第8話 宝石は気付く

 割と話に時間がかかってしまったらしく、師匠ナディネの話がひと段落した時には、だいぶ日の高さが低くなっていた。

 イアリアとしても色んな意味で重い話を立て続けに聞いたことで精神的な疲れが酷く、まだ「長期課外学習」扱いは継続している為寮に帰る必要もない、という事で、引き続き仮眠室で休もう、と、したのだが。


「……しまったわ」


 そういえば、着替えを始めとした荷物の大半は、エディアジーニに長期間契約でとっていた部屋に置きっぱなしだ、という事に気づいて、がっくりと項垂れた。何せ、女子寮に戻る為には、他の生徒……大半はイアリアを馬鹿にし、見下し、嫌がらせをしてくる貴族たちと、嫌でも顔を合わせなければならない。

 それでも流石に着替えない訳には……と思って、ナディネの研究室、という事になっている建物を出る。


「?」


 そして入り口を出たところで、その脇、割と広い空間の端に、何か木で組まれた箱のようなものがある事に気が付いた。単に箱というにはかなり大きいが、他に形容のしようがない。

 さらに奇妙なのは、その箱には扉があるという事だ。箱本体と同じ木で出来ているようだが、微妙に違和感を感じる。

 ……少し考え、イアリアはその箱が、建物というには色々とおかしいからだ、と気づいた。例えば違和感を覚えた扉なら、普通なら扉の前に玄関として機能する為の空間や、扉の周囲に呼び鈴がある筈だ。


「師匠がまた何か、新しく倉庫でも新設したのかしら」


 まぁ、イアリアにとっては、この程度は「よくある事」だ。説明らしい説明は無かったから、特に気にしなくてもいいものだろう、と判断して、また女子寮へと歩き出す。

 ……のだが。その歩みが、もう一度止まった。視線は扉のついた木の箱へ向かっている。


「何かしら。妙に見覚えがある気がするのだけど」


 うぅん、と記憶を探るイアリア。一度見たものは忘れない、というほど超人的な記憶力は持っていないが、それでも一度しっかり覚えたものやことをそれなりに長く覚えておくことは出来ると自分の事を評価している。

 その記憶に引っかかったのだから、何か、どこかで見た筈だ。と、考える事しばらく。


「…………待ちなさい。まさかあれって、そういう事なの……!?」


 そういえば兄弟子が何か妙な事を言っていたような、という事を思い出して、まずその木の箱……というには大変大きいが……についている扉に近寄った。そしてそのまま、扉を開かず調べ始める。

 ぐるりと回りこんでみれば、そこに記憶通り窓があったのでそちらも調べ、ダメ押し的にこの木の箱が何なのか確信したイアリア。今度は出てきたばかりの研究室、正確にいうのであれば研究棟へと取って返した。

 そのまま階段を駆け上がり、ナディネの部屋へと向かって、


「師匠っ!?」

「あれお弟子、おかえり~」

「外のあれ、宿の一室をそのまま持ってくるとか何をやっているの!?」


 思いきり叫んだ。

 のほほん、としたナディネはどうやらリトルをつつきまわし、もとい、何か聞き取りを含む調査をしていたようだが、うん? と首をかしげて見せる。


「だって、お弟子の荷物を残さず持ってこようと思ったら、部屋ごとが一番確実よ?」

「大迷惑極まるという話をしているのよ!!」

「お部屋自体は元に戻したし~、事情を話して迷惑料は払ってきたわ?」


 ……全くそういう問題ではない。と、言ったところでナディネが理解してくれないのは嫌というほど分かっているので、イアリアはその場で頭を抱えるにとどまった。

 そう。確かに、部屋にイアリアを迎えに来たハリスが言っていた。転移魔法で4人同時に加えて部屋を1つ丸ごと、と。部屋を1つとは一体どういう事だ、と、その時は全く訳が分からなかったからそれ以上言わなかったが、まさかの理由である。

 戻すべきでは、と思ったイアリアだが、今まさにナディネは、部屋自体は元に戻したと言っている。元に戻したというか、現象的には複製では? と思ったイアリア。まぁ、発生した現象には変わりがない。


「……どうして、こう……師匠は時々、妙なところで雑というか、手を抜いてるんだか凝ってるんだか分からないことをするの……」

「だってそれが一番早かったんだもの。あの時はお弟子が気絶してしまったから、本当に早く帰って休ませてあげたかったのよぅ」


 なお、イアリアが気絶した原因は、魔物の群れによる襲撃……スタンピードに対処する為の疲れもあるが、トドメは目の前の師匠であるナディネの衝撃発言である。

 だったらもう少し自分の言動を振り返って自重してほしい、と、イアリアは心底思った訳だが、それをしてくれるなら現在に至るまで、こんなに苦労はしていない。


「…………ともかく。宿の方に、迷惑はかかっていないのね?」

「無い筈よ~」

「で。あの部屋は、私が泊ってた時、そのままなのね?」

「少しも揺らさないようにそっと運んだから、壊れ物も大丈夫だと思うわ?」

「そう……」


 とりあえず最低限必要な事実を確認すると、どうやら最低限の部分は問題なさそうだった。宿泊料金に関しては、そもそも長期宿泊という事で全額前払いである。

 一応、問題は発生していないらしい。……一応、であって、本来は大問題なのだが。あまりにも常識外過ぎて問題扱いすらできない。


「……そう。ありがとう、師匠。とりあえず、着替えとかを取ってくるわ」

「そのままお弟子の個室にしてもいいんだよ?」

「外に部屋の一室だけがあるとか流石に落ち着かないわよ」


 荷物というか生活の心配をしなくていい、という事自体にはお礼を言って、イアリアは頭痛を耐えながら、もう一度外へと向かうのだった。

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