第2話 宝石と船の行先

 さてイアリアが何故人生初の船旅をしているかというと、それは1人以外が船酔いによってダウンしている、同行中の冒険者パーティに理由がある。


「やぁアリア。ここにいたのか」


 船の中から出てきてイアリアこと「冒険者アリア」に声をかけたのは、その冒険者パーティのリーダーを務める、背中に槍を背負って革鎧を身に着けた黒髪茶眼の若い男。名前はノーンズ。ランクレアの冒険者であり、少し前まで『シルバーセイヴ』というクランのリーダーも務めていた。

 というより、元々ノーンズは今現在イアリアが同行している冒険者パーティのリーダーであり、そこからノーンズの双子の兄であるイエンスが行方不明になり、その捜索の為にクランを立ち上げたのが『シルバーセイヴ』である。

 だから船酔いでダウンしている残りのパーティメンバーはそのままクラン『シルバーセイヴ』の中核メンバーであり、ノーンズとイエンスが冒険者を始めた頃からの付き合いである。


「酔い止めの薬ならあと2時間は待ちなさい」

「薬を吐いてしまった場合は?」

「絶対に飲ませろ、と、私は言ったわ」

「なるほど。なら仕方ないな」


 で、そのイエンスを含めた5人が何故船酔いしているかというと。この船に乗っていた客の1人が振舞った酒に、平衡感覚を弱くする毒が入っていたからだ。その客というのは詐欺師であり、毒というのは魔薬の1種だった。

 だが、ノーンズは創世の女神のものと同じ輝く銀の髪を持ち、魔力による影響が一切効かない。またイアリアも魔薬師として非常に腕が立つ、と認識されるだけの知識がある為普通に見破る事が出来て、毒を回避できた。

 詐欺師の手口としては毒入りの酒をふるまって平衡感覚を弱くし、船酔いを起こさせる。そして親切そうな顔をして酔い止めの薬という名の解毒剤を高値で売りつけるというものだったのだが、イアリアが毒を看破した後、ノーンズと船員たちに取り押さえられていた。今頃、一番揺れが酷い船底の倉庫で転がっているだろう。


「それにしても、まさか薬すらデタラメだとは思わなかったな」

「……正しくは、それだけでは船酔いは収まらない、というべきね。平衡感覚を弱くする効果が無くなっても、一旦船酔いをしてしまえばしばらく抜けない、というのはよくある事らしいから」

「そうなのか」


 ちなみに他の乗客もイアリアが調合した解毒剤入りの酔い止めで回復したが、その確率は半分ぐらいである。まぁ中には毒は関係なく船酔いして、酔い止めで回復したという客もいたようだが。

 その毒関係なく船酔いしたというのが、イエンスとノーンズを迎えに来て、冒険者パーティとイアリアごとこの船に案内した「案内人」だったのは、イアリアとしてはちょっと複雑だったのだが。何しろ。


「それにしても、よく船酔いする状態で「案内人」なんて出来たわね」

「普段は陸路だからじゃないか? それに、陸地に足が付いたら回復するらしいし」


 この船は、エルリスト王国と、その東側に隣接する友好国家、アイリシア法国を、国境を越えて結ぶものだったからだ。なおこの2国間を移動するにあたり主となるのは、エルリスト王国東端の街であるディラージを通る陸路である。

 それでも今回船旅をする事になったのは、ノーンズの希望である。


「まぁ、景色が変わらないからあれだけど。本当に早いのね?」

「少なくとも、冒険者の間に1度は見物しとこうか、って行った時は早かったよ」


 何故ならノーンズは、エルリスト王国西端の国境を守るサルタマレンダ伯爵において、非常に一方的にイエンスが婚約させられそうになっていた事を知って妨害を計画。なおかつ、その婚約を発表するパーティで、文字通りイエンスを攫ってきてからその足で逃亡した末にここまで辿り着いたからだ。

 ノーンズは創世の女神と同じ、輝く銀色の髪を。その双子のイエンスは、こちらも創世の女神と同じ、黄金の目を持っている。そしてアイリシア法国は創世の女神を信仰する教会の総本山であり、双子はアイリシア法国において「聖人」として迎え入れられる事が決まっている。

 ただし、その話が来たのは双子がまだ幼い頃だった。なので数年は「人間」を楽しみたいという事で、冒険者になったそうだ。


「よくその時に捕まらなかったわね?」

「約束をちゃんと守るかどうか確かめる意味もあったからね。真面目な人が多い国みたいで良かったよ」


 なお、こういう事をしれっとするのは、大体ノーンズである。

 爽やかな笑顔という対外用の完璧な仮面は、貴族が標準装備として身に着けているものと酷似していて……まぁつまりは、腹の探り合いや言葉での戦いに長けている、という事だ。

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