第26話 近付いていく距離

 クラスの中でフィオナたちが浮かなくなった、というのは様々な要因が思い浮かぶ。

 ラッセルのこと然り、フィオナたちが優斗たちと絡むようになってからとっつきやすくなった、ということもある。

 特にフィオナは顕著だろう。

 つまりは、だ。

 彼女、そして彼らの魅力に参る方々も出てくるわけで。

 

「申し訳ございません」

 

 フィオナが頭を下げた。

 目の前にいる男子生徒はがっくりとうなだれているが、フィオナはその横をするりと抜けて教室まで戻る。

 いささか疲れた様子で優斗の隣に座った。

 

「フィオナは今月、何人目だろうか?」

 

 和泉が指を折って数える。

 

「五人目じゃねーか?」

 

 修は面白そうに笑い、

 

「すさまじい勢いで撃墜されていきますね」

 

 クリスを始め、告白して玉砕した生徒に合掌する男子メンバー。

 

「ちなみに他だとクリスが四人、修も四人、ココが三人だね」

 

 優斗が他の仲間達に告白してきた人数も口にする。

 つまり告白してきて玉砕した数、今月で合計十六人である。

 

「イケメンと美女はいいよな。顔がいいから告白されて」

 

 羨ましそうに卓也が言った。

 

「自分は年末に結婚をするので、非常に困っているのですが」

 

「興味ねえ」

 

「わたしは心もちゃんと見てくれないと付き合う気にはなれないです」

 

「他人に何を言われたところでどうでもいいです」

 

 申し訳なさそうなクリスとどうでもよさそうな修、半ばうんざりしているココにフィオナ。

 四者四様だが、フィオナは特に酷い言い様だ。

 

「されないよりはいいって」

 

 卓也としては、とりあえず羨ましい。

 

「本当ですわ。わたくしなんて告白してくれる男子はいませんし」

 

 残念そうな表情をさせたのはアリー。

 

「アリーは確かに美人だけど、王族はチャレンジャーすぎるんじゃね?」

 

 さすがに遠すぎる。

 

「それでもわたくしだって女の子なのですから、告白されることに憧れたりはしますわ」

 

 乙女の夢というものだろう。

 

「デートもしたことがないのか?」

 

 和泉の質問にアリーは少し考えて、王女にはあるまじくニヤリと笑った。

 

「いえ、デートならこのあいだ、ユウトさんとありますわ」

 

 からかうようような彼女の声音に、ほとんどのメンバーは反応しなかった。

 だが一人だけ、

 

「や、やっぱりデートだったんですか!?」

 

 悲しそうな表情を浮かべるフィオナ。

 

「……違うって」

 

 対して優斗は疲れた表情を浮かべると、アリーに近づく。

 

「アリーは最近、僕に対して調子乗りすぎじゃない?」

 

 ニッコリと笑いながら優斗は両方の拳を彼女の側頭部に当てると、ぐりぐりと締め付ける。

 

「い、イタタタ、痛いですわ!」

 

 一緒に遊んでからというもの、アリーの優斗に対する気軽さがさらに増している。

 

「だ、だってユウトさんって気楽に話せるんですもの」

 

 頭を締め付けられながらアリーが答えた。

 ココも確かに、と同意する。

 

「ユウトさんは楽です」

 

 クリスも納得し、

 

「そう考えるとユウトだって良い物件だと思いますが、どうして告白されないのでしょうね?」

 

「上手く立ち回ってるから」

 

 入り過ぎないように考えている。

 仮に上手く立ち回っていなくても、告白されるかどうかは全くの別問題だが。

 

「けれど、ちゃんと考えたらユウトさんてスペック高いです」

 

 しみじみとココが言った。

 クリスが優斗の情報を列挙してみる。

 

「顔は中の上ぐらいですが、異世界出身で子爵で神話クラスの魔法――しかも独自詠唱で使えて大精霊も召喚できる。さらに龍神の父親で柔和で温和で誰に対しても礼儀正しい」

 

 ふと全員が無言になった。

 ぐりぐり攻撃から開放されたアリーが軽く涙目になりながら改めて感想を述べる。

 

「……案外シャレになってませんわね」

 

