第24話 宝石の騒動の波紋

 婚約発表パーティは、散々な結果に終わった。

 もちろん直接原因はあの、賑やかしとして呼んだ冒険者の2人組だ。招待状を出して断った相手が、ここハイヒルアスでも名の通った冒険者の集団に加わったというから、顔の1つでも見ておこうと思って呼びつけたが、こんな結果になるとは思っていない。

 強烈な閃光。「娘」の醜態に気を取られて気付かなかった、目を焼く光。一瞬ではあったがそれで充分な遅れで、動けるようになった時には既に、冒険者達はヒルハイアスを出て行っていた。


「……いや。最初からそのつもりだったか」


 そこまでを反省し、報告を受け、サルタマレンダ伯爵……アメアルド・アルベルト・サルタマレンダは、深く息を吐いた。そう。あまりにも手際が良すぎる。行動の全てが早すぎる。何より、他の貴族の馬車は無事なのに、サルタマレンダ伯爵所有の馬車だけが全て使えなくなっていたのは絶対におかしい。

 クランという単位で話を聞きに行ってみれば、既に『シルバーセイヴ』は解散したという。それを伝えてきたのは冒険者ギルドだが、その場でヒルハイアス支部の規模縮小を伝えてきた。

 冒険者ギルドのギルド支部は、その規模によってできる事が大きく変わる。ここヒルハイアスにある支部は、もし戦争が起こった場合はより多くの戦い慣れた人間である冒険者を参加させる為に、だいぶ金を積んで説得して、規模を上げさせたという経緯があった。


「見限られた、あるいは、警戒されたと思うべきだな」


 何度目かもしれない深いため息を吐いて、アメアルドは一度目を閉じる。既に現在は日が暮れて、灯りなしでは書類を読む事も出来ない時間だ。何しろ貴族というのは体面を気にする。

 その象徴のようなパーティであんな事が起きて、その場にいた貴族の多くは閃光を見てしまった。そこからサルタマレンダ伯爵家の財や利権を狙おうとする貴族への対処に時間を取られたのだ。

 どうにか凌ぎ切ったが、恐らく明日もしつこい家は文句を繰り返してくるだろう。いや、厄介なのは、今回一旦大人しく下がった家の方か……等と思考を巡らせていたが、ノックの音でその思考は中断される事となる。


「入れ」

「失礼致します」


 入って来たのは、サルタマレンダ伯爵家に仕えて長い執事長だった。アメアルドにとって片腕と呼べる数少ない人間であり、サルタマレンダ伯爵家の中枢を担う人物である。

 婚約発表パーティが台無しになったこの日、やるべき事はいくらでもあった。だがアメアルドはそれらから執事長を外し、ある事を調べさせていたのだ。

 だから執事長が部屋に入って扉を閉めるなり、アメアルドに対して強い光を浴びせても、怒鳴りつけるようなことはしなかった。


「……。なるほど。少し頭がすっきりした」

「そのようです」


 それは、あの婚約発表パーティを台無しにした決定打、冒険者達が逃亡する際に使った閃光だった。

 もちろん逃亡にも、敵の視界を奪うというのは有効だ。だがアメアルドは、一瞬の閃光だけを使ったことが引っ掛かっていた。何故なら時間を稼ぎ混乱を引き延ばすのであれば、そこに音や煙を付け加えるのが当然だからだ。

 では何か理由があるのでは。と考え……そこで泣きじゃくる「娘」が目に入った。そしてその「娘」とその周囲に対して、自分がどのような行動をとっていたかをざっと思い返し、気が付いたのだ。


「冒険者ギルドは?」

「閃光を放つ魔道具を新たに設置し、日に1度以上は起動させているようでした。というより、この魔道具も冒険者ギルドに確認に行った際、使うと良いと持たされたものです」

「……効果のほどは確かなようだ」


 自分が、サルタマレンダ伯爵家当主、アメアルド・アルベルト・サルタマレンダが、貴族としてあるまじき行動をとっていた、という事に。

 気付いた瞬間は、周囲の混乱も取り繕う事も忘れて愕然としたものだ。当然即座に執事長に調査を言付け、ついでに執事長は対策が見つかるまで決して「娘」に近寄らないように厳命して、今に至る。


「他には何か言っていたか」

「……正気を取り戻された場合、真に警戒するものを間違えませんよう、と」

「道理だな」


 再び深く息を吐いて、背もたれに体を預けるアメアルド。

 辺境伯の地位を任された事。それに危うく背くところだったと、今更に流れた冷汗は意図的に無視をして、だが、と目を細めた。


「アレを手放す訳には行かん。機嫌も損ねてはならんし、外に出すなどもってのほかだ」

「どう致しましょうか」

「これまでと変わらん。「娘」として扱え。今回の醜聞もあるから、閉じ込めておくのはそう難しくないだろう。ただし、定期的に閃光、いや、人工的な強い光か。それを浴びながらな」

「承知致しました」


 それはそれ。と、「娘」として扱っていただけの異物に対する方針を変えない、という決定を下した。

 ついでに、その異物に関連する事も思い出す。こちらもある意味懸案事項ではある。


「……そう言えば「妹」の方はどうだ」

「未だに足取りは不明です。数ヵ月前に、1月ほど学園に戻っているという話があったようですが……」

「そうか。捜索は続けさせろ」


 だが、そちらはもう1年以上が経っている。もはや見つかる事は無いだろう。目撃情報がある訳でもなく、あの世界最強の魔法使いが敵に回れば出来る事は何も無い。

 それでも探す。その胸の内は知れない。

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