第3話 宝石は尋ねる

 その後しっかりと仮眠室となっている部屋を調べ、あの時着ていた服と身に着けていた物の全てが棚の中に入っているのを見つけたイアリア。文字通り新品のようになっているそれらの状態を見て、自分の身の回りのことをしたのはナディネである、と確信した。

 また魔法の無駄遣いをしている事についてはもはや気にしてもどうしようもないので、イアリアはさっさと旅をしていた時の格好に戻った。そこから少し考え、主に自分の格好を隠すために身に着けていた雨の日用の分厚いマントは脱いでおくことにする。

 何故なら、ここでは姿を隠す必要も意味もないからだ。むしろ、「冒険者アリア」の姿を隠す為には、その象徴であるマントは着ない方がいい。


「……まぁ、大体バレているような気もするけれど」


 そして、それが無駄な抵抗と言われる類のものであることも薄々感じつつ、しっかりと内部空間拡張機能付きの鞄、マジックバッグも身に着けて身支度を整えたイアリアは、深呼吸をして気合を入れ、仮眠室の扉を開いた。

 どうやら大人しくそこで待っていたらしいハリス。なお、この色々豪快な兄弟子は、その魔力の適正を火属性しか持たない。なので、その背後にある廊下の壁には罅が入ったままだ。


「遅いぞ!」

「うるさいわよ。……で? 私は何日寝ていたの?」

「半日だな!」

「…………半日?」

「今は昼だからな!」

「待ちなさい。流石にエデュアジーニから空を飛んでも2日はかかるはずなのだけど?」


 なお、普段こういう細かいところを修理していたのはイアリアだったりした。今はそれ以上に気になる話が出てきたから、そう言いながらさっさと自分の歩幅で歩き始めたハリスについていく事を優先したが。

 エデュアジーニ? と首をかしげるのうき、シンプルな思考の兄弟子に、師匠が探しに来た田舎町だと説明するイアリア。スタンピードに襲われていた雪の町だ、と説明すると思い出したのか、あぁ! と声を上げた。


「流石はお師匠様だな! 急いで帰るという事で、転移魔法を使っていたぞ!」

「………………あの弟子バカ師匠は本当に何をやっているのよ……!!」

「初めて見るほどに慌てていたからな!」

「そりゃそうでしょうね。でなければ、普段から便利に振り回しているでしょう」


 ちなみに、イアリアが知る限り、転移魔法、というのは、必要魔力が莫大すぎる上に、僅かにでも制御を誤れば使用した魔法使いが即死。成功したところで転移先に何かがあればやはり即死と、とうてい実用に耐えられるものではない。

 そもそもの習得難易度が高い上に、実際使う場合の問題点が大きすぎる。なので、学園では探求すること自体を非推奨である、と教えている。

 それを、「急いで帰りたいから」と。それも魔法使い自身だけではなく、イアリアも一緒に転移させるとは。本当になんというか、才能の使い方が全力で間違っている。


「しかし転移魔法は初めて見たが、4人同時に加えて部屋を1つ丸ごととは! 流石お師匠様だ!」


 ……なお、それでもまだ想定が甘かったらしい。4人、という事は、転移魔法を使ったナディネ、気絶していたイアリア、あとは、兄弟子2人だろう。部屋を丸ごと1つ、というのだけは全く訳が分からなかったが。

 建物1つとはいえ小さめの空間を、体格に応じた歩幅であるくハリスと同じスピードで移動していれば、その程度の会話をする時間だけでも結構な距離を移動する事になる。

 そしてハリスがイアリアを連れて移動した先は、イアリアが勝手に談話室と定義している部屋だった。つまり、特に用事がなくても集まり、のんびりすごして良い部屋だ。


「起きたぞ! 連れてきた!」


 そしてその部屋の扉を、バァン!! と壊すような勢いで開いて中に入るハリス。イアリアは全く変わらないその行動にそっと耳を押さえていた手をはなし、そろ、とその後ろから顔を出した。


「お弟子――――っ!!」

「うぐっ」

「おかえりお弟子! 大丈夫!? 気分悪くない!? 痛いところは!?」

「強いて言うなら息が苦しいわ、師匠」

「きゃぁああああごめんねお弟子!」


 そしてその次の瞬間には、どこからどう移動してきたのか、素早くナディネに捕まえられていた。身支度の途中で、一応、という形で口にしていた携帯食が戻ってきそうになり、それをなんとかこらえるイアリア。

 むぎゅむぎゅと抱き着かれること自体には慣れているイアリアだが、ここで、エデュアジーニでも感じていた違和感をようやく確認した。師匠こと「永久とわの魔女」であるナディネは、昔やらかしたとかで左腕が無い筈だ。

 だが、今満足げに頬ずりしているナディネは、両腕・・でイアリアを抱きしめている。理由については心当たりしかないイアリアだが、「冒険者アリア」の存在は隠したいし、そもそもあれは送り主不明の筈だ。聞かない訳にはいかない。


「……ところで、師匠。ようやく腕を治したの?」

「え? お弟子がくれた腕だよ?」

「いや、私は知らないのだけど」

「ユースから受け取った時点で分かるわよぅ。私がお弟子の魔力の残滓を見逃す訳ないじゃない」

「そういえばこの師匠魔法使いとしては最強だったわ」


 ユースとは誰だ。と一瞬思ったイアリアだが、該当する人物はあの鍛冶屋の店主か、受付の青年ぐらいしかいない。なんとなく受付の青年な気がしたイアリアは、想像の中で魔法を使って吹き飛ばしておいた。

 まぁその魔法は使えないのだけど……と、頭痛を覚えたところで、思い出す。そう。そもそも、イアリアが気絶した原因である。


「で。師匠、1つ聞きたいのだけど」

「何かしら?」

「魔法使いでも魔石を作れる……というのは、どういう事? 魔力が魔石になるのは魔石生みでしょう?」


 そう。少なくとも学園で学んだ常識と、そして貴族となってからまことしやかに聞いた噂に、真っ向からぶつかる話だ。

 もちろんイアリアが疑っているのは、常識と噂の方である。何せ、ナディネが目の前で魔石を生み出したのを見ているからだ。そして転移魔法を使ったのはその「後」なので、魔法が使えなくなったという事もあり得ない。


「そもそも、その魔石生みっていう呼び方も誰が言い出したのかしらね? 魔力は魔力なのに」

「……とりあえず、この不勉強な弟子に、1から教えてもらえるかしら。師匠」

「もちろんよ~!」


 この時点で、魔力に関する自分の常識が木っ端みじんになる事を悟ったイアリア。人形のように抱きしめられたまま、ご機嫌なナディネに運ばれる形で、談話室のソファへと着席するのだった。

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