第46話 予選前日、ある意味フルスロットル
リスタル闘技大会初日。
午前中の予選を圧倒的な強さで通過した副長を見た後、昼間のあいだは自由行動となった。
「…………」
「…………」
けれども宿屋の一室にて、カチャカチャと和泉がレイナの剣を弄る。
「…………」
「…………」
レイナは彼の姿をじっと見ていた。
「…………」
「…………会長」
状況に耐えかねたのか、和泉が声を掛ける。
「別に一緒にいる必要はないんだが」
「私の武器の手入れをしてもらっているのに別の場所へ行くのも変な話だろう?」
何よりも見ていて楽しい。
だからこそ、この場に留まっている。
「そういうものなのか?」
「少なくとも私にとって剣は、魂のようなものだからな。おいそれと離れようとは思わない」
「そうか」
和泉は納得して、また剣を弄る。
「……なあ、イズミ」
「何だ?」
「イズミは大会に出たかった、とかはなかったのか?」
剣から目を離さずにはいたが、和泉の眉根が少し上がる。
「なぜだ?」
「男とは総じて、闘ってみたいものなのだろう?」
「……ふむ。気持ちは分からなくもないが、俺は肉体言語を持ち合わせていないからな。闘技大会のような類は苦手だ。別の分野なら話は別だが」
魔法科学系の大会があったのなら、気持ちは分かる。
「では闘技大会には出たくないのか」
「人には向き不向きがある。俺は戦うよりも武器をいじっているほうが性に合っている」
言いながら和泉は剣に魔法具としての宝玉を嵌める。
「……これでよし」
最後に総点検をしながらレイナに剣を渡す。
「問題はない。明日も明後日も全力で闘えるだろう」
「助かる」
レイナは剣を預かると、大事そうに鞘に収めた。
けれど少し残念そうな表情を浮かべる。
「せっかく一緒に来ているのだ。イズミともフィオナとも一緒に戦えるのであれば、もっと面白かったのだが……」
皆とギルドの依頼を受けているときなどはいつも楽しかった。
もちろん、和泉に対しては怒鳴ることも多々あるが。
「気持ちはありがたい。だがチーム戦とはいえ少人数だからな。俺の場合、多人数ならば活躍の場もあるだろうが、三人だと難しいものがある」
「しかし、いつもお前はなんだかんだと言いながら一緒にやってくれているだろう?」
「無理矢理引きずられてやっているの間違いだ」
突っ込めば、レイナが少しだけ不機嫌な表情をした。
とりあえず否定はできないらしい。
和泉は苦笑する。
「今回、会長は絶対に優勝したいんだろう?」
「ああ」
一年、二年のときと優勝できなかったからこそ、今回は絶対に優勝したいという想いがある。
「ならば“戦い”で“闘う”ということに関しては、俺じゃなくて適任に任せるべきだ」
「シュウやユウトか?」
問いかけるレイナに和泉は頷く。
「俺が戦いで会長の手助けになれることは少ない。だからこそ、今回は優斗がチームメイトでよかったと思っている」
「適材適所というやつか」
「上手い具合に配分されているからな、俺達は。今回の件は俺が直接的に会長を手助けできる立場にいなかったというだけだ」
「……どういう意味だ?」
レイナが首を捻る。
「少なくとも戦闘に関して言えば、前衛が修。中衛が優斗。後衛が卓也。フォローが俺だ。これを覆すことはできない」
別の件では、また違ったようになるのだが。
少なくとも戦闘に関してはこういう配置になってしまう。
「俺が前面に出て戦えば足手まといになる。だからこそ『会長が優勝したい』と思っていることを叶えるには、俺ではなく優斗がチームメイトが良かったと思っている」
とは言っても、だ。
「しかし、会長に協力をしないというわけではない。俺には修にも優斗にも卓也にもできないことができる」
武器を弄ること。
メンテナンスをすること。
万全の状態の武器を扱わせること。
