第5話 宝石と不明な行先

 馬車が止まったのは、大聖堂のかなり奥に当たる場所だったらしい。白と黒で構成された空間はこの世のものではないようで、一部の隙も無く磨き上げられている事もあり、自分が異物なのではと錯覚してしまいそうだ。

 いや、異物なのは確かでしょうね。と、イアリアは冒険者パーティの6人の最後に付いていく形で歩きながら内心で呟いた。魔力と呼ばれていたものが、正真正銘創世の女神の力だと知ってからは、どうして自分に魔力が宿ったのかすら不思議なほどだ。

 もちろん、いわゆる「真っ当な信心」なんてものは存在しない。恨み憎み呪う事こそしないものの、イアリア自身は女神に対して縋り頼る意思など、微塵もなかった。


「(女神なんかより、師匠の方がよほど頼りになるわ)」


 元々イアリアは人間不信を拗らせている。それを溶かしたのは「永久とわの魔女」ことナディネであり、その方法は絶対に勝てない相手から文字通り溺死してしまいそうなほど愛情を注がれる事だった。

 そして幼少期はモルガナ、そして学園に入ってからはナディネが傍にいたせいで、イアリア自身の魔法使いとして相当な実力者であるという自覚が薄い。魔石生みに変わってからはなおさらだ。

 そしてその自覚が薄いが故に。自分は正攻法では勝てない。魔法の腕前をいくら上げても勝つ見込みすらない。そういう思い込みが発生する。発生するから、なら、他の方法を探るしかない。そういう発想になる。だからイアリアは、自身の手札を増やす事に余念がなかった。


「(……本当に、どこまで巻き込むつもりかしら)」


 身近というか、敵に回る事は無いと信じられる相手の中に肉体派の魔法使いという超異端児がいた事もあり、イアリア自身の手札は膨大に過ぎる。魔法使いの上に魔薬の知識と作成にも長け、各地の植生や地理にも詳しく、近距離戦闘も護身程度には出来て、遠距離攻撃は物理も魔法も取り揃えている。

 正直、大体の厄介事においては魔石生みとなったイアリア単独でも十分に過剰火力だ。間違っても在野に放ってはならない。……というのを瞬時に冒険者ギルドの各支部長は見抜いたから、さっさと宝石を与えて「悪い奴ではないが取り扱いには気を付けろ」という看板代わりにしたのだろうが。

 さて、そんな過剰火力、もとい、自覚のない大駒であるイアリアが秘かに警戒を高める程度には大聖堂を奥に進んでいる。警戒を高める、とは違うがイエンス以外は口数が減って来たので、やはりここまで奥に進むのは予定外か、予定に無かった事なのだろう。


「……そう言えば、私はまだ目的地を聞いていないのだけれど」

「生憎、解説は出来そうにないな。聞いていた予定とは違う通路を通っているみたいだから」


 一応声を出してみるが、冒険者パーティの先頭を歩くノーンズからそんな返答があるだけで、その前を歩いている神官服の人物は反応しない。イエンスも首を傾げたようだが、特に何か悪いものを感じている訳では無いようだ。

 旅の途中で、イエンス本人には聞こえないように聞いた限り、その黄金の目の効果か別の先天的なものか、イエンスはその手の勘が鋭いらしい。ただしそれを褒めると調子に乗って精度が下がるから、それを知っている仲間達は黙っているのだとの事。

 そのイエンスが特に警戒した様子を見せていないから、たぶん大丈夫という判断だろう。まぁそもそも、今いるこの場所は大聖堂の奥深くだ。こんなところに罠があるとは思いたくない、というのもあるのだろうが。


「(残念だけど……直前に、「その一番あってほしくない例外」を相手にしてきた以上、警戒せざるを得ないのよ)」


 イアリアの人間不信は直っていない。幾分世界には信用しても良い人間がいるという事を認識しただけで、ひねくれ方に関しては大切な相手が出来た分だけ更に悪化しているまであるだろう。

 だからイアリアが警戒を高めるのは当然だったし……自分の実力は高くないと、比較対象が悪いが故に誤認しているイアリアが努力の末に、自身の警戒や動きを悟らせない技術を身に着けるのも分かり切った事だった。

 ただし。それは、外から客観的に見ただけでは、ほとんど分からない。何故なら、ノーンズを除いた冒険者達ですら、イアリアは「冒険者アリア」であり、「腕の良い魔薬師」なのだから。


「では、ここからは別行動をして頂きます」


 魔石生みになった魔法使いであり、「永久とわの魔女」の現弟子の1人であり、属霊との契約者で無限の魔力を持ち、学園で戦略的な教育を受けた成績優秀者だなんて思わない。

 単独で山城を落としてそこを根城にしていた山賊を全滅させると思わない。宝石を得た経緯だって、どれほど本当かは疑われている事だろう。冒険者ギルドの支部を預かる支部長達は軒並み傑物であり、彼らですら「宝石だけでは過小」だと思ったから、せめて数を与える事で釣り合わせようとしたなどと、思わない。

 だから。


「聖人候補者様は正面の通路へ。お仲間の皆様は右の通路へ。そしてそこの外套の方は左の通路へ」

「断るわ。分断されるぐらいなら外に出して頂戴」


 間違えてはいけない選択肢を、間違えるのだ。

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