第250話 Sister's Cry④

 言い終わった瞬間、優斗はピクリと何かに反応した。

 そして立ち上がって窓の方へと歩いていく。

 目に見える場所で特段に変わった様子はないが、それでも優斗の目つきは鋭くなった。


「ユウト、どうした?」


「ゲイル王の行動と予測はさすがだ、と。愛奈の身内としてはそう思わざるを得ない事態になりました」


 王様の問いに答えると、優斗は外へ出る準備を始める。

 それだけで何が起こったのか周囲には分かった。


「とはいえ鴨が葱を背負ってやってきたようなものですね」


 物の見事にゲイル王が仕掛けた罠へと嵌まった。


「それに、どうやら僕より早く気付いた勇者と王女がいるようで」

 

 王城から飛び出すように駆ける二つの姿も、ついでに窓から見えた。

 

「“リライト王”。この一件、僕に任せてもらってもよろしいですか?」


 優斗からの問い掛け。

 普段とは違う呼び方が意味すること。

 それは出来事に対して愛奈を守るだけでなく、相手を倒すだけでなく、問題を終わらせるだけでなく。

 その全てを行える絶対的な存在で相対すると言っている。

 王様は真っ直ぐな優斗の視線に一つ、首肯を返した。


「今のお前に対して、命令口調は些かおかしいことだとは思うが――」


 それでも優斗は訊いてきた。

 例えその身が同等以上の存在であろうとも、王として慕っていることを示してきた。

 であれば王様が伝えることなど一つしかない。


「――ユウト。我が国の異世界人を些末に扱うことが、どれほどの罪であるのかを教えてこい」


 リライトは異世界人を大切にする。

 その意味を、理由を、想いを無碍にし勘違いした輩を慮る必要など一切ない。


「かしこまりました、リライト王」


 そして優斗は王様の言葉に傅いた。

 

