第251話 Sister's Cry⑤

「さて、と。まずは話し合いをする前に、走ってきたので少々喉が渇いてしまいましたわ。冷たい紅茶をわたくしと修様、フィオナさん、アイナちゃんの分、お願いします」


 側にいる騎士に飲み物を頼みながら、アリーは目の前に座っている男女を観察する。

 突然の乱入者に二人とも驚いているようだが、愛理はアリーのことを知らないためか動揺はない。


 ――ですが、こちらの方は違うようですわね。


 逆にオルノ伯爵は努めて冷静に見せかけていても、僅かに視線が揺れて息を飲むように喉仏が大きく上下した。

 それもそのはずだ。

 相手方は愛奈に何かしようとしているのに、それを国へ通さず行おうとしていた。

 だというのに、

 

 ――修様がいきなり『愛奈が何かやべぇ』と言って動き出すとか、普通はありえませんもの。


 おそらく今、オルノ伯爵の頭の中では色々と考え事がされているだろう。

 従妹だと宣言したことでさえ、無視する情報か否かの取捨選択があるはずだ。

 もちろんアリーであればこのまま、詳しく知らずとも向こうが反論する間もなく追い返すことは可能だが、


 ――どうせ従兄様も来るでしょうし叩き潰しにいったほうが後々、楽になりますわね。


 アリーはなぜかティーカップで出された冷たい紅茶を飲みながら、フィオナに現在の状況を尋ねる。


「フィオナさん。外にいる騎士から少しばかり聞きましたが、簡単でいいので彼らのことを教えていただけますか?」


「そちらはゲイル王国のオルノ伯爵とゲイルの異世界人であるエリ様です。エリ様はアイナの実の母親で、失っていた記憶が戻ったのでアイナを取り戻しに来たそうです。加えてそちらはアイナのこともゲイルの異世界人だと言い張っています」


