第220話 all brave:だからこそ勇者と呼ぶ

 

 

 年齢は優斗と同じくらいか少し上だろう。

 長い茶髪を先端で束ねた、意思の強そうな表情をしている女性は優斗達を帰すまいと扉の前に陣取っている。

 優斗はトラスト王に振り向き、

 

「こちらの女性は?」

 

「娘のメアリだ。他国に留学していたのだが……」

 

 なぜかここにいた。

 メアリ、と呼ばれた女性はめんどくさそうな表情で答える。

 

「私が通っている学院は夏休みになったのでな。少しばかりの里帰りじゃ」

 

 優希が甲冑を鳴らして、ピシッと真っ直ぐ立った。

 優斗も王族の女性がいたんだったな、と思い出す。

 

「何を訊こうとしているんだ?」

 

「私が知りたいのは、どうすればトラストが戦争を回避できるのか、じゃ。大魔法士殿、妙案はないじゃろうか?」

 

 妙に口調が古めかしかった。

 若い女性がこういう口調をするのは珍しい。

 

「僕はこの国の宰相でもなければ、戦術家でも戦略家でもない。考える理由がないし責任も負いたくない」

 

「そこを何とか相談に乗ってくれると助かるのじゃが」

 

 中々に話が通じなかった。

 優斗は面倒そうに頭を掻く。

 

「じゃあ、逆に質問だ。貴女ならどうする?」

 

「まずは代わりとなる勇者を立てるとするかのう」

 

「それで?」

 

「あとはどうにかして、あの二人を表舞台から引きずり落とす」

 

「だったら、そうすればいい」

 

 結論は出た。

 優斗がどうこうする必要は一切ない。

 というか関わったところで難しいだろう。

 よく知らない国に対して『これで大丈夫』と、確信を持った提案が出来るわけがない。

 

「とにかく、僕はフォローもしないし手も出さない。何の利益にもならない上、責任を負いそうなことをする気は無い。しかも下手打つ可能性が高いのに巻き込まれたくはないな」

 

「では無料で相談に乗って貰うぐらいは大丈夫じゃな」

 

「……話を聞いてるのか、王女様?」

 

「責任は負わせない。それでいいのじゃろう?」

 

「だとしたら自分で考えればいい。何も考えられないほど愚かなのか?」

 

「一人であれこれ考えても不安じゃからのう」

 

「トラスト王や他に話せばいいだけだ」

 

「実の父に使う言葉ではないが、使えん。兄や姉もそうじゃな。まだ大魔法士殿に話を聞いてもらうほうが建設的というものじゃ」

 

 何というポジティブシンキング。

 というか優斗の今まで持っていた王女像というのが、結構壊れてきた。

 アリーもキャラおかしいし、リルも何か違う。

 加えてこんな王女が出てきたら、若干毒舌を使うクラインが想像範囲内の王女になってしまう。

 

「何度も言うようだが、王族の責任の一端を背負わせようとするな」

 

「いやいや、そうではない。正直に言えばトラストがどうなろうと、どうでもよい。私も王族ではあるが、他国への貢ぎ物みたいに扱われていたからのう。別に関わらんでもよいと思うていたが、一応は母国でもあることだし口出しぐらいはしようと思ったのじゃよ」

 

「……母国がどうでもいいのか?」

 

「父は勇者と聖女に夢中であったからのう。私みたいな末の者はまさしく政治道具じゃ。留学しているのだって、留学先の許嫁との面通しみたいなものじゃよ」

 

 なぜか胸を張るメアリ。

 自身の扱いに不満を持ってはいないのだろうが、あまりにも淡泊すぎて優斗も目を丸くした。

 

「なのに口を挟もうとするのか?」

 

「亡国になるのを黙って見ているも一興、と言えるほど酔狂者ではないつもりじゃからのう」

 

 そしてメアリは清かに笑った。

 

「なに、ダンディから大魔法士殿の話は聞いておってな。真摯に話をすれば、ちゃんと応えてくれると言っておったのじゃ。ほれ、妖精姫の件も関わっておったのだしな」

 

 余計な情報が出てきた。

 優斗が額に手を当てる。

 

「……あんっの筋肉ハゲ、余計な情報をまき散らすな」

 