「スペックを知られたら引く手数多でしょうね」

 

 クリスもアリーに頷いた。

 大半のことが隠されているとはいえ、知られたら大変なことになるのは間違いない。

 

「特にオリジナルの詠唱で神話魔法を使えるなんて御伽噺レベルの存在ですから。国内どころか国外からの有名貴族、もしくは王族から縁談が来てもおかしくないですわ」

 

「へぇ、そうなんだ」

 

 まるで他人事のように優斗が返した。

 

「実際に話が出ればかなりの出世になるかと思いますが、落ち着いてますわね」

 

 アリーとしてはちょっと意外だった。

 

「別に国外からの縁談が来たってどうこうしようと思わないし」

 

 自分の手に余りそうな気がする。

 というか与太話の一環、どうでもいい話なのに隣を見るのが怖い。

 

「…………」

 

 横から感じるプレッシャーをとにかくどうにかしたい。

 優斗は話を逸らすように次の話題を口にした。

 

「そ、それを言うなら国外縁談で上手くいきそうな人を選ぶべきだと思うよ、僕は」

 

「例えば誰です?」

 

 ココが訊く。

 

「卓也とか」

 

「オレ?」

 

 ビックリした表情の卓也に優斗は大きく頷いた。

 

「修はリライトの勇者様だから国外に婿入りする縁談は論外、和泉はうっかり変なものでも発明して他国に渡したりしたらガチで国際問題になりかねない。僕も無理だし、残る人物を考えたら卓也が一番の適任だよ」

 

 少なくとも異世界組で考えたら卓也がベストだ。

 

「でもタクヤさんって周りに比べると少々、見劣りしません?」

 

 ココが辛辣に直球で物申す。

 けれど優斗は否定した。

 

「たぶん見間違いだよ。強さだって僕と修から比べたら下に見られるけど、普通に比べたら圧倒的な実力だよ。それに守り関係に関しては卓也のほうが充実してる」

 

 もともと攻撃に向いている性格でもない。

 

「あとなんだかんだで世話焼きだし、奥さんになる人は羨ましいよ」

 

「だな。俺らの世話役だかんな」

 

「卓也がいなければ誰が俺らを世話するというんだ」

 

 修と和泉が乗っかってからかう。

 そして卓也は眉根をひそめ、

 

「……喜んでいいのか悩むな」

 

 異世界組の流れるような会話に、現地組からクスクスと笑い声が漏れた。

 

  

      ◇    ◇

 

 

 優斗とフィオナはマリカの世話があるからと先に帰る。

 残った面子はまだ話していた。

 

「けれど皆さんもあと数年したら、こういう話は冗談で済ませられないくなりますからね」

 

 結婚一番乗り予定のクリスが主に男性陣に対して諭す。

 

「ユウトさんとフィオナさんは上手くいってくれるといいですわね」

 

「上手くいくだろ、あいつらなら」

 

 アリーの希望に修が確信を持って頷く。

 

「ユウトさんはいいとしても、フィオナさんはユウトさんじゃないと駄目です」

 

「……ん? どっちかと言うと優斗のほうだろ?」

 

 ココの感想に卓也が異を唱えた。

 

「どういうことです?」

 

 見ていると明らかにフィオナは優斗じゃないと駄目に感じる。

 逆に優斗はフィオナじゃなくても問題はなさそうに思える。

 

「優斗なんだけどな、あいつが今まであんなに女の子を近づけるのってなかったんだよ」

 

 知り合ってから一度もあいつの『テリトリー』と呼べる場所に入った女の子はいない。

 

「なぜでしょう?」

 

 クリスの問いに、次いで修が話し始めた。

 

「優斗は俺ら仲間に対して兄貴っぽい感じするだろ?」

 

「そうですね」

 

 面倒見が良いと感じることは多々ある。

 

「前に言ったことあるけど、部活っていう集まりがあるだろ。そこでもある程度は面倒見が良くてな、男女分け隔てなく同じように面倒を見てたんだ」

 

 あくまである程度、だ。

 自分達を相手にするほどではない。

 

「けど女の子に対しては一種の壁みたいなのを作る。良い人止まりでいるように」

 

