部分はないでしょう」
「ケインさん、説明ありがとうございます」
感謝の意を述べてから、クリスは次期騎士団長ににっこりと微笑む。
「自分を血筋で愚弄するのならば、レンフィ王国よりも古くからある複数の王族を愚弄するも同じこと。それでも尚、自分のことを貶めますか?」
問い掛けではあるが、答えられるはずがない。
王族の血を尊いと言っておきながら、同じように王族の血を持つ相手を貶めるなど出来るはずがない。
「……っ!」
ぐっと押し黙る次期騎士団長を見届けて、クリスは次いで王太子に視線を向ける。
「そもそも自分の感覚からすると、婚約者を差し置いて他の女性と懇意にしていることも理解しかねます」
今、彼の側にはサンドラがいる。
腕を組み、仲よさげ佇んでいる。
とても婚約者がいるような態度ではない。
だが王太子は鼻を一つ鳴らすと、馬鹿馬鹿しいとばかりに言い返す。
「そこの女が俺の婚約者でいられるのは、あと少ししかない」
憎々しげにシルヴィを見ながら、それでも王太子はニヤリと笑った。
「明後日のパーティーを楽しみにしていることだ。貴様の罪を詳らかにしてやろう」
何を罪としているのか、リライト勢も大抵は聞いている。
だが、だからといって何故にパーティーでシルヴィを貶めようとしているのか。
そこの意味が分からない。
しかし語っている最中に気分が乗ったのだろう。
余計なことすら王太子は話し始める。
「貴様が未来の王妃たるサンドラを虐めたことを後悔しろ」
「……っ! だから、わたしは何もしていないと何度も――」
「――くどい! 証拠も揃っているのだから、お前が何を言ったところで誰が信じると言うのだ!」
言い返そうとするシルヴィの言葉を切って捨てる王太子。
彼女が何を言おうと、何をしようと意味はない。
聞くだけの価値すらないと断じている。
「その命で貴様の罪を購えると思うな」
王太子の言葉が意味すること。
彼らが自分に何をしようとしているのか。
意味することに気付いて、シルヴィは意識せず膝を突いた。
「……わたしを……殺すというのですか」
彼らはずっと自分の話を聞かなかった。
サンドラの話だけを信じて、やっていないことをやったとされて、言っていないことを言ったとされた。
だけど、自分は必死に前を向いて生きてきた自負があった。
未来の国母として、すべきことをしてきたはずだ。
だというのに、この仕打ちは何故だろうか。
ここまでされることをシルヴィはしていない。
ゆるゆると前を見れば、自分を見下げている妹と視線が合った。
「わ、私は一言、お姉様に謝って欲しかっただけなのに……」
「心配するな、サンドラ。お前のことは私達が守ろう」
立っている気力のない彼女の姿に満足したのか、王太子達は笑みを零しながら去って行く。
だけどそれが意味していることを、彼らは理解していない。
シルヴィの存在がどれほど、レンフィ王国に重要なのかを分かっていない。
何故なら他のどこでもない友好国にして最大の援助をしているリライトの王女、アリシア=フォン=リライトが断言したのだから。
シルヴィア=ヴィラ=ネスレこそがレンフィ王国の生命線である、と。
そのことを彼らは理解していなかった。
いや、この国の上層部全てが理解をしていなかった。
だからこそシルヴィを斬り捨てる判断が出来る。
そしてそれはもう、取り戻すことが出来ないほどに愚かしい決断だ。
何故なら彼らは自分達の手で――レンフィ王国の生命線を断ったのだから。
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