「リライトの異世界人として。大魔法士として。そして何よりも――」


 優斗が動く最大の理由は一つ。


「――愛奈の兄として、この件を片付けてきます」


 言いきって立ち上がり、そして扉へと歩き出す。

 後に続くようにマルスとエリスも席を立った。

 そして扉から出て廊下に立った瞬間、卓也とリルが走ってくる姿が見えた。


「優斗っ!! 愛奈にトラブルが起こったらしい。気付いてるとは思うけど、念のために伝えてくれって修達に言われた」


 軽く息を弾ませてる卓也に優斗は頷きを返す。


「僕も把握してる。十中八九、ゲイル王国の連中が愛奈のことを攫いに来たと考えていい」


 フィオナが一緒にいて、愛奈のことを守っているのも精霊から伝わってきている。


「優斗はどう動くつもりだ?」


「王様からは了承を貰ったから、僕もこれから愛奈がいる場所へ向かう」


「分かった。だったらオレとリルはトラスティ邸だな」


 優斗と卓也は頷き合い、拳同士を突き合わせる。

 けれどリルは逆に驚いたようで、


「えっ? 一緒に行かないの?」


「ああ。修とアリーがかっ飛ばして動いてる上に、優斗も行くんだから問題ない」


 これ以上の危険が起こるわけがない。


「だからオレ達はロスカさんと一緒に愛奈の大好物を作って帰りを待ってる」


 それが今、愛奈に一番してあげたいことだから。

 大変なことがあったからこそ、しっかりと安心できるようにしてあげたい。

 優斗は卓也の言葉に笑みを零す。


「うん。愛奈がすっごく喜ぶやつ、お願いね」



      ◇      ◇



 騎士団の派出所内で、フィオナは壮年の男性が告げた言葉に眉をひそめる。


「ゲイル王国の異世界人であるアイナ様。今、彼らはそう言いましたよね?」


 自分達を守っている騎士達にも確認を取ると、頷きを返された。

 しかし正直言えば、フィオナは意味が分からない。

 愛奈はリスタルの貴族に売り払われたあとの記録しか存在していない。

 王族が共有している異世界人の全情報でさえ、愛奈の名前はどこにもない。

 つまり自分の妹がゲイル王国の異世界人であった記録など、どこにも存在していない。

 だというのに、壮年の男性はさらなる情報を言い放つ。


「それにそれに、貴女のお母様であるエリ様もいらっしゃっているのです。顔を見せてあげてはいかがでしょうか?」


 瞬間、愛奈の身体がさらに震えた。

 目一杯抱きついているのに、それでも恐怖が強くなっている。

 フィオナは懸命に愛奈をあやしながら呟く。


「あーちゃんの……母親?」


 今、確かにそう言っていた。

 愛奈の母親が来ている、と。

 とはいえ事実か事実ではないか、それはどうでもいい。


「関係ありませんね。私の妹を怖がらせるなんて、例え相手が誰であろうと許しません」


 問題とするのは愛奈が母親と言われた人物の名を聞いた瞬間に震えが増して、さらなる恐怖を抱いたこと。

 それだけで相手が誰かなんて関係なく、許すつもりもない。


「フィオナ様。おそらく彼らの目的はアイナ様の奪取かと思われます」


「はい。発言の事実関係は置いておくとしても、込められている意味としてはそうだと私も思います」


 でなければわざわざ、あのようなことは言わない。


「とはいえ本当にそうなのか、はっきりと聞いておきたいですね」


 このまま一旦でも引かれてしまえば、再びやってくる可能性がある。

 それだと愛奈は安心できないし、恐怖に脅かされることになる。

 だとしたらフィオナに出来るのは、戻れないところまで踏み込ませること。

 自分しかいないからこそ、やれるはずだ。


「あーちゃん。お姉ちゃんはこれから、少しだけ扉の外にいる方々と話をします」


 柔らかく頭を撫でながら、フィオナは妹に告げる。


「どうしてか分かりますよね? 私があーちゃんのお姉ちゃんだからです」


 さっきも言ったことだ。

 フィオナは愛奈の姉で、守りたいと思っているから。

 ただそれだけのこと。


「フィオナ様。言って下されば、我々が対処いたします」


「いえ。あちらが私のことを何も知らない貴族令嬢と思っているからこそ、油断してくれると思います」


 騎士の言葉にフィオナは首を振る。

 誰が適任かといえば、確実に自分だろう。

 だから彼らはこれ幸いとばかりに、目の前に現れたのだろうから。


「それに解決しようとも思っていません。ただ単純に、逃げられない場所まで踏み込ませたいんです」


 言い訳も姑息な詭弁も出来ないように。


「もう二度とあーちゃんの前へ出てくることが出来ないようにします」


「……ですがフィオナ様。それでは貴女様に危険が……」


「皆さんがいるのですから、どこにも危険はありません。それに勇者と大魔法士が事態に気付いてます」


 最低でもその二人は気付いている。

 修特有の直感があるし、優斗に関しては精霊が教えてくれたから問題はない。

 と、フィオナが考えていたその時だった。


「……おねーちゃんと……いっしょにいるの」


 愛奈が小さく呟いた。

 震える身体と強く抱きしめている腕。

 大きな恐怖を抱いているというのに、それでも愛奈はそう言った。

 

「少しでも離れていたほうがいいですよ。お姉ちゃんはあーちゃんがもっと怖がってしまうなんて、とても嫌なんです」


「……ううん。がんばるの」


 けれど愛奈は首を振った。

 姉が自分のために立ち向かってくれる。

 だとしたら、大好きな姉と少しでも一緒にいたい。

 一緒に立ち向かいたい。


「それじゃあ、姉妹で頑張りましょうか」


 フィオナは柔らかく微笑む。

 本当ならば愛奈が何を言ったところで遠ざけるほうがいいのだろう。

 けれど妹が頑張ると言ったのであれば、拒否したくなかった。


「騎士の皆さん。お手数だとは思いますが、よろしくお願いします」


 フィオナは丁寧に頭を下げながら騎士に頼む。

 

「あーちゃんを守るために」

 

