第2話 宝石は歩いていく

 ところで。イアリアはその書類上の実家であるサンタマレンダ伯爵家から逃げ回っている。これは師匠である「永久とわの魔女」ことナディネの保護下に戻ったところで変わらない。何故なら、魔石生みは「資源」だからだ。すなわち、人間ではない。

 人間ではないので、人道にもとる行為をしても問題ない。「資源」なので。鉱山に無数の人間でツルハシを振るい、坑道を穿ち、レールを通し、穴だらけにしても問題ないのと同じだ。

 得られる資源の名前は、魔石。専用の入れ物であっても長期間の保存は出来ないにもかかわらず需要が絶えない、固形化した魔力。これはいくらあっても困らない上に、1つの大きさが大きくなる程価値が上がっていく、という側面があった。


「その理由は冒険者なら分かるわよね」

「もちろん。魔石の大きさは倒した魔物の強さに比例する。一抱えもある魔石は死闘と成功の象徴みたいなものだよ」

「そういう事。つまり大きな魔石は希少価値が高く、ついでに言えば出力も高いから利用価値も高い。お値段が跳ね上がるという訳。冒険者の一獲千金もその前提があってこそ」

「普段の狩りで手に入る魔石も、ある程度を越えた強さの相手を安定して狩れれば十分な収入になるし」


 うんうん、とノーンズも頷いている。そう。ここまでは常識だ。誰もが知っている事であり、全ての前提となる。

 だが。


「で。その上で「魔石生み」という、自らの持つ魔力が全て魔石という形になる存在がいたら、どうするのが最適解かしら」

「それは……まぁ、少しでも大きな魔石を、作らせるだろうね」


 それが魔石生みにかかわる事となると、別だ。何故ならその常識こそが、魔石生みが「人間」ではなく「資源」なのかという理由になるのだから。


「それはそう。では、どうすれば大きな魔石を作れると思う?」

「魔力は持ち合わせていないから、分からないね」

「そう難しい事では無いわよ。要するに、一度により大量の魔力を放出させるにはどうすればいいか、という話だもの」

「あぁなるほど。……訓練を積ませる、とか?」

「惜しいわね。魔法使いならそれでいいのだけど」


 屋外では常に魔物の脅威がある。柵や壁で囲まれた町などの安全圏を除けば、それ以外は常に襲われる危険がある。だからこうして道を歩いている時でも最低限の警戒は必要だ。

 とはいえ、会話が出来ない程警戒するのは逆効果だ。こうして人の声がしているだけで、人間を知っている魔物は避けていく。だからこその会話だった訳だが、そこで惜しいと言われたノーンズは、軽く首を傾げた。

 それに対して、イアリアは軽く息を吐く。良い天気だが変わらず羽織った雨の日用のフード付きマント、そのフードをしっかり下ろして隠した影で、目を細めた。


「魔石生みは、その魔力が全て魔石になる。全てね。だったら、訓練なんて手間暇かかって面倒な事をするのは、コストが合わないわ」

「うーん言い方。……、あぁ、そうか。全て魔石になってしまうなら、それがどんな理由であっても、周辺被害が出ないのか」

「そういう事よ」


 そしてノーンズは、数多くの魔物を狩って来た腕の立つ冒険者だ。だからこそ、そのものが魔力による変異を起こし、個体もしくは種族によって魔法を使える獣が何故危険なのかという理由を良く知っていた。

 何故なら魔力というのは、その保有者の意思によって世界を上書きする。そして意思によるという事は、命の危機に瀕するなどした時に、容易く暴走するという事だ。

 制御されずに荒れ狂うばかりの魔力暴走。それによる被害は凄まじい物がある。そしてそれは、保有する魔力が多ければ多い程拡大していくものだった。


「あぁー……あぁ、うん。そうか。それはまぁ……逃げるな。逃げるし匿うし抵抗する」

「でしょう?」


 だが。魔石生みは、その魔力の全てが魔石になる。翻って言えばどれほど暴走を起こそうとも、それは単に「一度に放出する魔力が増える」という事にしかならない。

 となると、少しでも大きな魔石を得るために、魔力暴走を起こさせるのは手段として容易く確実なものとなる。では、魔力暴走が起こるような状態はどういうものか、といえば。


「……国がそれをやってるって事だろ? 胸糞悪いな」

「少なくとも、知らないとは言えないわよね」


 感情が大きく乱れる時。特に負の方向に大きく振れる時。命の危機に瀕した時。

 故にこそ――気が狂うほどの苦痛を与える。それこそが、もっとも「効率の良い」魔石を得る方法であり。それをする為の「資源」扱い。そういう事だ。

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