第6話 宝石は確認する

 たっぷり、少なくとも主観ではたっぷり、客観でも師匠であるナディネが様子を見る為か顔を覗き込んでくる程度には長い時間、イアリアは固まっていた。ナディネの動く音以外は聞こえなかったので、ハリスも同様に固まっていたのだろう。


「…………師匠」

「なぁにお弟子?」


 顔を覗き込まれ、まるで全身の筋肉が錆び付いてしまったようなぎこちない動きでイアリアは口を開く。正直、今も話を理解できたとは言い難い。だが、「永久とわの魔女」と呼ばれるこの世界最高の魔法使いが言うのだから、そちらが正しいのだ。

 ならば、その真偽を疑うのはただの時間の浪費である。であればイアリアが確認するべきは、契約している、という事実の是非ではない。一歩進んだ、あるいは一歩戻った部分の事だ。


「私、そんな、契約とか……一切、心当たりが、ないのだけど……?」

「あら?」

「ついでに……その、属霊? とかっていう存在と、遭遇した覚えも、一切ないのだけど……?」

「あらあら?」


 そう。契約、というからには相手が存在し、それは正直木っ端と言っても神に連なる存在だ。そういう存在との契約であれば、流石にイアリアも覚えているだろう。

 だがイアリアには、本気で、そういう類の遭遇をした覚えがなかった。そもそも、契約らしい契約をした覚えがない。唯一それっぽい書面に触れたのは、このザウスレトス魔法学園へ入学する時ぐらいだった。それも決められた場所にサインを1つ書き込むだけだったが。

 体はまだ固まっている為、絞り出すような形になった声をどう受け取ったのか。実に不思議そうに首を傾げたナディネは、これも、恐らく本人は一切特別感などなく、その根拠を口にする。


「そうだったの? 器もあげてその上使い魔契約までしてるから、てっきりとっくに正体まで知っていると思ってたわ?」

「…………使い魔契約…………?」

「そうよ? あら、違ったの? すっかり仲良しさんね~って思っていたのだけど」


 流石に、使い魔とかいう特殊極まる単語が出てくればイアリアも察する。すなわち。


「師匠」

「なぁにお弟子?」

「その、契約って、まさか…………名付け?」

「その通りよ~! 自分で結論に至ったお弟子は本当に賢いわね~!」


 ……名前のない存在に、名前を付ける。すなわち、名というものを与える事で同種同族から個を区別し、区切る事で己に縛る。それは確かに、古来から続く一種の契約だ。

 そしてそれが後天的に魔力を得る方法だというのなら、その契約に応じた相手に色々思うところはあるが、もう1つ、とても大きな疑問点が浮かび上がる事になる。


「……師匠。2点ほど確認してもいいかしら」

「なにかなお弟子?」

「1つ。契約というのは、相手の同意と了承が必要よね。しかも今回の場合、私は受け取る側なのだから、契約の提示がたとえ私からだったとしても、それを受けるかどうかの決定権は相手にあるわよね?」

「そうねぇ。そもそも気に入らない相手なら、姿も見せないのだけど~。とっても気に入った相手からの契約提示であれば、まず拒まないのはもう性質ね~。お弟子の場合、とーっても長い距離を一途に追いかけていたみたいだけど。お弟子の事が大好きなのね~。私の方が大好きだけど~」

「追いかけられていたのは知らないわね……」


 何か思ってなかった事実がついでのように出ていきたが、それは横に置いておくイアリア。なんなら後で本人(?)に聞けばいい。たとえ言葉がつかえなくても、意思疎通の方法は色々あるからだ。

 イアリアがそんな決意をしたタイミングで、それを察したように、ピィッ!? という笛のような音が聞こえたが、イアリアはそれを意識して無視した。今は構っている余裕がない為だ。


「2つ。……ちょっと自信が無くなってきたから聞きたいのだけど、私の魔力は、生まれ持ったものと後天的なもの、どちらか師匠は分かる?」


 それはある意味、イアリアの人生を、その価値観を、根本からひっくり返しかねない事実だった。……何せイアリアの推測がそのまま正解であるならば、イアリアの人生が狂ったのは、その契約の「後」なのだから。

 確かに。兄弟が多くいる故に自分個人に対する愛情をあまり感じない、田舎ゆえに生活も非常に厳しい生家ではあったが。それでもあそこまで徹底的に、無残に、跡形も残らないほど壊されて良いものではなかった。

 その後の生活、貴族と言う存在に対する嫌悪感を決定づけたここまでの周囲の態度。それら全ては、この力を……魔力を持っている為に起こったことだ。恨んだことが、憎んだことが、ない、と言えば、嘘になる。


「うーん……後で話す事にも関係あるのだけど、お弟子の魔力は生まれつきよ? 体内魔力が外の魔力と違うもの。それに属霊というのは世界の管理を実行する存在だから、未制御の魔力があれば、それに引き寄せられるのよ」


 ……だから。その時内心、「安堵できた」自分にこそ、イアリアは安心した。そこでもう一方の感情が沸き上がっていれば、それは普段自分が最低だと見下している人間と同じ行いだ、と、思ったから。


「特に、気分が良くないままで無自覚に動く魔力は危険だから。それはお弟子も知ってるわよね?」

「えぇ。まず真っ先に習うもの。魔法使いは、まず感情の制御が出来なければならない。そしてどんな時でも、心が陰ったまま魔法を使ってはならない。何故なら、魔力がその形に歪んで暴走するから」

「その通りよ~! そこは流石に変わってないのね~」


 むぎゅー! と再び抱きしめられるイアリア。

 ……抱いた恨みや憎しみを飲み込み、消化する事が出来たのは、この、溢れて溺れるほどに注がれた愛情があったからでもあった。この師匠が師匠になってくれた理由が「あの子」であるなら、それも重ねて感謝しなければいけないな、とイアリアは思う。

 だが思うところが無い訳ではないので……特に、説明どころか、そういう存在っぽい気配が、一切、なかったあたりとか……隠れる気が恐らくなくなってきて、部屋の隅でちらちら動いている白色に見える銀色は、もうしばらく見えないふりをする事にしたのだった。

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