第167話 first brave:無敵を名乗った少年

 

 たくさんの書物に囲まれた部屋へ入った。

 広さは、この一室だけで悠々と戦いが出来るほど。

 いるのはジュリアと……初老と呼べるほどの男性が構えている机の椅子に座っている。

 加えて、男性の背後には10メートルサイズの魔物。

 二人は離れた場所に立っている。

 

「修くん」

 

「ああ」

 

 正樹の合図で修と春香は初老の男性の下へ。

 本人はジュリアと相対するように向かった。

 

「ニアと大魔法士を置いてきましたか」

 

 正樹と対する少女は面白げに笑う。

 

「よかったのですか? あれでも神の欠片を持つ“モノ”。人間が相手を出来るとは思えませんが」

 

 いくら大魔法士とて勝てるのだろうか。

 不安を煽るような言い方に、正樹は一度背後を振り向いた。

 

「優斗くんなら、こう言うだろうね」

 

 確かに自分は思い浮かばない。

 己一人の力では絶対に想像出来ない。

 だけど優斗なら絶対に問題ないと知っている。

 当然のように言ってのけるだろうから。

 

「誰を相手にしてると思ってる、って」

 

 まるで勝つことが当たり前かのように振る舞う。

 心配なんてしない。

 する必要がない。

 

「まだボクだけなら良かったよ。でも君がやってることは皆に迷惑が掛かる。だから……これで終わらせる」

 

 正樹が剣を抜いた。

 見えるのは覚悟と意思。

 この物語を終焉へと導くために決めたこと。

 

「甘ちゃんのマサキ様が仲間であったわたくしに手を下せるとでも?」

 

「そうだね。確かにボクは甘ちゃんだよ」

 

 全然、間違ってない。

 

「今でも思ってる。君を信じたいって。君を疑いたくはないって」

 

 嘘であったとしても、仲間だったから。

 一緒に過ごしてきたから。

 未だにそう思ってしまう。

 

「だけど分かるよ。君は本当にボクのことなんかどうでもいいと思ってる。ただ、君はボクが『始まりの勇者』になれるかどうかだけが重要なんだ」

 

 ジュリアが頷いた。

 あまりにも平然と頷いているので、少し笑ってしまう。

 

「諦めたほうがいいよ」

 

「あら? わたくしが作ると言っているのですから――」

 

「ボクが成る、成らないじゃない」

 

 ジュリアがどれほど頑張ったところで無意味。

 何をやろうとしても全てが遅い。

 

 

「すでに『始まりの勇者』はいるんだ」

 

 

 想定外の言葉にジュリアの表情が止まった。

 

「……えっ?」

 

 けれど正樹は続ける。

 

「過去と妄執に囚われ、今を見ないから分からないんだ。作ることにしか興味がないから、現実に気付かない」

 

 千年ぶりに現れた大魔法士と一緒に現れた存在を。

 

「君が言ったことだ。始まりの勇者は大魔法士と“相並ぶ”と」

 

 その言葉が間違っているとは思わない。

 おかしいとは思えない。

 

「ボクは知ってる。優斗くんが同等と評する唯一の存在を」

 

 最初から当たり前のように優斗の隣にいた少年。

 

「最強の人間が無敵だと断言する絶対の一人を」

 

「……っ!」

 

 ジュリアの表情が強張った。

 表情は疑っている様相を見せているのに、凍り付いている。

 理由なんて単純だ。

 彼の言葉に嘘が見えなかったから。

 

「事実だよ。優斗くんがずっと言ってたことなんだから」

 

 同時に破壊音が響いた。

 ちらりと正樹が視線を向ければ、紙が吹雪のように舞っている。

 きっと彼がやったことだろう。

 単純に、簡単に。

 そして分かり易いくらいに証明したのだろう。

 自分が何者なのかを。

 

「もう舞台は終幕だよ、ジュリア」

 

 正樹は右足を引き、剣先を彼女へと向けて水平に構える。

 

「これからボクは君を捕まえる。そして罪を受け入れてもらう。だから先に言っておくよ」

 

 もう覚悟は出来ている。

 故にこれは彼女に残す最後の言葉。

 仲間として過ごしてきたからこそ伝える、最後の謝罪。

 ふにゃりと、表情が歪んだ。

 

「ごめんね。『始まりの勇者』――無敵になれなくて」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 修と春香の前には初老の男性と魔物の姿が見える。