「会長の願いを叶えるのに会長と同じ土俵に立つ必要は無い。なぜなら、俺よりもしっかりと同じ土俵に立てる親友がいるんだ。会長の願いに対して同じ想いを抱いてくれるだろうし、託すには何も問題はない」
戦う土俵では自分よりも上手くやってくれる親友がいる。
だったら、やってもらったほうがいい。
「けれど俺はあいつらができない、俺が必要とされていることを誇りを持って全うする」
自分がやるべきことをやる。
成すべき事を成す。
「それでは不服か?」
訊きながら、和泉は立ち上がる。
仕事は終わったと言わんばかりに歩き始めた。
レイナは和泉の後ろ姿を見ながら、破顔する。
「不服なはずがないだろう」
◇ ◇
優斗とフィオナは大会初日、大いに盛り上がっている通りを歩いていた。
歩きながら二人は宿屋に残っている和泉とレイナのことを考える。
「イズミさんとレイナさんってどういう関係なのでしょうね?」
「……分からない。あの二人だけはどうなのか分からない」
なんというか、謎だ。
「ある日、突然に『付き合うぞ』『いいだろう』とかいう会話があってもおかしくないぐらいに変な人たちだから」
「ふふっ、わかります」
フィオナが笑う。
と、その時フィオナが人混みに紛れそうになる。
「――おっと」
優斗が手を掴んで引き寄せる。
「こういう人混みはあんまり来たことないからね」
「はい」
「案外、迷子になりやすいから気をつけて」
優斗はしみじみ、そう思う。
いつもの四人組で祭りに行ったとき、開始五分で修と和泉を見失うのは恒例だった。
「…………」
フィオナは優斗の言葉に少し思案すると、
「優斗さん」
「ん?」
「左腕をお借りしますね」
告げるや、フィオナは優斗の左腕に自分の右腕を絡ませた。
「――っ!」
優斗はビックリしてフィオナを見る。
そこには顔を真っ赤にした彼女がいたが、しっかりと腕は組んでくる。
まあ、腕を組むどころかキスまでしているのだし、何より本当の婚約者になっているのだから問題などあるはずがない。
……照れるか照れないかは別だが。
「な、なんというか、積極的になったね」
「優斗さん、ネガティブですから。積極的なことしないとすぐに駄目なこと思ってしまうかもしれませんし」
「それは……」
「否定、できませんよね?」
顔を真っ赤にしながらもにっこりと笑うフィオナに優斗は素直に頷くしかない。
「あと、今回の闘技大会で敵ができてしまうかもしれませんから」
「敵……って、どういうこと?」
「優斗さんが実力を出したら、惚れてしまう方も現れるかもしれません」
「……あのね。僕に惚れてくれるなんて特殊な人物、そうそういないからね」
修じゃないんだから、あるわけがないだろう。
「私は特殊なんですか?」
「当然。むしろ唯一じゃないの?」
「だったらいいんですが……」
心配事が少ないに越したことはない。
と、その時だ。
「あれ?」
フィオナが何かを見つけた。
「どうしたの?」
「見てください」
フィオナが指さす。
大勢の人中でも人だかりが出来ていた。
けれど一つの部分だけポッカリと空いている。
「争い事?」
「みたいです」
「こういう大会だから面倒なのもいるんだろうね」
関わる必要もないし、スルーしようとする二人。
だが、
「貴様ら、女の子に対して三人で文句をつけるなど男の風上にも置けん!!」
「ああっ!? テメェこそ俺らが誰だか知ってんのか!? マルコス国の出場者だぞ! 闘技大会に出るほどの実力の持ち主なんだよ!」
争っている片割れの声に、優斗は頭が痛くなった。
「片方の声に聞き覚えがあるのは気のせいかな?」
「……いいえ。私も知ってるので、聞き間違えではないと思います」
「さすがに予選前日に問題を起こすのもヤバいよね?」
「はい」
「……とりあえず彼が正義だというのは幸いだよ」
優斗とフィオナは人垣をかき分けていく。
そして問題の中心部へとたどり着く。
「ラスターさん。何をしているんですか?」
