第233話  誕生日当日②

 

 旅行も終わり、トラスティ家の面々は自宅へと戻る。

 玄関を開けると同時にマリカが元気よく叫んだ。

 

「たあいま!」

 

 どうやら家の中に人がいることを察したらしい。

 けれど誰もやってこない。

 

「……?」

 

 少々不思議そうなマリカに優斗は小さく笑みを零し、娘を促しながら一緒に歩みを進める。

 

「じゃあ、マリカがドアを開けてね」

 

「あいっ」

 

 マリカ用の低い位置にあるドアノブに小さな手が掛かり、ゆっくりと開く。

 そしてマリカが広間に入ったと同時、クラッカーの破裂音が響き渡った。

 

『誕生日おめでとう、マリカ!!』

『おめでとうございます、マリカ様!!』

 

 いつもの仲間や家臣、王城の女官などが一斉にお祝いの言葉をマリカに贈る。

 しかし突然のことにマリカがビックリした表情のまま振り返った。

 

「まいか、たんよーび?」

 

「そうだよ。去年のちょうど同じ日、マリカは僕達の娘として生まれました。だから今日は可愛い可愛いマリカが生まれてくれた日だから、みんながお祝いに来てくれたんだよ。生まれてくれてありがとうって言ってくれてるんだ」

 

 ぽんぽん、とマリカの頭を撫でる優斗。

 後ろからはフィオナもやってきて、マリカに笑みを贈った。

 

「そして昨日からの旅行は、私達からまーちゃんへの最初の誕生日プレゼントだったんですよ」

 

「あうっ!?」

 

 再び驚きのリアクションを取るマリカに、その場にいる全員に微笑ましく映る。

 

「ビックリしましたか?」

 

「あいっ」

 

「旅行は楽しかったですか?」

 

「あいっ!」

 

「でしたらパパもママもじーじもばーばも、あーちゃんも家臣の方々もみんなが幸せですよ」

 

 フィオナは優しくマリカを抱きしめると、愛娘をお誕生日席へと座らせる。

 そしてまずは一番手、卓也達がテーブルにケーキを置いた。

 

「オレとリルからのプレゼントはこれだ」

 

 ホールサイズのショートケーキをマリカの前に現れる。

 もちろん飾り付けにはチョコのプレートが中央に存在していて『マリカ、おたんじょうびおめでとう』と描かれてある。

 卓也が綺麗に切り分けて、マリカのところへ持って行く。

 次にリルがフォークで一口分を取って、口元まで運んだ。

 

「はい、マリカ。あ~ん」

 

「あ~」

 

 大きく口を開けてケーキを頬張るマリカ。

 

「おいし~!」

 

 直球な感想が出てきて、思わず卓也とリルがハイタッチする。

 続いてマリカの前に現れたのはラスターとキリア。

 キリアがラスターの肩を叩いて合図すると、彼は耳栓を外す。

 

「もういいのか?」

 

「ええ。余計な会話は終わったからいいわよ」

 

 マリカの詳細を知れば、ラスターもさすがに心臓に悪いだろう。

 というわけで、余計なことを耳に入れないように耳栓をさせていた。

 

「次はわたしとラスター君の番よ、マリ」

 

 二人はマリカの前に立つ。

 しかし、

 

「ぷいっ」

 

 途端に不機嫌になったマリカは横を向く。

 けれどキリアはマリカの頬を手の平で包むように触れると、

 

「マリ、いいからこっち向きなさい」

 

 ぐいん、と真っ直ぐ向かせた。

 マリカの目をしっかりと見据えながらキリアは説明する。

 

「ラスター君は自分がやったことを申し訳なく思ってる。それで今回、マリと仲直りしたくてプレゼントを選んだの。マリは『ごめんなさい』って思ってる人を許さないの?」

 

 問い掛けに対しマリカが頭をふるふる、と横に振った。

 するとキリアは納得するように頷き、

 

「じゃあ、受け取ってやんなさい。わたしからのプレゼントでもあるんだからね」

 

 そう言ってラスターをマリカの前に立たせる。

 ラスターは少し逡巡しながらも、プレゼントを取り出した。

 

「絵を描くのが好きだと聞いているから、画用紙をプレゼントするのがいいと思った」

 

 ゆっくりと、決して危なくないように手渡す。

 マリカが恐る恐るといった感じで画用紙を手に取ると、ラスターはマリカに頭を下げた。

 