 七、八メートルぐらいの距離で相対した。

 

「春香、あれ抑えられるか?」

 

 修が魔物を指差す。

 春香は笑んで、

 

「楽勝っ!!」

 

 大剣を手に取り、ニヴルムを召喚した。

 そして同時に書棚まで押し込む。

 ずん、と鈍い音がした。

 バラバラと棚から本が落ちていく。

 けれど男性は気にする様子もなく、

 

「貴様達がリライトの勇者にクライ――」

 

「ああ、喋んな喚くなどうでもいいから」

 

 修が話をぶった切った。

 興味がない。

 何が楽しくて初老の男と話さなければならないのだろうか。

 しかも悠々自適な態度が殊更、むかつく。

 

「雑魚がラスボス然としてんじゃねぇよ」

 

 立場を考えろと言いたい。

 ノッケからまくし立てる修に、初老の男性の表情が変わった。

 

「傲慢だな、リライトの勇者。四勇者の中で“勇者の刻印”を唯一受け継いだからと言って――」

 

「喋んなっつっただろうが」

 

 軽く右腕を振るった。

 剣閃と同時に一薙ぎの閃光が、春香の守護獣が抑えていた魔物を殺して背後の書棚を一刀両断し破壊する。

 紙が舞い、棚が崩れ落ちていく。

 さらには天井にも亀裂が入った。

 春香が突然すぎることに口をパクパクとさせて、

 

「しゅ、修センパイ、馬鹿じゃないの!? ぼくの守護獣に当たったらどうするんだよ!? っていうか修センパイもバグったことやんないでよ!!」

 

「大丈夫だって。当たらないようにしてっから。むしろ、あれぐらいで倒せると思わなかったんだよ」

 

「そういう問題じゃないんだってばっ!!」

 

 心臓に悪すぎる。

 気合いを入れたわけでも集中したわけでもない。

 ただ軽く剣を横に振っただけ。

 なのに、とんでも威力を出すとかやめて欲しい。

 けれど春香以上に目を見開いたのが初老の男性。

 おそらくはジュリアの祖父だろうが、予想外のことで余裕を一気に無くしていた。

 

「何を驚いてんだよ」

 

 修がおかしそうに笑う。

 どうして目を見開く必要性があるのだろうか。

 

「これがテメーらの望んでた力だぜ?」

 

「……何だと?」

 

 男性の顔が険しくなる。

 今の一撃を見ただけで分かって然るべきだ。

 普通に真似など出来ない。

 今生、唯一同じことが出来るのは大魔法士だけということに。

 

「分からないのなら、理解させてやるよ」

 

 修は大きく息を吸った。

 正樹が覚悟したように、修も覚悟している。

 自分が何者なのかを声にする為に。

 一歩、前へ出た。

 

「俺は優斗――大魔法士と唯一並べる」

 

 認めていこう。

 親友がいる場所へ辿り着く為に。

 

「他の誰にも出来ない。他の誰かじゃ絶対に出来ない。俺だからこそ言える」

 

 頷いていこう。

 親友と共に歩むべき場所へ進む為に。

 

「大魔法士と同等。最強と相並ぶ『無敵』はここにいる」

 

 伝説の二つ名と一緒に立つ幻の二つ名。

 同じ高さにいる仲間と相並ぶべき場所。

 さあ、笑って告げよう。

 事実だけではなく、理解だけでもなく。

 世界に向けて名乗ろう。

 

 

 

 

「俺がテメーらの望んだ存在――『始まりの勇者』だ」

 

 

 

 

 自分こそが“無敵”なのだと。

 幻となった二つ名の意を体現する者なのだと、宣言しよう。

 

 

 

 

 

 

       ◇      ◇

 

 

 

 

 

 

 目の前の男の宣言にジュリアの祖父は笑った。

 

「……くっくっくっ。強いことは確かだろうが、無敵であることを自己申告するなど片腹痛い。どれほど自信があるというのだ。妄言甚だしい」

 

「テメーらのやってることだって、ただの妄想じゃねぇか」

 

 他の誰かにどう言われてもいいが、こいつらだけには言われたくない。

 

「無敵は作れる? はっ、馬鹿馬鹿しい。“立ってる場所”の違いも分からない奴が、最強だの無敵だのとよく言えるもんだな」

 

 修の物言いに、男性の眉間に皺が寄った。

 

「立っている場所……だと?」

 