優斗が声を掛ける。
と、ラスターは男三人組を睨み付けながら答えた。
「嫌がる彼女を無理矢理手込めにしようとしているんだ!」
ラスターの後ろには確かにショートカットのかわいらしい女性がいる。
――なんだかんだで正義感は強いんだよね。
レイナを慕っているだけはあると思う。
優斗は男三人組に向き直ると、当たり障りのない笑みを浮かべた。
「すみませんが、彼も明日から試合がありますのでここらでやめにしませんか?」
「なんだテメェは!?」
突然の乱入者である優斗を威嚇する男。
「同じ学院の先輩です」
あくまで穏やかで丁寧に対応する優斗。
だが、リーダー格であろう男が優斗と腕を組んだままのフィオナに視線を走らせた。
「はっ、良い女連れてんじゃねぇか」
下卑た笑い方をするリーダー格。
「テメェの女を出してくれりゃ、別にそっちの女はいらねえな」
後ろにいる男二人も同様に頷く。
「貴様らにフィオナ先輩など一億年早い!!」
ラスターが怒鳴る。
対して優斗は一言。
「……へぇ」
たった……それだけ。
けれど、充分だった。
瞬間、圧倒的な重圧が三人に襲いかかる。
「な――っ!」
「ひ――ッ!」
「――っ!」
突如脅える彼らに周りのギャラリーがいぶかしんだ。
「フィオナ。ちょっと腕、離してもらえる?」
「えっ? は、はい」
組んでいた腕を解くと、優斗は脅えている三人組に向かう。
そしてリーダー格ともう一人の首に腕を回すと、相談するかのように頭を近づけさせた。
半強制的に余った男も気圧されて顔を近づけることになる。
他の誰にも聞かれなくなったことを確認すると、優斗がぼそりと言った。
「お前ら、死ぬか?」
すぐさま三人から脂汗が流れ出る。
言い返すとか反抗するとかいうレベルではなかった。
怖すぎて言葉が上手く出ない。
“格”や“存在”そのものが別物。
同じ人間なのかと疑いたくなる。
「それとも手を引くか?」
続いて優斗が問うたことに、三人が思い切り頭を縦に振った。
「良い子だ」
ポン、と腕を回していた二人の頭を叩く。
振り向いてフィオナ達に笑顔を浮かべる。
「とりあえず話し合いで解決できたから安心していいよ」
◇ ◇
ラスターは女性が一人では危険だということで、彼女を友人との集合場所まで送っていった。
自分たちの集合時間も押し迫ってはいるが、ラスターの行動も当然といえば当然なので文句があるわけもない。
優斗とフィオナは早めに宿に戻ることにした。
再び腕を組みながら歩く。
「まずい」
けれど宿に戻っている最中、優斗が呟いた。
「何がですか?」
「思ってた以上にフィオナ関連での沸点が低くなってる」
まさかあれしきのことでキレるとは思わなかった。
「ラッセルも似たようなこと言った時あったけど、あの時は半ギレぐらいで耐えれたんだけどな」
「結局はキレたんですね」
フィオナが苦笑する。
「まずいな~」
優斗が右手で頬を掻きながら、困ったような表情を浮かべた。
「まずいんですか?」
「やっぱり平和に解決したいから。なんか恐怖政治みたいになってたよ、さっき」
無理矢理頷かせたようなものだ。
「いいじゃないですか。普段の優斗さんは平和に解決しようとしていますし、ああいう風になってしまうのは仲間の皆さんに何かされた時と家族に何か言われた時でしょう?」
「まあ、そうだね」
「世の中、どうでもいいことに本気で怒る人もいるのですから、優斗さんの怒り方は大丈夫なほうですよ」
フィオナは顔を少しだけ優斗に傾ける。
「それに私は嬉しかったです」
ふわりと、近付いた分だけフィオナの甘い匂いが優斗の鼻腔を擽る。
けれど照れながらも微笑んだフィオナの続く言葉は、
「優斗さんに愛されてるって……実感できましたから」
もっと甘かった。
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