 どれだけ幅広い交友範囲を持っているのだろうか。

 おかげで面倒な輩がまた一人増えた。

 メアリは優斗達の側まで寄ると、気安く言い放った。

 

「さて、大魔法士殿。誰を勇者にすればいいと思うのじゃ?」

 

「僕が知るか!」

 

 もうツッコミを入れるような感じで叫ぶ。

 けれどメアリは気にせず、今度は優希に尋ねた。

 

「ヴィクトスの少女よ。何か良い案はないかのう?」

 

 直立したまま優希が緊張感を漂わせた。

 まあ、王女に話しかけられれば、そうなっても仕方ない。

 

「気にしないでいいよ。君だってトラストの事情は知らないでしょ?」

 

 優斗が答えなくていい、と伝える。

 けれど優希は子供ながらに考えた。

 確かにトラストの事情は知らない。

 知り合いだっていない。

 なので『勇者』というものが、どういう人物が相応しいのかを考えてみた。

 少女マンガでも大抵、勇者というのはイケメンだ。

 さらに立場が高い。

 ふと目の前にいる女性を見た。

 女性ではあるが、なんか格好良い。

 勇者っぽいと言えば、勇者っぽかった。

 

「…………」

 

 恐る恐るメアリを指さしてみた。

 優斗も優希の仕草になるほど、と手を打った。

 

「そっか。王女様がやればいいのか」

 

「私が?」

 

 きょとん、とした様子で自分を指さすメアリ。

 そして優斗はこれで終わりとばかりに、

 

「はい、決定。あとは勝手にやってくれ」

 

「ぞんざいな扱いじゃのう、大魔法士殿」

 

「余計なことに巻き込むなと言ってるはずだ」

 

 優斗が扉に向かって歩き出す。

 しかし騒がしい足音が響いてきた。

 

「またか」

 

 足を止め、優希の前に立つ。

 案の定、兵士達が今度は10人ほど現れた。

 しかも結構堂々と剣を抜いたまま入ってくる。

 メアリが嘆息した。

 

「無礼じゃのう」

 

「どうにか出来ないのか?」

 

「出来れば苦労してないと思わぬか?」

 

「……本当に実権を握ってないんだな」

 

「私とて内情を詳しく知っているわけではないが、情けないことに事実じゃろうな」

 

 本当、良い具合に凋落している。

 兵士達は扉の前で構え、

 

「エクト様の命令だ! 会議に参加してもらおう!」

 

 先ほどと同じような言葉を告げた。

 優斗は確認の為、トラスト王に話し掛ける。

 

「手出しをしても構わないな?」

 

「……致し方ないことだろう」

 

 自国の民だから傷つけるな、と頼める状況ではない。

 しかし了承を得た優斗の方も、いつも通り……というわけにはいかなった。

 

 ――若干、やりにくさはあるね。

 

 背後にいる少女に意識を向ける。

 脅すにしても何にしても、優希の存在がネックだ。

 この子はヴィクトスが大事にしている女の子であるからして、迂闊に楽な方法を取るわけにもいかなかった。

 先ほど、トラストの勇者と行った遣り取り以上の脅しをすれば、どう反応するのか分からない。

 トラストを片付けた後、今度はヴィクトスと問題になった……となると笑えない。

 ならば、どうすればいいだろうか。

 

「聞こえなかったのか!? エクト様がお呼びだと――」

 

「シルフ」

 

 やはり先ほどと同じことをするのがベストだろう。

 今度は大精霊を呼び出す。

 兵士が叫んでいたようだったが気にしない。

 

「怪我しない程度に抑えつけといて」

 

 シルフが頷いて兵士達を抑えつけ、優斗は今度こそ帰ろう……としたところで、外に多数の気配があることに気付いた。

 

「まったく次から次へと、トラストの勇者は一体何がしたいんだ?」

 

 窓に向かい、どうなっているのかを確認する。

 

「…………これは斬新だな」

 

 そして優斗は再び絶句しかけた。

 幻覚だと信じたくて目を擦るが、どうやら駄目らしい。

 

「まあ、兵士がたくさんいるのはいいが」

 

 城の外へ集めているのは、千歩ぐらい譲って理解範囲に入れてやれる。

 しかし、

 