 貴族の令嬢が大切な妹のために相対する。

 騎士のことを信頼しているからこそ、やるべきことを全うする。

 なればこそ騎士の答え方など一つしかない。


「お任せください、フィオナ様。我々が必ずお守りいたします」


 扉を開けて、ゲイル王国からやって来た輩を招き入れる。

 フィオナも抱っこしたまま立ち上がり、テーブルの椅子へと座り直す。

 背後に騎士一名、左右に愛奈専属の近衛騎士二名が守るように場所を取った。

 対するように真正面に座った男が先ほど、愛奈についてあれこれと言った者だろう。

 斜め向かいには二十歳後半ぐらいの綺麗な女性が座る。

 彼らの背後にも二名、ゲイルの騎士が立った。

 けれどフィオナは相手方の騎士などどうでもよく、座っている二人の表情が気に食わなかった。

 愛奈を見ているのに、一つとして好意的な感情が見受けられないからだ。

 だが気に食わないことを押し殺し、フィオナは挨拶する。


「フィオナ=アイン=トラスティ。トラスティ公爵家の長女です」


「それではそれでは、こちらも自己紹介をさせてもらいましょうか」


 壮年の男性は頭を下げながら、笑みを浮かべる。


「私はオルノ。ゲイル王国にて伯爵の地位をいただいている者です」


 次いで隣に座った女性を手の平で示し、


「そしてそして、こちらはユズキ・エリ様。ゲイル王国の異世界人であり、アイナ様の母君です」


「久しぶりね、愛奈。とても会いたかったわ」


 ゲイルの異世界人――柚木愛理。

 彼女の声を聞いて、愛奈の手がさらに強く握りしめられた。

 フィオナも同時に全身から鳥肌が立った。


 ――今のが母親から娘に対する声音ですか!?


 文字としては優しげに響いた台詞。

 だが、あまりにも感情が込められていない。

 心底どうでもいい、と誰もが判断できるほど酷い。

 リライト側の誰もが絶対に愛奈と関わらせてはいけない、と判断できるほど悪意に満ちている。

 

「それで用件は何でしょうか?」


 フィオナは気を張って訊く。

 おおよその予想は付いているが、それでも明確に言葉として聞いておかなければならない。


「もちろんもちろん、ゲイルの異世界人であるアイナ様を返していただきたい。それだけです」


 そして案の定の返答が来た。

 

「返す、とは? アイナは六将魔法士ジャルから救い出された少女。ゲイルの異世界人であると私は聞いたことがありません」


 愛奈が公式の記録で他国の異世界人であったことはない。

 つまりゲイルの異世界人であったことがない。


「いやいや、しかし彼女はゲイル王国の異世界人なのだよ」


「違います。この子はゲイル王国の異世界人ではなく、そちらの方の娘でもなく“私の妹”です」


 まずは明確に愛奈の立場を示す。

 今現在、自分の妹がどのような状況であるのかを明確に伝える。


「アイナはアイナ=アイン=トラスティという名があり、マルス=アイン=トラスティとエリス=アイン=トラスティという両親がいて、私という姉がいる。それがあーちゃんの――アイナの真実であり、今の彼女が持っている事実です」


 救われた愛奈が得た、彼女の家族。

 明記されているこの子を大切に思う人達。


「そして異世界人だと言うのであれば、この子は“リライト”の異世界人です。なのでリライト王国に話を通すことこそ当然であり、アイナに関することであれば私達に話が来て然るべきです」


