第4話 宝石と目的地

 町に立ち寄る際もしっかりと警備が付いた立派な宿に案内され、道中は馬車に乗っているだけ。完全に賓客として扱われた楽な旅は、それでも1週間ほどだった。

 アイリシア法国の中心都市に名前は無い。大聖堂の街、と言えば通じるのもあるだろうし、国そのものがそこまで大きくないのもあるが、そもそもが宗教国家だ。世界各地にある教会も、ただ教会とだけ呼ばれているのだから、総本山が同じ法則で、独自の名前を持たないのは当然だろう。

 創世の女神は、輝く銀の髪に同じく輝く黄金の目を持つ。そしてその司る属性は光と闇であり、それに倣ってか、中心都市で使われている色味は、白と黒のみ、と言っていいようだ。


「銀と金は女神自身の色で恐れ多い。ただし他の色は女神に付き従う聖獣の色味だから格が落ちる。だから白と黒に絞られて、白の方が見栄えが良くて染めるのも楽だから白が主体になってる訳だね」

「黒く塗られている部分もそこそこあるみたいだし、それなりに黒も使われているようだけれど?」

「ぱっと見の印象の話だよ。一瞬真っ白な街に見えただろう?」

「……まぁ、確かに、黒く塗られていると気付く前は日陰なのかと思ったけれど」


 みたいな会話もあったが、7人が乗った馬車は当然のように中心都市をスルーして、その中心に堂々と存在している大聖堂へと直行した。そこまでスピードが出ている訳ではないが、それでも真っ直ぐ大聖堂に進めばそれなりに目立つ。

 この馬車は窓があるタイプだったが、窓から外を見れていたのは街に入るまで。入口で検査を受ける直前に閉められて以降は全く開かれていない。カーテンも閉められた為、馬車の中は暗かった。

 とはいえ、外のざわめきぐらいは聞こえるし、その中に祈りの言葉が多数混ざっているのもすぐに分かる。と言う事はつまり、この馬車に「聖人」が乗っているのは、既に知られているのだろう。


「厳密にはまだ「人間」だよ」

「その色を持っている、という時点で一般的な信者には大差ないでしょう」

「こういう扱いされるの苦手なんだけどなぁ……」

「懐かしいなー、神官のじーさんに崇められて半泣きになってたの」

「ひ孫に祝福を、ってすがられてアタフタしてた事もあったわね」

「旅の神官さんが2人を見た瞬間に跪いたのは流石に驚いた」

「人攫いと教会が正面からぶつかるとは思わなかったけど」


 そこをつつくと、無数のやらかしもとい昔の話が出てきた。思ったより数段物騒な話も混ざっていたが、イアリアは賢く黙って聞かなかった事にする。……のは無理だろうが、せめて表面上は忘れる事にする。何故ならその辺を知っていると、知っている事を理由に巻き込まれかねないので。

 なおノーンズの言った「まだ人間」というのは、「聖人」になる為にはとある儀式を受けなければならないらしく、その儀式を受けていないから、というものだ。もちろんイアリアの指摘通り、一般信者にはそんな区別はつかない。

 まぁその区別が出来ているのなら、今も続いている物騒を含んだやらかしもとい昔の話はもっと少ないかゼロだっただろうが。そしてイエンスがうっかり目の色を隠し損ねても騒ぎにならなかっただろうし、ノーンズが内部空間拡張能力付きの鬘を常に身につける必要もなかっただろう。


「――到着しました」


 結構な割合でそこそこ物騒な単語が含まれる昔ばなしでイアリア以外の6人が盛り上がっている……いや、イエンスは主にやらかしている側だったからか、へこんでいた……間も、普通に馬車は進んでいる。

 そしてアイリシア法国の中心都市は確かに大きいが、その面積のおよそ半分は大聖堂が占めている。今回の目的地は大聖堂の中でもかなり中心に近い場所だが、途中までは一般開放されている事もあり、移動自体はスムーズだった。

 だから、比較的そう時間はかからず目的地に到着した。これでこれ以上物騒な単語の入った、聞いたら深みに引きずり込まれてしまいそうな話を聞かずにすむ、と、イアリアは内心ほっとした。


「まだ話足りないんだけどなぁ」

「むしろこんなの序の口」

「割と平和な話題よ」

「本気でダメな話は出してないが?」

「名前も出来るだけぼかしたし」

「十分に危険すぎるし私は引きずり込まれたくないのよ」

「もう遅いんじゃね?」


 当然、非常に真っ当なイエンスの呟きも聞かなかった事にした。

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