「そんなことも分かんねぇから妄想だっつってんだよ」

 

 修にだって分かる。

 上手くは説明できなくても、これぐらいは感覚で分かっている。

 

「最強は数多の叩き潰した敵の上に立ってる。無敵は周りに何もねぇ」

 

 同じ高さでも、同じ状況じゃない。

 

「言いたいこと分かるか?」

 

 才能を実力に変えるには、普通は鍛錬や勝負をして己を磨かなければならない。

 当然であって、誰もが念頭に置いていること。

 けれど、その果てにあるのは“最強”だ。

 “無敵”ではない。

 つまり、

 

「テメーらは才を力に変える為には戦うことが必要だとか、そんな“常識”に囚われてるんだろ?」

 

 当たり前であるからこそ、見逃す。

 “最強”と“無敵”の差異に。

 

「馬鹿だよな、根本が違うのによ」

 

 彼の才能は論外中の論外。

 意味が分からないとすら言われる代物だ。

 

「修センパイ、どう違うの?」

 

 春香が訊いてきた。

 なので親切丁寧に教えてあげる。

 

「俺は“勝ちたい”と思うだけで実力が際限なく上がる。他を圧倒できる。敵になんて、どいつもこいつもならない」

 

 だってそうだろう。

 ちょっとした意思だけで自分の実力が上がってしまうのだから。

 鍛錬も修練も特訓も訓練も努力も何も必要ない。

 

「言い方悪くなっちゃうけど、経験値が必要ないってクソゲーじゃない? つまらなくなかった?」

 

「まあな。だから優斗に出会うまで、死ぬほどつまらない人生だったんだよ」

 

 春香の言う通りだ。

 楽しくなんてない。

 面白さなんて一つもない。

 

「無敵ってのは、最初が全てだ。生まれた瞬間に決めつけられた存在だ」

 

 勝利の女神にこれ以上なく愛されている。

 

「だから最初に言ったろ」

 

 修は初老の男性に振り返る。

 こいつら、世界に覇を唱えるとか何とか言ってたみたいだが、

 

「勘違いした雑魚がラスボス然としてるんじゃねぇよ」

 

 無敵の程度を知らないのに傲慢に言ってのける彼らの姿は、チンピラ三下の暴言みたいにしか聞こえない。

 

「……っ!」

 

 孫と同じくらいの歳である少年に啖呵を切られるジュリアの祖父。

 さすがに頭に来たのか、立ち上がり何かを言葉にしようとしていた。

 だが、

 

「おいおい、何がしたいんだよ」

 

 軽い調子で、簡単に。

 一瞬で距離を潰した修は机越しにジュリアの祖父へ剣の切っ先を向けている。

 ついでにちょんちょん、と頭を剣の平で叩いてみた。

 

「――ッ!?」

 

 思いの外、ビックリされる。

 おちょくっただけなのだが、こういう反応されるとは。

 

「うわぁ~、一瞬で飛んでったよ」

 

 次いで春香が呆れるように呟いた。

 何かの魔法を使っていることは今にして考えれば分かるが、ぱっと見た感じだと春香の目には修が瞬間移動の如くすっ飛んでいったようにしか見えない。

 

「何かやろうとしてたみたいだけど、その前にぶっ飛ばすに決まってんだろ」

 

 しかも修に反応できていない時点で駄目だ。

 

「優斗っぽく言うと、テメー程度が俺に勝てるとでも思ってんのか?」

 

 茶目っ気を出して言ってみるが、目の前にいるジュリアの祖父は顔が強張っている。

 どうやらやり過ぎたらしい。

 

「ついでに言うと正樹が負けるわけねぇから、お前らもう終わりな」

 

 現状での彼らの合格点は自分達が助かり、正樹を連れ去ること。

 そうすれば無敵の勇者を作る、という実験は潰えない。

 しかし異世界の勇者三人が揃って、彼らが掴まらないなど無理にも程がある。

 

「……ジュ、ジュリアにフィンドの勇者が勝てると思っているのか?」

 

 剣の冷たさを頭に感じながら、声を捻り出してきた。

 彼の孫娘は思いのほか、強いらしい。

 けれど修は相手にしない。

 

「正樹の方が余裕で強いとは思うんだけど……まっ、今の実力どうこうなんてどうでもいいんだよ。だってお前らが正樹に掛けてる魔法って、無敵になれなくても“戦えば強くなれる魔法陣”なんだろ?」