 単純に言えば、そういうこと。

 アリーはほんの僅かに奇妙な表情を浮かべると、大きく溜め息を吐いてから頷いた。


「おおよそ分かりましたわ、フィオナさん。ここからはわたくし達が引き継ぎます」


 そう言ってトラスティ姉妹を下がらせる。


「あーちゃん。アリーさん達が来てくれましたので、後ろのほうで頑張りましょうね」


 ぽんぽん、と背中を優しく叩いてあやしながらフィオナは立ち上がる。

 修と騎士の間を通って愛奈が通り過ぎようとした時、修は何かしようとする仕草を見せた。

 だがアリーが視線で止める。

 修はそれでも悩む様子だったが、理由があるだろうからと“何かする”ことをやめた。


「まあ、いいんだけどよ。あとで理由は説明しろよな」


「分かりましたわ」


「そんで、こいつらのことを分かりやすく説明すると……どういうこった?」


「アイナちゃんを誘拐しにきた三下ですわ」


「なるほどな。了解だわ」


 淡々とした二人のやり取りにオルノ伯爵の表情が若干歪むが、一方で愛理は修の顔をマジマジと見ていた。


「なんだよ? 俺の顔に何かついてんのか?」


「貴方、かなり私好みの顔よ。今夜、お付き合いしてくれないかしら?」


 愛理の突然の発言に修が目を丸くした。

 というかこの状況下で、よくもこれほどのトンチンカンな発言が出来るものだ。

 修は彼女の発言を理解すると、すぐに鼻で笑う。


「そりゃどーも。だけどわりーな、あんたは対象外だわ」


 にべもなく断り、フィオナが座っていた椅子に修は座る。

 そしてアリーも真正面にいるオルノ伯爵を見据えながら口を開く。


「先ほども言った通り、ここからはわたくし――アリシア=フォン=リライトがお相手させていただきますわ」


 愛奈を巡るやり取りの第二幕。

 そして幼きリライトの異世界人だからこそ、アリーが出る。

 しかしオルノ伯爵は和やかに見せかけながら首を振り、


「いやいや、このようなことにアリシア王女がお出でになる必要などありません。国が出てくる理由もございませんよ」


「その件についてはフィオナ=アイン=トラスティ公爵令嬢が、すでに答えたことかと思いますわ」


 アリーは私的な理由だけでここにいるのではない。


「アイナに関する全て、国を通すことこそ道理です」


 だからこそ退かない。

 王族が出てきたことで面倒になった、ではない。

 ここから先、相手に主導権は存在しないことを分からせる。


「それでは我が国の異世界人を誘拐しようとする言い訳を伺いましょう」


 最初から剛速球をぶち込むアリー。

 僅かに眉が動いたオルノ伯爵だが、すぐに否定する。


「これはこれは、誘拐など酷い発言ですね。王女ともあろうものが突飛な発言をされるのはどうかと思われますよ」


「突飛……? なるほど、随分と頭が悪い上に事実関係すら認識していないのは分かりましたわ」


 アリーはさらに威力の増した言葉でオルノ伯爵は見下した。

 先ほどのフィオナと違い、拒否ではなく明確な否定をすることでアリーは主導権を握る。

 オルノ伯爵は無難に会話を始めようとしたのに、この言い方をされてはさすがに顔を顰め、


「い、いくらアリシア王女といえど、初対面の相手に向かって言っていい限度を超えているとは思いませんか!?」


「そっくりそのまま、言葉を返しましょう。初対面で何を言っているのか、理解できていないのはそちらでは?」


 あまりにも曖昧な言葉の数々。

 されどフィオナに対して『ご注意を』と告げたことは、完全にオルノ伯爵にとって悪手だ。


「いいですか? リライトはすでにアイナをリライトの異世界人だと認め、トラスティ公爵家も次女として爵位を継がせる用意があります。リスタルからも六将魔法士のジャルからも、助け出した異世界人と共に二度とアイナに手を出すなと約束させていますわ」


 アリーは淡々と言葉を放つ。

 愛奈に手を出すことが、どれほど愚かしいことなのかということを明言するために。


「さらにリライトは全世界の国に対して宣言しています。アイナを傷つけるのであれば、手出しした国を滅ぼすと。つまるところ、どれほどのことを言おうとも我が国の異世界人に対してゲイル王国は一切の関係がありません」