「すまなかった。もう二度と邪魔するつもりはないから、許してくれると助かる」

 

 届けられた誠心誠意を込めた謝罪。

 マリカはちょっとだけ右を見て、左を見て、遠くを見て、再びラスターを見る。

 

「らすたー、あいがと」

 

 そして大きな仕草で一つ、頷いた。

 驚くような調子で顔を上げたラスターに対し、マリカはにこっと笑う。

 その様子にラスターは安堵の息を漏らした。

 

「こっちこそ、ありがとう。さすがはミヤガワとフィオナ先輩の娘だな。心が広い」

 

 軽くマリカと握手しながらラスターは下がる。

 キリアは二人のやり取りを満足そうに見届けると、マリカにひらひらっと手を振った。

 

「じゃあね、マリ。また今度ね」

 

 ほっ、と息を零したラスターの頭を小突きながら、キリア達は広間から出て行く。

 けれどまだまだ、プレゼントは終わらない。

 

「じゃあ、次はわたし達です」

 

 ココとラグが前に出てきた。

 そしてプレゼント用の包装紙を丁寧に剥がしていくと、現れたのはキリア達のプレゼントと関連したもの。

 

「じゃーん。わたしとラグからのプレゼントは色鉛筆セットです」

 

「私もマリカ様は絵を描くのがとても上手だと聞いたので、これをプレゼントにしたのだが……いかがでしょうか?」

 

 ラグが木箱のケースを開けて中身を見せる。

 するとマリカが目をまん丸くした。

 

「いっぱい!」

 

「そうです。いっぱい色鉛筆あります」

 

 計225本もある色鉛筆。

 ケースとなっている木材もおそらくは高級なものだろう。

 マリカも何本か手にとっては、嬉しそうに眺める。

 

「気に入ってもらえたみたいでよかったです」

 

「ああ、私も一安心だ」

 

 二人もマリカの様子に目を孤にすると、色鉛筆を片付けて下がっていく。

 入れ替わるように出てきたのはクリスとクレア。

 

「マリカちゃん。自分とクレアからのプレゼントはこれです」

 

 クリスが長方形の代物を四つ、マリカに見せる。

 

「……?」

 

 けれどマリカは何か分からず、頭にハテナマークをたくさん灯した。

 クリスもクレアもマリカの様子に苦笑を漏らす。

 自分達も最初、教えてもらうまでは何なのか分からなかったからだ。

 

「これは写真立て、というものです。この中に写真を入れて飾るんですよ」

 

 クリスは手に持っていた写真を入れてみて、こういうものだと説明する。

 

「和泉から教えてもらい、作ってみました。縁のデザインはクレアがしてくれたんですよ」

 

「マリカ様に合うよう、明るめの色で縁を彩らせていただきました」

 

 作って持ってきたのは四つ。

 つまり四種類の写真を収めて、飾ることができる。

 

「あとで写真をたくさん撮るので、マリカちゃんが気に入った写真をここに入れましょうね」

 

「あいっ」

 

 こくこく、と頷いたマリカの頭を柔らかく撫でて、クリスとクレアは下がる。

 

「そんじゃ次は俺達だな」

 

 修とアリーが顔を見合わせて、前へ進み出る。

 そしてマリカの前に立つと、手に持っていた紙袋からプレゼントを取り出した。

 

「わたくしと修様からのプレゼントは、くまさんですよ」

 

 アリーが自慢するようにマリカに差し出したのはコットン人形。

 しかも色とりどり、多種多様な人形が紙袋の中から出てくる。

 

「俺らにも原因あるだろうけど、今まで女の子っぽい遊び道具があんまりなかったもんな」

 

「というわけでわたくしと修様は、女の子っぽいプレゼントに着目してみましたわ」

 

 そして吟味した結果、プレゼントとして最適だと思ったのが人形だ。

 マリカはくまの人形をまじまじと見て、ぎゅーっと抱きしめる。

 

「おお、気に入ったみたいだな」

 

「あいっ!」

 

「それは良かったですわ」

 

 マリカの上々な反応に大満足して修とアリーも下がる。

 最後、仲間内の中で登場したのは和泉とレイナ。

 

「さて、最後は俺とレイナだ」

 

 二人はマリカの前に立つと持っていた紙袋の中に手を入れ、そこから取り出したものをバッと広げた。

 

「なんと俺達からのプレゼントは龍神戦隊マリカンジャーの公式ユニフォームだ」

 