「一応は勇者を自称している奴が人質を取るって何だ?」

 

 ついさっきまで話していた女性が捕まっている。

 どう見てもあれは人質だ。

 

「エクトも面白いことをするのう」

 

 同じく外を見たメアリも苦笑いを浮かべた。

 さすがにこれは彼女も想定外だろう。

 

「父上、どうするのじゃ? これはもう最悪の状況と言ってもいいと思うが」

 

「…………」

 

 メアリが問い掛けてみるものの、トラスト王は返事をしなかった。

 

「放心してるようじゃ。情けないのう」

 

「無理もない。まあ、自業自得としか思わないが」

 

 トラスト王のミスがこれほどの状況を生んだのだから、まさしく自業自得だろう。

 優斗はまさしく他人事でしかないので、状況を淡々と察していく。

 しかし、メアリと同じように窓から外を確認した優希は違う。

 

「……アガ……サ……」

 

 漏れた声。

 本来なら『優斗に気付かれないように』と黙っていたのに、それを許さなかった光景だった。

 自分を大切にしてくれている女性が捕まっているのだから。

 

「……っ!」

 

 優希が踵を返して走り出した。

 優斗とメアリは走り去る後ろ姿を見届けながら、さらに会話を続ける。

 

「私が口を挟む範囲を超えたかのう?」

 

「だろうな。ただ、こうなった以上は必要ないだろう」

 

「そうなのか? 目下滅亡に向かっているとしか思えぬのじゃが」

 

 トラストの勇者が癇癪を起こした。

 端的に言えば、こういうことだろう。

 とはいえ彼がトラストを代表する者である以上、責が国に及ばないわけがない。

 けれど優斗は首を振る。

 

「トラストの勇者はすでに勇者と認められていない。であれば、これはある意味で“トラストという国も被害を受けた立場”になる」

 

 彼を否定したのは大魔法士と勇者達。

 ということは、言い方を変えればトラストの勇者を追い詰めたのは大魔法士と他の勇者達。

 自分達が追い込まなければ彼が癇癪を起こすこともなかった……という風に無理矢理言えないこともない。

 

「トラストを代表している、と宣った勇者を否定した。だからその馬鹿が何をやろうとも、否定したこちら側に『トラストが責任を負え』と言う奴は誰も……もとい、僕やアリー以外は誰も言わないはずだ。どう改善するか、という問いは向けられようとも、変に責任問題までは発展しないだろうな」

 

 一応、トラスト王も何が悪かったのかは理解している。

 だとするなら、改善方法を一緒に考えようとするのが勇者らしいというものだ。

 甘いというなら、その通り。

 軽いというなら、間違いない。

 しかし物事を大きく捉えて糾弾し、国もろとも潰すことが『勇者』のやることか、と問われれば首を捻る。

 彼らは勇者であって、それ以外の何者でもないのだから。

 

「しかし大魔法士殿。先ほどのヴィクトスの少女はよいのか?」

 

「何がだ?」

 

「切羽詰まっていたようだが。大魔法士殿も旧知の間柄ではないのか?」

 

 おそらく人質は彼女の関係者なのだろう。

 だとしたら彼女と一緒にいた優斗も、人質と何かしら関わっていると思うの普通だ。

 けれど優斗は否定する。

 

「今日会っただけの人達だ」

 

 自分がこれ以上関わるのは、得策とは言えない。

 ライトやキャロルも良い気分はしないだろう。

 退いておいたほうがいい。

 

「やたら無闇に関わろうとは思わない」

 

 そう呟く優斗。

 けれど左薬指に嵌めてある指輪は、未だに輝きを放っていた。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 廊下が騒がしいと思っていたら、急に扉が乱雑に開けられた。

 

「聖なる勇者様がお呼びだ!」

 

 そして続々と入ってくる兵士達。

 修とアリーは顔を見合わせる。

 

「何だ、これ?」

 

「なりふり構わず、といったところでしょう。さすがにトラストの勇者を崇拝していようとも、これは不味いと思う方々もいるとは思いますが……どうやら、そうではない人物達を迎えに寄越したみたいですわ」

 

「俺ら、喧嘩売られてんのか?」

 

「さあ? わたくしには彼らの心情が理解できません」

 

