第5話 宝石は話を聞く

「それで~。これはわざと一般には伏せられてるんだけど、お弟子達なら大丈夫だと思うから教えるわね。魔力っていうのは、後天的に得る事も出来るのよぅ」


 魔力の正体が、創世の女神の力だった。というのもかなりの衝撃だったのだが、その衝撃から立ち直り切らない間に、マイペースな師匠であるナディネは、次の衝撃的な事実を告げていた。

 は……? という掠れた声が、しばらく自分のものだと認識できなかったイアリア。思わずナディネの顔を見上げるが、それはいつもと変わらずのほほんと緩んだ笑みだ。


「なんで秘密かって言うとね~」

「ま、待って、待って師匠ちょっと待って」

「なぁにお弟子?」


 そしてさらっと次の話に行こうとしたナディネを、慌ててイアリアは止めた。正面に座る兄弟子ハリスも固まっているので、今のは自分の空耳ではなかったらしい、と、妙なところで確信を得るイアリア。動揺が酷い。


「ちょっと、待って。……魔力っていうのは、なんて?」

「後天的に得る事も出来るのよ?」

「もう一回言ってもらっていいかしら」

「魔力は後天的に得る事も出来るのよ~」


 聞き間違いでもなかった。なおイアリア、というか、少なくとも大半の魔法使いが学ぶ「常識」において、魔力とは、個人に依存する、才能に近いものである。多少血筋に左右されるが、それでも持って生まれる魔力量が全てだ。

 ちなみに、イアリアの確認によりようやくその言葉を現実だと理解し、見事に顔から血の気が引いていくハリス。大変体格の良いこの魔法使いは、その辺り色々ごたごたがあったらしい。


「お師匠様。それでいくと、貴族の血統に意味はあるのか!!?」

「意味はあるわよ? 血筋で魔力を持って生まれやすくなるのは確かだもの」

「もしやその方法とは青い血が流れるのか!? そこから魔力を取り出すのか!!??」

「そんな物騒な話じゃないわ~。魔力の由来については……」


 かつてない大音声による問いかけに、ナディネはイアリアを抱きしめたまま少し考えるそぶりを見せた。なお、正面からその声をぶつけられたイアリアは、そこそこ耳が使えなくなっている。


「さっき説明した通り、魔力っていうのは創世の女神の力の、本当に小さな欠片。それこそ、ただの人間にも扱えてしまうほどに。だからそもそも、魔力そのものは世界中のどこにでもあるのよね~」


 数秒程考えたところで、ナディネは先ほど神話を語っていた時の動く絵を再び描き出した。創世の女神が世界を創ったところが再び描き出され、その時世界やその周囲に散っている、無数の細かい光の粒を杖で示すナディネ。


「貴族の人達は自分たちを特別だって思いたいみたいだけど、一部の人間が持って生まれてくる魔力が全てなら、そもそも魔力による変異なんて起こる訳がないでしょう? 魔薬に使う素材、あれはほとんど魔力による変異が起こった植物や動物よ?」

「…………そう言われればそうだったわ」


 確かに。と、納得するしかない理屈を展開され、イアリアは呻き声と共に、魔力を後天的に得る手段がある、という話の現実性を認めた。ハリスもそれは同様だったようで、右手で両目を覆ってソファの背もたれに体を預けている。

 非常に良い体格にふさわしい重量をかけられたソファが軋みという形で悲鳴を上げているが、ナディネは弟子2人が納得したと見たようだ。ついつい、と杖を振って、動く絵を、創世の女神が4体の霊獣を創った場面まで動かした。


「それで~、その方法がなぜ秘密かって言うと、神話の続きになるのだけどね? 創世の女神は自らの補佐として霊獣を創り出した。……でも、女神と霊獣だけでは、当たり前だけど、手も目も足りなかったのよ。だって世界は広いもの」


 くるくると女神が動き、霊獣が動き、世界が満たされていく。が、その動きは先ほどと違い、ずいぶんとこぢんまりしていた。世界を満たす、には程遠い。


「じゃあどうすればいいか。人間なら工夫するところだけど、創世の女神がいるのだから、簡単よね。足りなければ、創ればいい。――だから、霊獣の補助を行う存在が創られた。けれどまだ足りなかったから、更にその補助を行う存在が。それでもまだ足りなかったから、更にその補助を行う存在が」


 ナディネの言葉に合わせて、4体の霊獣の周囲に、それぞれの霊獣の特徴を持った、ぐっと小さい姿が増えた。その小さい姿の周りに更に小さな姿が増え、その周りに、もう光の粒にしか見えないような姿が増える。


「結局その時生まれた生き物よりも、ずっとずーっと多くの管理側に属する存在を創って、ようやく世界は回り始めた。これらの存在を、上から、御使霊、使徒霊、属霊と呼ぶわ」

「……ぞくれい? ってどんな意味なの師匠」

「属する、のぞくに、霊獣のれいで属霊ね。一番世界に近い、実働部分担当って感じかしら~」


 この手の不思議にやたらと詳しいのは今更だ。そうでもなければ「永久とわの魔女」などと仰々しい呼び名はつけられない。なのでイアリアも、ようやく立ち直ったハリスも気にしない。どうせ聞いたところで分からない、という慣れもあったが。


「で、この属霊なのだけど、実は意外とそこらへんにいるのよ」

「意外とそこらへんに」

「だって実働部分担当なのだから、どこにでもいないと動けないわよねぇ」

「なんかいきなり扱いが雑になったわね……」

「お弟子は察しがいいな~。可愛い」


 よしよしとひとしきりイアリアの頭を撫でたところで、ナディネは光の粒にしか見えない、今の話で行くと属霊に相当する姿を杖で示した。


「そして魔力を後天的に得る方法っていうのは、この属霊と個人的に契約して、魔力を融通してもらうって事なのよ~。一番遠い、といっても、流石に女神の眷属に無体を働く人間が出ると大変な事になりかねないから、秘密ね」

「いきなり核心かつものすごく物騒な話を叩き込んできたわこの師匠」

「物騒ではないわ?」

「物騒よ……!」


 そしてその流れで、さらっと再び爆弾を落とした。再起動しかけていたハリスが再び固まっている。

 イアリアの、「常識」側からの至極真っ当なツッコミに、え~? と首をかしげるナディネ。


「だって、私が弟子に取る基準は属霊と契約しているかどうかだもの。2人ともとっくに当事者よ?」


 そしてそのまま更なる爆弾を落とし……流石に、イアリアも再び、思考ごと動きを止める事となった。

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