 手に持った服を広げてマリカに見せる。

 服装は白を基調としており、背には赤いリライトの紋章が入っていた。

 どこぞの二人と同じ公式服だ。

 そこにマリカも気付く

 

「ぱぱ、おしょーい!」

 

「……え~、あー、うん。お揃いだね」

 

 優斗の反応が僅かに鈍い。

 まさかこの服をマリカンジャー公式ユニフォームにするとは思わなかったからだ。

 というかこれから先、この服を着る度に思い出すかと思うと気が抜けて仕方ない。

 しかし和泉はさらにニヤっと笑った。

 

「だがな、これで終わるわけじゃない」

 

 同時、レイナが手に持った紙袋から服を取り出して四人に手渡す。

 

「修、タクヤ、クリス、アイナ。これはお前達にだ」

 

 まったく同じ服装で、違いは背中の紋章の色

 修はいつもの金色で、卓也は薄い緑色、クリスは薄い青色、愛奈は明るい桃色。

 愛奈以外の三人は手に取った瞬間に渇いた笑いしか出てこない。

 けれどどうにか卓也がツッコミを入れた。

 

「……何をするつもりなんだよ、和泉」

 

「とりあえず口上とポーズを考えるぞ」

 

 

 

 

 

 龍神戦隊マリカンジャーの隊員は総勢七名。

 マリカ、修、優斗、卓也、和泉、クリス、愛奈。

 七人は打ち合わせが終わると、それぞれがマリカンジャー公式ユニフォームに着替えた。

 

「やっぱり格好良いですわ」

 

「そう? 卓也とアイナ、マリカは似合ってると思うけど他は微妙じゃない?」

 

 まったく同じ服装の七人が広間に立つと、感嘆や感動さえしているような声が色々なところから漏れてくる。

 だが卓也は思わず額に手を当てた。

 

「……この歳になって、こんなことをやるとは思わなかった」

 

 和泉の企みは確かに楽しいだろう。

 傍目から見ていれば、だが。

 いざ実際に自分がやるとなると気合いを込めないとやってられない。

 

「こういうことは思い切りが必要だ。優斗を見てみろ、あいつはすでに恥も外聞も捨てる気満々だ」

 

 和泉がちょいちょい、と優斗を指差す。

 彼も最初はあんぐりとしていたが、今ではやる気を漲らせている。

 

「あれは親バカだからだろ」

 

 卓也が呆れ果てながらも、それぞれが打ち合わせした位置に立つ。

 何が始まるのかと皆が興味津々で七人を見詰める。

 すると和泉が拳銃を取り出して銃口を上に向けながら、なんかいきなりポーズを取って叫んだ。

 

「異なる叡智――マリカンジャーパープル!」

 

 次いで卓也が右手を胸に置き、

 

「一限なる護り手――マリカンジャーグリーン!」

 

 さらにクリスが右手に持った細剣を前に突き出す。

 

「完全無欠の剣士――マリカンジャーブルー!」

 

 そのまま隣に愛奈が前に出ると同時、和泉が声を出す。

 

「天才魔法少女!」

 

「――まりかんじゃーぴんく!」

 

 可愛らしく愛奈が名乗りながら両手に握り拳を作った。

 その隣で優斗が堂々と右手を前に翳す。

 

「最強の魔法士――マリカンジャーシルバー!」

 

 一歩前では修が左腕を上に掲げた。

 

「無敵の勇者――マリカンジャーゴールドッ!」

 

 さらに修は言葉を続け、

 

「最後に我らがリーダー!」

 

 誰よりも前に立っている龍神が両手を頭上に挙げる。

 

「まいかんじゃーえっと!」

 

 それぞれがポージングをしたが、それだけではない。

 

「この七人こそが最強無敵の龍神戦隊――ッ!」

 

 修の叫びと共に全員で集まる。

 そして轟かせるは唯一無二の単語。

 

「「「「「「 マリカンジャー!! 」」」」」」

 

「あいっ!」

 

 そして再度決めポーズ。

 彼らの前ではパシャパシャ、とカメラの鳴り響く音が聞こえた。

 

「まーちゃん、可愛いですよ」

 

「アイちゃん、キュートです!」

 

「あんた達、もうちょっとポーズをキープしときなさいよ」

 