 無理にもほどがある。

 自分自身の立場を知っているからこそ、よくこんなことが出来るとある意味で感心してしまう。

 

「ぶっ倒していいか?」

 

 問い掛けると、兵士達が身構えた。

 けれどアリーは首を横に振る。

 

「いえ、今のところは下手に刺激しないほうがいいですわ。話をややこしくする必要はありません」

 

「でもよ、この分だと他の勇者にも同じようにやってんじゃね?」

 

 自分達だけではないはずだ。

 同様のことも別の控え室で起こっていると考えられる。

 

「そうだとしても仮にも勇者ですから…………ああ、いえ違いますわ。ヴィクトスの勇者が危ういですわね」

 

「だろうな」

 

 あの小さい勇者のところだけは、武力行使という単語が似合わない。

 と、隣の部屋で激しい音が鳴り始めた。

 そこは春香達が控え室にしているので、

 

「……ハルカさん。案外、喧嘩っ早いですわ」

 

「春香ってより、ブルーノとワインじゃねーか?」

 

「かもしれませんわね」

 

 おそらく春香が拒否し、兵士が退かず、ブルーノとワインが飛び込んでロイスがフォローしているのだろう。

 彼女もトラストの勇者を嫌っていた様子なので、止めたりしないはずだ。

 さらに別の所からも同じように聞こえてくる。

 

「もしかしなくても、国際問題一直線じゃね?」

 

「いえいえ。わたくしはそうしたいのですが、この展開はあくまで今回の勇者会議をボイコットしたことが発端。他の方々は優しいので、そこまで大げさにはならないと思いますわ。ただし、自称トラストの勇者の処遇がどうなるのかはわたくしも読めませんが」

 

 兵士を完全に置いといての会話。

 さすがにほったらかし扱いをされて兵士も不機嫌になったのだが、

 

「んじゃ、俺らも動くか。他の奴らがバトり始めてるから、様子は窺っておこうぜ」

 

「はい、修様」

 

 立ち上がる二人。

 兵士がさらに緊張感を漂わせ、

 

「……っ! おい、貴様ら――」

 

「わりいな。少し休んどいてくれ」

 

 修が告げた瞬間、半透明の壁が兵士達を各々囲む。

 人を一人囲む程度の壁ではあるが、だからこそ身動きが出来ないほど狭い。

 修とアリーは兵士達を合間をすり抜けて外へ向かう。

 そして廊下に出ると、隣の部屋から兵士が吹き飛ばされて出てきた。

 

「あっちゃ~、もうバトり終わってんな」

 

「普通にノシてますわね。仕方ないことだとは思いますが」

 

 こっちは穏便に済ませたのだが、やっぱり対応としてはぶっ飛ばすのが当然だろう。

 訳の分からないことで無理矢理連れて行かれようとしたのだし。

 

「貴様ら! 俺様の子猫ちゃ――ハルカに手を出そうなど笑止千万だ!」

 

「わたしのハル……親友のハルカを攫おうとするなんて100年早い」

 

 部屋から出てきたブルーノとワインは、気を失った兵士達をゲシゲシと蹴る。

 

「……二人とも、もうちょっと穏便にやりなよ」

 

 呆れた様子で黒の騎士も出てきた。

 が、もちろん青の騎士も赤の騎士も黙っているわけがない。

 

「何を言うロイス! 我らが剣を捧げし主人の危機だ! やり過ぎてやり過ぎなことはない!」

 

「まだ温いくらい」

 

 さらに一発、蹴りをかます二人。

 すると春香も控え室から外をひょこっと覗いた。

 

「あっ、修センパイにアリシア様! そっちはどう?」

 

「たぶん、似たようなもんだな。自称トラストの勇者がお呼びだ、って来たんだろ?」

 

「うん、そうそう。拒否ったら無理矢理連れてこうとするし、参ったよね」

 

「ある意味で驚きですわ」

 

 三人で苦笑いを浮かべる。

 さらに春香達の隣の部屋からも兵士が吹き飛んで出てくる。

 

「あの部屋は正樹達か。つーか、正樹もいきなりバトってるって違和感あるな」

 

「穏健派なのにね」

 

 しかも吹き飛ばしてる。

 珍しいと思えた。

 だが、

 

