宝石と大聖堂

第1話 揺られ行く宝石

 この世界には、魔力と言う不思議な力が存在している。

 一部の教義においては神からもたらされた福音であるとされていたりするが、少なくとも人間と言うものが国を作った辺りでは既に存在していて、その時から研究されているにも関わらず、その正体は不明だ。

 その源泉が何処か分からないまま使われている魔力だが、大体の場合その供給元は生まれつき魔力を宿して生まれ、魔法と言う不思議を扱える人間を含む生き物である、と、されている。



 その魔力を宿して魔法を使う人間、というのは、大きく2つに分かれていた。

 1つは魔法使い。宿して生まれてきた魔力の分だけ、世界を自分の意思で上書きする事が出来る人間。

 そしてもう1つは、魔石生み。その魔力は石の形を取って固まる為、そのままの状態で世界を上書きする事は出来ない。



 そしてその石の形に固まった魔力――魔石を使えば魔力の有無に関わらず誰でも、魔石がある限りいくらでも、魔石に込められた魔力の分だけ世界を上書き出来る。

 よって、魔法使いは国の武器あるいは盾として召し上げられることが多く、魔石生みは人間どころか生き物ですらない「資源」として扱われる事がほとんどだった。

 今の所、魔力について分かっている事は少ない。その少ない内容は、魔石生みの魔力は例外なく魔石へと変じる為、世界を上書きすることは出来ない事と、保持する魔力の量に関わらず、魔石生みが魔法使いになる事は無い事。



 後は。

 極稀にだが……魔法使いが魔石生みに、変じる事だ。




 波の音と風の音の中に、大きなものが軋む音が混ざる。しかし天候は嵐とは程遠い快晴であり、この軋む音というのも特段異常という訳ではなかった。むしろ日常、当然。無くなる事は無いが、これが大きくなる方が異常だった。


「とはいえ、それに慣れるにも少しかかったけれど……」


 そんな音の中にたたずみ、手すりに体重をかけて外を見ているのは、雨の日用の分厚いマントに身を包み、フードをしっかり下ろした、非常に怪しい人物だった。

 十分に強くなってきた陽射しの中では倒れかねない格好をしたその人物は、アリアという名前の冒険者であり、冒険者ならば1つ得れば将来が保証されるも同然の、冒険者カードへ埋め込まれる宝石を5つも持っている、非常に有能な冒険者にして、凄腕のフリー魔薬師である。

 その本名は、イアリア・テレーザ・サルタマレンダ。登録した年より2つ上の16歳であり、本来であれば伯爵令嬢である筈の農村出身な元平民。濃い焦げ茶色のくせっ毛をフードに押し込め、フードの影の下に隠した大きく美しい翠の目を隠す彼女は、魔石生みへと変じた元魔法使いだった。


「……船って、すごいのね」


 そして魔石生みに変わったその日に魔法使いを育成する為の学園から力技で逃亡、その後色々あった末に一度学園に戻ったりもした末に、今現在、その学園があるエルリスト王国の南の海の上で、船に乗っていた。

 最初の逃亡から現在までほぼ1年半ほど。それだけ続いた旅の目標は生まれ持った底なしの様な魔力を使い切ることであり、名目上の実家及び世間一般で言う名声から逃げ続けることでもある。

 まぁもっとも、一度学園に戻った際に、その魔力は真実底なしである事が判明した為、その目標は変更を余儀なくされたのだが。ついでに言えば、もう宝石を5つ持っている時点で名声から逃げる事も出来なくなっている。


「潮の匂いも慣れてしまえばどうという事も無いし。空と海しか見えないから距離感が狂うけれど、これで馬車より早いのよね」


 ちなみに現在イアリアは、とある冒険者パーティと行動を共にしているのだが。

 ……その冒険者パーティは、1人を除いて船酔いを引き起こし、部屋から一歩も出られない状態となっていたりした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る