 フィオナが拍手しながら愛娘の勇姿を褒め称える。

 隣ではココも妹の姿をニコニコしながら賞賛し、リルが全員にハッパを掛けた。

 アリーとレイナはカメラを持ち、写真を撮りながら打ち合わせする。

 

「……ん~、もうちょっと違う角度のものが欲しいですわ」

 

「だったら私はこちらから撮るとしよう」

 

「わたくしは逆から撮りますわ」

 

 互いに少しずつ立ち位置をずらしながら写真を撮っていく。

 何十枚と撮り、アリー達が満足できる結果になったところで最後に全員の集合写真を撮る。

 いつもの面々にトラスティ家に関わる人々が揃って広間の一角に集まった。

 

「はい、それでは撮らせていただきますよ」

 

 若い女官が合図を送ると、トラスティ家一同といつもの面々はレンズに視線を向けた。

 

「えっと、確か……撮る瞬間に言う台詞があるんですよね」

 

 撮る合図を送る為に必要な言葉。

 若い女官は準備が完了すると、全員に向かって声を掛ける。

 

「1+1は?」

 

『にっ!』

 

 瞬間、満面の笑みを浮かべた写真がカメラに映し出された。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 無事に誕生日パーティーも終わり、マリカはつい先ほどまでは貰ったプレゼントをあれこれと触って大喜びしていたのだが、今はベッドでぐっすりと眠っている。

 フィオナは寝付いたマリカに毛布を掛けると、バルコニーでゆったりしている優斗に近付いた。

 

「まーちゃん、今日は大喜びでしたね」

 

「そうだね。みんなに感謝しないと」

 

 優斗はクリスからの誕生日プレゼントである写真立てに、今日撮った写真を入れる。

 写真の中央ではマリカがフィオナに抱っこされながら満面の笑みでピースしていた。

 

「この姿を見ていると、ずっとまーちゃんと一緒にいたい。そう思ってしまうんです」

 

 不意にフィオナが思いの丈を口にした。

 嬉しそうに、けれど少しだけ寂しそうに。

 

「……フィオナ」

 

 優斗も彼女の気持ちは凄く理解できた。

 大切だから、最愛の娘だからいつまでも一緒にいたい。

 痛いほどに分かる。

 けれど、それはどう足掻いても叶わない夢だ。

 いつまでも一緒にいることは出来ないし、いつまでも成長を見届けることも出来ない。

 必ずこの日々は終わる。

 だから優斗は今一度、その“いつか”を言葉にした。

 

「たぶん、マリカと過ごす日々はあと一年もない。おそらくこれが最初で最後の誕生日だよ」

 

 もしかしたら次があるかもしれないけれど、確実にあるわけではない。

 それはフィオナもよく理解している。

 

「……分かってます。まーちゃんは私達の娘ですけど、龍神ですから」

 

 それは絶対に曲がることはなく、どうしようもないほどの真実だ。

 望む望まない関係なく、別れの日は否応なくやってくる。

 

「でも、だからといって私がやることは変わりません。今まで通りにまーちゃんと過ごして、愛していくことだけですよ」

 

 いつかの別れを思う前に、今の日々を大切に過ごす。

 もう、どうしようもないほどに愛娘のことを想っているのだから、やり残すことがないように。

 

「そして笑顔でまーちゃんを見送ってから、優斗さんに慰めてもらいます」

 

 だから最後の最後まで母親としてフィオナはいたいと思う。

 大切な日々をくれるマリカの前ではずっと母親でいよう、と。

 

「そうだね」

 

 優斗もフィオナの想いに賛同するように頷いた。

 

「後の別れを考えて、今を蔑ろにすることだけはしない。だから目一杯愛情を注いで、目一杯構って、後悔がないようにしよう」

 

 いつかの別れを惜しむよりも、今の幸福を与える為に。

 いつかの悲しみに嘆くよりも、今の日々を良き日にする為に。

 今できる最高の想いを娘に届けよう。

 

「一年前にマリカの親になろうと思ったことを僕は一生、後悔しない。何度でも、何度だって同じ選択をする。いずれ別れの日が来るとしても――」

 

 この日々を求める。

 

「――マリカの父親になる幸せを決して手放すことはしない」

 

 そして優斗は柔らかな笑みを浮かべると、フィオナの肩に手を回して柔らかく引き寄せる。

 フィオナは彼の手に優しく触れながら、頭を軽く傾けた。

 

「これからもよろしく、ママ」

 

「はい。こちらこそお願いしますね、パパ」

 

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