「貴様らーっ! 正樹を襲うなんてふざけているのか!」

 

 すぐに何があったのか理解させる怒鳴り声が響いた。

 

「あ~、なる。ニアか」

 

「ニアさん、正樹センパイ大好きだもんね」

 

 修も春香も納得したように頷いた。

 確かに喧嘩っ早いのが一人いる。

 特に正樹関連で。

 そしてフィンドの勇者達もひょこっと廊下に顔を出す。

 

「よっ、大丈夫か?」

 

 修が声を掛けると、正樹が頬を掻いて曖昧に笑った。

 

「えっと……ね。大丈夫っていうか、ボクが動くより先にニアが怒っちゃって」

 

「だって正樹に対して、すっごく無礼だったんだぞ!」

 

 今も憤慨した様子でニアが崩れ落ちてる兵士達を睨み付ける。

 そしてブルーノ達と同じように、げしげしと蹴った。

 さらに正樹達の隣の部屋からも兵士が吹っ飛んで出てくる。

 タングスの控え室だ。

 

「流行ってんのか?」

 

「わたくし達、流行に乗り遅れましたわね」

 

 唯一、兵士を吹き飛ばさなかったリライト組が呟く。

 タングスの控え室からは部下が憤りながら出てきて、源が取り成していた。

 

「君達も無事だったようだね」

 

 ほっとした様子の源。

 最年長であることから、若い異世界人の勇者達がどうなったのか不安だったのだろう。

 

「さて、では向かいの勇者達の控え室も見に行くとしよう。おそらくは私達と同じ状況になっているだろうからね」

 

 源の号令に従って全員で歩き出す。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 修達が向かう10分前。

 アガサがキャロルとライトに説教をしている時だった。

 兵士が乱雑に控え室に入ってきて、会議に参加しろと宣ってきた。

 アガサはちらりとライトを見る。

 少年の勇者は怯え、震え、キャロルの後ろにしがみついて隠れている。

 

 ――やはりまだ、難しいようですね。

 

 当然のことだし仕方ないこと。

 だからこそ自分がいる。

 アガサは一歩前に出ると、兵士達に宣言する。

 

「ヴィクトスも他六国と同様に今回の勇者会議は拒否させていただきます」

 

 これで会議に参加すれば、トラストから何を言われるか分かったものじゃない。

 アガサとしては当然の判断だ。

 ただ、彼女が一つ思い違いをしたのだとすれば、彼らは決して退かない。

 連れて行く為には無理矢理連れて行くことも普通に行うこと。

 そしてそうなった場合、ヴィクトスは他の国と比べて圧倒的に武力がない。

 アガサもキャロルも初級魔法すら使えない女性であり、彼女達が一緒にいるのはあくまでライトと優希の為。

 さらにアガサは監督者であってパーティメンバーというわけではない。

 だから腕を取られ、無理矢理に連れて行かれる際に際立った抵抗が出来ない。

 

「アガサっ!」

 

 突然腕を取られたアガサを見てキャロルが叫ぶ。

 が、当の本人の表情は落ち着いたままだ。

 

「大丈夫です」

 

 もちろんこの状況に恐怖を覚えない、ということはない。

 けれど決してアガサは取り乱さなかった。

 年長者として、監督者としての態度を忘れていない。

 一度だけ踏ん張って立ち止まると、すぐに交渉する。

 

「私は会議に向かいましょう。ですがライトとキャロルには手出し無用でお願いできますか?」

 

「エクト様の命は『全員を連れてこい』というものだ」

 

「なぜでしょう? ヴィクトスの代表として私が行く、と言っているのです」

 

「異論は認めない」

 

 兵士が剣を握る手に力を入れた。

 アガサは隣の部屋の状況と、自分達が置かれた状況を鑑みて判断する。

 

 ――僅かですが、時間稼ぎにはなったでしょう。

 

 これ以上粘っては、手を出されてしまう。

 かといって自分達に状況を打破するだけの力はない。

 自分が連れて行かれるのはどうしようもないことだが、どうにかライトとキャロルは連れて行かれないようにしたい。

 

「しかしライトは幼いとはいえ、これでも勇者の名を持つ者。恐怖が溢れ暴れ出したら取り押さえられますか?」

 