 

 そう言っていた。

 

「で、だ。一度発動したら完成されるまで消えないんじゃねぇか?」

 

 つまりは正樹が彼らの望む形になるまで、魔法の効力は消えない。

 

「……っ!」

 

「おっ、やっぱそうか。存在の改変とか難しそうなやつを、発動させたりさせなかったりとか無理くさいと思ってたんだよな」

 

 ジュリアの祖父の僅かな機微を見て、修は頷く。

 どうやらビンゴらしい。

 

「それがどうし――」

 

「なんで優斗と俺があの魔法陣をぶっ壊さなかったと思う?」

 

 出来るか出来ないか、ではない。

 出来るのにやらなかった。

 

「理由は簡単だろ。あの優斗が強いと頷かされるだけの才能と実力を持ち、“王道の勇者”と称された正樹が有効活用できないとでも思ったか?」

 

 世界有数の才能者――竹内正樹。

 だからこそ目を付けたのだろうに、どうやらジュリア達は彼の才能を甘く見ているらしい。

 正樹が今、自身に掛けられている魔法を把握している以上、どうにか出来ないわけがないのに。

 

「つーわけで、あんたはこれで終了。眠っとけ」

 

 言うが早く、修はテーブルを乗り越えるとジュリアの祖父の頭を掴み、

 

「あばよ」

 

 相手が攻撃する間も構える暇も与えずに、机が叩き割れるほど押しつけた。

 鈍い音と同時に聞こえてくる机が破壊された音。

 未だ紙が舞う状況下で、修の叩き付けているポーズだけが妙に決まっていた。

 

「……修センパイ? 頭が机にめり込んでるけど。っていうか、机が割れるって何なの?」

 

「カッケー倒し方だろ?」

 

 にっと修が笑う。

 

「頭おかしい倒し方なんだよっ!」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 頭の中に響く声は押さえつける。

『勇者で在れ』と言われようと、もう正樹には届かない。

 

 ――ボクは勇者だ。

 

 それは間違いない。

 フィンドの勇者である竹内正樹だ。

 

 ――だけど、ボクはボクの思う勇者でいい。

 

 ニアが認めてくれた。

 自分は勇者なんだって。

 優斗が言ってくれた。

 勇者が似合うって。

 だったら、それだけでいい。

 無理矢理に植え付けられる勇者なんて御免だ。

 

「はぁっ!!」

 

 剣を振りかぶり薙ぐ。

 何度も同じ角度、構えで剣を薙ぐ。

 ジュリアは単純な正樹の攻撃を、鞭を使って容易に防いでいた。

 攻守が交代する。

 正樹に届く魔法は全て切り裂くが、合間に挟まってくる鞭の攻撃はかわしきれずに、わずかに皮膚を切り裂く。

 何度も何度も、同じことの繰り返し。

 

「終わらせる、と言った割には甘いですわ。単調な攻撃しか出来ていませんし」

 

 ジュリアは残念そうに息を吐いた。

 敵だというのにも関わらず、容易に防げる攻撃しかしてこない。

 

「いや、そうでもないかな」

 

 けれど正樹は笑みを零す。

 別に今の自分はジュリアのことを思って、甘い攻撃をしているわけではない。

 

「君はさ、ボクが単純だって思ってるみたいだけど……少しぐらいは考えるんだよ?」

 

 確かに一直線の性格をしているとは思う。

 ただ、単純馬鹿ではないかな? とも自分では思ってる。

 

「優斗くんが君達の魔法陣を壊さなかった理由、分かる?」

 

「……壊さなかった……理由?」

 

 ジュリアが思わず、眉根を潜めた。

 

「どうしてボクが単調に攻撃をしてたか、分かる?」

 

 魔物を相手にしていた時は無意識だった。

 だが今は違う。

 同じ構えで、何度も何度も剣を振るった。

 今現在の自分の実力を確かめる為に。

 そして、

 

「やっと届いたよ。君達の魔法に上げられた、才能の上限に」

 

 高められた才能に手を届かせる為に。

 剣を薙ぎながら気付いたことは、魔物との戦いである程度の上限に達していたこと。

 前の自分よりも明らかに強くなっていたこと。

 けれど足りない部分もあった。

 細かな身体の制御方法や、手加減の仕方。

 さらには余っている上限の誤差を埋める為に剣を振るい続けた。

 

