第3話 宝石と船旅の終わり
アイリシア法国。
この世界において唯一無二の神を信仰し祀る教会という組織。その総本山であり、宗教国家だ。
その頂点は当然、名前の無い宗教のトップであり。神に仕えてその意思を受けて動く事を最優先とする教皇である。
「傍から見ると狂信者という印象しかないのだけど」
「そうでもなかったよ。少なくとも、直属だっていう人はね」
到着まであと丸1日、という段階でそんな会話があったらしいがともかく。
船がアイリシア法国側の港に入り、そこで受ける筈の入国手続はイエンスとノーンズによってパスされ、そのまま7人はアイリシア法国の中心都市に直接向かう馬車へと乗り込んだ。
普通なら、それでいいのか、と言う所なのかもしれないが。イアリアはまぁ偶然として、長い付き合いであるパーティ仲間もイエンスの黄金の目……魔力量や善悪を見抜く、創世の女神と同じ色……を知っているので、そこに信が置かれているのだろうと判断していた。
「……そんなに万能でもないんだけどな」
「まぁ」
「うん」
「それはな」
「ほんとに」
「なぁそろそろ泣いていいか?」
「納得しか無いわよ」
まぁその「黄金の目」による判断がそこまで正確でも無いというか、主にイエンス自身の判断がふわふわだし、あんまり当てにできない、という事を知っているイエンス以外の6人の意見は揃っていたが。
そもそも、イエンス奪還の為の騒動を考えれば手を出す方法などいくらでもある。それが、少なくとも騒動の元凶にはばれてしまったから、「人間」であるところの冒険者を止めて「聖人」になる、という決断をノーンズは下したんだろう。
一度「聖人」になってしまえば、もう行動の自由は無い。もちろん生活は保障されるが、教会における信仰対象になるのだから、それ相応の振る舞いを求められるか、アイリシア法国の中心都市にあり、都市本体とも言える大聖堂から一歩も出る事が出来ないかのどちらかだ。
「それが分かってたから、冒険者をやってた訳だけど」
「そう。あなた達は説明して貰えたのね」
「待って?」
「え、もしかして」
「私は教会関係者じゃないわ」
「あっ。あー……」
「大変だったな……」
「?」
何のことかと言えば、2度の養子の時の事なのだが。どうやらイエンス以外の5人は察したらしく、イアリアに向けられる目が少しだけ優しくなった。いやまぁ元々顔の火傷跡等で、目は優しかったのだが。
ただしイアリアこと「冒険者アリア」の顔の火傷跡は、特殊な魔薬による化粧で「作った」ものである。その目の優しさはいつか複雑なものに変わるだろう。と思いながらも、必要だからやった、という確信を持っているイアリアは揺れない
問題はいつ打ち明けるかだが。……まぁイエンスとノーンズは「聖人」になるとして、どうやら予定を聞く限り、パーティ仲間の4人もそのまま教会で「聖人」を守る騎士になるつもりのようだ。すなわち、ここからも一緒という事になる。一方イアリアはここで別れるので、打ち明けなくても、一応問題はない。
「……というか、私はいつまで同行してればいいのかしら? もう国は出たのだけど」
「まあまあ。大聖堂を見るぐらいは良いじゃないか」
「これ以上深入りするつもりは無いわよ」
「ここからどこへ行くにしても、アイリシア法国の中心都市には行っておいた方がいいよ」
となると、イアリア自身が異物となる訳なのだが。ノーンズがこの通りはぐらかすのだ。つまり、どのタイミングでどこからどういう形で連絡を受けたのかは分からないが、イアリアを連れて行くべき何かがあるのだろう。
ただし、イアリアはノーンズがそういうことをする理由に、人を驚かせたいとか想定外だという顔を見たいとか、まぁ性質の悪い方のサプライズを好む、という部分がある事を知っている。
そしてこのはぐらかしの対象はどう考えても自分であり、すっと他の冒険者に視線を向けてもさっと視線を逸らされる。ただし友好的というか良い感じのする逸らし方ではなく、どちらかというと「ノーンズの悪い癖が出た」という感じだ。
「……流石に私だって、大聖堂を吹き飛ばしたくは無いのだけど?」
「いくら何でもそんな厄介事なら素直に相談してるよ」
一応イアリア的には冗談だったのだが、ノーンズはイアリアが山を崩している事を知っている。それも、戦争を中断させるのに必要だったとはいえ、実質的にノーンズ自身を助ける為だけに。
そんな前科、もとい実績がある分だけ冗談というのは伝わらなかったらしく、すんっと真顔になって否定するノーンズ。……それでも「用事」の中身は言わないのが、本当にらしいのだが。
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