 一種の賭けだった。

 今、ここにいる兵士は3人。

 何かが起こった場合、対処するには心許ないはずだ。

 そしてライトは仮にもヴィクトスの勇者。

 ある種の真実味が兵士達の中に生まれることを祈った。

 もちろんアガサはライトが暴れることはないと知っている。

 ライトは優しく臆病だ。

 誰かを傷つけることも、自分が傷つくことも怖がっている優しく臆病な少年。

 それが悪いなどとアガサは一切思っていない。

 勇者として間違っていないと思っている。

 けれど重要なのは兵士がどう捉えるか。

 

「であれば、応援を呼ぶまでのことだ」

 

 兵士達は視線で会話し、アガサを捕えた兵士が彼女を連れて行くついでに応援を呼ぶことを決めたようだ。

 

 ――これであとは、イアン様かモール様が二人を助けて下されば……。

 

 被害は自分一人だけになる。

 別に殺されるわけではないだろうから、この先は極力トラストの人間を挑発しないように立ち回ればいい。

 優希も優斗と一緒にいるからには、問題ないと信じたい。

 だからアガサは、満足したように兵士と共に歩いて行った。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 リステル、クラインドール、ヴィクトスの控え室に向かっている途中でイアンと出会った。

 そして驚きの情報が伝えられる。

 

「ヴィクトスの監督者が連れて行かれた」

 

 いきなりのことではあるが、このような事があったからには予想外というほどではない。

 皆、表情を顰めたりするものの驚きはしなかった。

 

「すまない。私やモールが兵士を追い払ってヴィクトスの控え室に向かった時、すでに連れて行かれていた。もう一人の少女を守るのが精一杯だった」

 

「すでに?」

 

 アリーがそこに引っ掛かりを覚えた。

 

「イアン様、兵士を追い払うのに手間取ったのですか?」

 

「いや、そこまで手間取ってはいない」

 

「ということは最初にヴィクトスの控え室に向かった……。些か不自然ですわね」

 

 反抗したのは他の六国だ。

 むしろヴィクトスは何かをしなくとも参加する、と考えるのが当然。

 けれど源は逆に納得した様子を見せる。

 

「いや、不自然ではないだろうね。どの国の者であろうとも無理矢理に一人連れて行けば、あとは全員が集合するも同然だとは思わないかな? なにせ、ここにいるのは『勇者』と勇者に連なる者達なのだから」

 

「……勇者」

 

 源の言ったことにアリーはハッとして周囲を見回す。

 伝えようとしていることが理解できた。

 

「案外、強かですわね。これは少しばかり、評価を変えなければならないかもしれませんわ」

 

 なるほど、とアリーも源と同様に納得した。

 ここにいるのは勇者と、勇者に連なる者達。

 言葉を換えるのならば『優しい者達』の集まり。

 だとすれば、一人連れて行けば芋づる式に勝手に集合していく。

 おそらく例外なのは優斗とアリーだけだ。

 

「ヴィクトスの勇者はどうしてんだ?」

 

「もう一人の少女――確かキャロルという少女が怯えていた彼を必死に守っていたから無事だ」

 

 修の疑問にイアンが答える。

 と、セリアール組の部屋が集まっている場所に辿り着いた。

 皆でヴィクトスの控え室に入っていく。

 そこにはイアンの部下とモール、そしてモールのパーティメンバーがヴィクトスの二人を守るように立っていた。

 けれど修の目についたのは、ライトが身体を震わせながら丸まっていること。

 

「なあ、小っこい勇者」

 

 声を掛けてみるが、彼は未だに怖がったままだ。

 目もぎゅっと閉じたまま。

 

「アガサって人は連れてかれた。こっから先、どうなるのかは分かんねぇ。だけどよ、お前は彼女が連れて行かれるより戦うことのほうが怖いのか?」

 

 修がもう一度、話し掛ける。

 するとライトが声の主が誰なのか気付き、恐る恐る目を開けた。

 そして話し掛けているのが間違いなく修だと分かると、慌てた様子で縋ってくる。

 

「リ、リライトの勇者さん! アガサを助けて下さい!」

 

「……俺が?」

 

 いまいち、理解できない言葉だった。

 修は首を捻る。

 

