第2話 宝石はいつものやり取りをする

 改めてベッドの上で上半身を起こした姿勢のまま周囲を見回したイアリアは、今の今まで自分が寝ていた部屋が、実に見慣れたナディネの研究室、という名の、学園の敷地内においてやや外れにある小さめの建物にある仮眠室だと確信した。

 次に自分の体を確認する。着ているのは柔らかく厚みのある、しかし不快なほどに熱がこもる事はない上等な夜着だ。ワンピースタイプのその中を覗いてみると、肌着も変えられている。

 そして周囲を見回し、自分が寝ているベッドの下も確認して、身に着けていた魔薬を主とした装備、荷物、そして何より、肌身離さず身に着けていた内部空間拡張機能付きの鞄……マジックバッグがどこにも見当たらないことを確認した。


「……流石に、着替えさせたのは師匠よね……?」


 イアリアには、在学中の「兄弟子」が2人いた。1人の「師匠」につく「弟子」の数としては段違いに少ないのだが、ナディネは普段の態度や性格がどれほど問題であっても、世界最高の魔法使いだ。「弟子」を選り好みする権利ぐらいは普通に持っているし、実際に振り回している。

 もうナディネ本人に対して周囲は諦めの境地であり、だからこそ選ばれたイアリアに対する当たりがきつかった訳だが……問題は、この着替えをさせて、なおかつ体も清めたのが、兄弟子と師匠のどちらかだ。

 師匠ならば問題ない。というか、あの規格外の天災もとい天才であれば、それこそ魔法1つで気絶しているイアリアを着替えさせて体をきれいにするぐらいはやってのける。ただし、兄弟子のどちらかだった場合は……。


「!」


 色々と騒動に事欠かない旅生活を送っていたせいか、それとも元からか、割と物騒な発想に行きつきかけたイアリア。ある意味警戒状態に入ったところで、この部屋へと近づいてくる足音を聞き取った。

 その足音には大変覚えがあったイアリア。素早く近くの棚から一本の細長く先が尖った金属棒を手に取ると毛布をかぶり寝ているふりをし、その中で自分の手でも握りこめる大きさの緑色の魔石を作り出した。

 そして毛布に隠れて、手に取った金属棒で、魔石へ複雑な模様を彫り込み始めた。暗く狭い場所で姿勢も悪い作業だというのに、非常に素早く大変正確な作業が進む。


「いい加減に起きないか! 随分と良いご身分だな、妹弟子よ!」


 その金属棒による作業が魔石を一周したところで、ドバン!! と、扉が壊れかねない勢いで開かれた。毛布の下でその勢いと大声に顔をしかめたイアリアだが、予想通りだった為に動きを見せることはない。

 そのままどかどかと部屋を横切る形で足音が近づいてくる。途中で、ガチャン! と食器がぶつかるような音がしたので、食べるものを持ってきて部屋の真ん中にある机に置いたのだろう。

 非常に乱暴だが、イアリアにとっては慣れたものだ。という事はつまり、次の行動も十分推測できるという事である。イアリアは金属棒をベッドの端に差し込むようにして隠し、左手で加工を施した魔石をしっかりと握りしめる。


「全く! だからあれほど普段から体を鍛えろと言っているだろう!」


 イアリアは、扉に背を向ける形で毛布をかぶって寝ている姿勢だった。大声にも足音にも、食器の音にも身動きはしていないので、寝ているように見える筈だ。しかしその大声を出し続ける誰かは何の躊躇もなくイアリアが寝たふりをしているベッドに近づくと、むんずと毛布をつかむ。

 そしてそのまま、力任せに引きはがした。その勢いに乗って、ころんとイアリアはその誰かの方を向き。

 そのまま、魔石を握りこんだ左手で、毛布をはぎ取った犯人を殴りつけた。


「ぬぁああああああっ!?」


 自分がはぎ取った毛布が目隠しになってその動きが見えなかったらしいその誰かは、魔石に彫り込まれた魔法陣により、魔石そのものを消費して発動した魔法もどきの突風で、面白いように吹き飛んだ。そのまま、開いたままだった扉を通って廊下の壁に叩きつけられる。

 イアリアは冷静にその誰か……その大変良い体格のせいでぎちぎちという布地の悲鳴が聞こえるような黒いローブを着て、輝くような銀色の髪を短く刈り込み、目を閉じて頭を振っている人物を、大変冷たい目で見下ろした。

 そしてはぎ取られた毛布を拾ってマント代わりに羽織り、しっかりと自分の体を隠してから、改めて扉の手前まで歩いていく。


「なんだ、起きているならさっさとお師匠様に挨拶に来ないか!」

「女の子が寝ている部屋に入り込むな、と、私は何度言ったかしら」

「ぐっ!? い、いやだが、食事を持って入るためには必要な事だ!」

「だとしても、動きのない相手が、それも夜着という格好の女の子が寝ているにも関わらず、その様子も確認せずに毛布を力任せにはぎ取るのは、紳士でも騎士でもなく蛮族よね」

「ぐうっ!?」


 結構な勢いで吹き飛ばされた筈で、実際叩きつけられた廊下の壁には軽く罅が入っているのだが、ケロリとした様子で大声を上げつつ立ち上がる男性。イアリアはその高身長の男性の、燃える炎のような紅色の目を、極寒の眼差しで見返しながら、今の態度の不備を淡々と指摘する。

 呻き声が返ってくるあたり、一応自覚はあったのだろう。それでも修正されていないし、恐らくこれから先も無理だ。何故なら。


「常識も常識すら当たり前にできないから、脳筋とか単細胞とか言われるのよ、ハリス兄様。いい加減にして頂戴。次は回転をかけるわよ」

「ぬぅっ!!?」


 はぁ。とこれ見よがしにため息をついて見せてから、極寒の視線を向けたまま、返事も聞かずに扉を閉める。扉の向こうからはまだ呻き声が聞こえているが、これもいつもの事だ。イアリアが気にすることはない。

 そして改めてイアリアは机の上を見て


「……私は、少なくとも1日、師匠だってどれだけ速度を出して空を飛んでもエデュアジーニからだと2日はかかるでしょうから、最低でも3日は気を失っていた筈なのだけれど」


 そこにある、ハリスという名の兄弟子が持ってきた「食事」が、微妙にソースやスープが周囲に飛び散っている、分厚いステーキを中心としたがっつり系の食事であることを確認し、もう一度ため息をついた。

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