 自分も他人も恋愛感情を抱かないようにさせている。

 これがさっき、優斗の言った『上手く立ち回っている』ということだ。

 

「色々と理由もあるしな」

 

「聞いても大丈夫なのですか?」

 

 アリーが尋ねると修達は頷いた。

 

「前に優斗の境遇の話はちょっとだけしたけどよ、あいつの両親って酷かった。詳しく話に聞くだけでもシャレになってない。だからなんだろうけど、優斗は常々言ってんだ。『自分は愛情のある家庭』を作るって」

 

 絶対に親のようにはならない、と。

 なってやるものかと決めていた。

 

「だからだろうな。あいつは絶対的な純愛主義者なんだよ。初恋を実らせて結婚する、なんて馬鹿なことを本気で実行しようとしてんだよ」

 

 異常な両親がいたからこそ芽生えた、異常なまでの潔癖症。

 であるからこその壁だった。

 

「普通、こんな奴はそうそういねーだろ? でも優斗はそうなんだ」

 

 自分を律していた。

 そうしたいと願い、思っていれば、優斗はそう在ることができるから。

 

「けど、あいつの予防線をフィオナが簡単に突破すんだよな」


 修が素直にフィオナのことを褒める。

 いくら自分達もけしかけたとはいえ、あそこまで簡単に突破するとは思っていなかった。

 

「一緒にいることも多かったし、フィオナが純粋だからってのもある。容姿だって優斗の好みにストライクだってこともあるんだろうが、それでも凄えもんだよ」

 

 逆に言えば、フィオナじゃないと壁を突破できないのかもしれない。

 そして最後は和泉が締めるように話し始めた。

 

「だからフィオナには優斗じゃないと駄目、だけではなく優斗もフィオナじゃないと駄目だ」

 

 決して一方通行ではない。

 

「国外の縁談の話があったが、あいつは興味を示さなかった。おそらく女子じゃ、フィオナ以外に異性としての興味は持つことはないだろう」

 

 六人は帰っている優斗とフィオナの姿を頭に思い浮かべる。

 

「あれで付き合ってないってネタじゃね?」

 

「なんだかもう、早くくっ付けって思うのはオレだけじゃないはず」

 

「俺も納得だ」

 

「自分も同意します」

 

「ですわね」

 

「そうです。ときどき、空気が甘すぎて逃げたくなりますし」

 

 

     ◇    ◇

 

 

「優斗さんは確かに良い物件ですよね」

 

 納得はしたくないが理解は出来る、といった表情をフィオナが浮かべる。

 

「興味ないって言ったはずだけど? それを言うならフィオナだって告白されてるし」

 

「まったく興味ありません」

 

 フィオナにとっては仲間以外に評価をどれだけ得られようと興味はない。

 特に恋愛沙汰など以ての外だ。

 

「でもフィオナの魅力が周りにも伝わってきてるから告白されるんだよね……」

 

 優斗が思わず呟いた。

 なぜか胸がもやもやとする。

 

「…………あー、もう」

 

 正直に言えば嫌だった。

 

「優斗さん?」

 

「いや、ごめん。なんとなくフィオナの魅力を知ってるのは自分だけだって自惚れてた」

 

 フィオナの良いところを知っているのは自分だけの特権なのだと。

 仲間にすら分かっていないことだと。

 うっすらと思っていた。

 申し訳なさそうな優斗にフィオナは小さく笑みを零した。

 

「いいえ、優斗さんだけです。私の良いところも悪いところも全部知ってくれているのは」

 

 だから彼の言っていることは間違っていない。

 

「無口だったときの私を知っていて、買い食いもしたことがない私を知っていて、まーちゃんを育てることが本当に楽しいと思っていることを知っているのは優斗さんだけです」

 

 修だって卓也だって和泉だってクリスだって。

 こんな自分のことを知らない。

 

「優斗さんだけなんです」

 

 安心させるようなフィオナの笑みに。

 ほっとしている自分がいることに優斗は気付く。

 

 ──ホント、フィオナには助けられてるよな。

 

 感謝しても足りないくらいに。

 でも、言葉にしたいから優斗は伝える。

 

「ありがと。すごく嬉しい」

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