「まあ、あくまで現状の上限だけどね」

 

 何となく気付いた。

 本来はまだ先がある。

 辿り着く先はもっと遠かったはず。

 でも、自分はこれでいい。

 

「これで手加減して倒せる」

 

 余裕を持って、

 

「君を殺さずに倒すことが出来る」

 

 全力同士のぶつかり合いじゃない。

 手加減という余裕が入る余地があるのだから、万が一にも殺さない。

 

「だから終わらせるよ」

 

 正樹は剣を構える。

 しかしジュリアは落ち着きを失わない。

 

「……“堕神”の欠片はまだ、召喚できますわ」

 

 背後から一つの召喚陣が生まれ、“堕神”の欠片が生まれ出てくる。

 

「貴方様が倒せるとでも?」

 

「確かに今のボクは“倒し方”を持ってない」

 

 まず存在が意味分からない。

 魔法が通用しないとか理解できない。

 知らないことだらけだ。

 

「だけど――」

 

 手にしている剣を落とす。

 同時、

 

「正樹っ!!」

 

 修から呼び声が聞こえる。

 正樹は右手を真横へと差し出した。

 そして“掴む”。

 

「だけど倒せるよ」

 

 言い切って、手に取ったもの――神剣を左脇に収める。

 

「――ッ!」

 

 瞬間、真横に振り切った。

 さっき修が放ったものと同様の光が“堕神”の欠片を襲う。

 召喚されたばかりの黒い物体は、正樹の斬撃で中央から真っ二つに切り裂かれる。

 

「終幕だよ、ジュリア」

 

 今までにない速度で一投足に飛び込む正樹。

 

「こ……のっ!」

 

 ジュリアが応戦するように鞭を撓らせる。

 だが、今の正樹には無駄。

 真下からかちあげるように剣を振り、鞭をも斬る。

 目の前まで辿り着く。

 応戦のごとく届いてくる左の拳は逸らすように右手で受け流し、振り上げられようとしている左足は右足で踏んで止める。

 そして、右足を軸に身体を反時計回りに回転させ、距離を離しながらジュリアの後頭部に左手刀を叩き込む。

 

「――ッ」

 

 思い切りではない。

 力強くでもない。

 けれど的確に、打ち抜くように。

 確実にジュリアの意識を断つ。

 

「……あ……っ」

 

 カクン、と彼女の身体が崩れた。

 俯せに倒れ、地面へと伏せる。

 一つ、正樹が息を吐いた。

 

「……これで……本当に終わりだ」

 

 派手さはどこにもなく、騒がしさも物々しさもなく。

 静かに決着がついた。

 左手を握りしめ、一度だけ目を瞑る。

 少しして目を開けると、気持ちを切り替えるように振り向いた。

 二人の勇者が近付いてきて、右手を挙げている。

 正樹も左手を挙げて、修と春香とハイタッチをした。

 

「修くん、ありがとう」

 

 剣を渡しながら正樹は笑みを浮かべる。

 

「すっげー格好良かったぜ」

 

「ほんとほんと。修センパイが投げた剣を振り返りもせずに手に取ったのを見た時、すごく勇者っぽかった」

 

 格好良すぎだろう。

 どこの主人公だよ、と思わずツッコミを入れたくなった。

 

「でもさ、どうして分かったの? あの剣が“堕神”の……何とかを倒せるって」

 

 春香が二人に訊いてみる。

 まるで指し示したかのように、やり取りをしていた。

 

「あの剣ならぶった切れそうな気がしたんだよな」

 

「ん~……何となく、ああしたほうが良いような気がしたんだ」

 

 さしたる根拠などない。

 修も正樹も、そうしたほうがいいと思っただけ。

 理論なんて何もない。

 

「…………どっちも勘?」

 

「そうじゃね?」

 

「そうなっちゃうかな」

 

 苦笑する。

 それで倒せるのだから、ほとほと凄い。

 と、その時だ。

 凄まじい破壊音と共に地面が揺れた。

 修がボロボロにしたこの部屋の亀裂が、さらに酷くなる。

 三人で顔を見合わせ苦笑いした。

 

「優斗のやつ、やり過ぎだろ」

 

 何をしてるのかは分からないが、とりあえず酷いことになってることだけは分かる。

 

「あの闘技場みたいな部屋、ぼく達が戻った時にあるかな?」

 

「何とも言えないね。だって優斗くんだし」

 

 

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