 まずそこがおかしい。

 リライトの異世界人にしてトラスティ公爵家の次女であり愛奈のことなのに、オルノ伯爵と愛理が来て『返してほしい』などと宣うのは常識的な行動ではない。


「つまり貴方達の入国目的はアイナに関することではないわけですよね?」


 旅行や商談など、他国へ入るにはそれなりの理由がいる。

 しかもリライトの異世界人に関することならば、些事であれ確実に王様の耳へと入るようになっている。

 なのにこの状況を誰も知らないということは、入国の理由が別だということ。


「いえいえ、我々はそこまで大層なことだとは思っていないのでね。わざわざ大げさにする必要はないのですよ」


「それを決めるのは貴方達ではなく私達です」


「ではでは、今後は二度と同じことがないよう我々も誠心誠意、努力していくことにしましょうかね」


 軽んじた笑いと言葉。

 何一つ愛奈のことを大事だと思っていないからこそ取れる態度だ。


「姉の私が許すとでも?」


「もちろんもちろん。実の母親に育てられないことこそ、その子に対しての不義となるのでは?」


 血は水よりも濃い。

 血縁というものは、大切とするべきもの。

 幼い子供は血の繋がった母親に育てられたほうがいい。

 こんなものは当たり前で常識的な言葉。


「それに“異世界人に優しい”と言われるリライトなれば、どのようにするのが異世界人に対して優しく在ることができるのか、ご理解いただけるでしょう?」


「例え血縁があろうと、アイナのためにならないのであれば必要もありません」


 フィオナは頑として否定する。

 そんなものを使って、愛奈を取り戻すなどと宣うことは許さない。


「それではそれでは、こう言い換えましょう」


 だがオルノ伯爵は笑みを崩さぬまま、別の切り口から会話を続けた。


「我々はアイナ様をジャル様より誘拐したリライトから救わなければならない、と。そして“記憶を取り戻した”エリ様が我が子を欲しているのだから、どうにかしてゲイル王国へと連れ戻す。それが召喚した我々の責任というものです」


「……? 記憶を取り戻した?」


「ええ、ええ、その通りです。エリ様は複数人召喚による弊害で、記憶を失っていたのですよ。ですが先日、偶然にも記憶を取り戻してアイナ様が愛娘であることを思い出したのです」


 あまりにも荒唐無稽な話で、信じるほうがどうかしている。

 とはいえフィオナとしては無視できない言葉でもあった。


 ――おそらくあーちゃんの母親、というのは正しいのでしょうね。


 愛奈は両親のことを恐れていた。

 すぐに殴り、すぐに怒る母親がいた。

 だから愛奈が今、恐怖していることは納得できる。


 ――そして普通であれば、産んだ母親が娘を育てるべきなんでしょう。


 血が繋がっているからこそ、守り育みたいと思う。

 しかしそれは常識的な行動と事実があればこそ、常識と呼ばれる。

 

「だとしたら何故、アイナは恐れ震えているのでしょうか?」


「それはそれは、私どもには判断できないことではあります。が、恐れているのではなく混乱されているだけでは?」


「この子、結構怯えることが多かったから、知らない人達がたくさんいて判断できてないだけよ」


「アイナが混乱しているのか、怖がっているのかも分からないんですか?」


 母親だと名乗った女性を睨み付ける。

 こんなこと、端から見た他人ですら理解できることなのに。

 どうして心配しないのだろうか。


「“私の妹”を怖がらせておいて、姉である私がそちらの言い分を鵜呑みにすると思わないでください」


 取り付く島もないほどに拒絶するフィオナ。

 語る言葉に耳は傾けても、聞き入れる気は絶対にないと証明している。

 何を言おうとも暖簾に腕押し、この場で簡単に終わらない膠着状態となった。

 けれどフィオナはそれで構わない。

 なぜなら彼女には物事を正確に把握し、尚且つ立ち向かう術が存在しないから。 

 優斗やアリーのように、上手く言葉が出てこない。

 修のように、偶然上手いことならない。

 フィオナ=アイン=トラスティは、解決する力を持っていない。

 けれど、


 ――さて、どうでるでしょうか?


 自分が出来る精一杯をフィオナは知っている。

 どうすれば託すに最適なのかを分かっている。


 ――私は私の本心を偽りなく、言葉として乗せています。


 納得がない。

 理解がない。

 例え事実であったとしても受け入れない。

 となると、だ。相手に出来ることは、


「状況と事実を鑑みての発言でしょうか? フィオナ=アイン=トラスティ様」


 踏み込み、さらにリスクを冒すしかない。


「アイナが怖がっている以上、私にとっては関係ありません」


「しかししかし、我々としてもアイナ様を救わなければなりませんのでね」


 詭弁だ、とフィオナは思う。

 だが召喚と親子関係が事実なのだとすれば、その言葉は人によって真実へと映るだろう。


「だとすればどうしますか? 国を通す気がないというのであれば、力づくでアイナを奪いますか?」


「いえいえ、私は暴力という野蛮な行為は嫌いですよ。ですが救うために何をしなければならないのか、あらゆる選択肢を持っているとお伝えしましょう。例えばリライト王国がジャル様からやったようなことを、ね」


