第7話 宝石は知る

「はっ!? そういえば夜の鍛錬をする時に篝火をつけるとどこからともなく赤い蜥蜴が現れていたが、まさかあれが!?」

「たぶんそうね~」


 と。ようやく正面の席で微動だにせず固まっていた兄弟子のハリスが復活したところで、やっとイアリアはわざわざ視界の隅でちらちら動き続けていた白色に見える銀色……リトルを手元に呼んだ。

 なお師匠であるナディネによれば、器、となっている「魔物化した魔化生金属ミスリル」の意識はあるらしい。むしろ、手の平サイズの丸い梟、タイニーオウルの姿をとっていたが実際は実体を持たない存在であるリトルが宿って動かす事で、とても効率的に生物としての動き方を学習している筈、との事だった。


「だから、その内分離してそれぞれで動くようになるんじゃないかしら? 使い魔契約はちゃんと器の方の子と結ばれているし」


 イアリアとしては、あの探索が無駄にならなくてよかった、という感じだ。同時に、しかしまさか本当に「あの」リトルだったとは、という気持ちもあるが。

 そして、圧倒的に情報量が多く、その1つ1つが大変重い情報だった為、イアリアとしては正直、既に戻しそうな勢いでおなかいっぱいである。


「それで、魔石の作り方なんだけどね~」


 っが。ここで、そもそもイアリアがナディネに質問した事への、直接的な回答が始まった。

 今までの色んな意味で重い話が前振りもしくは前提条件という事で、既にイアリアは耳を塞いでベッドに飛び込みふて寝してしまいたいが、何とかこらえて聞く姿勢を維持する。


「やり方としては簡単なのよ。自分の魔力と、世界の中にある魔力を混ぜて固めるだけ。ね?」

「だけ、ではないのだけど……。そうなら、魔物が死んだ時に魔石を残すのはどうしてなのかしら」

「それは体に残った魔力が制御を失って、勝手に混ざって出来るのよ。人間もちゃんと弔われないと魔石が出来るし、なんならそこから動く死体アンデッドになってしまうわ」


 なるほど。と、理屈自体には納得したイアリア。問題は、世界の中にある魔力、というものを知覚した覚えがないにも関わらず、使おうとした魔法がことごとく魔石になってしまう事なのだが。


「ところで、師匠」

「なぁにお弟子?」

「私、普通に、今まで通り魔法を使おうとして、それが全部魔石になってしまうのだけど」

「あら? そうなの? どうなるの?」

「こうよ」


 どうなるの? が、見せてほしい、とイコールであることを知っているイアリア。軽く右手を伸ばして手の平を上に向け、その上に小さな風の渦を起こすことをイメージして、魔力を動かしてみた。

 ……が。出来たのは風の渦ではなく、指先ほどの大きさの、緑色の魔石だ。それをひょいとナディネがつまみ上げたところで再び魔力を集めるが、やはり全て宝石のような形で転がるばかりだ。


「なるほど、これは魔石だな!」

「魔法を使うつもりでこうなるのよ。……入学した時は普通に魔法が使えていたし、リトルと契約したのは、たぶんだけど魔力を持っている事がバレる結構前だし、どうなっているのかさっぱりなのよね」

「ん~……これ自体は普通の魔石ねぇ。それにしても、綺麗に混ざっているわ。お弟子は魔石を作るのも上手だね~」

「魔石を作るのが上手でもあんまり嬉しくないわね……」


 なお、使い道のないその小粒な魔石は、リトルがさっと食べてしまった。ナディネ曰く、属霊にとって、契約者の魔力とは大変美味に感じるのだそうだ。というか、魔力を美味と感じるからこそ契約を交わそうとするのだとか。


「お弟子は世界にある魔力は分からないのよね?」

「分からないわね」

「じゃあ、契約した属霊の魔力は分かるかしら?」

「……それも分からないわね。何でそこでリトルが出てくるの、師匠」

「属霊は一番端とはいえ、創世の女神に連なる存在だもの。その魔力は他より純粋で濃い、世界にある魔力だからよ~」

「あぁなるほど……」

「契約せずに魔石を作るのは、結構難しいのよ? よっぽどセンスのある人でないと無理なんじゃないかしら」


 ……では世間一般にいる「魔石生み」とは、一体何なのだろうか。と、よく分からなくなってきたイアリア。ナディネの言い方では、属霊との契約なしで魔石を作るのは、よほど意識して繊細に魔力を扱わなければいけないようだ。


「不思議ね~。魔石を作るのは、世界にある魔力を意識しないと無理な筈なのだけど。でもお弟子、特にこれといって何かを意識してる訳ではないわよね?」

「頭を振り絞って全力で魔法式を構築しても魔石になるわ」

「不思議ね~。お弟子が魔力の扱いに慣れてないって訳ではないし~」


 なお魔法式とは、学園で教える魔力制御の手段の1つだ。「魔法式を構築して魔法を発動する」という手順を自らに刷り込み、無意識でもそこを経由する事によって、魔法の暴発を防ぐ目的がある。

 また、感情に引きずられやすい魔力を、よりしっかり理性で制御し、効果を安定させるという効果もあった。ただし実際に組み立てる理論は個人で大きく違う場合が多く、イアリアの詠唱とナディネの詠唱が違うのはそういう事である。


「前兆とか、いつもと違う事があったりはしなかった?」

「一切ないから驚いたし混乱したのよ。学園から脱走する程度には」

「大騒ぎになっていたぞ! お師匠様が素早く対応して「長期課外学習」扱いにしてくれなければどうなっていたことか!!」

「あ、私そういう扱いになってたのね?」

「知らなかったのか!?」

「知る訳ないでしょう。師匠が私の事を探してる事すら知らなかったのに」

「なるほど、それもそうか!」


 地味にイアリアが気になっていた、現在の自分の立場というのが発覚したところで、んん、と、原因を考えていたらしいナディネが言う事には。


「……これは、ちょっと、しばらく様子を見てみないと分からないかしら~。魔石を作る工程自体は何もおかしくないのだけど、お弟子の意思でも、契約している属霊の意思でもない、というのは、ちょっとおかしいわねぇ」


 要調査、もしくは経過観察、だった。

 世界最高の魔法使いである「永久とわの魔女」であっても、即座に原因が分からない、という、結構深刻なものではあったのだが、イアリアには焦りも不安もない。なんなら、逃亡生活を始めてからこっちで一番落ち着いている。

 何故なら、それを告げた声が、普段からすればずっと真面目なもの……つまり、ナディネが、真剣に解決に向けて動いてくれる、という事だったからだ。

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