「だ、だって貴方はリライトの勇者で、『始まりの勇者』って呼ばれてて――」

 

「だから、どうして俺がメイン張って助けないといけねーんだ? 助けるって、赤の他人の尻ぬぐいをするって意味じゃないはずだろ?」

 

 頑張った末に連れ去られたなら、お願いされても構わない。

 けれどライトは怯え、守られ、何もしていない。

 別に彼ぐらいの歳なら仕方ないと思いたくもなるが、今は思えない。

 思えなくなるようなことを彼らは言ったのだから。

 

「ライトはまだ子供だから責めないで欲しいですのよ! 子供だから仕方ないですの!」

 

 キャロルがライトを庇う。

 けれど修は納得しない。

 

「そりゃ通用しねーよ。優斗がやったことは、こいつより年下の時だろ。なのに糾弾して、大魔法士をやめろっつったのはお前らだ。“子供だから”っていう言い訳は使ってほしくねーな」

 

 優希が大切だから言ったのは分かってる。

 だけど理屈として通用しない。

 子供だから、で庇うのであれば優斗だって同様のことが言える。

 彼がやったことは子供の時のことなのだから仕方ない、と。

 加えてもう一つ、修だからこそ把握できていることがあった。

 

 ――こいつ、そこそこ実力あんだよな。

 

 彼は12歳にしては実力がある。

 それこそイアンとモールが助けに入るまで、抵抗できるくらい実力があるはずだ。

 だから幼いながらも勇者に選ばれた理由の一つなのだろうと修は思う。

 

「お前、本当にアガサを守れなかったのか? 守らなかった、の間違いじゃねーのか?」

 

 別に責めるつもりはない。

 しかし、これでは決して『勇者』とは言えない。

 ライトも否定できないのは間違いないので言い返せなかった。

 けれど同時に言いたいことも生まれる。

 

「凄い力があるのに、どうして……っ」

 

 修のほうが、自分より簡単に助けられるし誰かを守ることができる。

 確実に、安全に。

 ライトだって安心していられる。

 自分が誰かを傷つけることはないし、自分も傷つかない。

 大切な人の命を失うかもしれない責任を負う、といった重いものを持つこともない。

 だが、

 

「それって自分が守りたいもんを誰かに押しつける台詞なのか?」

 

 修が真っ直ぐライトを見据えて伝えた。

 まるで心を読まれたようでドキっとする。

 

「助けてやりたいとは思うよ。だけど責任は負えない。それを負うのはお前だ、小っこい勇者」

 

「……む、無理です」

 

 当然のことだった。

 大切な人の命を背負うのは怖い。

 大切な人を死なせたくない。

 それほどのことが出来る、と自分自身を信じていない。

 ならば、と思うのは仕方ないことだろう。

 凄く強い人に任せたいと思うのは。

 けれど、

 

「俺の力は強い。お前が考えているよりもずっとな。だから加減を間違えて、俺の力に巻き込まれたアガサが死んだらどうすんだ?」

 

 修も注意は払う。

 けれどアガサが仲間でない以上、その可能性は跳ね上がる。

 億が一という可能性が、万が一ということになる。

 

「訊くぜ。本当に俺みたいな奴が先頭に立って助けていいのか?」

 

 人を容易に殺せる力を持った人間が先頭に立って、大切でも何でもない人間を助ける。

 

「俺は彼女の命に責任を持つ気がない人間だぞ」

 

 修が幼い少年の勇者に問い掛けた。

 

「……それ……は……」

 

 しかし僅か12歳ばかりの少年が答えを出すには、厳しいにも程があるだろう。

 難しい話であり、まだ幼さを残している少年がすぐに答えられるわけもない。

 

「……その……」

 

 だから黙り込むのも仕方がない。

 なので、

 

「……修くん。ヒントも何もなしっていうのは可哀想だよ」

 

 正樹が颯爽と二人の会話に加わる。

 修は頭を掻き、

 

「でも、分かると思うんだよな。だって優斗の時はちょっと出来てたろ?」

 

「そうなんだけどね。もうちょっと優しくやってあげなよ」

 

 勇者の素養があって、勇者となった。

 加えて片鱗も見せた。

 ならば明確に自覚させるにはあと一押しだと思っていたのだが、どうにも修が考えるような展開にはならないらしい。

 

