第6話 宝石と行先の理由

 即答。拒絶。あり得ない筈の反応。

 それを認識して、現在のイアリアの状態を「正しく」理解したのは、恐らくノーンズだけだった。当然だ。この中で、イアリアの本名や本来の身分、旅の理由までを知っているのは、ノーンズだけなのだから。

 だがその理解の一瞬後には、イアリアの状態を「誤って」理解した神官が、怒りの声を上げていた。同時にこの大聖堂の奥まで案内役を務められるだけはあるという事か意外と素早く、イアリアに手を伸ばす。


「……っ!」

「アリア、待て!!」


 恐らくは、制圧しようとしたのだろう。魔薬師「程度」ならば肉弾戦に持ち込めば問題ないと。もちろんそうなった場合、イアリアは教会を敵に回す事を覚悟で逃げ出していた訳だが……その前に、イエンスがその間に割って入っていた。

 神官に背を向けて、背中越しに後ろ手で、それでも両腕を拘束して動きを止めている。なおかつイアリアの方に体の正面を向けているので、その引き攣った顔は良く見えただろう。


「何かよく分からんが、たぶんそれはダメな気がする。ってかダメだと思う。流石に俺でも大聖堂で暴れたらダメなのは分かるし!」

「…………………仕方ないわね」

「舌打ちされた!?」

「いや、よくやったよイエンス。助かった。……僕らの方が」


 待て、といいながらイアリア自身には指一本触れず、両腕を後ろに回して神官を拘束、つまり自ら使えない状態にしている。実質的な降参の仕草、と見て取って、イアリアはしぶしぶとマントの下で抜き打ちかけた魔薬……強い催涙効果のある煙を大量に発生させる……を元に戻した。

 ただしく理解はしたが、反応が遅れた。そこまで把握して、それ故に安堵の息を吐いたノーンズが補足する。そう。助かったのはイアリアではない。ノーンズからはイアリアが何をしようとしたのかは分からない筈だが、それでも、周辺被害を出さない手段ではないだろうとは予測が出来たようだ。

 で、と、そのノーンズが向き直るのは、ここまでずっと無言で予定外の道を案内してきた挙句、ここで「冒険者アリア」だけを分断しようとして、今もイエンスに両腕を抑え込まれている神官だ。イエンスとノーンズだけなら分かる。だが、冒険者仲間であり幼馴染であるあとの4人とイアリアを分ける理由は分からない。


「何故彼女だけが別行動だったのかな? そもそも、この場所はどこだい?」

「……」


 獣のように喉を鳴らして威嚇する神官だったが、そんな神官を前に、ノーンズは息を1つ吐いた。ただし今度は、酷く冷たく乾いた、呆れを示す為の物だ。


「上手く騙せたとでも思ったのかな。神官が大聖堂の中を動く時は、必ず同じ位の神官が2人1組で動くんだよ。そして人数が増える事はあっても減る事は無い。そもそも馬車を降りた場所に違和感があったから警戒はしていたけど、どういう事かな?」

「……分かっていたなら、教えて欲しかったのだけど」

「悪かったよ。でもある程度泳がしておかないと、目的の欠片も分かりそうになかったからさ」


 肩をすくめてみせるノーンズだが、目は神官から逸らしていない。情報を出すことでそれに対する反応を見て、目的を探っているのだろう。

 それを理解したから、イアリアもそれに乗る事にした。


「だからと言って、私だけが狙われるには心当たりがあり過ぎるわ。何かに触れさせられない方でも、何かをさせなければならない方でも」

「……。そうなんだよね。アリアはとても腕の立つ魔薬師だから。まぁちょっと色々秘密が多いみたいだけど。少なくとも、それこそただの冒険者には話せないんだろう?」

「まぁね。でも、流石に同行パーティのリーダーで協力者であるあなたには話した筈よ。とりあえず、連携の支障が無い所までは。……。それを広げるかどうかの判断は、その時点であなたのものでしょう」

「……。それはね。ただ、そこから忙しくて、話してる暇も無かったというか。……。流石に、護衛がそこら中にいる中で話せるような内容では無いし。個人の大事な秘密だったからね」


 で、情報を出して並べて、その反応を見た結果。ノーンズは神官の視界の外で僅かに眉間にしわを寄せて、イアリアはフードに隠した下で目を細めた。

 何故なら、あまり取り繕う事が得意ではないその神官が反応したのは。まずはイアリアに「何かをさせなければならない」部分。次に「秘密が多い」部分。その次が「あなたには話した」部分で、その次が「話してる暇も無かった」と「護衛が~内容では無い」部分だ。

 これは恐らく。


「私の秘密に抵触する用事があるならもうちょっと何とかならなかったの?」

「流石にこれは無いと思うよ。秘密を守る為なんだろうけど、ちょっと強引が過ぎる」


 イアリアが核心を突くと、どっと脂汗をかきはじめる神官。続いたノーンズの言葉に視線を逸らした辺り、強引である自覚はあったのだろう。

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