 自分達の妹が持っている状況を鑑みれば、目の前に座っている彼らの行動は一体どう映るのか。

 答えは明白だ。

 たった一つの単語に集約されてしまう。


「だからわたくしは訊いているのですよ? アイナを誘拐する理由は何なのか、と」


 余裕を崩さず紅茶を一口飲むアリーに対し、オルノ伯爵は少し興奮しながら立ち上がって大きな声で反論する。


「で、ですからですから、誘拐ではないと――っ!!」


 瞬間、言葉を遮るようにティーカップがソーサーへと叩き付けられ、ガチャリと大きな音を鳴らした。

 そして冷酷な視線がオルノ伯爵を貫く。


「我が国と世界がどのようにアイナ=アイン=トラスティを認識しているのかが重要なのであって、それすらも分からないほどに愚図なのですか?」


 今、アリーが話しているのは個人間のものではない。

 国として愛奈がどのような立場となっているか、だ。


「どうぞ座り直してください。誘拐ではないと仰るのであれば、釈明の機会をさしあげましょう」


 立ち上がったオルノ伯爵の後ろにある椅子を手の平で示し、にこやかに嗤って座ることを促すアリー。


「貴方の弁が相応しければ、そちらが望む状況にもなりましょう」


 これで立場の上下も決まった。

 どれほどのことを言おうとも、彼の言葉は基本的に後手へと回ってしまう。


「それでは“お話し合い”を続けましょうか、オルノ伯爵」


 互いの構図がフィオナの時とは違う。

 愛奈を実母の元へ取り返しに来たゲイル王国から、愛奈を誘拐しに来たゲイル王国へ。

 状況がほんの僅かな時間で逆転し、主導権をアリーが握った。

 かといってオルノ伯爵はこのままでは誘拐未遂犯となり、逃げることは出来ない。

 釈明も相応しくなければ、結果は火を見るより明らか。


「……ええ、ええ。いいでしょうとも。アリシア王女が納得しうる言葉を告げてみせましょう」


 故に腰を下ろし、椅子に座るしかない。

 そしてアリーはオルノ伯爵が座り、一度呼吸をした瞬間に言葉を放つ。


「最初に伺いたいのは、ゲイル王国は我が国と戦争し滅ぶ意思がある。それでよろしいのですね?」


「なっ!? と、突然なにを仰るのですか!?」


 落ち着き思考を巡らせる時間を与えはしない。

 叩き潰しにいくための問い掛けを加えた。


「アイナに手を出すなら滅ぼす、と我が国は宣言しています。つまりゲイル王国は滅びたいのだと受け取ったのですが、どこか違いましたか?」


「ち、ちが、違います! 我々はエリ様の元へアイナ様が戻れるように動いているのです!」


「なるほど。それでは様々な疑問が浮かんできますわ」


 本当に、ありすぎて困るほどに質問したくなる。


「まずエリ様とアイナが親子である証明がありません。なぜならアイナがゲイル王国の異世界人であった事実は、どこにもないからです」


「そ、それはエリ様が記憶を失っていたからで……っ!」


「オルノ伯爵。わたくしはアイナが“ゲイル王国の異世界人であった事実もない”と。そう言ったはずですわ」


 リライトは愛奈のことについて、多くのことを調べている。

 けれど情報はどれだけ遡れどリスタルの貴族が愛奈を買った、というところで終わっている。

 それより前の情報は完全に途絶えて探し出すことも出来なかった。


「この世界の重要人物たる異世界人。故に我々は情報を共有し、粗相がないように礼を尽くす。王族が各国の異世界人について知っている最たる理由はこれですが、なぜアイナはゲイル王国の異世界人とならなかったのでしょうか?」


 そしてどのルートでも愛奈がゲイル王国にいた痕跡はない。

 公式など一つたりとも存在しない。


「ゆ、誘拐されてしまったのです。我々も手を尽くしましたが、アイナ様の痕跡を辿ることは難しく……」


 オルノ伯爵の言い訳を聞いた瞬間、アリーは内心でほくそ笑んだ。

 

 ――このように釈明する以外、方法はありませんものね。


 愛奈がゲイル王国の異世界人とならなかった理由は、そう言う他ない。

 本当に誘拐されたかは関係なく、こちらの同情と考慮の余地を残すのであれば、誘拐されたとことにしなければいけない。

 けれどオルノ伯爵が言ったことはまさしく、アリーの誘導でしかなかった。


「つまりゲイル王国はエリ様とアイナを召喚して、すぐに誘拐されたわけですか。ずいぶんとお粗末なことをしていますわね」


 何も知らなければ通用する可能性はあるが、こと相手として向かい合っているのは王族であるアリシア=フォン=リライト。

 愛奈がゲイルの異世界人でなかった時点で、言い訳によって生まれる失態を容赦なく突いていく。


「召喚陣を有している国は全て、異世界人を召喚した時点で各国へ情報を流します。ゲイル王国とてそうだったでしょう? しかしエリ様の記載しかなかったということは、アイナは短時間で誘拐されてしまった」


 この事に対し違うと言った場合、情報を流さなかった理由を問われる。

 だからオルノ伯爵は決して反論することが出来ない。

 

「さらに一つ、疑問を追加しましょう。我々は半年前、アイナを保護したことを宣言しました。だというのに、なぜ召喚したことを名乗り出なかったのでしょうか?」


「そ、それはそれは、我が国の失態を公にした場合、他国の非難は免れません!」


「ええ、そうでしょうとも。ですが貴国の面子のためにアイナは誘拐されたまま虐待を受け、我が国が救い出した」


 優斗と出会うまで、愛奈はジャルによって虐げられていた。

 ふっ、とアリーは鼻で笑う。


「誘拐され、救い出せず、あげく面子のために名乗り出ることすら出来ない。どうせ誘拐犯も捕らえることが出来なかったのでしょう?」


「ゆ、誘拐犯は捕らえましたとも!」


「なるほど。では、どうしてアイナを救えなかったのでしょうか?」


「口が堅く、決して情報を漏らさなかったのです」


「つまり同じように誘拐されてしまったら、そちらにアイナを救う手段は存在しない。そういうことですわね?」


 失態について対策を講じていなければ、血の繋がった親子だということが効力を示さない。

 また誘拐される可能性が高いのに、親子というだけで愛奈をゲイル王国へ渡すのはリライトにとっての失態になってしまう。

 だからオルノ伯爵は反論するしかなかった。


「ち、違います違います! 今は万全の体制を敷いてますとも! 決して誘拐されることなどありません!」


 声を張り上げ、殊更に大丈夫だということを口にするオルノ伯爵。

 けれどアリーは冷静な声音で、


「でしたら、このように動けばよかったではありませんか。アイナを守るために最善の準備をして、それを書面で証明し、国として我が国へ提出し、万全の体制が整っていることをアピールする。それがアイナをゲイルの異世界人とするための正攻法ですわ」


 これで一番最初の問い掛けに戻る。

 国が出てくる必要はないと言ったオルノ伯爵に対して、アリーは国が出ることこそ道理だと返した。

 そして彼の言い訳によってゲイル王国の失態がある以上、血の繋がった親子関係があるだけで愛奈を返すことはリライトにとっての失態に繋がりかねない。

 つまりリライト王国が関わることは必須。

 まずは自分達を説得しなければ愛奈に関わることすら不可能な状況をアリーは作り出した。


「…………ん?」


 けれどそこでオルノ伯爵も気付く。

 今、突くべき穴が小さくも存在することに。


「で、ではでは、リライトはアイナ様をしかと守っていると証明できるのですか? 誘拐されないという自信はどこにあるのですか? もし証明できないのであれば、やはり親であるエリ様が育てることこそ道理でしょう?」


