第25話 宝石が暴いたもの

 カリアリに存在する、最も大きな神殿は、静まり返っていた。

 それはもちろん、「元」神官長が犯した罪によって調査が入った直後であったし、その本人を除く全ての関係者が魔法使いになっていた為、その魔力の量や属性を調査で、別の場所へ移動していたからだ。

 まだ修復されていない正面の大扉は無残な姿を見せ、礼拝堂にも、砕けた長椅子や壁についた傷と言う形で騒動の名残が目に見える。


「……何故……」


 だが、最奥に位置する祭壇は無事だった。大変見通しが良く、他に逃げる場所も無いという事で、監視付きとは言え此処に来ることを許された人物――今はただ護送を待つばかりの罪人、マッテオは、静かに祈りを捧げていた。

 カリアリの住民の間では、未だにマッテオがそんな罪を犯したという事は半信半疑だ。実際、貴族には見えないと言われるほどに模範的で誠実な神官長だった事は間違いない。

 客観的な事実と、それらが本心からの行動であったことを考えると、元神官長マッテオ……フルネーム、マッテオ・ジェイ・ラッチフォードは、非常に善良な個人だったと言えるだろう。


「何故、ですか……水霊獣様……」


 ラッチフォード子爵家は、どちらかというと教会に近い貴族だ。その家の三男として生まれたマッテオも自然と教会の教義に触れて育ち、おりに触れて祈りを捧げながら成長し、自身が神官となる事に何の疑問も抱かなかった。

 確かに、子爵家の三男としては豊富な魔力を持っていたが、本人の気質がどこまでも攻撃に向いていなかった。なので制御だけはしっかりと習得したものの、その実魔法自体についてはあまり詳しくない。

 そんな事情もあり、自らの属性を鑑み、もっとも相性が良いであろう、このカリアリに存在する、水霊獣を祀る神殿にやってきたのだが……。


「何故……このような試練を、お与えになるのですか……?」


 祈りを捧げながらも、口を突いて出るのは、そんな、嘆きに近い疑問だ。

 マッテオは、知っている。知っていた。魔力を持って生まれながら、魔石と言う形でしかその魔力を外に出せない魔石生み。その未来が、どのようなものなのか。

 幼い頃に、話に聞いただけだ。聞いただけにもかかわらず、当時のマッテオは心の底から震え上がり、その夜は一晩中、魔法使いとして生まれたことへの感謝と、魔石生みになりませんようにという願いを神に祈り続けたほどだ。


「何故……」


 魔石生みは、人ではない。「資源」だ。魔石と言う様々に使えるエネルギーの塊を生み出す為の。鉱夫が鉱山から鉱石を掘り出すように、狩人が森で獣を狩るように、漁師が川や海から魚を釣るように……国は魔石生みから、魔石を「採取」する。

 そして、「採取」するのであれば、出来るだけ大きな魔石の方が良い。当然の事だ。魔石は大きくなる程希少になる。より希少な物を手に入れようとするのは、当然だ。

 だが、魔石生みが意識して放出できる魔力の量には、限りがある。もちろんその最大値は、訓練などによって伸ばす事が出来るが……魔石生みは「資源」だ。そんな、「丁寧な対応」は、必要ない。


「水霊獣様……どうして……」


 何故なら。あるからだ。魔石生み自身の魔力を操る力量に関わらず、生き物の限界を超えた魔力を放出させる方法が。……訓練を課したりするより、はるかに簡単で、手早く、確実な方法が。

 その方法、とは。



 魔力暴走・・・・だ。



 魔力は、魔力を持つものの意思に従って現実を上書きする。だが魔石生みの場合、それほど強い意思を持っていても魔石と言う形にしかならない。

 だから、魔法使いや魔物においては恐怖の対象となる魔力暴走……制御不能になり、多くの場合は甚大な被害をもたらすその現象も、「ただ魔力の出力が上がるだけ」であり……ひいては、より大きな魔石を手に入れる、手っ取り早い手段となる。

 そして魔力暴走とは。多くの場合……不安、恐怖、激昂。そういう、負の感情によって、引き起こされる。あるいは大型の魔物が厄介な点として、命の危機に陥る事で魔力暴走を引き起こし、戦闘相手諸共自滅する、というものがある。


「出発の時間だ」

「……分かりました」


 つまり。

 魔石生みから魔石を「採取」する方法とは……可能な限り極大な負の感情を呼び起こし、命の危機に陥らせ……出来得る限り最大の魔力暴走を引き起こす。そういう事だ。

 だから。魔石生みは、「資源」なのだ。……「人間」ではない。どころか、「生き物」ですらない。――だから・・・何を・・やっても・・・・いい・・。そういう、国と言う組織が用意した、最大にして最悪の、免罪符。

 だからこそ……魔石生みは、持って生まれた魔力が「少ない」事が、喜ばれる。貴族も、平民も、知っているからだ。その、「採取」の方法を。


「…………」


 促され、立ち上がり、大人しく破られた大きな扉へと向かうマッテオ。

 最後に一度、長らく祈りを捧げて来た祭壇を振り返る。……いくら祈っても、声の1つ、気配の1つも無かった、祭壇を。


(そう言えば……奇妙な話を聞いた事があるな)


 そしてその祭壇を見て、ふと脳裏に浮かぶものがあった。

 それは確か、このカリアリの神殿に来て、さほど間も無い頃だ、とマッテオは思い出す。杖を突かなければ立ち上がる事もままならない老婆の元へ挨拶に行った時に、いつの事だか分からない昔話を聞いた事があった。

 この神殿には、水の霊獣様が時々降りてこられる。そして熱心に祈る神官を見つけると、たいそう喜んで、加護を授けてくれるのだと。


(けれど――そうだ。けれど、そうして加護を与えられた神官は、必ず近いうちに、姿を見なくなってしまうと――)


 その話と、今のマッテオ自身の状況が、奇妙に重なった気がした。

 ならば。まさか、神の加護……霊獣の加護とは――。


(いや。そんな筈はない。……そんな筈は……)


 軽く首を横に振り、浮かんだ考えを振り払う。そして、そこからはもう振り返らずに、マッテオは神殿を去っていった。

 そして。二度と、戻る事は無かった。

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