「リライトの勇者。君が言葉足らずなのは間違いないね」

 

「……源ジイに言われると居たたまれなくなるな、おい」

 

 長年の経験というものが備わっている源の言葉は、やはり重い。

 なので老勇者が修から引き継ぐように伝える。

 

「いいかい? 責任を持つ、というのは怖いことだよ。私だって未だに怖い」

 

 年老いて尚、怖い。

 責任を負うというのは、簡単にできることではない。

 

「けれど助けたいと思うからこそ、勇気を出して責任を持たなければならない時があるんだよ」

 

 源はライトの頭を優しく撫でながら、染み渡らせるように声にする。

 

「でなければ、いつか自分を許せなくなる日がくる」

 

「自分を……?」

 

「そうだよ。助けたい人を助けられなかったり、救いたい人を救えなかった。その免罪符になってしまうからね」

 

 誰かを助けたい時。

 誰かを救いたい時。

 100%大丈夫、なんてものは誰にも言い切れない。

 確かに命は重い。

 誰も責任を負いたくはない。

 けれど負わないということは助けたい人、救いたい人に対して自分の逃げ道を用意したことになる。

 助からず、救えなかったのは自分の責任ではない、と。

 万が一でも逃げ出す為の道を作ってしまう。

 そのことにいつか気付いてしまった時、自分自身を苛むこととなる。

 

「けれど大丈夫だよ。君の中に怖さを乗り越える勇気はある」

 

「……あるん……でしょうか? ぼくはぼくのこと……信じ切れません」

 

「そうかな? 君が引き継いだ名は、君がちゃんと勇気を持っていることを教えてくれているよ」

 

 源は座り込んでいるライトの身体を、ぐっと持ち上げた。

 そして微笑む。

 

「だから皆、私達のことを『勇者』だと――勇なる者と呼んでいるのだからね」

 

 そして片鱗は見せている。

 ここにいる皆が知っている。

 

「優斗を相手にした時は出来たろ? 半分は言わされたようなもんだろうけど、それでも優希って子の為に」

 

 相手は大魔法士。

 最強の意を持つ二つ名を相手に、彼は怯えながらもはっきりと言った。

 優希の為に。

 

「だけど、あれは……っ」

 

「まっ、あいつの親友の立場としては、あんなふざけたこと言われても納得したくはねぇよ。だけどな、お前の――優希と一緒にいる立場としては『正しい』んだと思う。そんで、優斗に怯えながらも言ったことは確かに『勇気』だって俺も頷ける」

 

 立場としてはある意味、対立している。

 だけど、間違っているとは思わない。

 修がリライトの勇者であると同時に優斗の親友であるのならば、彼は優希を支える者であり、

 

「お前は誰だよ、ライト」

 

 修が真っ直ぐに尋ねた。

 ライトは問いに対し、小さな声で――けれどしっかりと答える。

 

「……ヴィクトスの……勇者です」

 

「じゃあ、お前の国の人間を助けるのはお前の役目だ」

 

 ポン、と肩を叩いて修は部屋の外へ歩いて行く。

 次いで源や正樹、イアンやモールも同様に肩を叩き歩いた。

 ライトは一度だけ俯いたあと、ぐっと前を向く。

 その表情は先ほどと違っていた。

 覚悟を持った、というには言い過ぎだろう。

 全ての責任を負う、というには深いものでもないだろう。

 けれど自分がアガサを助ける、と決めた表情だった。

 まだ幼くとも、それだけで十分だ。

 修達は彼の変化に顔を見合わせ、笑みを浮かばせる。

 

「そんじゃ、行くか」

 

「……えっ?」

 

「おいおい、小っこい勇者。何をビックリしてんだよ?」

 

 責任は負えないと言ったが、それでも伝えたことだ。

 

「さっき俺が言ったように、ここにいる連中は全員が同じことを思ってる」

 

 同じ名を持ち、同じ気持ちを共有できる純粋な魂の持ち主達。

 だからこそ今一度、伝えよう。

 

「助けたい、ってな」

 

 そして勇者達は一様に真剣な表情を浮かべた。

 

「手伝ってやるよ。『勇者』のお前が望むことをな」

 

 

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