 立場が変わらないのであれば、まだ挽回できるチャンスはある。

 どうにか対等に持って行くことが可能であれば、交渉の余地は存在する。

 だが、


「証明できるも何も、わたくしがここにいること。それが証明の一つ。二つ目に我々は常にアイナを守っている。こちらの二名はアイナの護衛専用ですわ」


「しかししかし、それだけでは十分とは――」


「三つ目。アイナのことは我が国にいる異世界人達が常に目を光らせている。特に最強の二つ名を持つ大魔法士がいるのであれば、尚のこと問題はありません」


 オルノ伯爵の発言を遮るようにアリーは本命の名を言い放つ。

 けれどオルノ伯爵も予想していた通りであり、


「それはそれは、誰でしょうか。今、この世界に大魔法士がいるなど私は聞いたことがありませんね。存在しない者の名を出したところで、仕方ないことではありませんか?」


 世の中に大魔法士は知れ渡っていない。

 つまり最強の存在が愛奈のことを守っているなど、普通に考えたらあり得ない。

 だというのにアリーは少したりとも揺れなかった。


「その疑問は一手、遅いですわ。貴方は確実に大魔法士のことを知っている。だから彼がいない時にアイナとコンタクトを取り、そのまま連れて行こうと考えた。ほんの少しでも大魔法士のことを知っている人間は、問答など意味なく力でねじ伏せられることを当然のように理解しているから」


 そして、すでに問い掛けは済んでいる。

 オルノ伯爵がどこまでのことを知っているのか、アリーは確認している。


「これはこれは何を馬鹿なことを仰るのですか。千年前に存在した大魔法士が現在、いるはずないでしょう?」


「ではどうして、先ほど疑問に思わなかったのでしょうか? わたくしは『助け出した異世界人と共に二度とアイナに手を出すなと約束させた』とお伝えしたはずですが」


「いえいえ、私はてっきりフィンドの勇者と勘違いしたのですよ。彼もまた異世界人ですから」


「だとしたら不思議ですわね。なぜ貴方は我が国にアイナがいることを存じているのでしょうか?」


「……? はてさて、私にはアリシア王女の言動の意味が分かりかねますが? 私はただ、アイナ様は貴国とフィンドの勇者に助けられたと聞いただけですので」


「そのような意図的な情報など、普通にありえませんわね」


 反論の隙が僅かでも生まれたと思ったら大間違いだ。

 主導権を握っている以上、それこそ言動全てが罠だと勘ぐったほうがいい。


「救出の件、大魔法士は珍しく言いましたわ。自分の名を存分に使ってくれて構わない、と。だから父様も会議の場で大魔法士の名を使い、助けたことを告げた。つまり――」


 愛奈の所在と大魔法士の名はセットだ。

 片方だけを知っていることはほぼ、あり得ない。


「――アイナが我が国にいることを知っている人物は、大魔法士が存在することを知っていることになる」


 意図的に情報を抜かない限り、都合良く大魔法士の存在だけ知らないと言い張るのは無理だ。

 もちろん大魔法士の情報は来年の四月まで秘匿となっているから、オルノ伯爵が伝え聞いていない場合も僅かながら可能性はある。

 しかし、


「加えて我が国は今のところ、異世界人を召喚した事実を王族以外に流布していません。なのに我が国の『異世界人達』を疑問としなかったのは何故でしょうか?」


 アリーの罠は伝え聞いていないと返答することを容易に許さない。

 愛奈と関わりが深い大魔法士に注視させたからこそ、『異世界人達』という単語が罠になる。

 オルノ伯爵はアリーの思惑通り、大魔法士の有無に注力して他の情報に対しての対処を怠った。

 無意識下でリライトの異世界人の存在をオルノ伯爵は承認してしまった。


「貴方は一体、誰を知っていて誰を知らないのか。何を知っていて何を知らないのか。返答次第では今までの発言も嘘だと簡単に分かってしまいますわ」


 個人的にリライトの異世界人と付き合いがあるのならば、情報も偏るかもしれない。

 けれどアリーは彼らの人付き合いをほぼ把握している。

 誰がどのような情報を得ているのか理解している。

 つまりオルノ伯爵は言葉一つ間違えた瞬間、今までの発言全てが瓦解しかねない。


「この難解に絡んだ糸を、貴方は即興で説明することが出来ますか?」


 絶対に無理だということを分かっておきながら、アリーはあえて尋ねる。

 潔白を証明しなければならない身で、灰色では話にならない。

 

