第4話 宝石は諳んじる

 そも、魔力とは。

 存在そのものが不可思議な力であり、その秘密は不可侵である。世界を上書きする事が可能で、その制御は意思あるものの思考と感情によってのみ行われる。

 生まれつき魔力を持っている人間のうち、その魔力を自らの意思で扱い、世界を上書きする事が出来るものを魔法使いと呼び、その魔力が魔石の形をとって固まるものは魔石生みと呼ぶ。



 魔法使いと魔石生みの違いは魔力が魔石になるか否かであり、両者ともに扱える魔力の最大値は生まれ持ってきた魔力の量に依存する。魔力を生まれ持った人間の子供は、同じく魔力を持って生まれやすい。

 魔法は世界を上書きするという特性上、魔法使いは国防の観点から例外なく国に仕えるものであり、魔石生みは魔石という重要な資源を生み出す為に国に魔力の限り奉仕するものである。

 両者の魔力の質等にこれといった違いは見られないが、魔法使いが魔石を作る事はなく、魔石生みが魔法を使うことも無い。また、魔石生みが魔法使いになる事はないが、極稀に魔法使いが魔石生みに変じる事はある。



 …………と、まず、学園でどのように習ったかを言ってほしい、と言われて、イアリアはそれこそ頭の芯までしみ込んでいる基礎知識を諳んじた。なお、姿勢としてはナディネの膝の上に乗せられ、背後から抱きしめられている状態だ。


「うーんとぉ……そうねぇ。とりあえず後の事は後でするとして~、お弟子」

「何、師匠」

「それねぇ。ほとんど間違ってるわ?」

「……ちょっとそんな気はしたから大丈夫よ」

「お弟子が賢い! 可愛い!」


 むぎゅーっと背後から抱きしめる力を強める師匠に対し、イアリアはすっかり遠い目をしながら、ナディネが魔法で机に召喚したクッキーを食べていた。なお対面にはハリスが座っていて、こちらもばくばくと遠慮なくクッキーを口に運んでいる。


「ちなみにハリス兄様。私の言った内容は特に間違ってないわよね?」

「間違ってないな! 俺もそう習った! 違ったらしいが!」

「そうね。大分相当かなり違ったみたいね」


 ナディネの言い方があまりにもあれだったので、確か年が2つほど上だった兄弟子に確認を取るが、大声で無駄に力強い肯定が返ってきた。イアリアが口にしたのは、間違いなく現代の常識だ。

 だが世界最高の魔法使いであり、実年齢がさっぱり分からないが長くを生きているナディネからすれば、割と真剣に困ってしまう程度には間違っていたらしい。


「とりあえず~、魔力の正体からかしら。ちょっと長い話になるけど、お弟子は大丈夫?」

「他にやる事も無いし、こちらから聞いたのだから大丈夫よ」

「休暇は後2週間ほど残っているから大丈夫だ!」

「じゃあ始めるわよ~」


 弟子2人の同意を取ったところで、器用にイアリアを抱きしめたまま、右手首の先だけを動かす事で杖を振るナディネ。本人の手の平の長さ、その倍ほどある細長い棒状に木を加工した杖は魔力をよく通し、机の上に1つの絵を描き出した。

 光の粒で描かれたそれは、誰もが幼い時に聞き習う、創世の女神の姿だった。今更神話の講義だろうか、と内心イアリアは首をかしげたのだが、ナディネは普段と違い、「永久とわの魔女」らしい、優しくも凛とした声で語り始めた。


「この世界を創造したのは1柱の女神。創世の女神たるかの神は、まず世界の土台として、陸と、海と、空と、命を創られました。次いで女神はそれらの管理者として、自らの創世を助ける役割を与えた、4体の霊獣を創られました」


 それは、創世神話の始まりだった。イアリアも当然知っている。だが流石世界最高の魔法使い、魔法で描き出される絵が動いていくのは初めてだ。

 ナディネの言葉に合わせて描き出された女神が動き、世界を創り出していく。そして出来上がった世界の土台の上で女神が手を振ると、これも神殿のレリーフなどで見た霊獣の姿が現れる。


「女神は世界に対して、川の流れ、海の流れ、時の流れ、太陽と月の大きさに巡るための道、その長さ、時間の配分などを決めていきました。霊獣達もそれをよく助け、そうして世界は今の形になったのです」


 ……しかしこれは本題ではなかったらしく、イアリアが知っているものより随分と省略されて終わった。くるくると女神が動き、霊獣がその周りを動き、世界が満たされていく動く絵は大変見事だったのだが。

 ぱちん、と、言葉の終わりと共にその動く絵も消える。もうちょっと見たかったような、と心の端で名残惜しく思うイアリアだが、本題はこれではない。


「そして、世界という大きなものを作った時に、ほんの一部だけど女神の力が世界に残されたのよ~。それが魔力の正体」

「…………えっ」

「だから~、魔力っていうのは、創世の女神が世界を作った時の力の、欠片なのよ~。人間にも扱える規模の話だから、女神自身と比べると欠片も欠片、本当に小さな、それこそ石像を作る時に出る欠片や粉程度だけど」

「何と!? では俺達は、正真正銘創世の女神の力を振るっていたという事かお師匠様!!」

「そういう事~。というか、そうでもなければ、世界の上書きなんて出来る訳ないわ? 厳密にいえば、上書きではなくて、そういう形に創造しなおしているって事になるんだろうけどね~」

「これは驚いた! 男でも女神の力が振るえるとは!」

「そっちに驚くお弟子も可愛いな~」


 と、思ってはいたものの。ある意味、あまりの爆弾発言に、思わず思考が停止したイアリア。ハリスも驚いたようだが、全く驚いたように聞こえない上に着眼点がずれている。


「……師匠」

「なぁにお弟子?」

「それでいくと……聖者というのは、そう嘘でもないのかしら」

「嘘ではないわ? 正確に言えば女神が持っているのは全ての属性だから、女神に一番近いのは全ての属性に等しい適正を持っている人間だけど。だってほら、創世の女神は、世界を作ってから眷属である霊獣を創っているのだから、順番が逆なのよね~」


 なお、動揺のせいか、イアリアが口にした疑問も、若干論点がずれていたりした。本人は気付いていないし、ナディネはそういう部分を指摘する事はない為、そのまま流されてしまったが。

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