 交渉だけではない。

 他にも手段はあることを匂わせる。


「そしてそして、我々も貴国と同じ想いを持っていると教えましょう」


 異世界人を召喚した国だからこそ、強く強く思うこと。


「全ては我が国の異世界人であるエリ様と――彼女が愛するアイナ様のために」


 正義は我にあり、と。

 間違っているのはお前達だ、と。

 暗に告げるオルノ伯爵。


「ですからですから、フィオナ=アイン=トラスティ様。アイナ様の幸せを思うのであれば――」


「――そうですね。アイナの幸せを願うのであれば、やっぱり私は私達の温もりを与え続けます」


 フィオナはオルノ伯爵の演説を断ち切るかのように遮った。

 

「アイナのことを何も知らない貴方達が、幸せにできると私は思いませんから」


 この腕の中にある、小さな少女を渡さない。

 最初から決めていることなのに、たかが実の母親が現れたぐらいで揺るぐはずがない。

 

「だからアイナを攫うというのなら、私は全てを賭して立ちはだかります」


 目の前にいる人間を恐れている妹が、救われるなど語弊甚だしい。

 何のために来たのかも、何のために現れたのかも知らないけれど、それだけ分かっていればフィオナは立ちはだかる。

 大切な妹のために。


「立ちはだかる? 貴族の令嬢である貴女様が?」


 そんなフィオナの決意は、オルノ伯爵の目には滑稽極まりなく映る。

 彼女にそんな力はない。

 周囲に力を持つ者達がいるとしても彼女にはない。


「あははははははははっ!! まさかまさか、公爵令嬢は縁もゆかりも何もない少女のために、傷つけられて構わないとでも!?」


「アイナを守るために必要な傷であるなら、私にとっては最高の勲章です」


 なぜなら妹を守っている証明になる。

 抱きしめている子が心から大切だと証明になる。

 家族として本当に愛していると誰に対しても証明になる。


「ではでは、ご注意を。いつ何が起こるか分かりませんからね」


 くぐもった笑い声を響かせながら、オルノ伯爵はニヤついた。

 愛理もあまりに無茶苦茶なフィオナの言い分に吹き出してしまう。

 主導権は常にオルノ伯爵が握っている。

 先手は常に彼らの発する言葉だ。

 どれだけ素気なく否定しようとも、たかが公爵令嬢如き口論の穴など幾らでも作ってみせる。

 故にオルノ伯爵は追撃の台詞を吐こうとして、



「何が『ご注意を』なのでしょうか?」



 背後の扉から現れた存在に遮られた。

 反射的に振り向いた先にいたのは黒髪の少年が一人。

 そして黄金色の長髪を靡かせ、威風堂々たる態度を取っている少女。


「一つであろうと、させると思いますか? 我が国の異世界人及び公爵家へ害が及ぼされることに」


 ただ、そこにいるだけで気圧される。

 気を張らなければ傅いてしまいたいと思うほど純然たる気品。

 何者かと問い掛けるオルノ伯爵達の視線に、少女は冷笑を以て答える。


「名乗る必要があるのならば、名乗りましょう」


 その身は国の象徴。

 彼女の存在はリライト王国があることの証。


「わたくしはアリシア=フォン=リライト。この国の王女ですわ」


 軽やかに歩きながらフィオナ達に近付き、アリーは愛奈の頭を優しく撫でてから隣に座った。

 修も愛奈達を守るように、騎士と同じく背後へ立つ。

 そしてアリーは冷笑を張り付けたまま、


「ちなみにアイナ=アイン=トラスティ公爵令嬢はわたくしの従妹になります。どうぞ、以後はご理解のほどを」


 これ以上ないほどに堂々と嘘を吐いた。


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