「…………っ!」


 逆転の僅かな可能性を見つけたと思った瞬間、進んだ先が落とし穴だと理解してオルノ伯爵は唇を噛む。

 すると黙って聞いていた愛理が二人のやり取りに口を挟む。


「けれど異世界人が守られるっておかしくないかしら?」


 両国共に、異世界人に頼むことは『国を守る』こと。

 だとすると、今の二人のやり取りはあまりにもおかしい。


「異世界人が守られるなんて相応しくない。そうでしょう?」


 守るべき立場の者が守られる。

 何のために召喚したのか、その理由が分からなくなる。


「だとしたらやっぱり、私のところに娘がいることは普通なんじゃないかしら?」


 二人の口論は意味がないと愛理は言う。

 しかしオルノ伯爵は苦虫を潰したような表情を浮かべ、アリーは呆れた表情になった。


「もし幼子に国を守らせようと考えているなら、恥を知りなさい。我々がそちらのふざけた魂胆に加担するとでも?」


 常識的な判断を、常識外を以て制することなど出来ない。

 幼い愛奈に国を守らせるなど、あってはならない。


「そして先ほどからわたくしは言っているでしょう。親子である証拠を見せろ、と」


 唯一にして明快な解答が今のところ、どこにも存在していない。

 オルノ伯爵達にとっては切り札と呼ぶべきものがない。


「エリ様やアイナの態度一つ取っても、こちらとしては親子と思えませんわ」


「いえいえ、そんなことはない! 二人はとても似通ってらっしゃる! 何よりアイナ様の口からエリ様のことを母親だと言えば、それが証拠となります!」


「言葉や見た目だけで証明できると考えているのなら、浅はかと言うほかありません。それにわたくしとしては、同じ異世界人である彼と似通ったところが見られますわ。もしかしたら兄妹なのかもしれません。生き別れの兄妹など今日日、珍しくもないでしょう。ということは、親族であるわたくしやリライトの勇者がいるこの国でも問題はない」


 アリーは修と愛奈を見比べながら、オルノ伯爵の言葉を否定する。

 そして彼女の『親族』という発言に反論することは難しい。

 最初に証明するべきはオルノ伯爵であって、アリーではないのだから。


「本来は証書の一つでもあれば交渉の余地はあるでしょうが、ないことはそちらが証明している。なぜならアイナがゲイル王国の異世界人であった事実は、誘拐されたことで他国へ流布されなかったのだから」


 つまりオルノ伯爵が言ったことは、全てが悪手になる。

 証拠がないのであれば、愛奈の態度で判断することも可能だが……怯えている様を見せているのだから厳しい。


「さてさて。これで貴方達はほぼ全ての道を失ったわけですが……」


 と、アリーはなぜか言葉を止めて不意に笑った。

 修もフィオナも同じように笑みを零し、愛奈すらも僅かに恐怖以外の反応を見せる。

 まるで何かに気付いたとでも言うように。


「中継ぎは終わり、というわけですわね。あとは彼にお任せするとしましょうか」


「……中継ぎ? アリシア王女、貴女様はいったい何を――」


 リライト側の雰囲気が変わったことを訝しむオルノ伯爵に対して、アリーは笑みを携えたまま言葉を続ける。


「――オルノ伯爵。もし本当に知らないと傲慢に宣うのであれば、その身を以て納得しなさい」


 その時、空気が震えた。

 何かの前触れのように息苦しいほどの圧迫感が突如、彼らの身に降りかかった。


「知っていることを隠したのであれば、どれほどの存在であるかを身に染みて感じ取りなさい」


 扉の開く音がして、足音が聞こえてくる。

 先ほどアリーが登場した時と似ているようで、まるで違う。

 現れた人物は圧倒的なまでの恐怖を相手へ抱かせ、期待も希望も全てを打ち砕く。

 そして合わせるかのように、アリーも大仰に言葉を発した。


「では、あらためてご理解のほどを」


 徹頭徹尾、優勢に会話を進めたリライトの王女。

 けれど今回の件において、彼女以上の適任がいる。

 王女以上に相対するに相応しい人間が今、まさに現れた。


「我が国はリライト。異世界人を大切に扱う国であり――」


 止まった足音に、アリーの言葉が戦慄を誘う。

 彼らの背後にいるのは唯一無二であり、紛うとこなき伝説の再来。





「――最強の存在がいる、アイナの母国ですわ」

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